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2話 欠けたピース

 図書室から場所を移して、飛行場へとやってきた。


 ジークを呼び立てたのは、航空魔術師学校の教師【サリュー・シルビア】。

 機関科と術陣科を受け持つ、凄腕のエンジニアである。


 と言うのも、彼女はジーク達が憧れたブリッツの元メンバーなのだから、教師としてこれ以上の人材はそうそういない。



 飛行場までの道のり。

 ぼんやりとした思考の中、空はゆっくりと赤くなっていく。


 珍しく感情を露わにさせたエミリーの言葉が頭から離れなかった。


 『前を向く』


 果たして自分にそんな資格があるのだろうか。

 そもそも、前を向くにはどうしたらいいのか。


 仲間と言うピースを失くした状態。

 どうやったらそれが欠けた未来を描けるのだろう。


 ジークはまるで亡霊にでもとり憑かれたように呆けていた。

 覚束ない足取りでゆっくりと歩く。


 そんな体たらくを引きずって、機体倉庫に入って行く。

 開け放たれたシャッターから覗く空に、一機の魔戦航空機が飛んでいるのが目に入る。


「よく来たなジーク」


 ふいにかけられた背後からの声で、ようやく我を取り戻した。

 反射的に振り返ると、シルビアが立っていた。


「遅くなってすみません。この時間に飛んでるなんて珍しいですね」

「あれはあたしの知り合いさ。今年の新入生でね、成績トップで合格したら乗せてやる約束をしちまったんだよ。ったく面倒くせえ」

「本当に新入生なんですか? そんな風に見えないくらい上手いですね」


 明日は新一年の入学式を控えている。

 シルビアの言葉が本当であれば、これが公に知れたら大問題になるだろう。


 当の本人はそんな事に頓着しない性格なのを知っている。

 だからジークは、それを口にするだけ無駄な事だと察して、意識を地上に戻した。


 シルビアはオレンジ色の作業着――つなぎを着ている。

 胸ポケットから煙草を取り出して火を点けた。


 ふぅ、と大きく紫煙を吐き出して真っすぐにジークを見つめる。


「エミリーの奴に何か言われただろう?」

「……心当たりがあるのですか?」


 まさか、シルビアが何か余計な事をエミリーに吹き込んだのだろうか。

 と、一瞬だけ疑念を抱いた。


「あたしは何も言っちゃいないよ。むしろ爆発しそうになったエミリーのガス抜きしてやったくらいさ。感謝しなよ? それにしたってあんたはいつになったらリリスの死と向き合うんだい?」


 あまりにもストレートな物言いに狼狽える。


 図書室からの道中でも、その事ばかり考えていた。

 だけら、こうして核心を突かれるのは余計に堪える。


 エミリーの言葉は懇願。

 しかし、シルビアの問いかけはもっと別の感情が籠っている。


 死と向き合うってなんなのだろう。

 逆に今まで自分は彼女の死を受け止めていなかったのだろうか。


 そう言われたということは、シルビアからはジークがそう見えると言う事に他ならない。


「リリスは僕のせいで命を落としました……僕があの時、もっと慎重に飛んでいれば……」

「そうかい。じゃあ、あんたのその言い分が正解だったとしよう。で? 誰かがあんたを責めた事があったかい?」


 ようやく絞り出しているような声のジーク。

 シルビアの口調はぶっきらぼうではあるが、ゆっくりと諭すような柔らかなもの。


「それは……ありません。でも、あれはどう見ても僕の責任でした」

「随分と自意識過剰な思い込みじゃないか」

「そんな……そんな事は……」


 言葉が出てこない。

 歴戦の猛者にそう言われると、そんなつもりなどなくったってそう思えて来る。


「あの時のあんたの行動はなぁ~んにも間違っちゃいないよ」

「でも、結果的にリリスを見殺しにしたのは僕です」


 操縦科から三人、機関科から一人、そして術陣科からも一人加わって、五人の部隊毎に演習が行われた。

 術陣科は人手不足なので、ジーク達の隊はジークが術陣科の代わりを担う事になった。


 ジーク、レックス、リリス、エミリーの四人の部隊は学校中の噂となる。

 その演習を見た生徒が、ジークを天才と持て囃したのだ。


 ジーク達四人が入学してから、二か月程が経ったある日の事件。

 隊列陣形の演習もかなり手慣れた頃の事だった。


「それが自意識過剰だって言ってんだよ。あの場にはブリッツもいたんだ、あんた一人の立ち回りでどうこうできた訳ないじゃないか。あれは完全に向こうの策にハマっちまったあたしたち大人の責任だよ」


 口惜しそうにそう言ったシルビアは、新たな煙草に火を点ける。

 煙が立ち昇るその根元が、ジリジリと赤く燃える。


 向こうの策とは。

 空賊と内通していた航空魔術師が仕組んだ罠。

 ブリッツの勇名を妬んだ者の暴挙。


 本来、航空魔術師と空賊は相いれない存在のはず。

 演習を行う際、学校は魔戦航空隊へと現場の調査を依頼する。


 調査した部隊がその情報をリークし、空賊と共謀したのだ。


 今でこそ犯人が逮捕され、真相が明らかになってはいる。

 しかし当時その現場にいた者にすれば、何が起きたのか分からないままに奇襲を受けたのだ。


 後にその事件は『学徒虜囚の奸計がくとりょしゅうのかんけい』と呼ばれる。


「いえ、空賊に包囲された時、強引に戦場を搔き回さなければ……きっと、シュメッテさんが上手くやっていたのかも……」

「馬鹿言え。あんた達が人質になっちまったのはもうどうにも回避出来なかったし、あんたがあそこで動かなかったら学生は皆殺しにされてただろうさ。だからあんたは褒められこそすれ、責められる謂れなんてないんだよ」


 これはまさにシルビアの言葉通り。

 学内の上層部も、航空組合(ギルド)の見解も同様であった。


 既にそれはジークの耳にも届いている。


 だけど、それでも自責の念を振り払う事が出来なかった。


「僕の大切な人が一気に二人もいなくなってしまったんです……」

「そりゃ、あんただけじゃないよ。あたしだって、レックスだってエミリーだって同じさ」


 空賊に囲まれた学生の魔戦航空機。

 まさにそれは虜囚と言うのにふさわしい。


 包囲網を突破しない限り、ブリッツは全滅してしまう。

 しかしブリッツから仕掛けるのは許されない。


 そんな推測しか見えない状況に置かれ、ジークはそれまでに感じた事のない焦りに駆られた。


 自分が犠牲に。

 突破口だけでも開かなくては。

 そうすれば後は、ブリッツが何とかしてくれると信じての独断専行だった。


 結果的に、仲間を信じ共に動けなかった自分が未熟だったと結論づける。

 あの時せめて、リリスとレックスに相談だけでもしていれば。


「僕の勝手な独りよがりの行動でリリスは巻き込まれたんです。僕が犠牲にればいいだなんて、それすらも驕りだったんですよ。最終的に犠牲となったのはリリスとシュメッテさんですから……」


 ブリッツの隊長であり、エース操縦士(ライナー)【シュメッテ・ナイザック】。

 ややもすれば、ジークの動向が窮地を脱する鍵と睨んでいたのかもしれない。


 その動きを誰よりも早く察知したのはシュメッテなのだから。


 ジークが死に物狂いで切り開いた活路を最速で駆け抜ける。

 後は、包囲網の中心で暴れまわれば、せめて生徒だけは助けられる。


 そんな希望を抱いた矢先。


 ジーク同様、虜囚となっていた自身の娘。

 その背後に忍び寄る空賊が視界に入った。


「仕方がない、なんて言ったらあんたは怒るかもしれないけどね。隊長とリリスは端から狙われてたんだから、それをあんた一人でどうこう出来た訳ないじゃないか」

「それも聞きました。それでも悔やみきれません……」


 最大の危機に瀕した娘を目にしたシュメッテに、冷静さの欠如を誰が指摘できようか。


 『ジーク・アロウェインの機転は想定外だったが、当初の狙い通りシュメッテ・ナイザックとリリス・ナイザックを討った。我々の勝ちだ空の敗者達よ!』


 これは後の事情聴取をまとめた聴取録。

 その中で勝利宣言した空賊の一節である。


 リリスの元へと急いだシュメッテは、元から彼をつけ狙っていた空賊に襲われた。

 機体に大きな穴が穿たれ、両翼は大破。

 制御を失ったところでトドメを刺されてしまう。


 この時点でジークはようやく、ナイザック親子の窮地に気が付いた。


 時すでに遅し。

 とは言え、そんな事言う暇がない程に、一気の仕掛けだったのだ。


 シュメッテに続き、リリスも空に散ってしまった。


 機体の後ろ半分がもぎ取られ、地に落下していくその光景は今でも鮮明に覚えている。


 その後ジークはどう飛んで、どれほどの空賊を滅したのかなど覚えていない。

 気が付いたら、堕ちた機体の操縦席で冷たくなったリリスを抱いていた。


 不思議と涙は出なかった。

 ただしばらくジークは失語症に陥る程に精神を病んでしまう。


 目を閉じると、リリスの顔が浮かんできて、満足に眠る事さえ出来なかった。


「そろそろ残された仲間の為に、男を見せたっていいんじゃないかい?」


 そうだった。

 失語症と睡眠障害から立ち直らせてくれたのは誰だったか。


 いつも優しく包み込んでくれる家族。

 何より、こんな自分をずっと心配してくれているレックスとエミリーではないか?


「あんたが仲間をないがしろにする奴じゃないのは充分に知ってる。だけどな、悲しいのはあんただけじゃないんだって事にとっとと気付くんだね」


 返す言葉がない。

 ジークは当然そんな事は百も承知してる。


 エミリーの胸の内を聞いた。

 レックスに見守られていた。

 シルビアに諭された。


 ここにきてようやく少しだけ、リリスに対する別の罪悪感が芽生える。


 死なせてしまった、という負い目ではない。

 仲間を悲しませてしまった罪の意識。


 胸の奥がジクリと疼いたような気がした。


 シルビアはその些細な変化を見逃さない。

 何かに気付いたような、そんな顔をジークが見せた。


「よっし、じゃあ本題に入るよ」


 そう言ってシルビアはまた煙草に火を寄せた。


「え? 本題って……リリスの事を言うために呼んだんじゃないんですか?」

「ああ、それはあれだよ、本題を言う前に乗り越えてもらいたかった最低限のハードルさ。ったく、あんたもいい加減、頑固だから面相臭いよね」


 そう言いながら、シルビアは滑走路の方へと指をさす。

 それに合わせてジークは首を振った。


 いつ戻ってきたのだろうか、さっきまで空を飛んでいたはずの魔戦航空機が停まっている。


 そこからひとつの人影が降り、倉庫へと駆け寄ってくる。

 夕陽を背にしてるせいで、顔は確認できない。

 跳ねるような走り方と、長い髪に細い体。

 そこから女性である事が想像出来た。


「あの子が成績トップの新入生ですか?」

「ああ。お前にはあいつの指導教官になってもらうからな」

「え? ちょ、ちょっと待ってください! それは引き受けられません!」

「いや、お前しかいないんだよ。だって暇だろおまえ?」


 何と言う暴論か。

 とは言え、空を飛ばない自分が暇に任せて、魔術陣の研究を優先させるのも暴論かもしれない。


 反論しようにも、今のジークには説得できる材料などない。


 そう諦めた時。


 夕陽の影で見えなかった少女が倉庫の中に入って来る。

 その姿が露わになった。


「シルビアさ~ん! ありがとうございました~。やー、爽快爽快。やっぱり空を飛ぶって気持ちいいですね~」


 快活で朗らかな声。

 黄金色で真っ直ぐな長い髪。

 背にする夕陽に同化する程の赤い瞳。


 目、唇、耳、鼻。


 ジークは少女を見るや固まってしまった。


 既視感なんてものじゃない。

 目の前にいるのは彼女そのものじゃないか。


 なんで彼女がここにいるんだ。


 その姿を見るや、胸中で問答しながら瞬く間に混乱がうず巻いた。


 そしてジークはついその名を溢す。


「リ、リリス……?」





 この出会いが、本当の意味でジークの心を動かし始める。

 凍り付いた時計の針が溶けて、少しずつではあるが時を刻み始めるのであった。


 欠けてしまったピースの隙間。

 それが埋まるかどうかはまだ先の話。

お読みくださりありがとうございました。

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