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のみ過ぎたのは?

「美佐ーあの人帰ってくるみたい」


昼過ぎに珍しく掛ってきた香也からの電話。

ちょっとだけ嫌な予感はしていたんだ。

案の定、香也の言葉は衝撃的で。

言葉の端から動揺しているらしい香也の姿が目に浮かんだ。

社内の廊下の片隅で話している上司の会話を聞いた人がいるらしい。

そんな話だった。

「俊平と香也、良い感じらしいぜ」と大地から聞いたのはつい先日の事だった。

この話、俊平に知らせた方がいいんじゃないだろうか? 

しっかりしているように見えて結構流され易いからな、香也は。

あの時だって、泣いて泣いてふっ切ったって言っても、あれから香也が誰かと付き合ったって言う話は聞いた事がないだけに、引きずっているのだろうなとは思っていたから。

俊平の努力を知っているだけに、このまま知らせずにいるのは躊躇われたんだ。

それでもどうしようかと悩んだ末に私は俊平にメールを送った。

用件だけを短く。

そのあと、クライアントとの話し合いが入っていた私。直ぐに掛ってくる解っていたけれど、携帯をマナーモードに切り替えて、デスクの引き出しにそっとしまった。


話し合いは平行線を辿り、話は長引くばかり。もういいじゃん! と言ってしまいそうになるのをぐっと堪えて、上司の言葉に相槌を打ってにっこりと笑っている自分がいた。

話し合いの途中3度席を立った。それはお茶くみ。

今回はサポートとばかりに同席している私は、いわゆる雑用係的な仕事な訳で。

資料をまとめるのが苦手な上司に付きあって、話の流れを覚えるのが今日の私の一番の仕事だった。

本当は根本の仕事だったにも関わらず逃げやがって。今日は、机にしがみついていたかったのに。


そして、4度目のお茶を煎れに、給湯室へ。予め75度にセットしてあるポットから湯を注ぎ片手にお盆をのせて、ドアを叩いた。

するとどうだろう、さっきまでのムードは何処へやら、和やかな雰囲気で握手をしている皆さんが。自然と私の顔も朗らかに、やっと解放されるとほっとした。

その後暫しの歓談の後、クライアントを見送って、資料片手に席についた。

どっと疲れが押し寄せる。そして、恐怖の携帯チェック。開かずとも解ってしまう幾通かのメールと着信。

ゆっくり広げた携帯には、ちょっと身も凍るほどの着信が……

まずは香也からだな。

そこにはあっけない文字。

「ごめん、噂話だった」本当に噂で終わるのか? そんな考えが頭を過る。

すぐさま履歴を引っ張り出して、電話を掛けた。ジャスト5時。今ならきっと大丈夫だろう。

「もしもし? 大丈夫だった?」

そうして、簡単にさっきの話のあらましを聞くと、今晩の香也を確保する事に成功した。じっくり聞かせて貰いますからねと。

そして、次は問題児だ。

ずっと待っていたのだろう、掛けた途端に繋がる電話。

これからなんて言われるか、恐怖バリバリだったけれど、要件を告げると俊平はやけにあっさりとしていて、間違った情報を流しやがってと罵倒が飛んでくる事を予想していた私は拍子抜けに。きっと俊平は随分と堪えたのだろう、全て私のせいだとは思わないけれど言われた方が気が楽だったかもなんて思ってしまった。

電話を切ると待ってましたとばかりに、先程の上司が寄ってきた。

資料の催促だ。

今日までは勘弁してほしいとなんとか明日の午後一までの約束を取りるけた。

遅くまでは出来ないけれど、少しは先に進めておくかと、パソコンに向かう。

香也も今日は残業だと言っていたから丁度いい、待ち合わせを香也の駅前の洒落た居酒屋に決定。時間はあと1時間半、電車で1駅まだ余裕だなと、指を動かした。

全てを終えて、待ち合わせの店へ、香也はもう席についていて、携帯をいじりながらお通しをつまんでいた。見た感じ、普段と変わらなそうに見える香也にほっと息をついた。

洋風と和風の中間みたいなこのお店、日本酒もあれば、ワインもあって食べ物の種類も豊富だったり、ちょっとリーズナブルとは言えないまでも、そこそこの値段で楽しめるこの店は週末とあって、ほぼ満席だった。

前置き無しに、香也の気持ちを聞いてみた。

にこやかに話す香也はあんまり気持ちが揺れなかったというじゃないか。これには私が驚きだった。初めこそちょっと動揺したけれど、結婚しちゃったしね。そんな事で会社にこれないわけないじゃないと一笑した香也。その顔は本当に無理をしている様子もなくて。


「もしかして、気になる人でもいるんでしょ」

と冗談半分で言ってみると、香也の顔はさっきの清まし顔は何処へやら、急に目が泳ぎだした。ってやばいじゃん俊平。こっちのほうがピンチかもよ。と聞いた私が動揺してしまいそうだった。

「どんな人」店のメニュー表を広げながら、そっけなく聞いていると。

「ん~まだ気になるって言うか。ちょっとだけだよ」と頬を染める。まるで中学生のようだ。

そこでその話は一旦終了。あんまり聞きすぎると返って口をつぐんでしまうのは良く解っている。学生の頃は、少しづつ話を聞きだしたりしたのだけど、今はこうやってお酒も呑めるからね。これは重宝する武器だ。お酒に弱くは無い香也だけど、ゆっくり飲めば自分から話しだしてくれるのが今までの香也だったりするから、今日もこの手でいこう。何だか俊平みたいだな私。なんて心の中で思いながら、乾杯の後1本のワインを注文した。

それがどう? 今日の香也は随分とまあガードが固いったらない。ワインじゃ効かず、空になってしまったよ、付き合っているのが大変かも。だけどこれじゃ駄目だとカクテルに変更。私は軽めな”ピーチフィズ”を。香也にはあくどいなと思いつつも甘いながらもちょっときつめな”ガルフストリーム”を注文してみたり。そんな私の苦労の甲斐あって、段々と香也は語り始めた。

初めは声にドキッとしたと。

それから冷たく感じて嫌な奴になたもんだと思ったり。話す言葉は単語ばかりで、何だか会話もはずまないんだけど、自分の気がつかない処で気にかけてくれている事に気がついただとか、そんな事を。


ねぇそれって俊平の事だよね


喉まで出かかった言葉を呑みこんだ。

きっと香也もまだ自分で気がついていないんだ。本当の気持ちを。

だけど、顔を百面相しながら話す香也はとっても良い顔していて。

目的を達成した私は心おきなくお酒を楽しめた。

香也は最後まで名前を明かさなかった、きっと照れくさいのだろう。

私も知らない振りをきめこんだのだった。


気がつくともう終電間近。慌てて会計を済ませ駅へと向かった。

香也はご機嫌で、この後美佐の部屋で呑みなおしだーなんて。

確かに酔っぱらってはいたもののその時は足取りもしっかりしていたし、呂律だって回っていたのに。

階段を下りて、正面に見えたのはびっくりする光景で。

そこには、まさしく時の人、俊平が女の子を目の前にホームにいるではないか。

そっと香也をみると、やっぱ目に入っちゃったよね……

すると、女の子は勢いよく階段を駆け上がってきた。

ちらっと見えたその表情は何だか嬉しそう?! もしやナンパか?

香也は? これがお酒の力ってやつだろうか、真直ぐその足は俊平の元へ。

こりゃ確定だね。

その後の香也は自暴自棄? 一気に酔いが回ったみたいで見ているこっちが”あぁあ”って感じだ。相変わらず俊平の視線は鋭いし。

だけどこれは私の口から言う事じゃない。ここまで頑張ってきたんだ、最後まで頑張ってみるべきだ。あと少し先まできた俊平の願い。意地悪かもしれないけれど私は俊平にパスを出す事はしなかった。頑張って。心の中ではそうエールを送ったけれどね。

本当は大地に相談しようと思ったけれど、あいつ俊平に甘過ぎるからなぁ。

何度も携帯を開けたり、閉めたり。ひとしきり悩んだ末。

やっぱりこれでいいんだと、携帯を封印した。


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