03 狼なんか怖くない!
大狼。
全長2m程度の犬型の魔物。
特徴として犬歯が発達しており、大きさは大体25~30cmにもなる。
鋭いその牙は、獲物に噛み付いた際に、多量の出血を誘い危険だが、特に毒などはない。
肉は硬く食味もあまり良くはないが、毛皮や牙は比較的良い根で取引されることから、一部の猟師や冒険者からは、良獲物として認知されている。ただし、通常1人での対応は行わない。
それは、この獲物のすばやい身体能力が1対1では大変危険なためだ。
「ありゃ・・、あれは狼だねぇ・・・。どおりで角ウサギがいないわけだ・・。」
「この辺では、あんなのあまり見かけないのにね。」
ティルクが話しかける。
大狼までの距離は100ⅿほど、大狼であれば、直ぐに噛み付きにこれる距離である。
森の視界の悪い中を嗅覚に優れた大狼は、新しい獲物(=フェル)をみつけて、ゆっくりと近づいてくる。
「これから、冒険者になる腕試しには、ちょうど良い相手だね。」
本来であれば、駆け出しの冒険者ひとりで狩れる相手ではないのだが、ティルクはいとも軽くいう。
「そうだね。」とだけ返事をすると、フェルはなにやら少しつぶやきながら、お手製の小弓を構えた。
小弓は、角ウサギなどには十分だが、あきらかに今回の獲物には役不足に見える。
そもそも、この距離を届くのか。
ヒュン。と言う音がすると同時に、ギャンという甲高い叫び声がする。
大狼の声だ。
見ると、残り30ⅿほどの距離で、狼が転げまわっている。
すぐに起き上がるが、その右目には、木の枝と思われるものが突き刺さり、地面にかけて血が散乱している。
さらに、フェルは矢を射る。
今度は大狼が跳ねて避けるが、矢は地面に落ちる前におかしな弧を描き大狼の右足にささる。
再びギャンという声がするが、先ほどのように転げまわることはなく、やや後ずさりしながら頭を低くしていつでも飛び掛かれる姿勢をとる。
大狼は、怒っていた。
森の奥から獲物を狩に来たら、いつもは簡単に狩れる角ウサギなどがまったく捕まらない。
腹が減った。
そう思っていたら、美味そうな人間の子供が一人のこのこ目の前にあらわれてきた。
おおかた薬草でも採りに来たのだろうが、そんなことは知ったことではない。こいつなら、1匹で腹いっぱいに食うことができる。
子供は、足がすくんだのか身動き一つしない。
そう思ってゆっくりと獲物を逃がさないように威圧しながら近づく。
万が一逃げようが、この距離なら逃すことはない。
そう思っていた矢先に、子供が何かを放った。
ふん、やけくそになったか。
そうして交わそうとした瞬間に、右目が急に熱くなり、見えなくなった。そして耐え難い痛みがする。
大狼は何が起きたかわかっていなかったが、直ぐに体制を整えた。
「マホウ?」
次の瞬間、また何かが飛んでくる。
か細い木の矢のようだ。今度は交わした・・・はずであった。
ところが、木の矢は右足に刺さっている。痛みはほとんどない。
先ほどの眼の痛みのこともあるが、たいした傷ではない。
が・・・・、これは長引かせない方がいい。野性のカンがそう告げていた。
「うん。やっぱり、この弓の威力ではむつかしいな。」
フェルはそういうと、弓を投げ捨てて腰に佩いていた剣を抜いた。
剣と言っても、片場の肉厚なもので、刃渡りは30㎝程度。
短刀というほうが近い。
非戦闘向けの魔法を使うものや商人などが使うための護身用武器といった感じである。
良く見るとほんのりと光っているので、何らかの魔法がかかっているが、フェルにはよくわかっていない。
まぁ、一般的には武器を丈夫にする「巌鉄」や軽くする「軽量」などが使われていることが多いが、重みからすると「軽量」ではなさそうだ。
フェルと大狼はじりじりと間合いをつめる。
そして、距離にして3m。大狼の間合いだ。
大狼は、自慢の牙の生えた口を大きく開き、フェルに飛び掛る。体躯の差は歴然である。
相手はその体重をまともに受け、倒れるはずである。
そして倒してしまえばその首元を引きちぎるのは容易だ。
実際に、大狼がこの方法で子供の灰色熊を捕食することが確認されている。
同程度の体重なら、倒してしまえば大狼は灰色熊よりも強いのかもしれない。
しかしながら、大狼がフェルにのしかかることはなかった。
大狼がフェルに飛び掛った次の瞬間、大狼の動きが止まる。
そして、顎下から剣が突き上げられる。
何がおきているかわからないうちに、大狼は絶命した。
大狼の身体の下から、不自然に伸びた数本の木の根が大狼を突き刺し支えている。
そして、その中でフェルが剣を大狼の顔めがけて突き上げていた。