表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

どんどん

作者: 鷹参

夏のホラー2018参加作品です

「なあなあ。都会の一人暮らしはどうだ?」

ビールジョッキを手に友人が話しかけてくる。

「彼女出来て、連れ込んだりとかしてるんじゃないのか~」

もう一人も話に絡んで来た。


「そんなのないってーの。出会いとかないから」

俺は箸を持った手を振って否定した。

「ほんとかよ~」

「マジだって」

都会に就職して一人暮らしを初めて数か月。

今日は久しぶりに地元で友人たちと飲み会だ。

店内は他にもお客さんがいて賑やかだった。


「でもさ。デリヘルとか呼んだりできるよな」

「馬鹿なこというなよ、一応は社宅扱いなんだからな」

「真面目かよっ」

社員寮ではないが会社から家賃補助が出ている。

有難いし、立地もいいんだが、一つだけ悩みというか……


「俺も都会に出てマンションに住みてえなあ」

「そんないいもんじゃないよ。俺は田舎の家に住みたいよ」

「なんだよどうしたんだよ……あ、まさか、あれか、何か出るとかなのか……」

店内の喧騒に負けじと大声を出していた友人の声が、小さくなった。

「そういうんじゃないんだけど」

「なんだよお。だったら言えって」

そうだな、ここで愚痴を聞いて貰おうか。

「聞いてくれよ。実はな――」




どんどんどん

「クソ。またかよ」

夜、俺は自分の部屋で毒づく。

上の部屋から響いてくる足音。

「静かに歩けよ、田舎者が」

田舎から来た俺の方が歩き方がスマートじゃないか。

どんどんどん

なんで部屋の中をそんなに音立てて歩き回ってんだよ。


就職で都会に出た。

初めての一人暮らしだ。

不安も期待もあった。

はじめは慣れなかったけど、楽しくなってきた。

でも、一つだけ困っていることがある。

上の部屋の住人の足音が響くのだ。夜、静かになると響く。

自分が静かに歩いている分、余計に腹が立つ。

しかし、言いに行く勇気が出ない。

それも余計に苛立つ原因だろうか。


ネットで調べたけど、マンションって壁伝いに隣から響く音ってのは少ないが、歩き方によっては下方に響くとあった。また、斜め下に響くこともあると。

まさしくそれだった。

俺の両隣の部屋にも響いているはずだ。

けれど上の住人が煩いってことは、注意したことがないか、注意されても治らないか。

隣人は気にならないのか我慢しているのか。


どんな人間なんだろう。

男か女か。

そもそも隣の人だってどんな人かわからない。

引越しの挨拶に行ってないからだ。

行こうとしたらそういうのは、「今はそういうのしない」って不動産屋に言われた。都会のマンションはそういうものらしい。びっくりしてネットで調べたら、そうだった。


どんどんどん

注意したい。

けれど、言いに行くのは躊躇してしまう。

ずっとじゃないし、たまに気になるだけだから。

どんどんどん

クソ、今日はなんだってんだ。

まさか女性を連れこんでたりとか。

イライラする。

「いっそのこと、殺されないかな。そしたら静かになるのに」

俺は小さくしていたテレビのボリュームを少し上げた。




「なあなあ。今度さ、泊まりに行ってもいいか」

割り箸を手に友人が話しかけてくる。

「あ。俺も行きたい。夏の都会で遊びたいよ」

もう一人も話に絡んで来た。

「お前らさ。単身用のワンルームだし、一応社宅なんだから騒げないぞ」

「「真面目かっ」」

帰省した俺は地元で友人たちと会っていた。

良く通っていたラーメン屋で、それぞれに麺を啜っている。

幹線道路沿いの古びた店で、今日は他に客は居なかった。

棚の上のテレビは、芸能ゴシップやニュースをごちゃまぜにしたような番組を流している。


「どうなんだよ、上の階のどんどんは」

友人たちは勝手に上の部屋の住人をどんどん、と呼んでいる。

「あのな。こっちはほんと、たまにとはいえ迷惑してるんだからな」

「ごめんごめん」

こいつらにこうして愚痴って楽になった面もある。

あれからやっぱり音は響くし、ムカッとする時もあるが、毎日じゃない。

眠っていて気づかない時もあったようだ。


「ほんと、もう誰か殺してくれないかな。そうしたらずっと空き部屋になるだろ。事故物件ってやつでさ」

「うっわ。キッツ―」

「都会に毒されちまってるぜ~」

そんなキツイジョークを言いながら、俺達はラーメンを啜った。


食べ終わったらどこへ行くかを話していると、俺のスマホが鳴った。

画面を見ると会社の上司からだ。

今までこんなことなかった。

休み前にした仕事で、何かミスでもしたかな。

「ごめん、会社からだ」

俺はそう言って店の外に出た。


電話に出ると上司が心配した口調で尋ねて来た。今どこにいるのか、実家だよな、大丈夫か、と。訳が分からないが、そうですと答えた。この休みは実家に帰るって上司と話していた気がする。大丈夫とはどういうことだろう。

すると上司が驚くべきことを俺に告げた。


「どうした。なんかあったのか」

「休日に呼び出しか~……おい。マジでどうした?」

俺はふらふらと店の中に戻って椅子に座った。

「それが……あっ」

その時、テレビが事件を報道し始めた。

事件が起こり、たまたま現場近くにテレビ局関係者からネット中継をするという。

スマホカメラからの画像は若干荒いが、映っているのは間違いなく……


俺の住んでいるマンションをバックに、テレビ局の男性が話し出した。

『はい。殺人事件が起こったのはあちらのマンションです。住人を別の部屋の住人が口論の末、刃物で刺したそうです。詳しくはわかっておりませんが、辺りは騒然としており……』


事件の事は、さっき警察から問い合わせを受けて心配し、連絡をくれた上司から聞いた。

俺の住んでいるマンションで殺人事件があった。

被害者は、俺の上の部屋の住人。

そして俺の隣の部屋の住人が犯人だ。

騒音の注意に言ったが口論となり、その後で相手を刃物で刺したそうだ。




「おはようございます」

朝、マンションの前でたまたま大家さんとすれ違った。

大家さんはむっつりとした表情で去って行く。

挨拶くらいしろよ。ますます住人が減るぞ。

むしろ、こうして住み続けている俺に感謝しろってんだ。


そもそもあんた、隣人から上の住人の騒音を注意してくれないかって相談受けてたんだろ。ニュースでは、そう言ってた。

それを住人同士で解決してくれって拒否したらしい。

自業自得というか。


そして俺は上階の被害者にも同情できない。

テレビで初めて見た上の部屋の住人は、ごく普通のいい人そうな顔だったけど。

むしろ隣人の方に同情している。

こちらもテレビで初めて見た加害者は、繊細そうな感じの人だった。


上と隣の一方は空き部屋になった。

上の部屋は当分、もしかしたらずっと、空き部屋だろう。

他の住人もこのマンションに住むのを嫌がって、出て行った人もいるようだ。

俺も会社が、「引越し代は負担するから転居するか」と言ってくれたが申し訳ないので断った。

真面目だな、気にしなくていいんだぞと言われたが。


どうして出る必要があるんだろう。


上の住人は居なくなったんだ。

しかも、その両隣も出て行って空き部屋になったから、これで完全に上は静かになった。

死ねばいいとか思ったことが現実になって驚いたし、しばらくは罪悪感もあったけど。

結果、環境は良くなったんだ。


事件後は事情を聞かれたり、取材記者や野次馬で大騒ぎだったが、今は快適そのもの。

”どんどん”は居なくなったんだから。

俺は何もしていない。

悪いことをしたわけでも無い。

俺は楽しく快適な都会の一人暮らしを過ごしていた。




どんどんどん

「うそ、だろ」

夜、上から音がした。

真上の部屋かわからない。斜め上からかもしれない。

じっと耳を澄ます。

気のせいか。


どんどんどん

マジか。

上階のどの部屋かわからないけど。

斜めか?

まさか真上の部屋?!

引越ししてきたヤツがいるのか、こんなマンションに。

しかも、同じように歩く迷惑なヤツが。

「マジかよ……クソ、もういっぺん誰か、ころ――」

そう呟いている自分に気がついて、慌てて言葉を飲み込んだ。




「というわけなんで、注意してもらえませんか」

俺は大家さんに相談に行った。

あれからまた前と同じようにたまに、どんどん、が響いてくるんだ。

さすがに今度は注意してくれるだろう。そうじゃないと、俺はここを出ると告げた。

「な、なにを馬鹿なことを言うんだ! からかってるのか!」

大家さんは怒り出した。

俺がもう一度、上の階に入居した人に注意してくれませんかと説明すると大家さんは大声で言った。

「あの階は全部空き部屋だ! もう入居者なんて来るもんか!」


え。


じゃあ、あの足音は……





「眺めがいいなあ。風も通るし」

ベランダから見える都会の夜景は最高だ。

隣は居ないし、下の階は誰も居ない。

風俗嬢を連れ込んでも、友人を泊めて騒いでも誰にも迷惑がかからない。

何よりいいのは、何かがどんどんと音を立てたって、最上階のこの部屋には上からの騒音は絶対にない。


家賃は大家さんが安くしてくれたので、俺の負担額はかなり減った。

ネットにはちゃんと事件のその後も書いておいたので、今後も入居者は少ないかな。

どうやら幽霊とか、妖怪どんどん、と呼ばれているらしい。


「あはは。いいマンションだ」

俺はベランダから戻ると、どんどんと部屋を歩いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公、逞しいですね。彼ならお化け物件渡り歩けそうです! じっさい入居者のトラブルは絶えません。私が独身時代に住んでいたアパートは壁が薄くて。隣で痴話喧嘩始まって、取っ組み合いになった時は…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ