初めてのクエスト
母が遺してくれたポーチの中には簡単な装備が入れられていた。
皮製のグローブとブーツ──それらを身につけ、さらに父にもらったナイフがちょうど収まる皮製の鞘も入っていたので、それを腰の左側に取り付ける。
そして、膝くらいまでの短パンとティーシャツ──の、様な服。これは昨日から着ている服だ。
身支度を整えた俺は、地図を頼りに最寄の町を目指す。
◇
家から一時間程歩き、町の入り口に辿り着く。
活気に溢れ、思ったよりも広い町並みに少し気持ちが昂ぶるのを感じる。
「さて、情報収集と宿探し…どちらから行うべきか」
町をぶらつきながら優先順位を決めてゆく。
時刻は日が真上からやや傾いた頃──恐らく昼の二時ごろだろう。
寝床は早ければ早いほど確保しやすいのは当たり前である。
しかし、金は有限──ならば、金を十歳の自分が稼ぐ方法もそうだが、これからを考えれば情報も早く欲しい。
そんな事を考えている俺に一人の男が声を掛ける。
「ようボウズ! そんなに考え込んでどうした? 親とはぐれちまったのかい?」
声の方へ目をやると、五十半ば程だろうか──白髪混じりの短髪に、顎にだけ白い髭を生やした男がこちらを心配そうに見ている。
「ううん、違うよ。泊まれる所を探してるんだ」
怪しまれないよう、子供らしく振舞いながら男の言葉を否定し、目的をそれとなく伝えるが訳ありと思ったのか、さらに心配そうな目つきになる。
「そうか…宿ならホレ、反対側がそうだよ」
そう言われ、後ろを向けばこの世界の文字で『宿屋カマン』と書かれた看板が目に入る。
ふと見渡せば、いつの間にか色々な店が立ち並ぶ商店街の様な通りにまで来ていた。
「因みに、内は素材屋だ」
思わぬ所で宿が見つかったことで、情報収集を優先することに決めた俺は男に向き直る。
「あの、聞きたい事があるんですが……いいですか?」
「おう! なんでも聞いてくれ」
「素材屋ってなんですか?」
男の店についてを尋ねると、白い髭を右手で撫でながら丁寧に教えてくれた。
そのやり取りから男の人の良さが伺える。
「素材屋ってのはな、冒険者が手に入れた魔物の素材を買い取ったり、それを売ったりする場所さ。因みにだが、素材は武器や防具の加工なんかに使われるから、覚えときな。」
魔物──物騒な響きに思わず身が竦んでしまう。
空想などで何度か耳にした覚えはあったが、いざそれを身近に感じてしまうと、この世界が別世界なのだと改めて実感してしまう。
同時に、先送りにしてしまった問題が急浮上したことで、あの時ちゃんと調べておけばと後悔してしまう──だが、それも今となっては過ぎたこだと意識を切り替え、質問を続ける。
「他にも聞きたい事があるんですが、魔法具ってなんですか?」
次に聞いたのは、母の手紙にもあった謎の単語についてだ。
なんとなくは理解できるが、詳しく聞いておくに越したことは無い。
「遥か昔に絶滅しちまったドワーフって種族が作り出した──まさに魔法が使える道具の事だよ」
聞けばエルフと言う有名な種族も絶滅していたそうだ。
予想を超えるファンタジーと情報の多さに思わず怯んでしまう。
まさか人間以外の種族がいたなんて…だが、先ほど実感したばかり、ならばと意識を切り替え、更に質問を続ける。
「あの、お金が必要なんですが…十歳でも働ける所を知りませんか?」
最も大事な質問だ。そう都合よく見つかるとは思っていなかったのだが──。
「無いこともないが……」
そういいながら目を伏せ、いまいち歯切れが悪い。
恐らく、子供にはきつい仕事なのだろうと思いながら、男の次の言葉を待つ。
「冒険者ギルドって分かるか? いや、分かんなくてもいい。とにかく、この店を出て左に曲がって真っ直ぐ行ってみな。そこの受付で相談してみるといい。きっとなんとかしてくれるだろうからよ」
「ありがとうございます!」
店主の最後の言葉が少し引っかかるが、俺は親切な素材屋の店主に礼を言い、宿屋で予約を済ませてギルドへと向う。
通りを抜け、すこし広い場所に出る──そこには一際大きな建物があった。
中に入ると目つきの悪い連中がこちらを睨んでくるが、無視した俺は受け付けに向かう。
「初めてまして、冒険者ギルドへようこそ! ギルドのご利用は初めてでしょうか?」
受付には笑顔で対応してくれる女性が座っている。
緑色のロングヘアーに一瞬驚きはしたが、異世界なら当たり前なのだろうと思うことにした俺は、仕事についての話を聞く。
「はい。子供でも働けると聞いたのですが?」
俺の問いに受付嬢は少し困った表情になりながらも話を進める。
それもそうだ──十歳の子供が仕事を探しにくれば、誰でも似たような反応を示すだろう。
「では、いくつか聞きたい事があるのでこちらに来てください。」
そう言って、受付嬢は俺をギルドの脇に案内する──向かい合う形で、二人が座れるソファーが二つあり、その一つに腰を下ろした受付嬢は俺にも座るように目配せをする。
「まずは、自己紹介ですね。私はリル・フランネルと申します。あなたは?」
少し小柄な受付嬢はリルと名乗り、髪と同じ緑の双眸で俺に視線を合わせる。
「ヴァルクスです。」
「それが名前ですか? まぁ、いいでしょう。それで、なぜ貴方のような子供が働こうと思ったのですか?」
まるで尋問の様に繰り出される質問──その目つきの鋭さに、凄みに気圧され気味に事情を説明する。
「えとっ…僕の両親が事故で死んでしまって…それで」
俺の言葉を左手で遮ったリルはため息を吐きながら、右手で額を押さえ何かを考えこんでいる様だ。
少し考えた後、その口を開いた。
「本来、貴方のような方に仕事を紹介する場合には、両親の許可が必要なのですが…仕方ありませんね」
何かを諦めた様子でリルはポケットから銀色のカードを取り出し、それを俺に差し出して来る。
身分証位の大きさのカード──思ったより硬いそれを不思議そうに見る俺に、リルは説明を始める。
「先ずは血を垂らして下さい」
言われるがままに自分のナイフで指を切り、銀色のカードに血を垂らす。
「はい、これであなたの情報がこのステータスプレートに刻まれました。」
まだ状況が飲み込めてない俺を無視して、さらに説明を続けるリル。
「それでは、冒険者について説明させて頂きます──冒険者に登録した方は魔物と呼ばれる者を倒したり、ギルドの仕事をこなす事で冒険者ランクが上がっていきます。ランクが上がるにつれ、より報酬のいい仕事を請ける事が出来るようになります。ステータス表示と念じれば、現在のランクや他の情報を見ることが出来ます後で確認して下さいね。ですが、プレートを無くされますと大変な事になりますので、お気をつけて下さい。では、御武運を」
言われた念じて見ると、ライセンスと呼ばれる物に文字が浮かび上がって来る。俺はそれに目を通すと一つの項目に目が止まる。
名前・ヴァルクス・ファラデリック
年齢・10
性別・男
階級・F
技能・なし
「あの、技能ってなんですか?」
「技能とは、大きく分けて三つあります」
俺の質問に対して、右手の指を三本だけ立てこちらに向けてくる。
「まず、固有技能は生まれたときに発現するもので、修行などで身に付くことはありません。 次に、才能技能ですが、これはまずは経験を積み重ねてクラスを発現できた人が使えます。例えば、剣士のクラスを発現出来た人は剣士に関係したスキルが使えるようになります。最後は、武器技能これはある程度戦闘すれば、武器に応じて身に付きます。例えば、剣を使えば剣技が使えるようになります。ですが、剣士系のクラスと比べれば多少威力などが下がりますのでご注意くださいね。」
膨大な情報量に絶句したが、なんとか理解は出来た俺は仕事についての質問をする。
「あの、早速働きたいのですが」
「では、こちらに来て下さい」
先ほどの受付に再び案内され、リルに何枚かの紙を渡される──それには仕事の内容と、報酬についての情報が記されていた。
「この中から選んでくださいね。」
「でも、これって…」
仕事の内容はいたってシンプル──草むしりや掃除といったものだった。当然報酬も少ない。
「貴方に紹介出来るのはこれが限界です」
そう言われ、どうしたものかと俺は抱える。
情報を集めて、明日にでも旅立つかこの町を拠点にして、暫らく滞在するか。
しかし、この報酬では丸一日働いても金は貯まらない。
「おいボウズ。なんなら俺達のクエスト手伝わねぇか?」
「なっ…?! ふざけないで下さい! そんな事ギルド職員として許可できません」
俺が背後から聞こえる声に反応するよりも早く、リルは声を荒げながら男の前に立つ。
「おいおい、俺はそこのボウズに聞いてんだぜぇ? なぁ?」
男はチラリとリルから俺に視線を移し、なにやら観察するようにこちらを見ている。
日本人よりもやや薄いブラウンの双眸の奥には嫌な光が宿っている気がした。
だが──。
「ぜひお願いします」
虎穴に入らずんば虎児を得ず──俺は男の誘いを受けることにした。
この男が何かしらの情報を持っていればよし、持っていなかったとしても何かの役に立つと判断した。
「ダメです! 良いですか? 知らない人にはついて行ってはいけません。それに、危険なクエストはまだ貴方には早いです!」
と、思ったのだがリルによって止められてしまう。だが、俺がめげずに説得を続けた結果――。
「わかりました。では、クエストの参加を認めます。」
約三十分の説得の末、疲れきったリルが参加を認めてくれた。
ただし、条件付だが。
「必ず無事に帰って来ること。それから、危険を感じたらすぐ逃げることです」
「わかりました」
「じゃあ、行こうぜ。俺はザックだ、よろしくな」
リルに軽く会釈をして、スキンヘッドの男──ザックと共にギルドを後にする。
外に出ると、同じようなスキンヘッドの男が三人並んでいた。
名はロック、ダン、ギドと言うらしいが──皮製の軽装に、鍛え上げられた肉体──更にはスキンヘッドまでが一緒な四人を見分けるのは少し骨が折れそうだ。
更に、第一印象を挙げるならば、よく言えば怪しい。悪く言えば信用出来ない。
だが、情報と金の為だと割り切り五人でクエストへ向った──目指すは、モラウ大森林。