初めての休息
「グォォォォォォッ!!」
俺の視界は赤く染まり、何も分からないでいた。
「グルルルゥ…」
叫び、暴れては喉を鳴らしてまた暴れる。
「グォォォォォォッ!!」
ただそれを繰り返している。
魔族の事も仲間の事もどうなったのか知る事が出来ず、暴れ回る自分を抑えようとするが、徐々に意識は薄れて行く。
「森が騒がしいと思えば……君は何者だい? と、言うか言葉通じるかな?」
甘い匂いと共に、俺の耳に届く声はどこか懐かしさを覚えるような、優しい声色だった。
「グォォォォォォッ!!」
自制の効かない俺は、声の主へと駆ける。
「やれやれだね」
その声を最後に、俺の真っ赤に染まった視界は黒く塗り潰され、意識もまたその黒に飲み込まれて行った──
◇
「……っ?! 俺は…っう!」
意識を取り戻した俺は、勢いよく起き上がろうとして、身体中に痛みが走り、思わず声が漏れる。
見れば見知らぬ部屋──木を蔦で縛り上げることで作られた家だった。
「起きたか…なら、これを着ろ。食事はここに置いておく。」
兎の亜人は近くのテーブルにそれを置き、部屋を出る。
自分が裸だった事に今更気付き、慌てて服を着る。
ほぼ普通のシャツと短パンだが、元の世界でのものと比べれば、当然質素な服だ。
俺は、服と共に置かれたパンとサラダを食し部屋を出る。
「着いてこい」
部屋を出ると森の中に、同じ様な家が建ち並んでいる。
「こっちだ」
兎の亜人に案内され歩いていると、様々な亜人がこちらを怪訝な表情で見ている。
「族長! 彼を連れてきました!」
「うむ、では下がっていなさい。」
俺を案内してくれた兎の亜人は、一礼して部屋を後にする。
「さて、君の事を教えてくれますかな?」
熊の亜人──それもかなりの高齢である族長と呼ばれた男に簡単な自己紹介と、ここに至るまでの経緯を説明した。
「それはそれは、さぞ大変だったでしょう。良ければしばらく泊まっていきなされ」
「自分で言うのもなんだが、そんな簡単に信用して大丈夫なのですか?」
「我ら亜人は鼻が利きまする。貴方が嘘をつこうが、良からぬ事を企もうが我らには通じませぬよ。」
ガラムと名乗るこの村の族長らしい男は、そう言って笑っている。
「では、お言葉に甘えて、ここで傷を癒させてもらいます。」
「ふむ……」
正座をして、深く頭を下げる俺を見ながら、顎髭を触りながら、なにやら考え込む族長。
「君は、年齢の割にはしっかりしているのですな。」
冷や汗が背中を伝うが、今更だと思い、取り繕わず返す。
「まぁいいでしょう。それと、君のスキルの制御について我らは力になれると思います。」
「それは本当ですか!?」
「えぇ、本当ですとも。我ら亜人は皆『野生化』のスキルを持っておりますゆえ」
確かに、桐生がそんな事を言っていた事を思い出し、俺は自分が強くなれる可能性に胸を震わせる。
「ですが、先ずは傷を癒しなされ」
「一つだけお聞きしても?」
「私に分かる範囲でならお聞きしましょう」
「私は人間なのにも拘らず、クラスは緋狼……そして野生化のスキルを使えます。何故でしょうか?」
「我ら亜人が何故生まれたかはご存知ですかな?」
「はい」
「恐らく、貴方の先祖が亜人なのでしょう。そして、先祖返りとして産まれた事でスキルが発現したのでしょう。」
先祖返り──天恵も言っていた事を思い出す。
「ともあれ、今は休養を優先するべきでしょう。サキよ、この方に付き添ってあげなさい」
「心得ました──こっちだ」
俺は会釈をして、最初に出会った兎の亜人の後をついて行く。
「何故我らが人間など……」
「族長は何を考えておられるのだ」
他の亜人達は、俺を見ながら口々にそう言っていた。
どうやら思っている以上に溝は深いらしい。
「自己紹介がまだだったな? 私はサキだ。」
「俺はヴァルクス──ヴァルでいい」」
「わかった──とりあえず、今は体を休めろ。」
目覚めた家に案内され、ベッドに横になる。
「食事の準備が出来たら起こしに来る」
そう言い残し、サキは部屋を後にする。
「アイツらは無事だろうか……」
思わず、そんな言葉が飛び出す。
俺にはそれを知る術がない。
「今は、寝るしかないな」
無事を祈り、俺はそっと目を閉じた。
疲れもあったせいか、そのまま眠りにつく__
◇
「食事の用意が出来た。」
サキに起こされた俺は、言われるがまま部屋を出る。
辺りはすっかり夜になり、村の中央ではキャンプファイヤーの周りを見踊る亜人達がいる。
「おう!良く眠れたかい?」
「無理すんなよ?」
今朝とは明らかに態度の違う亜人達に対し、呆然としている俺にサキが声をかけて来た。
「あちらで族長がお待ちだ」
会釈をして、サキと共に族長のもとに向かう。
「気分は如何ですかな?」
「少し楽になりました」
「それはなによりですな。 さっ、遠慮せずどうぞ」
族長の横に座り、目の前の食事に手を伸ばす。
野菜と何かの肉を一緒に炒めた何かを、恐る恐る口に運ぶ。
「お口に合いますかな?」
「えぇ、とても美味しいです。」
「それは良かった」
「私も混ぜてもらえるかい?」
振り向けば、ドラゴンの様な亜人がこちらに笑みを向けていた。
「おぉ、久しぶりですな。 長旅はどうでしたかな?」
「えぇ、楽しかったですよ」
二人のやり取りをただ眺めている俺に、族長が簡単な紹介をしてくれる。
「この方はラグ殿です。 こちらはヴァルクス殿です」
「初めましてヴァルクスです」
「ラグです」
微笑みながらラグと名乗った亜人は、蜥蜴の亜人だそうで、妙な凄みを感じる。
それに、どこかで聞き覚えのある声だった。
「ささ、自己紹介も済んだ事ですし、食事の続きを」
族長に勧められ、食事を再開する。
◇
あてがわれた部屋に戻り、横になろうとした時だった。
「少しいいかい?」
訪ねて来たのはラグだった。
「どうしました?」
俺の問に対し、意外な反応が返ってきた。
「君はここで旅を止めるべきだ」
「誰かに言われて止める位なら、最初から止めている!」
「まぁ、そうだよね。 けど、それでも引けない理由があるんだよ」
「理由?」
「あぁ……今から話す事をどうか、落ち着いて聞いて欲しい」
神妙な面持ちで語り始めたラグ。
この時初めて知った──父達の深い悲しみを……そして、覚悟の重さを──
「これから話す事は真実──心の準備はいいね?」
そう前置きをして、ラグは語り始めた。
◇
二時間程だろうか──話を聞いた俺は言葉を失う。
「このままでは君達は同じ末路を辿るだろう──それでも旅を続けるのかい?」
ラグから聞いた魔王の秘密と、父達の下した決断……俺は答える事が出来ないでいた。
「だから封印したのか?」
「シャルロッテ──君の母が咄嗟の判断で作った封印具でね」
「なら、確実に倒す方法を見つけ無ければな」
「不可能に近いが……決意は変わらないのかい?」
ラグの問いに無言で頷くと、ラグはため息を吐く。
「そうか……ならば僕達も可能な限り協力しよう」
「それは心強いが……いいのか? 」
やれやれといった様子で、ラグは協力を約束してくれた。
「それはそうと、君の両親を殺した魔族について聞かせてくれないか?」
「六災騎士ハイド。 魔王達と戦ったのなら知っているんじゃ無いのか?」
「いや、そんな奴は知らないし──僕達の時は四天王がいたんだよ……そして、そいつらも倒してしまったからね」
「どういう事だ?」
「分からない……要注意だね。」
新たな謎──封印された魔王と六災騎士が誕生した経緯。
「まぁ、僕の方でも調べておくから怪我が癒えるまで休むと良い」
ラグが部屋を出た後、俺はそのまま眠りに着いた。