初めての絶対絶命
「まぁ、見てろ」
そう言って指を鳴らすと、右手にはいつの間にか木製の杖が握られていた。
「完全な密室」
「なんや? あれ…」
「おぉ! おねぇちゃんすごい!」
目の前で繰り出される魔法らしきモノに、流石の桐生も驚いた様だ。
当然、俺や色白もだ──冴島は無表情だが…。
まぁ、驚くのも無理は無いだろう──エルが右手を翳し、呪文の様な言葉を唱えると、ゴーレムは何かに閉じ込められた様なのだから。
目を凝らせば、透明な正方形の箱の様なモノが見える──どうやらこれが魔法のようだ。
「あれは、外から中には干渉出来るが、中からは出られる事が出来なくなる特殊な空間だ。つまり──」
そう言った直後、エルの周りの空間が歪み始める。
ゴーレムに向けて手を翳すエルは、集中しながら再び言葉を紡ぐ──
「気まぐれなる風よ、猛る炎よ、麗しき水よ、雄々しき大地よ──今、集いて全てを切り裂く刃となれ!」
火や水、風や土がエルの周りに集まりだし、それは徐々に三日月型に形を変えてゆく。
「食らえ! 精霊達の宴」
刃達はエルの呼び声と共に次々にゴーレムに向ってゆく。
しばらくして、ゴーレムは成す術も無く音を立てながらその場に崩れる。
「これが魔法…凄まじいな」
「だろ?」
思わず呟いた声にエルが笑顔を向けながら反応する。
「奴は毎秒、弱点属性が変わる特殊なゴーレムなんだよ。だから、複数の属性を同時に当てるしか倒す方法はないから覚えとけよ」
「「はぁーい」」
「了解…データに加えておきます」
桐生と色白は手を挙げながら返事をし、冴島はデータに加えたようだ──もっとも、魔法の使えない俺たちが覚えたところで、意味があるのかは微妙な所だがな。
「──何か来る…!」
その時だ──エルが突然声を上げ俺達が身構えると──
「マジかい」
「うわぁ?!」
「離脱を推奨…」
「転移だと?!」
その光景にそれぞれが驚きの声を上げる──エルが言うには、骨格標本の様な魔物は、何者かの手によって瞬間移動してきたらしい。
「固体名──スケルトン。数──およそ100体」
冴島が言ったスケルトンとは、不死者系の低級の魔物らしく、大した強さではないらしいが──数の暴力とはよく言ったものだな。
カチカチと骨を鳴らしながら、こちらの様子を伺っているようだ。
「…チッ──やるしかねぇな! 武と霊華は下がってろ!」
「あんま派手なんぶっぱなしたらアカンで?」
「了解──近接戦闘モードに移行します」
そう言って戦闘態勢に入る三人だが、俺はそれに反発してみせる。
「生憎と、守ってもらうのは性に合わんのでな…俺も参加させてもらうぞ」
「ボクも頑張るー!」
「ふざけるな! 幾らなんでも無茶だ!」
俺の反発に色白も同意するが、エルはそれを認めようとはしない──他の二人も同意見の様だ。
しかし、リスクが高いのはこちらも重々承知はしてはいるが──退けない理由がある。
「俺は弱い…この中で最弱だろう。だが、だからこそ俺も参加させてくれ…頼む」
深々と頭を下げ、懇願する。
エルは敵から目を外さないままため息を吐き、渋々了承してくれた様だ。
ただし条件を付けられたが──
「無茶はするな。危険と判断したら下がらせる…いいな?」
「あぁ、それでいい」
どうにか参加を許してもらえた俺が、ナイフを構えると──
「彼の者に剛腕を!腕力強化! 彼の者に烈脚を!敏捷強化! 彼の者に見通す眼よ! 集中強化! これで、少しはマシな筈だ」
エルが俺に手を翳し、魔法を唱える──そして、俺の身体が光を纏い、身体が軽くなるのを感じる。
「ずるい! ボクも戦いたい!」
「お前はダーメ」
駄々をこねる色白を、優しく後ろへ下がるように促すエル──色白は拗ねながらも、言われたとおりにする。
「そういえば、まだ名前を聞いていなかったな」
「アタシか? 天恵 千智だ」
天恵はニコリと笑い、そしてそれぞれが構えを取り始める。
「よっしゃ! かかってこんかい!」
桐生は、両手にグラディウスと呼ばれる刃渡り50センチ程の剣を構え──
「近接格闘機構──起動」
冴島は空手の様な構えを取り──
「さて、アタシも近接戦闘にするかな」
そう言って、杖を消したエルは剣を構える。
「魔法使いじゃなかったのか?」
俺の当たり前の質問にエルは、クスリと笑みを浮かべ──
「魔法使いと言った覚えはねぇよ。アタシは魔法剣士だ」
刃渡り90センチ程のロングソードと呼ばれる剣を構え、動き始める。
カタール、ダガー、ロングソードにククリ刀──多種多様な剣を振り上げ、スケルトン達もこちらへ向かって来る。
「1体……3体…10体…」
倒したスケルトンを数えながら次々に撃破して行く冴島。
空手の正拳突きから始まり、テコンドーの脚技の連撃を叩き込み、サバット、コマンドサンボ、ムエタイにジークンドーを使いこなしている。恐らくアンドロイドだからこそ出来る芸当だろう。
「まるで、異種格闘技戦だな」
そう言いながら、天恵は1体ずつ確実に倒している。
右手や左手で器用に剣を持ち替えながら、鮮やかな斬撃を披露しつつ、剣を持っていない手で小規模の魔法で止めを刺している。
魔法にしても火、水、土、風の属性を使い分けながら行使している。
「もっとや! もっとかかってこんかい!」
魔物を煽りながら、身体を回転させ、両手に持つ剣をクルクルと回しながら曲芸師の様に次々にスケルトンを撃破して行く桐生。
「おっと……ふんっ!」
皆の戦いに夢中になっていた俺を、背後から襲おうとするスケルトン──だが、魔法のお陰で難なく躱し、カウンターの要領で撃破出来た。
流石に、単なる動く骨を倒した所で何も感じなかった俺は、ようやく戦闘を始める。
「おぉ、やるやん」
桐生の戦いを見様見真似で、宙に飛び上がり、身体を捻りながら脳天をナイフで切り付ける。
体重プラス魔法の効果で、ナイフは深くめり込み動かなるスケルトンはその場に崩れる。
更に他のスケルトンへと目を向け、戦闘を繰り返す。
振り上げた剣を勢いよく振り下ろすスケルトン──それを紙一重で躱し、そのまま飛び上がる。
そのまま顎下から蹴り上げて、スケルトンを踏台代わりに更なる跳躍──
「桐生! 1本よこせ!」
「え!? ちゃんと返してや!?」
空中で桐生の剣を受け取り、すぐさま真下のスケルトンに剣を投げつける。
俺を殺そうと見上げていたスケルトンの額に刺さった剣はその勢いのまま床に突き刺さる。
頭蓋に刺さった剣によって、床に縫い付けられた様に倒れたスケルトンは、手足をばたつかせている。
着地と同時に頭蓋を踏み砕き、剣を抜いた俺は桐生の二刀流を真似、身体を回転させながら、周りのスケルトンを撃破して行く。
気付けば、桐生と冴島の姿が見えないのだが──白い何かと黒い何かが猛烈なスピードでスケルトンを次々に砕いて行く。
どうやら、桐生と冴島が超スピードで動いている様だ。
◇
「何とか終わったな」
動かなくったスケルトン達を見下ろしながら、俺は戦闘の終わりを確認する。
結果は俺が15体、天恵が25体撃破し、桐生と冴島が30体ずつ倒した様だ。
「くっそー勝たれへんかったわ!」
「別に勝ち負けは関係ないのでは? それに引き分けです」
倒した数が引き分けたのが悔しい様子の桐生と、どうでも良さそうな冴島。
一安心したと思ったのだが──
「急いで街に戻るぞ! 嫌な予感がする」
少し焦っている様子の天恵の声で、俺達は屋敷を飛び出す。
明らかな異常事態──エルフにしか動かせないゴーレムに、転移した魔物。
どれをとってもあまりに異常──俺達はそれをギルドに報告する義務がある。
しかし、屋敷を出た瞬間にまたしてもやって来る異常事態──
「また転移……なんだってんだクソが!」
「うへぇ……気持ち悪いー」
「流石にこれはしんどいでぇ……」
「個体名──ゴブリン。その数およそ500」
コブリンと呼ばれる魔物は、全身緑色で棍棒の様な物を構えていた。
更にこれでは終わらなかった──
「スケルトンの復活を確認──データ検索……スケルトンのデータを更新しました。光属性の魔法、またはマジックアイテムによる魂の浄化で無ければ倒せません」
「早く言えぇぇ!」
俺の叫びは夜の森に虚しく吸い込まれて行く──2度目の絶対絶命は1度目のそれを遥かに凌駕し──
「取り敢えず、死亡フラグだけは気をつけよか」
そんな桐生の軽口を聞きながら、俺達は再び戦闘態勢に入り、つくづく思う──異常な世界だと……。