プロローグ
――航空魔術師。
古の遺物から採掘される『魔晶石』を動力とし、魔術陣による制御で空を飛ぶ魔戦航空機。
それを駆るのが航空魔術師である。
この世界では空路での移動が多い。
魔晶石の研究が進み航空魔術なる技術も開発されて、空の移動はより一層の安定がもたらされた。
そこに目を付けたのが、地上で稼げなくなった盗賊団。
【積乱の迷宮】と呼ばれる空の要塞に巣食う空賊。
空を飛ぶ魔物を使役する魔術を使い、金品のみならず命までをも略取する。
それが空賊の正体なのだが、しばらくは空の移動が制限されるほどに制空権を握る勢いを持っていた。
しかし。
これに対抗する為に魔戦航空機が作られ、多くの魔戦航空隊が誕生する。
空賊の暴虐は徐々に影を潜め、一方的に蹂躙される時代は終わった。
空の勇者。
それが魔戦航空隊に与えられた敬称である。
魔戦航空隊は民間レベルで結成出来るが、指揮系統を管理する魔術陣は王国が発行したものでないと認められない。
自由に隊を名乗れるものでもなく、航空組合への隊登録も必須である。
年に一度開催される、魔戦航空隊の序列決定戦がある。
この順位によって報酬と任務難易度が振り分けられる仕組みだった
更に、王国一の称号は空の英雄として国民の信頼が厚い。
当然ながら、そんな英雄に向けられる少年少女の眼差しは輝いていた。
多くの注目を集めているのは、序列戦五年連続で一位の魔戦航空隊。
その名を【ブリッツ】と言う。
◆ ◆ ◆
これはとある少年の話。
彼が六歳の時に体験した出来事から始まる。
家族旅行の際、乗っていた大型旅客飛空艇が空賊に襲われる。
少年の故郷、アウストラ王国が管理運営するその飛空艇には多くの貴族が乗っていた。
空賊の標的となる事は想定内。
そこに防衛網を敷いていないはずがない。
王国随一の魔戦航空隊【ブリッツ】が、周囲に群がった空賊をあっという間に蹴散らした。
五つの魔戦航空機は、次から次へと湧いてくる空賊百の群れをものともしなかった。
統率のとれた連携。
臨機応変な戦術。
有り得ない速度で大空を疾駆する鉄の塊。
そこから幾重にも放たれる魔法の閃光。
なにより、エース操縦士の活躍が群を抜いていた。
少年は恐怖を感じる暇もなく、デッキでその勇姿を目に焼き付けたのだった。
その感動は彼の意識をしばらく呆けさせた。
気が付くと息を荒げて興奮し、その胸の内を延々と捲し立てていたほどだ。
「父様、僕も大きくなったらブリッツに入ります!」
「おっ、じゃあブリッツの隊長に頼んでみるか?」
「はいっ! お願いします!」
そして彼は将来の自分を夢見る。
大きくなったら、空を自由に駆け巡って人々の安全を守る勇者になるのだと。
そうと決めたら少年の意志は固かった。
一般的な魔術を早々に習得し、たった八歳で航空魔術の基本的な術式、魔術陣を理解し始めた。
そんな少年の噂が届いたのか、父の伝手が奏功したのか、少年はブリッツの隊員と会う事が叶った。
それもエース操縦士であり、隊長も兼任する一番の憧れとだ。
「隊長さんは負けた事無いんですよね?」
「負けた事のない人間に強い奴なんていないんだぞ?」
「えっ、でも負けたら空賊にやられちゃいます」
「一人じゃ駄目でも仲間が助けてくれる。坊やもそんな仲間を見つければ強くなれるし、何より自分の弱さに負けない事だ。自分に負けた時が本当の負けなんだって覚えておくんだぞ」
「ん~、良くわかりません……」
「知識を蓄えたり、操縦技術を磨くのも大切だ。だけど、それ以上に仲間を大切にするんだ。一人じゃ何もできないだろ? 魔戦航空機だって信頼できる仲間とだから『ピース』になれるんだ」
「分かりました! ナカマを大切にします!」
この時少年は、仲間とはどういうものかなんて理解できていない。
それでも自然と、彼の周りには仲間が集まるようになっていった。
父に頼み込んで航空魔術の本を買いあさり、その隅から隅までを頭に叩き込んだ。
ブリッツの隊員とも仲良くなり、技術談義が出来るくらいの知識を持つようになる。
そこには少年と同じように、空の英雄に憧れる少年少女が集っていた。
志を同じにする彼らが友人となるのには、さほどの時間もかからない。
みんなの歳が同じだった事もあるだろう。
期せずして少年は仲間と言う貴重な宝を手に入れた。
少年と兄弟のように接する大柄の少年。
少年の知識に憧れ尊敬する小柄な少女。
そして、少年の優しさに心揺さぶられ、夢を共にする美しい少女。
四人はいつも一緒に笑っていた。
いつも一緒に泣いていた。
目指す場所を同じにする仲間の存在は、時の流れを早くする。
彼らは揃って念願への第一歩を踏み出したのだ。
少年と少女らは十六歳になり、当時の想いそのままに【航空魔術師学校】へと進学を果たした。
「空を飛べる」
あの時見たブリッツの勇姿を何度も夢想する。
そのたびに少年の情熱は大きく燃えた。
はずだったのだが。
程なくして少年は「空を飛びたい」と思わなくなってしまった。
とある事件をきっかけに。
これは空への想いを巡る少年と少女の物語。
かけがえのない仲間と共に、少年はまた飛ぶ事が出来るのだろうか。
今はまだ空を仰ぐばかりであった。