第十一話
慌てて、昇降口に飛んで行く。
すると、そこには、ひざを抱えて小さくなっている星宮さんが、先程話をしていた位置から影になるようにしてそこにいた。
「もしかして、聞いてた……?」
「うん……」
「あ、あぁー! そっかぁ〜!」
古賀さんが笑って何とかごまかそうとしているのがわかる……。
あんな事を言ってしまったのだから、表情を作りにくかったりするのだろう……。
せめて、俺が言った事の嫌悪感に対する作り笑いで無い事を祈る。
「星宮さん、ごめん!」
「違うよ! 黒瀬くんは悪くない! 昨日は私が勝手に泣いただけ…」
「でも、会いたくなかった、って」
「それは、智ちゃんと黒瀬くんのが仲良くならなさそうだから、立場が辛くてああ言っちゃっただけ」
「そっか、ごめんね」
今度は古賀さんが謝った。
こういう軽い謝罪で仲直りできるところを見ると、その友情の深さが伺える。
「水月の言った通り、黒瀬いい奴じゃん!」
古賀さんが手を差し伸べ、応えるかたちでスッと星宮さんが立ち上がる。
同時に俺の事も認めてくれたようで安堵する。
「あ! そうだ! もうすぐゴールデンウイークだし、どっか遊びに行かない!?」
「うん、智ちゃんいいね! 黒瀬くんもどーお?」
「じゃあ、行こうかな! あ、あと晴翔も誘っとくね!」
内心はものすごく嬉しい、が、表には出さない。何せ、表向きのメインは俺などではなく、古賀さんと晴翔にあるのだ。
そして、ここにいる全員が古賀さんの事情を知っている。晴翔の参加に反対する人はいない。
晴翔自身も古賀さんとは面識があるから問題ないはずだ。
「でも、ちょっと少ない感じかなぁ? 男女二対二だと」
「私、もう一人ぐらいなら誘えそうだけど、黒瀬くんは?」
ギクリとした。空研部員という肩書きがある俺に友達なんてほとんどいないからだ。
連れて行くとしても、後輩の二人、栗生と赤城──いや、無いな。
自分の腹の中ではははと小笑いした。
「五人じゃダメ?」
「うーん、男女の人数は揃えたかったけど、まぁ、いっか」
古賀さんは、自分の提案を屋外式合同コンパだと思っているらしいが、別に俺は気にしない。晴翔もきっとそうだろう。
古賀さんが人数を気にするのは、人数がいた方が安心するところがあるのかもしれない。
「あ! ヤバ! 日誌出さないといけないんだ!」
古賀さんがふと手元の時計を見て言った。
その後、俺たち三人はラインを交換し、その場にいない二人を招待した後、詳しい場所と日程はそこで決めることとなった。
そして、物の見事に偶然、星宮さんと再び帰る事となった。
「あのさ、星宮さん」
「ん? なぁに?」
一つの難関を乗り越えたその声は、どこか弾んでいるようだった。
「古賀さんに、俺の事すっごく良い人みたいに言ってくれてたみたいで、その……ありがとう」
「別にお礼言われる事じゃないよ! だって、事実だし」
「そう、なのかな?」
「うん! むしろ優しすぎるぐらい」
少し言うのがためらわれたのか、歩きの踏み出す足が何かを蹴飛ばすような形になる。表情が一瞬曇ったように見えたのは気のせいだろうか。
「私も、何か黒瀬くんの為に何かしたいなぁ〜」
「えっ? 俺に!?」
「何が良いかなぁ?」
「良いよ別に! 俺なんかに…」
「じゃあ、私が勝手にするから、楽しみにしといて!」
「あ、あぁ……じゃあ、楽しみにしておく!」
強引に決められてしまったが、星宮さんになにかしてもらえると考えただけで、胸の高鳴りが表情に表れそうで必死にひた隠す。
同時に、隠しているつもりだが、客観的に浮ついた心が、犬の尻尾となって振られない事を祈る。
「あ、そういえばさ」
今度は星宮さんから唐突に話を切り出した。
声の調子が普通に戻ってしまったので、少々数秒前までを惜しみ、空振りの息を漏らす。
「なんで昼休み職員室に呼ばれてたの?」
「あぁ、そのこと。えっと、美推日誌の事で……」
「あ! そうだよね!? 私、説明してなかったよね!? あれ? でもなんで黒瀬くんだけ?」
「あぁ、昨日星宮さんが帰った後に正弘先生が様子を見にきてさ、『今日は星宮さん用事があるようなので一人です』って言っといたんだ」
「え…?」
星宮さんが立ち止まり、一歩先で俺が止まる。
「だから、昨日は俺一人で美推の仕事をした事になってるから、呼ばれたのは俺だけ……」
「黒瀬くん、すごいね……」
声音は褒めのそれではなかった。
「ほんと、優しすぎだよ……」
「えっ?」
聞こえないように言ったのだろうが、俺の耳が拾ってしまう。そして、言い終わった瞬間に星宮さんの表情を伺うと、もうそこには笑顔はなく、何かを残念に思うかのような、何かを悲しむかのような表情だった。その表情を見てしまうと、何も言い出せなくなってしまう。
その後、別れる直前まで星宮さんも話をしなかった。まるで、天変地異によって二人が並んで歩いているちょうど真ん中に亀裂が走り、お互いにどんどん距離が離れていくような感覚を全身が支配していた。




