初めての発現
幽霊屋敷を後にした俺達は空が白んだ頃に、ようやくサンミーの町に着いた。
「ギルドへ報告するのは明日にして、とりあえず宿に泊まるとしよう」
天恵の提案に俺達はすぐに乗り、予約していた宿──宿屋カマンを目指す。
「へいらっしゃい」
50代半ば程の店主がカウンターから挨拶をする。
「……っ!」
俺は思わず身構えるが、桐生と天恵に窘めれる。
「大丈夫や! スキンヘッドでもこの人はえぇスキンヘッドや!」
「そ、そうだぞ武! それに私たちもいるから、な? 怖くないだろ?」
「お前らバカにしてるだろ?」
俺の言葉に無邪気に笑う二人……店主を含めた他の三人は話が見えない様子で困惑していた。
「済まない。予約していた者だが、二人部屋と三人部屋を用意して貰えるだろうか?」
俺は取り敢えず、男用と女用の部屋を用意してもらおうと店主に話を聞く。
「武クン、キャラ大丈夫か?」
耳元でそう囁くのは桐生だ。
俺はその言葉でハッとし、慌てて子供の振りをする。
「えと…無理そうですかぁ?」
目を潤ませ、首を傾げながら尋ねる。
「プクク……今更無理やろ!」
「ふっ…くっ…! 笑うな! あれでも頑張ってるんだぞ」
笑いを堪えながら小馬鹿にするのは、馬鹿虎野郎と魔法少女の二人だ…後で殴るか。
「ちょうど空いてますぜ。」
店主に案内され、俺たちは二階へと向かう。
階段を上がると、部屋は六部屋あった。
右手の手前二部屋が案内された部屋だ。
「ほなまた明日。おつかれさん!」
「今日は助かった。ありがとう」
「気にすんなよ。じゃあな」
「おやすみー!」
「お疲れ様でした」
俺と桐生は女性陣に挨拶をして、手前側の部屋に入る。
部屋にはベッドが二つ置かれているだけだった。
「にしてもヘトヘトやわぁ。武クンもゆっくり休みやー」
そう言ってベッドに横たわるなり、すぐに寝息を立て始める。
そして、俺もベッドに横になると同時に眠りについた。
◇
そして、昼過ぎに目を覚ました俺達は宿屋で昼食を済まし、ギルドに向かう。
「先ずはクエストの報告をし、その後でファラデリック夫妻の報告だな」
ギルドに報告する内容を確認し、俺達は受け付けへと向い、唯一知っている受け付け嬢のリルを呼ぶ。
「あっ! ご無事で何よりです!」
「報告が遅れてすまんかった!」
「いえ、無事でしたらよかったです。まぁ、かーなーり! 心配しましたけどね!」
頬を膨らまし、少し拗ねるリルに桐生は、バツが悪そうに謝っている。
「さて、報告なんやけどな……ちょっとここじゃマズイねん」
ギルドには受け付けがいくつかあり、リル以外の受け付け嬢が他の冒険者の対応をしている。
依頼書が貼られているクエストボードを見ている冒険者や、仲間と何やら相談している冒険者などもいる。
報告の内容を考えれば、桐生が場所を変えようとするのは自然な事だ。
「分かりました。では、こちらに」
◇
「それでは報告を聞きましょうか」
リルに案内された部屋には、四人程座れる革製のソファーが二つ向かい合う形で配置されていた。
桐生は神妙な面持ちで、クエスト成功の報告を後回しにして、先ずはクエスト中に起こった事を話始める。
それを聞いたリルは目を見開き、額には汗が滲み出す。
「転移出来る魔物なんて聞いた事がありません! ましてやそれ程の数なんて……」
「ワシらもそう思う。転移出来るマジックアイテムの存在なんぞ聞いた事あれへんし……エルフが生き残っとる可能性なんぞゼロに等しいし……けど、何者かがあの場に魔物を転移させたんは確実やろな」
「とにかく、この事はギルド長に報告をして、各ギルドに報せておきます」
溜息を吐き、立ち上がったリルを桐生が引き留める
「報告はそれだけやないねん」
「まさか、これ以上に悪い報せではありませんよね…?」
存在しない魔法の報告に、魔物の大群の話にただでさえ有り得ない話だ。
彼女がそう怯えるのも無理はない
「この子の事なんやけどな…」
そう言いながら桐生は俺の頭に手を置き、長い溜息を吐き、やたらと長いタメを作る。
その様子にリルも思わず、ゴクリと喉を鳴らす
「あのファラデリック夫妻の息子らしいねんけど……その二人が何者かに殺されたらしい」
「は…? ファラデリックって…あのファラデリックですか!? そんな馬鹿な! かつて魔王を封印した勇者の内の二人ですよ!?」
気の抜けた息を漏らした後、リルは激しく取り乱していた。
そして、ここに来て新たな情報がリルによって明かされた。
「知っていたのか?」
「何の事や?」
「ここに来て惚けるのは無しだ」
確かに幽霊屋敷の時、俺の両親の存在を知っていた三人の口からはそんな事は聞いていなかったのだ。
だが、三人の様子……冴島は分からないが、桐生と天恵の様子を見る限り知っていたのは明白だった。
「黙っとったわけちゃうねんけど、あん時はそれどころちゃうかったし……堪忍や」
そう言いながら、クスリと笑う桐生──天恵は俺と視線を合わそうとせず、バツが悪そうに俯いている。
「すみません…こんな事子供の貴方に聞くのは心苦しいのですが、犯人に心当たりは…ある筈ありませんよね。顔は見なかったんですか?」
リルは申し訳無さそうに俺に尋ねるが、当然顔は見ていない。
言い淀む俺を見て桐生が代わりに答える。
「見てないらしいねん。ほんで、ワシらは今からヴァル君の家に向かう予定やねん」
「そうでしたか……分かりました。では、先程の話と合わせてギルド長と、各ギルドに報告しておきます」
「頼むわ」
俺に憐れむような表情を向け、報告の為に一度部屋を出るリル。
「お話終わったー?」
会話に参加せず、冴島とじゃれていた色白がそんな事を聞いてくる。
「と言うか、いたのか」
「なんかねー気付かれにくいのー」
「スキルの一種か? まぁ、後になれば分かるか」
確かにリルは色白と冴島の二人には気付いていない様子だったし、俺達にしてもそうだった。
天恵はそれは色白のスキルの一種かも知れないと、一人納得した様だった。
後はクエストの報告と二人の説明──どう説明したものかと頭を悩ませている所にリルが戻って来る。
「お待たせしました……きゃあ!」
部屋に入ると同時に、悲鳴を上げるリルをすぐに落ち着かせようとするのは桐生と天恵だ。
「一体いつからそこに?!」
まぁ、驚くのも無理は無いのだろう──桐生と天恵の説明で何とか落ち着きを取り戻したリルと、冴島と色白のステータスプレートの発行についての話を始める。
「分かりました。ではこちらに血を垂らして頂けますか?」
「出ろー出ろー」
ステータスプレートをテーブルに置き、血を垂らそうとする色白だが。
「幽霊って血…出るのか?」
「せやねん。ワシも気になっとったんや」
俺と桐生がそう呟いていると──
「出たー!」
どうやら血が出たようで、プレートにステータスが表示される。
名前・色白霊華
才能・白死の淑女
年齢・12
性別・女
階級・F
固有技能・【浮遊】【透過】【気配遮断】
才能技能・【死者の軍勢】
武器技能・無し
「なんかヤバそうやね…」
「なんでこんな怖いんだ!」
桐生と天恵は色白のステータスにそれぞれ驚愕していた。
だが俺は、ステータスを表示させようとする冴島に注目していた。
「いや、無理やろ?」
「だよな。霊華はともかく、命に血はないだろ」
「出ろー出ろー」
確かに俺もそう思ったのだが、先程色白のやり方を熱心に見ていた冴島は、同じ様に血を垂らそうとしている。
「出たようです」
「マジで!?」
「嘘だろ!?」
桐生と天恵が驚き、俺も当然驚いたが。
「私の身体には、血の代わりにオイルが流れているので」
血だと思っていた物はどうやらオイルだったらしいが……それもかなり異常だと思うが、今更だと思い頭を振る。
名前・冴島命
才能・ 機械仕掛けの人形
年齢・6ケ月
性別・女
階級・F
固有技能・【熱源探知】【望遠】
才能技能・【可変】【飛行】
武器技能・【体術】
「あのレーザー砲はどのスキルやろ?」
「可変じゃね?」
色白のステータスで麻痺したのか、冴島のステータスには差程驚いていない様子の二人。
「それでは、他の皆さんのステータスも見せていただけますか?」
リルに促され、俺達もステータスを表示する。
名前・エルミア・ディネルース
才能・魔法剣士
年齢・20
性別・女
階級・C
固有技能・【魔法創造】
才能技能・【魔力感知】【魔法剣】
武器技能・【剣術】
「魔法創造……どういう事…? 人間が…」
天恵が魔法を使える事に驚きを隠せないリルだが、俺達二人のステータスを見た事で更に驚く事になる。
勿論、驚くのは俺達もだ。
名前・ラトラ・トラータ
才能・影虎
年齢・15
性別・男
階級・C
固有技能・【瞬速】【野性化】
才能技能・【二刀流】【影操作】【影の具現化】
武器技能・【剣術】【体術】
「なんやねんこれ!」
双剣士だった筈が、影虎と変化していた事に驚く桐生。
名前・ヴァルクス・ファラデリック
才能・緋狼
年齢・10
性別・男
階級・F
固有技能・【孤狼】
才能技能・【血液操作】【野生化】
武器技能・【短剣術】【体術】
「なんだこれは?」
俺達二人の才能は変化していた……まるで魔物の様な名前に、思わず俺と桐生は顔を見合せる。
「どういう事ですか!?」
リルの顔は見る見る青くなり、目を見開きながら震えている。
「なんか知っとるんか?」
「知ってるもなにも! かつて魔王が使役していた伝説級の魔物ですよ!」
声を荒らげるリルの言葉に、俺達は言葉を失う。
「どういうこっちゃ」
「それはこちらの台詞です!」
「この事は黙っていてくれるか?」
天恵の言葉に目を閉じ、暫く考えた後、溜息を吐き口を開くリル。
「分かりました。少し様子を見てから決断をします。それから、エルさんが魔法を使える件についても今は、黙って置くことにします」
「助かる」
魔物──それも魔王が使役していた魔物と同じ名前なのだ。
リルが驚くのも無理は無い──そして、それは本来報告するべき事だが、下手をすれば俺達は捕えられる可能性もある。
だが、天恵の言葉でリルは報告は先延ばしにする事を約束してくれた。
「ともかくや、ワシらは一旦この子の実家に向かうさかい」
「……はぁ…分かりました。では、お気をつけて」
酷く疲れた様子のリルに見送られ、部屋を後にした俺達はギルドを出て、街を出ようとするが──
「かーいふく〜、回復は要らんかね〜」
ふとそんな声が聞こえてくる。
「あっ! お兄さんお姉さん! 回復は要らんかね〜安くしとくよ?」
声のする方に目をやると、ギルド近くの民家が建ち並ぶ脇の細い路地──そこには白いローブを纏い、杖を持った男が立っていた。
「なんやお前。悪いけど、ワシら急いどんねん」
男に警戒する桐生……だが、それは俺達も同じだった。
「いや、そんな事言わずにね?」
「これ以上はギルドに報告するぜ?」
不快感を露わにする天恵は、剣の切っ先を男に向ける。
「仕方ないねぇ……それじゃ他を当るとするよ」
男は意外にもあっさりと諦め、踵を返して路地の奥に消えていく。
「行くか」
「せやね」
そして、俺達は両親が眠る場所へと向かい始めた。
因みに余談だが、色白と冴島は目立つ為に気配を消している。
◇
「ふーん……あれがそうなのかな……面白くなって来たかな」
ローブのフードを被り直し、不敵に笑う男の呟きは俺達には聞こえるはずも無かった──