初めての異常事態
前方にはゴブリン、後方には復活したスケルトン──更に上空にも魔物が集まって来る。
「固体名、ハーピー。数、およそ300──ドレインバット500──キラービー500」
胴体と頭部が人間で、それ以外が鳥と言うハーピーと少し大きめの蝙蝠と蜂が空を蠢いている。
いよいよ死を覚悟したのだが──
「やっぱりボクも戦うよ!」
色白がスケルトンの前に立ち、奴らに向って右手の人差し指を差す。
「みんな仲良く! ボクのトモダチになれーー!!」
「なんか、昔見たアニメにこんなんおらんかった?」
「確かにな」
色白の声で、スケルトン達は融合し、巨大化した。
「命! お前は色白と空の敵を頼む!」
「了解──強襲戦闘 機構起動」
「いいのか? 色白に戦わせても」
「仕方ないだろ。状況が状況だしな……それに──命もいれば大丈夫だろ」
そう言って見上げる視線の先には、巨大化したスケルトンの頭に乗りはしゃぐ色白と、背中から生やした機械仕掛けの羽で飛行する冴島の姿があった。
「さて、上はあいつ等に任せるとして、問題はこいつらだな」
言いながら視線を前方のゴブリンに向ける天恵。
「なにか策はあるのか?」
「桐生…やるぞ」
「せやね」
二人は俺の質問を無視して、あるいは問いの返事なのか──アイコンタクトを取り、構える。
「野生化!」
「魔の象徴たる者よ! 我が腕に宿りて全てを砕く篭手と化せ──悪魔の篭手!」
爪は鋭く、毛は逆立ち、琥珀の双眸は瞳孔が縦に細く裂け、より獣のそれに近づいている桐生──そして、天恵の両腕は黒く、禍々しいモノに変化していた。
「来いよ…本気で相手してやっから」
「ガアァァァァァァァ!!」
眼を見開き、挑発する天恵と野獣の様な叫びで魔物を威嚇する桐生。
一瞬怯んだ様にも見えたゴブリン達だったが、負けじと叫びだす。
「行くぞ!」
言い出し駆ける天恵と、それに続く桐生。
二人の戦いは先程とはあまりに対極的だった──圧倒的なただの暴力。
魔法もスキルも使わず、ただただ迫るゴブリンを殴り飛ばしていた。
頭を握り潰され、胴を裂かれ、夥しい量の血が辺りを赤く染め上げる。
500いたゴブリンの数は、すでに半分程にまで減っている。
空の魔物達も、色白と冴島の活躍でかなりその数を減らしていたのだが──
「チッ……また増えやがった」
ゴブリンの後方に突然、鎧を着た騎士達が現れる。
「イビルアーマー…こいつらもアンデッドだ。つまり、光属性の魔法じゃなきゃ倒せねぇ」
奥歯を噛み締めながら、そう呟く天恵を見ながら、俺も次の一手を考えるが──
「だが、手がねぇわけじゃねぇ」
「それは本当だろうな? 無理なら早く逃げ──」
「桐生!」
言い終わる前に天恵は桐生の名を呼び、指示を出す。
「少し時間稼げ」
減ったとは言え、まだかなりの数が残っているゴブリンと同等の数がいる鎧達。 それを一人で時間を稼げと言われた桐生は異を唱えるが、「やれ」の一言で終わり、腹を括った様子だ。
「どうする気だ?」
「聖属性の魔法を今から作るんだよ。」
言い終わると、天恵は目を閉じて集中し始め、周りの空気が震え始める。
「生の理を侵した者よ…浄化の光にて、在るべき場所へと帰りやがれクソ共が!」
若干だが、後半に本音がポロリした様な呪文を唱え、天恵の手には光の球体が生じ、それを空に向かって放つ。
「浄化の雨」
放たれた球体は弾け、光の粒になって降り注ぎ新たに出現した鎧達は悉く倒れてゆく。
「不死者系以外にはただの光と変わんねぇから心配するな」
俺の心配を察したのか、唱えた魔法の効果を教えてくれる天恵。
余談ではあるが、その雨を受けたにも関わらず、色白と巨大スケルトンは何故か平然と暴れていた。
「さてと……残りを片付けるとするか」
「天恵! やはり俺も…」
「そろそろ時間切れだ。いいから休んでろ」
俺も闘いに参加しようとするが、どうやら強化魔法の効力が切れたらしい。
ただの子供と化した俺は、天恵と桐生の闘いを見ている事しか出来なかった。
「行くぜ? 剣技! 劫火剣乱!」
天恵は剣に炎を纏わせ、まるで踊る様にゴブリン達を斬り伏せて行く。
「熱っ!」
天恵の動きに合わせて揺らめく炎が美しくて。
「せやから熱いって!」
真っ赤な炎は辺りを照らし、それが月明かりに照らされてより煌めいて見せて。
「アカン! 森ん中でそれはアカン! 大火事になるわ! ワシは焼虎になるわ! 滅茶苦茶になるわ!」
熱がりながら炎を避ける桐生だが、炎は何故か桐生を追いかける。
「わざとやろ!? ワシなんかした!?」
若干、涙目になりながら叫ぶ桐生を無視して、全てのゴブリンを焼き払った天恵は上空にも炎を飛ばす。
「目標撃破確認──これより戦闘態勢を解除します」
残り僅かだった魔物達は、天恵の炎によって悉く焼き尽くされた。
「ようやく打ち止めみたいだな」
「せやったら、早いとこ帰ろか」
長かった異常事態の終わりを確認し、俺達は足早にサンミーの町へと向かい始める。
◇
「いーやーだー!! 連れて帰るー!!」
「ワガママ言うな! こんな巨大な奴連れて帰ったらパニックだろ!」
「まぁまぁ、そない怒鳴らんでも」
いざ帰ろうとした矢先、色白と天恵が巨大スケルトンの事で揉め始め、かれこれ数十分だ。
「あのな? 死んだ人は天国に行かなきゃダメなんだぞ? 」
天恵がそう言っても色白はただ泣くばかり…どうしたものかと俺達が頭を悩ませていると──。
「ナカナイデ」
「喋った?!」
驚く俺達を余所に、スケルトンは色白を慰める。
「ズット苦シカッタ…ケド、キミガタスケテクレタ。アリガトウ」
言った直後に淡い光を放ち始める。
「お別れなんてやだよー!うわぁぁぁん!」
「ゴメンネ。バイバイ」
「ほら、ちゃんとバイバイしな?」
「うん! バイバイ! 元気でね!」
満足そうに、スケルトンは光になり空へと登って行った。
「昔こんな映画なかった?」
そんな事を言う桐生を無視して、今度こそサンミーへと向かい始めた。