初めての解放
「最初から全力で行くぞ!」
「待て! 俺も……」
「邪魔や! 引っ込んどれ!」
元の姿に戻った天恵と野生化のスキルを発動した桐生は、空中に留まる謎の男に向かってゆく。
冴島はそれを観察し、俺を逃がす為の隙を伺っている様だ。
「やれやれ…自己紹介もさせてくれないのか」
二人は、男の左右から挟み込むように剣撃を放つが、いつの間にか俺の後ろに移動したことで、二人の剣はぶつかり合い、火花を散らす。
「さて、私は魔王様直属の配下、六災騎士が一人──ハイド。冠する災は神隠しだよ」
「はっ! 大層な名前やけど、一人でワシらを倒せるんか?」
「試してみるかい?」
魔王の配下を名乗る男──ハイドは、桐生の挑発を余裕の笑みで返す。
「その余裕も今の内や!」
桐生が地面に手を置くと、ハイドの影が動き出してハイド自身を拘束する。
「喰らえ! 」
その隙を着き、ハイド目掛けて剣を振り下ろす天恵だが、奴はまたその場から消え、桐生の後ろに移動している。
「逃げるんが得意みたいやのぉ」
「まぁね」
桐生は、奥歯を噛み締めながら皮肉を漏らすが、ニヤリと笑いながらそう答えるハイド。
だが、桐生の影は完全にハイドを捕らえていたにも関わらず、奴はそれから逃れて見せた。
「ほんならこれでどないや!」
その答えも聞かないまま、桐生は自分の影でハイドを拘束するが──
「無駄だよ」
次は桐生ごと消え、上空に現れたハイドは桐生を地面に叩き落とす。
「ネコ科舐めんなや」
華麗に着地をした桐生は、いつの間にか前に立っているハイドを睨みつける。
「影ってね? 光を遮れば生まれるもの…つまり、闇に溶け込んでしまう」
「それがどないしたんや」
「この程度の拘束は転移すれば解けるし──たとえ君が自分の影で縛っても、君ごと転移すれば済む話だ」
不敵に嗤い、拘束を解いたタネを明かすハイドの隙を着き、天恵は背後から切り付けようとする。
「だから甘いよ」
だが、それも転移によって躱されてしまう。
「テメェなんだろ? あの時大量の魔物を送り込んだのは」
「そうだよ♪ だけど、君達の強さが予想より上だったからね……だから、直接殺しに来たのさ」
「狙いはこいつか?」
「そうだよ。あの方を封印した伝説の冒険者の息子──障害になるのは明らかだからね。」
そう言いながら、俺に殺気を向けるハイド。
「一つだけ聞いていいか?」
その殺気に思わず体が硬直するが、どうしても気になる事があった。
「俺の両親を殺したのは──」
「あぁ、私だよ。彼等から魔王様を封印した魔法具を奪う為にね」
「そんな事はいい! 命! 武を抱えてここから離れろ!」
冴島は、天恵に言われた事を即座に実行に移し、両親が眠る場所からの離脱を試みるが──。
「何度言えば分かるんだい?」
十数メートル程離れた所で、転移によってハイドが目の前に現れる。
「近接格闘機構…起動」
「邪魔だよ」
「損傷率63%……戦闘の続行不可能……スリープモードに…移行」
抱えてた俺を下ろすと同時に戦闘態勢に入る冴島だが、攻撃する間もなく胴体を切断され、そのまま動かなくなってしまう。
「何をしやがった?!」
「私の能力の本質は空間の支配……能力を使えば、防御など関係なく、あらゆるものを切断出来るんだよね。」
「つまり、ワシらを一瞬で殺せるワケかい」
「安心したまえ。簡単には殺さず、ひたすらに痛ぶってあげるから」
言い終えると、ニヤリと嗤いながら俺に殺気を向ける。
「くっ……」
俺は父からもらった短剣を抜き、反撃しようとするが、ハイドに向けた短剣も両足も震えが止まらなかった。
「させるかよ!」
「やれやれだね」
背後から天恵が剣を振り下ろすが、ハイドは剣を躱して回し蹴りを決める。
「……っ!」
鳩尾に足がめり込んだ事で、声にもならない吐息が漏れ、くの字に折れ曲がった天恵はそのまま数メートル後方に飛ばされる。
「ファイヤーアロー!」
天恵は飛ばされながらも、空中で魔法を放つ。
「へぇ」
矢の形を成した炎がハイドに一斉に襲い掛かるが、気が付けば天恵の頭上に降り注ぐ。
「天恵!」
「キミは逃げる事だけを考えろや!」
咄嗟に名を叫んだ俺に、桐生はそう言いながら、ハイドに斬り込むが、当然転移する──
「これならどないや!」
だが、桐生の影が十数本の剣の形を成し、ハイドに向かって伸びて行く。
「面倒だなぁ」
「今やチーちゃん!」
「次にその呼び方したら許さねぇぞ!」
桐生の影を、転移を繰り返す事で避けるハイドに、天恵が手を翳す。
「タケミカヅチ!」
晴天だった空は黒く染まり、光の柱がハイドに降り注ぐ。
「だから無駄だと……」
転移しようとするハイドだが、桐生の影に捉えられた事でほんの僅かの隙が生まれる。
「収束した雷か…流石やの」
「今の内に逃げるぞ!」
粉塵が舞い、地面には巨大な穴が出来ていた。
ハイドの生存は確認する事も出来ないが、その隙に離脱しようとする。
「逃がさないと何度言えばわかる!」
「ぐっ?!」
「がぁっ?!」
殴り飛ばされ、地面を転がる天恵と桐生。
「流石に、今のは肝を冷やしたよ」
そう呟き、片手で俺を持ち上げるハイド。
「やめろ!」
「その手離さんかい!」
ハイドの背後から桐生が剣を振り下ろすが、それを躱し、宙へ蹴りあげる。
「桐生!」
俺を乱暴に地面に叩き付け、更に追い討ちをかける。
「いい加減しつこいんだよ! 君たち如きが、魔族である私に敵う筈ないだろう」
転移を繰り返し、桐生をあらゆる方向から攻撃するハイド。
「ぐっ……うっ…」
地面に叩き付けられ、立つ事もままならない桐生はハイドを睨みつける。
「次は君の番……彼等の目の前で殺してあげる。」
「やめろ! 頼むやめてくれ!」
「今動かんでどないすんねん! 動けやワシの体!」
魔力が尽き、動く事が出来ない天恵と痛みで動けない桐生。
そんな二人を嗤いながら見下ろし、俺を蹴り飛ばすハイド。
吹き飛んだ俺を、桐生が影を使って受け止める。
「このままじゃ全滅だな……どうせなら賭けてみないか?」
「せやな…どうせやったら思い切りやれや」
「あぁ…そうだな…やっちまえ」
「まだ抵抗する気かい?」
「当たり前だ! 行くぞ!」
痛みに耐えながら、立ち上がった俺は最後の手段を取る。
「どうせ無駄だけどね」
「野生化!」
無駄な足掻きかも知れない──だが、それでも俺は決死の覚悟で、スキルを発動した。