22 森の熊さん1
2匹目の角うさぎを射抜くと、フェルはまた慣れた手つきで血抜きを始める。
狩をはじめてわずか1時間程度。
今日は、“ツイている”のかもしれない。
フェルもエドク茸は見たことがあるし知っているが、実際に採取をしたことがなかったので、できれば角ウサギでポイントを稼ぎたかった。
たかが草やキノコと思っていても、意外と奥が深いもので、傷をつけてはいけない場所があったり、採取の仕方が悪いと商品価値が一気になくなったりする。
それに、毒虫などが葉の裏にいやすかったりと“図鑑“にはあまり載っていない注意ポイントが結構あるのだ。
そういうことは、経験がものを言うのだが、フェルにはそれほどの経験がなかった。
角ウサギを麻袋にしまい、次の獲物を見つけに歩いていると”ドリュアデス ―森の精霊-”がなにやら、騒ぎ出していた。
「フェル、気をつけて。何かいるみたい。ドリュアデスが警告をしてきているわ。左前500mぐらい・・・。」
ティルクが真剣な顔でフェルに注意を促す。
木立のすきま、草むらのあたりが不自然に“ガサガサ”っと、音を立てる。
確かに、何かがいるようだ。角ウサギや小猪にしては動きが大きい。
「フェル。ドリュアデスが急いで逃げろって言っているわ。」
ティルクがそう叫ぶが、少し遅かったようだ。
400mほど先の茂みの中からゆっくりと姿を表したのは、体長2mはある赤毛の熊であった。
赤毛熊。
灰色熊ほどではないが、有名な熊の魔物である。
名前の通り、やや褐色に近い赤毛で、大きいものでは体長2.5m 体重は300kgに達する。
食性は雑食で、猪やウサギ・ネズミなどの肉の他、魚や果実などを主に食べる。
このあたりの森での食物連鎖では頂点に近い位置おり、天敵がいるとすれば武装し訓練された人間だけという危険な魔物である。
赤毛熊は、フェルを見つけると、のそり、のそりと地面を嗅ぎながら、ゆっくりと近づいてくる。
いきなり、駆け出してこないが、そのオーラはすさまじく、フェルの背中に冷たい汗流れる。
足が震えているのがわかるが、頭は驚くほど冷静だ。
腰に麻紐で結び付けていた笛を引きちぎって、大きく息を吸い込むとゆっくりと吹き鳴らす。
かなりかん高い、独特の音色が森全体に響き渡る。
赤毛熊は、一瞬ビクンと硬直したが、何事もなかったかのようにまた地面の匂いを嗅ぎながら、フェルのほうにゆっくりと前進してくる。
罠などを警戒しているのかもしれない。
赤毛熊をしっかりとにらみつけたまま、フェルはもう一度大きく息を吸うと、笛を吹き鳴らした。
・・・・
森に響く笛の音を聞き、フェスカは、それがフェルのいる方からであることに気づいて道を走り出した。
あの笛は、受験者が負傷したり危険を感じたりした時に、教官に通知するために渡されたものだ。
この森は比較的安全だし、試験で自らの力量不足を認めるというのはなかなか難しいため、めったに吹かれることはないのだが、それが吹かれたということは何か良くないことがおきてる可能性が高い。
試験者程度ではどうしようもない何か・・・・。
フェスカは、最悪の事態のために走りながらも“治癒”の魔法を唱えてホールドさせておく。
・・・・
ネールの耳にも笛の音は聞こえた。
切り株を立ち上がると、笛の聞こえた方角へ向かう。
しばらく走っていると、再び笛の音が聞こえる。方向は間違いないが、かなり距離がある。
2回も鳴らすということは誤って吹いたものではあるまい。
なにやら胸騒ぎがする。長年のカンが急いだことがいいと告げている。
ネールは、走りながら足に意識を集中させる。
「“跳躍”」
そう唱えたとたんに、ネールの1歩の距離がさきほどの倍近くまで伸び、加速する。
肉体強化系の魔法の一つだ。
・・・・
赤毛熊との距離は、わずか100mにまで迫ってきている。
フェルは、しっかりと赤毛熊をにらみつけながら、ゆっくりと距離を保つようにあとずさりする。
そして、このあたりで一番大きな木に背中を預けると、もう一度笛を吹き鳴らした。
森で熊に出会った場合に、背中を見せるのは危険な行為だ。
魔物は本能的に、逃げるものを追いかける習性があるものが多い。
逃げるものというのは、自分より弱いものが多く、基本的に餌となりうる存在だからだ。
熊の走る速度は、人間の倍以上のスピードで走れるといわれており、熊にあっても走って逃げてはいけないといわれている。無防備な背中から強烈な爪や強烈な突撃をうければ、完全防備であってもただではすまない。
できるだけ、平静を装い、可能であれば音など威嚇するぐらいでちょうど良いとされている。
それで助かるかどうかは、熊しだいだが、逃げ出すよりも生存確率は上がるといわれている。
なによりも、助けが来る可能性もある。
フェルは、角ウサギを麻袋から出すと自分の斜め前方へ、力いっぱい投げる。
うまくいけば、赤毛熊の興味が角ウサギの肉にいってくれるかもしれない。
そうすれば、食事のその隙に、ゆっくりと逃げればよい。
赤毛熊は、投げられたウサギの首を向けるが、さほど興味を示さなかったようで、フェルの方をみなおすと立ち上がり、両手をあげて威嚇のポーズをとる。
「グォォォ・・・」
赤毛熊の雄たけびがまわりに響く
やっぱり、今日は、“ツイていない”ようだ・・・・。
ご愛読ありがとうございます。
更新すると、PVがちゃんと増えてくれるのが嬉しいですね。




