第十九話
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来た道を戻ってくると、途中で黒瀬くんだけ置いてきてしまったようだ。
「どうしよう……戻ろうか?」
時計を見ると後 20分程で集合時間だった。
「みんなで探そう!」
智ちゃんの号令で、一斉に元来た道を戻る。
すると、走り出してすぐのところで白河くんに呼び止められた。
「どうしたの?」
「ごめん、ちょっと話、良い?」
「良いけど……」
そう言って走るのを止めて、徒歩で白河くんとともに、黒瀬くんの姿を探す。
「星宮はさぁ、黒瀬のことどう思う?」
「どうって、んー」
これまでの黒瀬くんを振り返ってみる。真っ先に思い浮かんだのは、遊園地の帰り道で二人になったときのこと。次はブレスレットを見つけてくれたこと。そして傘を貸してくれたこと。この一ヶ月半の間でも、いろんなことがあった。
「最近色々話すようになったけど、なんだかんだで興味が溢れ出てくる人かなぁ」
そう答えると、白河くんはクシャクシャっと自分の髪を掻いた。
何か、答え方が悪かったのだろうか……。
「じゃあさ、星宮は黒瀬の事、その……好き……とか、思ったり、しないのか…?」
「えっ?」
私の空気が止まる。賑やかな喧騒も、風の音も耳には届かなくなる。
「私が黒瀬くんの事を……好き?」私、好きなの? 黒瀬くんのこと……。
考える前に、必死に頭を回転させ、言葉を選ぶ。
「わ、私の気持ちの前に、その……失礼だよ!本人いないのに……」
「じゃあ、本人がいたら言うのか?」
「それは……」
たまらずに黙り込んでしまう。
なんだろう、この胸がキュンとする感じ。痛いような、苦しいような、それでも、傷ついている訳でも無くて。
黒瀬くんと色々お話したりするうちに、今まで味わったことの無い感情が芽を出して、上を目指して成長しているかのように大きくなって、それでも気にしないように知らん顔を決め込んでいた。
でも今、白河くんの言葉で無理やりそれを意識させられてしまった。
この痛みが、苦しみが、芽が、恋……なの、かな……?
「あいつさぁ、やけに冷静だなぁとか、考えたことない?」
「え!? 冷静?」
突然話題が変わったので、現実に引き戻される。
「あぁ。別に、ノリが悪いとか、どこか冷めてるとか、そういう訳じゃ無くて、どこかこう、大人っぽい、っていうかさ、すごく落ち着いた感じ。見ててそう思わない?」
うーん、別にリアクションが小さいとかそういう訳じゃないよね…。むしろ、人並みで普通って感じかなぁ……。
初めの方こそ、緊張していたような気がするけれど、慣れてくれば徐々に話せるようになるのは普通のことだし…。心当たりがあるとすれば、怜ちゃんから聞いたお化け屋敷での出来事、あとはジェットドラゴンに乗った時も、あまり叫んでいなかったような……。
でも、行動に至っては大人っぽいところが結構あったように思うかも。例えば、初対面でも声をかけて傘を貸してくれるところとか、自分の一つしかない傘を貸してくれたり、智ちゃんと喧嘩した時に、トイレの前で待っていてくれたり、美推の仕事を投げだしちゃった時に、先生に黙っていてくれたり、思い返せば、至れり尽くせりだった。
「そうだね、私も結構黒瀬くんのそういう性格に助けられてるかも」
「あいつ、元々はあぁじゃなかたんだけどな」
「そうなの?」
「あぁ、中二の夏休みにちょっと事件…とまではいかないけど、あいつの性格を歪める様な出来事があってな……」
「別に歪んでるとも思えないんだけど……」
それもそうかもな、とつぶやく様に言う白河くんは、本来あるべき黒瀬くんの姿が見えているんだ。私の知らない、本当の黒瀬くんを。
「ねぇ、本当の黒瀬くんって、どんな感じなの?」
「俺たちと同じ、中三の男子だよ」
言っている意味がまるでわからなかった。まるで、黒瀬くんは中学三年生じゃない様な言い方だから。
「どういうこと?」
「あいつは……自分で自分の気持ちを頭で考えて、結論を出して、それで納得するようになった。その結果、心で感じることをやめたんだ」
「心で感じる?」
「あぁ、黒瀬は自分から感情的に動くことがない、というか、感情的になることも稀かも」
「そんなことないよ! だって私、遊園地の帰りで、みんなと別れた後に……」
自分で言うのが恥ずかしくて言葉が尻すぼみになってしまう。
「怒られた?」
「え! なんでわかるの!?」
「ごめん、それ促したの俺だから……」
「えぇー! あれって、白河くんのしわざだったの!?」
「まぁ……」
言葉は聞かれていないとはいえ、頭が混乱するよ、こんなこと!
だって黒瀬くん、あんなに必死そうに言ってくるんだもん。あの様子が白河くんが仕掛けたことなの? あの時の涙は嘘だったの?
「あの時の……黒瀬くんは……」
なぜか次第になんとも言えない感情が湧き上がって来る。
あの時の黒瀬くんは、「僕を避けるな!」、「色々話したじゃないか!」と言われて怖いと思ってしまったけれど、「話したりしてくれないか?」と言ってくれて、少し嬉しかったり…。それが作られた黒瀬くんだったとして、どうしてこんなに裏切られた様な気持ちになるの……?
「でも勘違いしないで欲しい! 俺は星宮と黒瀬がなんか気まずそうだったから、話して欲しくて、黒瀬を動かしただけ。その時星宮と向き合った黒瀬は、本物だから!」
「へっ?」
「あいつの心は過去にあるんだ。でも星宮なら今に連れ戻せる。だから、頼む! 黒瀬を嫌いにならないでくれ!」
更に、頭が混乱しそうなのを、必死に整理する。私が、黒瀬くんの為にできること……。黒瀬くんの心を今に呼び戻すこと。でも、これは義務じゃない。
「私、できるかどうか、わからない…」
義務じゃないから、これは私のわがままだ。自己中と言っても良い。
「でも、やってみたい!」
そう言って、踏み出した足は、ぐんぐんと加速していく。後ろから「星宮!後5分な!」と、遠ざかる白河くんの声が聞こえる。
まだライトが明るく、喧騒が残る参道を駆けていく。




