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4話 色変わりするピース

 イリスとの出会いは、悲しみを一段階乗り越えたジークの心をかき乱した。


 まさか、瓜二つの妹がいただなんて。

 よりにもよってその妹が今年度の新入生で、自分が指導教官になってしまうとは。


 夜になって、抑え込んでいたあの悲しみ、悪夢がよみがえる。

 もう幾度となく脅かされた。


 ようやく平静を装えるくらいにはなったと思ったのに。


 そんな苦しみの中を土足で踏み込まれた。

 あっけらかんと笑うイリスの顔を思い出すと、ジークは奥歯を噛みしめてしまう。


 そしてそれは、身勝手な被害妄想なのだから余計に苛立ちが込み上げる。

 それは彼女に向けていいものではなかったのだ。


 イリスには悪い事をしてしまった。

 素気なくあしらってしまった。


 自分の弱さ故の憤りを、彼女のせいにしてしまったのだ。




 昔宿屋だった建物を改装したアパートでジークは一人暮らしをしている。

 元々は、レックスやエミリーと同じ建物に住んでいた。

 が、そこは思い出が多すぎる。


 リリスとの、そしてブリッツの元隊長シュメッテとの思い出。


 そこはブリッツの隊員が寝食を共にしていた寄宿舎だったから。

 航空魔術師学校へと進学する前から、仲間四人で世話になっていたのだ。

 第二の実家と言っても過言ではない。


 学校から家に戻り、暗闇の中でベッドに寝転びながら、今日一日を思い返していた。

 そこでようやく冷静になる。


 明日になったら謝った方がいいかも知れない。

 だけど、あの笑顔を直視するにはまだ苦しい。


 エミリーやレックスにも、そろそろ愛想を尽かされてしまうかもしれない。

 いつまでもうじうじと悩む姿を見せて、その結果悲しませていた事にも気付いてしまった。

 悲しませまいとして壁を作ったのは裏目だったのだ。


 外界から自分と言う存在を遮断して、机に向かっていれば少しは気が紛れていた。

 しかし、それは傍から見ると塞ぎこんでいる以外の何ものでもないのだ。

 今はまだぼんやりとそう考える事しか出来ない。

 明確に自分の事を客観視できるものではない。


 だからそう簡単に、あの時の自分へと戻るなんて事は難しい。


 それでも、イリスのあの笑顔と友人の言葉が心に重く圧し掛かった。


「前を……向く、か……」


 その言葉を口にしてみる。

 もしかしたら何か光明が射すかとも思った。

 だがそんな都合のいい話などない。

 呟いた声は部屋の中へと消えていくだけだ。


 そして思い出す。

 憧れのあの人と会った時に言われた言葉を。


『自分に負けた時が本当の負け』

『それ以上に仲間を大切にするんだ。信頼できる仲間とだから『ピース』になれる』


 どうしたものか。

 いくら考えようとも、答えは見つからない。


 堂々巡り。

 あの時は分からなかったが、今なら理解できる。

 そしてそれはそのまんまその通りなのだ。

 しかしそれを実行する事のなんたる難しい事よ。


「僕は自分に負けたんですね……」


 目を瞑る。


 もう考えるのはやめてしまおう。

 すると、自然に意識が睡魔へと引きずられていった。



 ◆



 翌朝。

 いつもの様に扉をノックする音がする。

 しかし、ジークがその音をベッドで聞くのは久し振りだった。


「あ、寝坊しましたね……」


 時計に目をやると、本来なら家を出ていてもおかしくない時刻を示している。


「おーいっ、ジーク生きてるかー!」

「ジークっ、ジークっ、昨日は……ごめん、はやくここを開けて欲しい!」


 二人とは気まずいまま別れてしまった。

 きっと、レックスもエミリーも、その時の感情を引きずったまま、それでも友と通学しようとしたのだ。

 そこへきて、ジークの反応がないときた。


 と言う事に瞬時で思考を巡らせて、ジークはベッドから跳ねるように起き上がった。

 着の身着のまま、扉へ駆けていき扉を開ける。


 と、その瞬間。

 外から扉をぶち破ろうとタックルしようとしたエミリー。

 同時に開かれた扉にその肩が当たる事はなく。


「ご、ごめんなさ、ふごぉっ!」

「ジィィィィクっ!」


 エミリーの低空タックルが、ジークの鳩尾(みぞおち)へと綺麗に突き刺さった。

 一瞬の内に、肺の中の酸素が吐き出され、息が止まる。

 鳩尾にはしる鈍痛が背中へと抜ける様だった。


 そんな激痛に襲われながらも、エミリーの体力だけでこの勢いは不自然だと思いいたる。

 となれば、彼女は何かしらの魔術を行使して、この突進力を得たに違いない。


 このままでは、エミリーごと背後の壁に叩きつけられるのは必至。


 そこへと考えが到達した刹那。

 ジークの指先に光が灯り、手慣れた感じでひとつの魔術陣を一瞬の内に書き上げた。


 それが背中へと飛んでいき、吹き飛んでいく先でまばゆい光を放った。

 ジークはエミリーを抱えたままその光の中へと飲まれていく。


 ボスン。


 それは壁に激突した音にしては、衝撃を感じさせない。


 数瞬の後、光が収まると、そこには壁に寄りかかりながら、エミリーを抱えるジークの姿があった。


「大丈夫ですかエミリー?」

「ん? おおっ……ジーク生きてた……良かった……」


 エミリーはジークの笑顔を見るや、その目に少しばかり薄い膜を張って安堵したよう。

 その向こうからは、レックスが大笑いしながら手を差し伸べていた。


 その手を掴んで引き起こしてもらう。

 そこでようやく気が済んだのか、レックスの笑いが止んだ。


「おいおい、まったくよ~。エミリーの暴走癖はいつになったら治るんだろうな~」

「う、うるさい……結果オーライだ」


 いつもの光景だった。

 エミリーのやんちゃをレックスが笑い、そして諫める。

 それに対して異を唱えるエミリー。


 仲間と過ごすジークの日常そのものだった。


「そうか、そうだったんですね……シュメッテさん」


 昨日あれだけ悩み、自問自答しても出なかった答え。

 それが今、何も考えてなかったのに自然と脳裏に浮かんだ。


 シュメッテが残した言葉の意味を、ジークは今まさにその目で見たのだから。


 『自分に負けた時が本当の負け』その前にシュメッテはこうも言っていた。

 『一人じゃ駄目でも仲間が助けてくれる。坊やもそんな仲間を見つければ強くなれる』と。


「ほら、早く着替えて来いよ。今日は新入生が来る日だぞ?」

「あのジークが寝坊……今日は雨……か? ボク雨嫌いだよ」


 そう言って、二人の仲間が笑いかけてくれた。


 その瞬間、どこかに失くしてしまった心の中のピースがひとつ埋まった感じがした。

 一人で抱え込みすぎたのかもしれない。


 悲しみを伝播させたくなかった。

 だから、自分で自分を隔離した。


 でもそれは大きな間違いだったのだ。


「先に行っててください。僕も着替えて必ず追いつきますから!」


 そしてそれに気付いたジークは、満面の笑みでもってそう言ったのだった。


 いや、もしかしたらピースは失くしてなどいなかったのかもしれない。。

 だとするならば。

 それはピースを彩る色そのものが、今日この時を以て変化したのだろう。


 きっとジークはこの後見る景色が、彩り豊かであった事を思い出す。

 だから今日も仰ぐであろう空の、その透き通った青に感動するはずだ。

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