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第二十話


 心が「黒瀬くん、どこ?どこにいるの?」という願う様な、祈る様な言葉を繰り返し続けている。もし足を止めてしまったらその瞬間に、祈りは届かない様な気がした。だから、息が切れても足だけは動かし続けた。

 まだ売店を見ている可能性もあるけど…それともまだ本堂かな?

 考えを巡らせるものの、どれも視界には入らない。

 いない、いない、いない、どこにいるの?

 その時、視界の隅、ちょうど灯りの届かない影のところに見覚えのある姿が現れた。


「黒瀬くん!」


 やっと見つけた黒瀬くんは、もの悲しげにとぼとぼと歩いていた。

 しかし、そんな雰囲気を察する余裕は無い。

 必死に走ってきた私はどんな表情をしているか、わからないが気にしたら負けだ。

 黒瀬君は我に返ったように、ハッとして言った。


「星宮さん!? どうしたの?」


 私が焦って、走って、探し回ったのに、そのまったり感は、調子狂うね……。

 言いたい事が、肩で息をしているせいで声にならない。

 膝を手で押さえなければバランスを崩して倒れてしまいそう。


「……じ……じかっ……」


 必死に酸素を求める自分の体に抵抗した、精一杯の言葉だった。


「と、とりあえず、落ち着いて……」


 だめだ、伝わらない……。落ち着く暇はない事が伝わらないよ……。

 私はスカートのポケットからスマホを取り出し、液晶画面を見せる。

 ロックは解除されていないが、そこには日付と現在時刻が映っている。

 それを見せた瞬間、黒瀬くんの顔色が少し変わる。


「星宮さんは、この事を知らせに……?」


 まだ息が整わないので、首を縦に振って答えた。


「ごめん、俺…・・」


 ちょっと! 時間を見せたのにその反応!? 別に謝罪とかいらないし! もういいっ!!

 私は強引に右手で黒瀬くんの左手を掴み取り、来た道を駆け出した。

 息を整えてたら間に合わない! 走ってきたことの説明するなら尚更!!

 来た時とは違って、黒瀬君を牽引しながら走り戻るので、うまいことスピードに乗る事が出来ない。

 それでも、懸命に足を動かし、バスを目指す。


 しかし、さすがに疲れが出たのか、足が絡まったかと思えば、目線がガクッと下がり、地面とほぼ同じ高さになった。

 なん……で……?

 体全体に素早く回っている血液が、頭に冷静さを取り戻させる。うつ伏せに倒れている私、転んでしまったのか……。

 ここまで来たのに……!


「星宮さん! 大丈夫!?」


 見上げると、心配そうに手を差し伸べる黒瀬くんの姿があった。

 顔は売店の灯りに照らされているからか少し赤く、その目には確固とした思いが見えた気がした。

 差し出された手を借りて立ち上がる。


「行くよ?」

「うん!」


 転んでしまった衝撃で、少し疲労が和らぎ、返事が出来た。

 黒瀬くんが手を握ったまま走り出す。握られた手に引かれて、私も走り出す。先ほどとは先頭が入れ替わった形だ。

 転んだ時に、反射で手を出して少しヒリヒリするが、握られた手の感触と温もりが痛覚を鈍らせている。

 黒瀬くんは走るペースを私に合わせ、転ばないように配慮してくれているようだった。


 賑やかな売店、優しい灯りに包まれた参道、黒瀬くんの後ろ姿、その全てが合わさり、私はどこまでも行けるような気がした。


 と、そこに並走する人影が現れた。


「おう、黒瀬! 星宮を連れて抜け駆けかぁ〜?」

「白河くん!」

「うっせ! そんなんじゃねーよ!」


 「そんなんじゃない」の「そんなの」の中身を考えてしまい、少し凹んだ。

 やっぱり黒瀬くんは、全く気にしてないのかな……。


「ふざけてる暇があるなら走りなさいよ!」


 智ちゃんの鉄拳が二人の男子に突き刺さる。


「ちょっ! 人が急いでる時に刺突ダメージを喰らわせるのはNGだって!」

「今、ちゃんと走ってるんだけどー?」


 二人は反論の意を申し立てる。が、その意にも介さず智ちゃんは、言葉を返した。


「うるさい! 男でしょ!」

「男女差別だ! ワンチャン、セクハラまである発言だぞ、それ」


 そのやりとりを見ていると、体は疲れきっているはずなのに笑みが溢れ、元気が湧いてくる。そして、怜ちゃんが隣に着き、私に言葉をかけてくれた。


「水月、大丈夫?」

「うん、大丈夫! まだ間に合う?」

「うーん、ちょっと、遅刻かな……」


 結局、その五人でバスへ駆け込んだ結果、7分の遅刻となった。


 なぜ白河くん、智ちゃん、怜ちゃんが途中から並走していたのかというと、バスに戻る際、男女二人だと抜け駆けと言われて冷やかされない為に待っていてくれたようで、正直助かった。

 友達も一緒に罪を被って貰ったから、少し申し訳ない気持ちになったけども……。


 正弘先生にはあまり怒られなかった。宿泊先のホテルへ向かっている途中、「結局誰が悪かったのか」という不毛な議論が続けられた。

 先に参道を登ったのに、黒瀬くんを見つけられなかった智ちゃんと怜ちゃんという意見。私を差し置いて、智ちゃんと怜ちゃんを連れ戻しに行った白河くんという意見。参道で体力を全て使い切ってしまった私という意見。結局ははぐれた黒瀬くんという意見。各々の悪い点をボケとツッコミと笑いで満たしながら話し合った。

 そして結局、最終的には五人とも悪いという落とし所に収まった。


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