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第十話





「あ……」


 昇降口には古賀さんがいた。

 よくよく考えたら、古賀さんは二組で、今日が花の水やり当番だから当然と言えば、その通りなのか。


「古賀さん」

「何?」


 振り返り、不機嫌な疑問をぶつけられる。

 その表情からも嫌悪がにじみ出ている。

 しかし、俺は負けじと頭を下げる。

 もう半分はヤケ、残りの半分は神頼みの構えだ。

 


「古賀さんと星宮さんには仲良くして欲しい」

「は? なんでそんなこと黒瀬に言われないといけないの?」

「一昨日のトイレの会話、途中からだけど聞いてたんだ」

「盗み聞きとか、趣味悪すぎ……」

「そう、俺は最低の悪い人だと思う」


 黙った古賀さんを脳天で伺い、ゆっくりと顔を上げる。

 意外だと言わんばかりに、古賀さんの仏頂面が崩れていた。


「星宮さん、俺のこと“良い人”って言ってくれたのに、二回も泣かせてしまった。それなのに俺は、泣かせてしまった理由がわからない“悪い人”なんだって思った。昨日なんて、会いたくない、とまで言われたよ」


 古賀さんはピクリとも動かない。


「古賀さんが俺のこと嫌いでも構わない。でも、星宮さんにちゃんと謝りたいから、俺の悪いところを教えて欲しい!」


 再び頭を下げる。目をつむり、祈るように答えを待つ。

 しかし、いつになっても黙ったままだ。

 おもむろに顔を上げると、呆気にとられながらも、まっすぐ俺を見つめる瞳があった。

 そして完全に向き直った時、口が開く。


「……黒瀬さぁ、アンタは水月の何なの?」


 胸がズキリと痛む。

 昨日、俺が星宮さんに答えられなかった問いだ。

 だが、今度は逃げるわけにはいかない。


「わからない、ただ笑って欲しいんだ、水月さんには。俺は星宮さんの何かになれないかもしれない。泣かせてばかりだし、悪い人だから。そのためにも、ちゃんと謝って、また笑って欲しい」

「許されなかったら?」

「その時は、古賀さんが星宮さんと仲良くして欲しい」

「私が仲良くしなくても、水月には他に友達いるよ?」

「俺のせいで古賀さんと星宮さんの仲を悪くしてしまったから、俺が関わらなくなる事でそこも元どおりにして欲しい。俺は星宮さんに謝る機会自体を失うかもだけど、古賀さんがいれば、良いと思うから」


 すると、古賀さんは何かを堪えるように口元を抑えた。


「……ぷーっあはははっ!」


 突然吹き出した古賀さんに、今度はこちらが呆然とした。


「黒瀬、自己満足すぎ! あはは!」


 言われてみれば確かにそうだ。これは俺が一方的に解決させるために、古賀さんにお願いしている。

 古賀さんの気持ちを全然考えていなかった。やはり、俺は悪い人なのだ。

 それにしても、笑われている事が謎だ……。


「あのね、多分それ、お門違いだよ!」

「へ? どゆこと?」

「実はね、水月がアンタのこと、どういうふうに良い人か、説明してくれたんだよねー。でも、信用できなくて……。百聞は一見に如かずって、言うじゃない?私もちゃんと黒瀬と向き合えば良かったのかもね」


 百聞は一見に如かず、とは言う。ひょっとしてあなたも自己中なのでは?と思ったが、言わない事にした。


「でも別に、私も心当たりがないわけじゃなくてさ」


 古賀さんが表情を整える。


「傘、貸してくれた時あるじゃない?でも、黒瀬は自分の一本しかない傘を貸してくれたんだよね、私が黒瀬のこと嫌いでも、黒瀬はそうは思ってないのかな、って思った」

「……」

「で! 私がお門違いと言ったのは、多分だけど、私が黒瀬を嫌いと思っていた理由と、水月が泣いた理由は別、ってこと」

「えっ? どういう事?」


 それを聞いた途端、古賀さんは「しまった!」という表情を見せた。そして、恥ずかしそうにモジモジしながら微かな声で聞いた。


「……誰にも言わないでよ?」

「も、もちろん!」


 なぜか、古賀さんは俺を嫌っている理由を話してくれそうな空気になった。

 これから何を言われるのか……なるべくダメージの少ない言葉を選んで欲しいけど……。

 ん? でも、「誰にも言わないで」って何でだ?

 その理由は、次の古賀さんの言葉に集約された。


「……好きなの……」

「へ?」

「好きなの! 晴翔の事が! 悪い!?」


 ムキになって発する声は大きくなる。まぁ、当然だよね。

 ……って、えっ?


「古賀さん、晴翔が、好き、なの?」


 なぜか文節の区切りのような言い方をしてしまったが、古賀さんは強く首を縦に振る。


「で、何で俺が古賀さんに嫌われているのかな?」


 段々と理不尽な理由で嫌われているのではないかと思わざるを得ないが、必死にこらえる。

 しかし、この問いの返答は意外なものだった。


「ごめん! 黒瀬!」


 更に脳内の「?」が俺を畳み掛ける。

 俺が嫌い→晴翔が好き→ごめんなさい……ナンダコレ?

 脳内の整理を行っていると、古賀さんが続ける。


「私ね、黒瀬が空研に晴翔を誘ったと思ってたの。晴翔はどんな部活や委員会でも活躍できる人だと思ってたから、空研に入ったのが意外だったの。別に空研に入るのまでは良かったんだよ!? でも、他の女子とかに、「晴翔って残念な人だよねー」って言われるのが耐えられなかった……」

「そうだったんだ……」

「私、悔しかった。本当はすごい人って知ってるから。あんな言いようされない人だって、わかってるから。だから、空研に誘った黒瀬をを恨んでいたの……」


 なんとなく、話の内容が一本の線でつながった。


 古賀さんと初めて顔を合わせた時のことを思い出す。

 確かに「晴翔」というワードが出てから、態度が一変したような気がした。

 正直、俺でさえ晴翔は別の部活にいた方が活躍できたのではないかと思っている。恐らく周りからも同じ見解だったのだろう。


 実際のところ本人の意思で空研に入ったとしても、「晴翔は空研に入るような人じゃない」という先入観があり、誰かの力が働いたとか、そそのかしたと考えられてもおかしくない。

 その”力”や”そそのかした本人”対象が俺だと思われた。

 そして、自分の好きな人をディスられるのが嫌で、俺を嫌悪した。


「本当はね、水月と喧嘩なんかしたくなかったよ……、ねぇ、私どうしたらいいのかなぁ?」


 俺を恨む事で済まされたらどれだけ、楽だっただろうかと考える。

 今までは、俺を恨む事、嫌う事が肯定的で、今は一連の会話でそれが覆ってしまった。それは古賀さんの感情のぶつける先が消えてしまった事と同義だった。

 しかし、少なからず俺は、古賀さんの嫌悪の対象ではなくなったかもしれない。

 だから俺は、その勇気ある行為に応えなければならない。


「あのさ、俺が言うのもなんだけど、古賀さんはまだ晴翔の事が好きなんだよね?」

「当たり前じゃん!」

「だったら、それでいいんじゃないかな? 別に空研に入ったからって晴翔は変わらないし、むしろ空研に入っただけで晴翔を狙っているライバルも減って良いんじゃない?」


 俺の見る限り、古賀さんは一番大きな目をした。

 俺の発言に効果があったようで嬉しいが、言った後に、自分で自分の所属している空研をディスっていて複雑な気持ちになる。

 まぁ、ここは明るく振舞って……。


「俺、応援するよ! 晴翔と仲良いのって、俺ぐらいだし!」

「本当?」

「もちろん!」


 ありがとうは言われなかったが、更に目を大きくする姿と、恐らく今後を予想しての期待でいっぱいの顔が答えだった。


「あ、それじゃあ、私美推日誌書かなきゃだから教室戻るね!」

「おう、またね!」

「うん、またね!」


 古賀さんのルンルンという擬態語が似合う姿を見ていると、全力で応援しようと思った。

 昇降口で見えなくなったと同時に、予想外の声を聞いた。


「うわっ! え!? 水月!?!?」

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