初めての幽霊
「見えて来たで! あれが噂の幽霊屋敷や」
森の更に奥──山道の先には古い洋館が建っていた。
光が届かない事で、夜の様な昏い森にある洋館はいっそう不気味だ。
「それで? 調査とは具体的に何をするんだ?」
「まぁ、悪霊が出るっちゅう噂があるから、それの正体を探る事やね」
「またベタだな」
「せやね♪」
俺の言葉に桐生はヘラヘラと相づちを打つ──だがそこで、俺達はふと足を止めた。
身構える俺達の元に、奇妙な足音が近付いて来る。
人の物でも無く、魔物や動物では決して出す事の無い足音。
「なぁ桐生? つかぬ事を聞くが、この世界にあんなものを作る技術があったりするのか?」
「あるわけないやろ…そんなモン」
「だよな…ならあれはなんだ?」
「目標を補足。これより迎撃態勢に移行します」
「お前等! 今すぐ避けろ!!」
俺達よりも、少し後ろに離れていたエルの叫びで、間一髪で何者かの攻撃を躱す。
「なっ…?!」
「なんやねん今の?!」
俺達の前に現れたのは機械仕掛けの人形だった。
正確に言えば、アンドロイドとでも言えばいいのか──とにかく、ヤツは右腕を変形させ、レーザー砲の様なものを放って来た。
「目標の生存を確認──これより、戦闘態勢に移行します」
変形させた腕を元に戻し、そいつは戦闘態勢に入る。
「キミらは先行けや!ここはワシが任されたる!」
「お前はバカか!! あんな得体の知れない奴相手にどうやって一人で闘う気だ!」
「大丈夫や! 取っておきがあるしの♪」
「行くぞ! あたしらがいたって邪魔になるだけだ!」
エルは俺を軽々と肩に担ぎ、屋敷の方へと駆け出す。
「人数減少により、勝率低下──…理解不能」
「まぁ、機械に分かれ言うんが無理な話やね」
◇
「おい! 下ろせ! 奴を見捨てるのか!?」
先程から暴れているが、ビクともしない──意外と怪力らしい。
「やれやれ、さっきまでのかわいいお前はどこへ行ったんだろうな…っと、着いたみたいだぜ?」
エルに下ろされ、ふと見上げると──そこには古びた洋館が建っていた。
「さささささて、ははははは入るぞ!」
そう言いながら、俺の後ろに隠れるエルを宥め、桐生なら自力でなんとかすると信じる事にした俺は、ドアノブに手を掛ける。
扉を少し開くと、内側から冷気のようなモノが漏れ出す。
「…ひっ!」
小さく悲鳴を上げるエルを無視して、俺は更に扉を開く。
中へ入ると、長い間誰も手入れをしなかったのだろう──随分と埃が溜まっていた。
だが、汚れているだけで状態は悪くない。
「僕は一階を調べてみるから、エルおねぇちゃんは二階を調べてくれる?」
「無理だ! 頼むからアタシを一人にするな!」
「んー、じゃあ一緒に行く?」
手分けした方が効率がいいと判断した俺は、それをエルにも伝えるが――どうやら無理そうなので、仕方なくエルと共に捜索を開始するが──。
「キミタチダレ?」
ふと、そんな声が屋敷に響く。
「いやぁぁぁぁ!!」
突然の幼い声に、悲鳴を上げるエルを宥めながら、声の主に呼び掛ける。
「僕達は冒険者で、この屋敷を調べに来たんだ。君はここに住んでるのかい?」
少し待ってみたが、返事は無い。
「ねぇ?よかったら話をしようよ!」
俺は再度呼び掛ける。
「ジャア、ニカイノオクノヘヤニキテ」
「ありがと!」
俺は、震えるエルの手を引きながら2階へと向かう。
階段を上り、廊下の最奥の部屋に辿り着き、ドアノブへ手を掛ける。
部屋に入ると、声の主が窓辺に腰掛けていた。
「さっきの声は君かな?」
俺は目の前の少女に尋ねる。
「そうだよ」
真っ白に染まった髪は腰まで伸び、肌は一目で血が通ってない事が分かる程に青白い。
「驚かせてごめんね。ボクは『白色 霊華』」
本来白いはずの強膜は黒く染まっており、その中心では白銀の双眸が薄っすらと光っている。
真っ白なワンピースを着た少女は、屈託の無い笑顔でそう名乗った。
コイツが件の霊で間違い無いのであろうが……日本人の名前を名乗った事に引っかかった。
まさかと予想を立てる俺を余所に、色白は続ける。
「女神様が言ってた勇者って、君たちなの?」
やはり勇者だと確信する言葉を色白が放つ。
だが、その言葉に先に反応したのはエルだった。
「お前も……勇者なのか?!」
エルは確かに『お前も』と言った…つまり──。
「うん! 僕も勇者って言われたよ! ここで他の勇者を待つように言われたんだー」
そして、あっさりと認める色白──俺は惚けようとするが。
「あたし達2人も勇者だ」
エルによって、暴露されてしまった。
「まさか気づいていたとはな──…だが何故だ?」
「アタシは魔力を感知出来るんだ。それで、可笑しな魔力を持つお前らについて来たって訳だ」
いまいち理解が出来なかった俺は、魔力についてと本当にそれだけの理由で付いてきたのかを聞こうとするが――。
「たーけーるーくーん! どーこーでーすーかー!!」
やたらデカい声で、人の本名を叫ぶバカが一人──質問は後回しにする事に決めた。
「はぁ……やれやれ……まぁ、無事で何よりだが」
桐生が無事な事に胸を撫で下ろしつつ、溜息を吐き、桐生と合流する為に、俺達は部屋を出る。
「お! おった、おった!」
部屋を出ると、廊下の向こうからこちらに向かって来る桐生ともう一人。
「おい桐生! 何故ソイツと共にいる!?」
桐生と並走しているのは、先程襲いかかって来たロボットだ。
「そんなん、この子も勇者やからや♪」
桐生のとんでもない発言に、俺は眩暈を覚えながらも、脳内で情報を整理しようとするが、無理そうだ──なので、落ち着ける部屋に向かう事を提案し、返事を待たずに全力疾走した。