97 クリスの魔法
「随分と小さい杖だな。」
「いいのよ。この方が持ち運びやすいし、私にはあってるの。」
30㎝ほどの細いタクトと呼ばれる木の枝のような杖だ。
そういながら、次の獲物めがけて丘を登る。
岩蜥蜴は、少し遠くに視界にはいるだけでも数匹は岩の上で日光浴をしている姿が見える。
「あいつにしましょうか」
200mほど離れた先にいる岩蜥蜴をさして、クリスが言う。
よく見ると、尻尾が極端に短い。おそらくしっぽ切りをしてそう経っていないのかもしれない。
的は小さくなるが逆に言えば、あの状態であればしっぽ切りで逃げられる恐れは少ないだろう。
フェルとウェンツが左方向に大きく迂回し、ギルが右方向に分かれる。
岩蜥蜴が逃げにくいように半包囲体制を引くためだ。正面はクリスとニースが構える。
岩蜥蜴の視界にはすでに皆が映っているであろうが、その足の速さもあるのか岩蜥蜴は大体50m近くまで近寄るまでは、じっと様子を見ている。
フェルはさらに丘の上の方に回り込むが、普通逃げる際には下手に逃げるからどちらかといえば一番安全な場所といえるかもしれない。
クリスが、大きく杖を持った右腕をあげる。
仕掛ける合図だ。
「雷の鎖よ、岩蜥蜴を束縛せよ」
短い詠唱を行うと、杖を空に向けたまま手首で小さな円を描いた後、杖の先を岩蜥蜴に向けて振る。
杖の先から閃光ががほとばしると、岩蜥蜴に向かって飛んでいく。
雷という言葉に対しては、かなり弱弱しいが、スピードは矢が飛ぶより速い。
魔法は岩蜥蜴に命中するが、遠目には特に外傷は見られない。
「今よ!急いで!!」
カティアが叫ぶと同時にフェル達3人が一気に岩蜥蜴に向かって走り出す。
それを見た岩蜥蜴は、あわてて岩から飛び降り、いつものように逃げ出そうとするが、その時になって身体が痺れていることに気づき、岩からドサッと転げ落ちる。
それでも、逃げ去ろうとするが、いつものような動きが出来ずにかなり遅い。
みると、足先がおかしな方向に折れた状態のまま走ろうとしている。
一番最初に岩蜥蜴に近づいたのは、岩蜥蜴の逃げるほうにいたニースだった。
新しい槍をしっかりと構えて、岩蜥蜴の首元目掛けて突き刺す。
普通であれば、なかなか捉えることができないが、動きが遅くなっている上、武器にもなる尻尾がほとんどないこともあり、見事に首元に槍が刺さった。
しかし、岩蜥蜴の体皮は硬いため、貫通するほどではない。
槍を外そうと大暴れをする岩蜥蜴を押さえつけるように、ニースは両手で槍を持ち踏ん張るが、流石に岩蜥蜴が全体重をかけて動くとなるとそう簡単には抑えきれない。
たまらず槍の穂先が抜けた瞬間、走りよってきたウェンツが岩蜥蜴の頭をセミスパタで叩くように切りつけた。
セミスパタは、刺突もできるが斬撃に向いた剣で、長さの割に肉厚な刀身は重量のバランスが良く、耐久力にも優れている実践的な武器として、王国軍の歩兵の正式装備としても採用されている。
流石に、頭を落とすまではいかないものの、頭蓋を完全に叩き割られた岩蜥蜴は、何回か痙攣を起こしながらも、動けなくなる。致命傷である。
ニースがとどめとばかりに、再び槍を深く突き刺すと、岩蜥蜴はやっと動きを止めた。
・・・・
「ふぅ・・・。」
クリスが杖をしまって、クロスボウを背負うと岩蜥蜴に近づいてきた。
「さっきのは何だ?」
ウェンツが確認するのは、もちろんクリスの放った魔法である。
ウェンツのところからは、杖から閃光がはなたれ岩蜥蜴に命中したのは見えたが、その効果は良く解らなかったのだ。実際に岩蜥蜴にも焦げ後などの外傷は見られない。
「雷の魔法よ!」
クリスは自身満々にいうが、少し皆が持つイメージと異なるようだ。
それはそうだろう。雷というと天から轟音と共に降り注ぐ光とエネルギーの塊だ。
実際に見たことはないが、木に落ちれば木が爆ぜ燃え上がるという。
それに比べれば、ほとんど音もなく光も小さく発火もしない。なにより天から落ちるわけではない。
なにやら、皆が不満そう顔をするのでカティアがフォローをする。
「いや、いっとくけどあんな天から降ってくるような雷の魔法なんて、宮廷魔法使いでも使えないからね。これは、雷の性質を持った束縛の魔法。相手の筋肉を痺れさせて動きを止めるの。」
魔法というのは、マナを操る力、イメージする力が重要になる。
火などは見ることも多いしイメージしやすいのだが、雷というのは意外と難しい。
それを聞いて、皆が納得をする。
「なるほど。しかし、これは結構使えるじゃないか?」
「ええ、殺傷力はあまりないのだけれど、筋肉などに直接働きかけるから、防ぎにくいの。
ただ、弱点もあって、雷の性質から金属鎧などをつけられていると効果がないのと、筋肉量が多いやつにはちょっと持続時間が短いの。」
カティアの説明をクリスも頷きながら聞いている。
どうやら、使えるようにはなったが精通しているわけではないようだ。
「物は試しだから、実際に受けてみれば良いわ。」
カティアがウェンツにとんでもない事を言い出す。
「大丈夫。ちゃんと手加減すれば危険は少ないから。クリスも手加減をちゃんとして、足を狙って。」
「本当に大丈夫なんだろうな」
そういいながら、しぶしぶウェンツは少しはなれたところにたつ。
それに向けて、クリスは束縛魔法を手加減の意味もこめて、詠唱もせずに発射した。
ウェンツの右脛に魔法があたり、ペタンとウェンツが座り込む。
そして、納得がいったかのように頷いた。
「なるほどな。これは・・地味だが使えるな。」
ウェンツはこの感覚を知っている。
そう、長い時間足を曲げて座った時などにおこる痺れだ。
全く感覚がないわけではないのだが、無理に歩こうとすると足が変な方向に曲がり足首をひねりそうになる。そのために、座り込んだのだ。
回復まで大体30秒ほど。これも変わらない。
「痺れを強制的に起こす魔法か。フェル達も一度受けておくといい。体験するのが一番早いからな。」
それから、世にも変わった攻撃魔法の対象になるという体験会がはじまるのであった。
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