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一番長い日4

酔っているという自覚はなかったのだが、身体は正直だったのだろう。

いつの間にかソファに横になっていたようで、ぼんやりと見えた視界の先には無数の酒の残骸が転がっていた。


大地は……

しーんと静まった部屋に明りだけが煌々と灯っていた。

帰ったのか? そう思ったのだが目の端に見えた大地のジャケット。

あれを置いては帰らないだろうと思いなおす。

おおかた、飲みつくしてしまった酒でも買いにいったのだろうと、重たくなった瞼を再び閉じた。

香也の事なんか忘れてしまいたかった。そんな事出来るはずもないのに。


身体がふーっと軽くなった感じがした。

ふわふわと浮いているような、そう夢を見ているようなそんな感じ。


そのうち人の気配がした、大地が帰ってきたのだろう。

今日はいくら飲んでも飲み足りない。初めっから何を飲んでも水にしか思えなかったのだから。

酔って酔って、現実から遠ざかりたい。

何度もフラッシュバックするあのメール。


ごめんね、ごめんね、ごめんね……


エンドレスで巡るごめんねの文字。

近づいてきた足音に俺は手を伸ばした。


「大地、遅せーよ。何処まで酒買いに行ってんだって」

強がりだったのかもしれない。大地にヤツ当りしているのは分かっていた。

だけどそうでもないとやっていられなかったんだ。

伸ばした手に、いくら待っても酒が渡る事は無かった。

とうとう、大地にまで呆れられたってか?


ずどーんと体が重たくなった。

そんな俺に


「俊平」


それは紛れもない香也の声であって……

とうとう俺も壊れたか、それとも夢を見ているのか?

香也に会いたいと思う俺に幻聴を聞かせたのか?

夢でも、幻聴でも何でもいいさ、もっと俺の名前を呼んでくれよ。


「俊平」


意識を持って声の方をみると

そこには、顔を少し顰めた香也がいた。


「マジやべーって。今度は幻覚だよ、どんだけ重傷なんだよ俺」


何が現実で、何が夢かなんてどうでもよかった。

香也がいるならば。


「俊平、一つ聞いていい?」

まぼろしだろう香也の声は震えていた。


何でも聞けばいいさ、否聞いてくれ。

お前の声を聞かせてくれ。


「なんなりと」

どうしてなのだろう、後悔したつもりなのに、こんな話方が身についてしまった事に我ながら呆れちまうよ。

せめて、夢の中だけも優しくしてやればいいものを……俺って馬鹿だ。


「私って犬みたい?」


香也の言葉にドキッとした。きっと忘れているだろうあの日記の事。

今なら言える。

俺の本当の気持ちを。



「あぁ、いつも言ってるだろ、犬みたいだよ。本当に香也は犬みたいだ……」

そうお前は俺の――

屈託なく笑うその顔も、困ったように顰める顔もお前の全てが愛おしいんだ。

愛してるなんて言葉じゃ足りないんだよ。

夢の中の香也相手だったけれど、そこまで言うと、少しだけ胸のつかえが取れたような感じがした。

香也の声を聞いて、こんなにも落ち着くなんて。

もう、目は開けていられなかった。

目の前に感じる香也の幻覚が消えてしまうのをみるなんて、堪えられなかったのかもしれない。俺はそのまま意識が遠くなっていくのを感じた。



複雑な夢をみた。

現実には、いなくなりそうな香也が、俺に話かけながら髪を撫でつけているそんな夢。

俺の隣には、香也がいて。

目覚めたくない、そう強く願った。また目を開ければ、俺には言い表せない程の過酷な現実が待っている。

ソファで眠ってしまった事は気がついていた。

起き上がる気力も無い俺は寝がえりを打とうとして、腕を動かそうとすると何かを感じた。


何度か、腕を持ち上げようとすれど、動かない。

大地か?


ゆっくりと瞼を開けると、俺に、もたれる香也の頭が。


香也の頭?


見間違えるはずが無い。

間違いなく、香也だ。まだ夢を見ているのか?


一瞬目の前の香也の足が動いた。

俺は反射的に


「うっうぉー」っつと情けない声をあげてしまった。

人間、思いもしない出来事に遭遇すると身体が固まってしまう事を初めて知った。


そんな俺を尻目に


「おはよう、俊平」

なんて、爽やかな顔をして、すくっと立ちあげる香也。

俺はなすすべも無く、そんな香也を見つめる事しか出来なかった。

今頃になって、昨日の酒が一気に俺を襲っているのか?

だけど、目の前でスカートの皺を払う姿は幻覚何かじゃねえよな。


未だ、ぼーっとした俺に、香也の指先が伸びてきた。

まるで人形のように固まった俺の頬に香也の人差し指が触れた。


夢じゃねえよな。

今、頬に触れたよな。


香也は何事も無かったかのように、すーっと歩き出した。

待ってくれ。何処に行くんだ。

そう言いたいのに、俺の頭は全くこの現実についていかない。

目を開けて、香也の姿を追うのが精一杯なのだ。


すぐに戻ってきた香也は、手にコップを持っていた。

これが本当に夢じゃなかったら……

手渡されたコップの水を一気に飲み干した。

こんなリアルな夢があるわけないよな。

だけど、未だ半信半疑の俺は


「夢?」

なんて情け無い事を。


「夢の方が良かった?」

そうほほ笑みながら俺に問う香也。

その言葉と同時に身体じゅうに一気に漲った力。


香也だ。香也がいる。

無意識だった。

香也が痛がるじゃないかって程、香也を抱きしめた。

もう、何処へも行かせない。


「俊平」

くぐもった香也の声。


「香也が、香也がどんな気持ちでここまできたか考えたくないけど、俺もう無理だから。俺もうお前の事、……離せないから……」

香也を抱く手に更に力が入った。


夢中で香也をかき抱く俺に微かな声が聞こえた。


「俊平、大好きだよ」

と。









ここまでお読み下さりありがとうございました。次回最終回になります。

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