トンテンカンとツバメは囀る ~走れNSR! 吠えろビスモーター!~
私の家へと続く農道を両手に大きなビニール袋をぶら下げて歩いて来るのは建具屋のご主人です。
だんだん近づいてきます。
ああ。
やっぱりアレだ。
アレが始まるんだ・・
ガヤガヤ
そうこうしていると背後が何やら賑わしくなりました。
今日一番の賑わしさかも知れません。
さすがに私もちょっと気になって、何が起きたか覗きたい衝動に駆られます。
「ねえねえ。
いったいどうしたの?」
私はそう言いながら、人だかりに向かって駆け寄ります。
そして、割り込んで顔を覗かせた瞬間
ぺとり
何かが私のキュートな鼻の頭にくっつきました。
何か、とてつもなくツンと鼻を突く嫌な匂いがします。
強烈です。
いったい何が私の鼻の頭にくっついたのか、あまりに近くて焦点が合いません。
しっかり見えるのは倉田隆二の顔。
何か物凄く気マズそうな顔して、私にそのツンと強烈な匂いのする物を差し出しています。
どうやら私が覗き込むタイミングと、あいつがその何かを差し出すタイミングが不運にも一致してしまったみたいです。
慌てたあいつが、差し出してた物を大急ぎで引っ込めます。
あ。
焦点が合いました。
うげ。
なにそれ。
超ばっちいんだけど。
なに、あんた。
そんなバッチイ物をあたしのキュートなお鼻にくっつけたの?
なにそれ。
ありえない。
慌てて私はパーカーの袖で鼻の頭を拭います。
思わずパーカーの袖の匂いも嗅いじゃいます。
うげ。
ツンとする。
「うわあ。
こりゃまた汚いキャブレターだなあ。
ガソリン抜かないまま長期保存したんだな、こりゃ。」
耳元でそんな声が聞こえました。
声の主は、大きなビニール袋をぶら下げてた建具屋のご主人です。
うちの町でも有名な、古参のハーレー乗りのおじさんです。
改めてその「キャブレター」と言うものを見てみると
やだ。
ほんと、ばっちい。
一言で言うならば
「汚れたスライムに占領されたシンデレラ城」
という感じでしょうか?
小さな金属製の箱の中にシンデレラ城のような形の装置が入っていて、その周りにビッチリと緑色のスライムみたいなのがブ厚くこびりついているのです。
スライムも透明な緑色ならまだ可愛いんですけど、透明な中に黒いのやら、茶色いのやら、色んな汚れみたいなのが入っています。
「汚れのゼリーよせ」
そんな感じです。
そんな物が私の鼻の頭にくっついたの?
うげ。
まじ。
かんべん。
「ああ~
久しぶりに2ストの音、聞きたかったのにな~」
「あのキャブじゃあ、今日はまず無理だな。」
そんな落胆の声が、そこらかしこから聞こえてきます。
「隆ちゃん、お疲れさん。
どう? 差し入れ。」
そんな建具屋のおじさんの声と同時に、私の顔の横を何やら缶が通り過ぎていきます。
ほら、やっぱりだ。
ビニール袋の中身は缶ビールでした。
「みっちゃん(道洞君)にはこれ。
差し入れ。
ヨツバモータースで貰ってきたNSRのプラグ。
イリジウムね。景気良く。」
いつもの事です。
この人達、結局バイクを修理しに集まってるんじゃないんです。
バイクをツマミに宴会しに来てるんです。
「あ、建具屋の。
ありがとうございます、でもまだ我慢します!
今、モチベーション上がってるんで、
ある程度のトコまで俺やっちゃいます。
それに、どうせ飲むなら、こいつの音聞きながら飲みたいですし。」
そう言ってあいつが笑っています。
真面目なのか、不真面目なのか。
いや。
不真面目です。
だってあんた、夜、仕事じゃない。
「俺はいただき!」
「俺も!」
そう言って、今までバイクに群がっていた人達は一人、また一人と、建具屋さんから缶ビールを受け取って、バイクから離れていきます。
そして納屋の壁にもたれかかりながら地面に腰掛けると、プシュリと気持ちのよい事が次々に聞こえてきます。
方や酒屋のご主人さんはビールを見て青い顔をしています。
思い出したのはお仕事でしょうか?
はたまた怒った奥さんの顔でしょうか?
一目散に配達中のカブにまたがると、ヘルメットのベルトも止めないで慌てて走り去ってしまいました。
「そろそろだと思って。」
さっきまで姿の見えなかったお父さんが笑いながら両手に地酒の一升瓶と、お煎餅の袋をぶら下げて姿を現しました。
座り込んでいた人達から歓声が沸き起こります。
ああ。
やっぱりこうなった。
たぶんこのまま大宴会になっちゃうんです、いつも。
「青い空!バイク!旨い酒!
最高だね~。
どうだい優ちゃんも?
おじさん達と一杯やらないかい?
お休みだろ?」
そんな声が納屋の前に座り込むおじさん達の中から聞こえます。
あいつの方を見ると、倉田隆二は何やら泡の出る缶スプレーみたいな物で必死にスライムと戦っています。 額はもう汗でびっしょりです。
スプレーの泡を吹きかけて、ブラシで磨いたり、針金のような物で突っついたりしています。。
まあまあ、こっちのバッチイ男の子は汗だくになってさらにバッチイですねぇ。
家から冷たい麦茶でも持って来てあげましょうか。
「あ、あたしもまだいいですよ。
それより何かオツマミでも作ってきますね。」
私は皆にそう告げると、早々に台所に避難する事にしました。
『ちょっと大人な私達の日常』
第五話
「トンテンカンとツバメは囀る(4)」
~ 走れNSR! 吠えろビスモーター! ~
台所にある冷蔵庫のドアを開けて、私はキョロキョロと中身を物色します。
そりゃあ私だって女の子の端くれですから、たまには料理をするんですよ。
あ、さっそく良い物発見しました。
小アジの一夜干しです。
これは先日、三重県の大きなホテルの支配人さんが遊びに来た時のお土産です。
10匹くらいが入っている小さな小袋を2つ発見。
これ美味しいんですよ。
小アジと言っても微妙な大きさで、煮干しや、アジの南蛮漬けにするには少し大きいサイズです。
でも、焼き魚や、お刺身にするにはいささか小さい。
そんな「帯に短し、タスキに長し。」な小アジの一夜干しです。
人間で言うと、そうですね、中学一年生くらいですかね?
でも、これが美味いんです。
有名ホテルの支配人さんだから、もっと良い物を?
いえいえ。
これがいいんです。
あのおじさんも知ってて毎回これ持ってきてくれるんです。
なんせこれ、ここらじゃ手に入らない逸品なんです。
この中途半端な大きさの小アジは、漁師さんも商品価値が無くて困るんだそうです。
だから一夜干しにして、地元だけで消費されてしまうんですって。
このビニールの小袋は漁師さんの小遣い稼ぎなんだそうです。
だから、そこそこ大きな小アジばかりなのに、10匹入って250円なんだそうです。
私はこの頭もハラワタも取ってない一夜干しを、油の敷いてないフライパンに並べて火を着けます。
しばらくするとパチパチといういい音と、香ばしい香りがしてきます。
パチパチ言うのは空焼きの音ではありません。
実は油の跳ねる音なのです。
フライパンを覗きこむと、油を引いていなかったはずなのに今では中心部分にしっかり油が溜まっていて、まるで揚げるように小アジ達を焼いています。
ほんとに、けっこういい油の量です。
私は菜箸で、フライパンの上に並んだ小アジ達をひっくり返して行きます。
実はこの油、小アジのハラワタや皮目から滲み出してきた「油」ではなく「脂」なのです。
小さいくせに、しっかり脂の乗ったアジ達なのです。
ふわん
と、アジを焼く香ばしい香りが台所中に広がっています。
私は第一陣を焼き終えてフライパンを洗うと、続いて第二陣の小アジを並べていきます。
でも、あまりにいい香りなのでこっそりツマミ食いをする事にしました。
私はお皿の上から綺麗に揚げ焼きされた小アジを一匹、ヒョイと尻尾を持ってツマミあげます。 文字通り、つまんで食べるからツマミ食いです。
でもちょっと手が止まります。
一口で食べるには、少々大きな小アジ君。
女の子ですし「頭からガブリ」 というのもどうだか。
いいえ。
でも、それが一番美味しい食べ方なのだから仕方ないですよね。
これもお作法です。
小粋な沼さんだって、きっと同じようにして食べるでしょう。
なら、仕方ないです。
私は摘んだ小アジを頭から、半分くらいのところまで一口で食べました。
口の中にフワリと甘い脂と、柔らかいほろ苦さが広がります。
多少大ブリと言っても小アジです。
骨は柔らかくて全然気になりませんし、ハラワタもそんなに苦くはありません。
うん、甘いです。
ああ。
これは日本酒が飲みたくなってしまいます。
良く冷えたキレのいい辛口のお酒で後味を流してしまうのいいですし、
逆にふくよかな温めの純米酒で同調させるのもアリです。
ふくよかな味わいの温かいアジに、やはりフワリと温かいふくよかな日本酒。
ダブルでふわふわのリラクゼーションタイムです。
お酒とツマミの合わせ方。
「切る」と「同調」
これも沼さんに教えてもらいました。
。
師匠ですね、師匠。
私はしっかりほろ苦さを堪能すると、今度は残った尻尾側をお口に放り込みました。
お腹のある苦い部分は最初の一口で食べちゃったので、今度は純粋な焼き魚の味が口の中に広がります。
柔らかくて、脂の乗った上質の一夜干しの味です。
一口目はほろ苦く
二口目は純粋に旨い。
まったく、こんな小さいのになんて憎たらしいアジ君なのでしょう。
思わずうっとりと瞳を閉じてしまいます。
三重の海が見えます。
伊勢湾です。
浜辺ではねじりハチマキの漁師さんが、ブツクサ言いながら小アジを七輪で炙ってます。
片手にはコップ酒。
ああ。
三重の漁師さんありがとう。
伊勢の海よありがとう。
やだ・・
気がついたら私、二匹目を頬張ってるじゃない。
こんな美味しい物を、酔いどれの隆二一派に振る舞うのはいささか気が引けますが、焼いてしまった物は仕方ありません。 私はフライパンをそのまま流しに突っ込んで、お皿に乗った小アジと、麦茶の入ったコップをお盆に乗せると玄関へと向かいました。
私が玄関を出ると、人がさらに増えてます。
缶ビールの空き缶の数もさっきより増えてません?
どう見ても、ビニール袋2つに入る数じゃあありません。
おや?
さっき逃げ帰った、酒屋のご主人が戻って来てるではありませんか。
しかも左目に痣が出来てますよ。
きっとサボってたのがバレて殴られちゃったんですね・・
でも、どう考えても追加の缶ビール。
これはご主人の差し入れですか?
また奥さんに殴られちゃいますよ。
右目も殴られちゃったらパンダになっちゃいますよ・・
そう思って、何気に酒屋のご主人に聞いてみると
「去年のクリスマス限定缶。
余剰在庫整理。」
なんて笑っています。
本当に大丈夫なんですか?
それ。
「お店は?」
「奥さん怖くて逃げてきた。」
あらま。
ご愁傷様です。
「優・・。
それってまさか?」
お父さんが私の持つお盆の上のお皿を見て、目が点になってます。
「うん。
小アジ。
焼いてきた。」
「楽しみにとっといたのに・・。」
あ。
お父さん泣いちゃった。
皆はそれ見て笑ってます。
いまだに座り込んでゴシゴシ格闘しているあいつを覗き込むと、シンデレラ城も随分と綺麗になっています。
でも、さっき以上に汗だくです。
「もうすぐエンジンかかるの?」
私はそう言うと、コップに入った麦茶を差し出しました。
「それはどうだか。
とりあえずはキャブは気合で掃除した。
詰まった穴も全部通した。
プラグも交換したし、携行缶でガソリンも用意した。
後は組み直して、神様に祈るばかりだな。」
なんて言ってます。
「あ、優?
ちょいとVTZのバッテリー貸してもらえるか?」
「被るの?」
「被らねーよ。」
あいつ笑ってます。
あいつ、いつの頃から私の事を「優」って呼び捨てにしています。
いつの頃からでしょう。
ずっと私の事、「尾折さん」とか「尾折」とか苗字で呼んでいたくせに。
確かに、文通していた時はお互い名前で呼ぶ事にしていました。
文字の上だけはね。
「付き合い始めたんだから、名前で呼ぼう。」
って。
何度かかかって来た国際電話。
あいつは「優」って呼び捨てにしてたな。
たしか。
私はなんだか恥ずかししくて、極力名前を呼ばなくていいように話してた事を覚えています。
でも、手紙と、たまにする国際電話だけの私達は、結局手を繋ぐ事も、お互いの顔を見る事もなく自然消滅。
結局こいつとは、「付き合っていた」という事実だけが残っているけど、実際には手も握った事ありません。
今も。
今でも。
です。
5年ぶりに日本に戻ってきた時には、こいつ奥さん連れていましたし、結局、高校を卒業してから直接会って話すようになったのなんて、実はここ数年の事です。
あいつは気安く「優」って呼ぶけれど。
私は難しいなあ。
下の名前で呼ぶのは。
むしろ「倉田くん」って、子供の頃の様に苗字で呼びたいくらいです。
でも、お互い知り合ってもう20年。
手も繋いだ事ないけれど、一応付き合っていた同士。
他人行儀に苗字で呼ぶのは、さすがに申し訳ない気もします。
だからついつい「あんた」って呼んでしまいます。
なんだか私ばっかり意識してるみたい。
恋愛の相手としてはもう見れてないんだし、変に意識なんてするのも、逆に変な感じもします。
勇気を持って呼んでみればいいのかしら。
そのうち慣れるのかしら。
「え?
もったいない。
被ればいいのに、バカ隆二。」
あ。
ダメだ。
試しに呼んでみたのはいいけれど、不自然過ぎて首の横が痒くなる。
これは随分練習が必要だわ。
「よう!嬢ちゃん!
うちの恐竜も持ってきてやったぜ!」
山本のお爺ちゃんの声がします。
空を見ると、すでに陽が傾きかけています。
振り返ると。
はて?
恐竜はいずこ?
そこに立っていたのは、自転車押してる山本のお爺ちゃんだけです。
普通に
「自転車で来ました。」
って感じです。
それにしても古くてばっちい自転車です。
ほら、あれに似てます。
新喜劇で、町の駐在さんが乗ってそうな自転車。
そこら中サビだらけです。
サドルなんて、茶色を通り越して、飴色になってますよ。
ところでお爺ちゃん。
恐竜は??
私がそう尋ねようとすると、宴会の輪の中から歓声が上がります。
「うおー!
すげー!
ビスモーターじゃん!
うちの爺さんも乗ってたよ!
懐かしいなー!」
そんな声です。
ビス?
モーター?
なんですか?
それ?
「油もさして、燃料も入れてきた。
お嬢ちゃん乗ってみな。」
なんて、山本のお爺ちゃん、不敵な笑を浮かべています。
乗るって。
そのポンコツ自転車にですか?
「走るの?
それ?」
「無論じゃ。」
お爺ちゃん自慢気です。
どうしましょ。
ハチキュー君も気になりますし。
横目でハチキューを見ると、道洞君とあいつが、分解した部品をせっせと車体に組み付けている真っ最中です。
どうやらエンジンがかかるとしても、まだもう少し時間がかかりそうです。
私は、待っているのも何ですし、山本のお爺ちゃんの持ってきたビスモーターなるポンコツ自転車を借りる事にしました。
たしかによく見れば見るほど、ただのポンコツ自転車なのですが、後輪のところに何やら湯たんぽのような物がくっついてます。
これがビスモーターなのでしょうか?
飴色に変色したサドルを跨いでみると、私には少々座席が高いようです。
思い切り爪先立ちになってしまいました。
ハンドルを見ると、右手の所に、なにやら指で引っ掛ける棒みたいなのが出ています。
「お爺ちゃん。
この棒なに?」
「アクセルじゃ。」
え?
これ、アクセルなの?
「とにかく漕げば分かる。」
お爺ちゃん笑ってます。
いやいや。
分かんないですって。
まあ、とにかく焦げがいいのね。
私はポンコツ自転車のペダルに足をかけて踏み込みます。
ギシギシと古い自転車が軋みます。
油を刺したって言うけれど、本当でしょうか、不安です。
漕いでて分解しちゃうんじゃない、これ?
お爺ちゃん、そんな私をニコニコしながら私を見てます。
私は、納屋の前から玄関先に向けて、ヨロヨロしながら自転車を漕ぎます。
ギーコギーコと凄い音です。
「お爺ちゃん!
これでいいのー!?」
「もっと漕げー!」
お爺ちゃんは答えます。
もっと漕げったって、もう道路に出ちゃうじゃない。
私は仕方なく、家の前を通る農道に出ました。
ギーコギーコとうるさいし、久しぶりの自転車でヨロヨロするし。
あまりヨロヨロ農道を走るのは危ないような気がしたので、そのまま満開の菜の花畑の側道に入りました。
「それでどうするのーーー?」
「もっと早く漕げーーー!」
振り返ると、もうお爺ちゃんの姿が小さくなっています。
私は言われるまま、足に力を入れて、もっと早く自転車のペダルを漕ぎました。
「このあと、どうするのーーーーーー?」
「股の間のレバーを上げるんじゃーーーーーー!」
もう、会話というより、お互い叫んでるだけです。
それより、股のレバーってなんですか?
ついてませんよ。
そんなもの。
あたし、女の子ですもん。
そう思って、股のあたりを見てみると。
あら。
やだ。
ついてる。
私にじゃないですよ。
自転車にです。
サドルとフレームの影で見づらいですけど、レバーの先端に付いている、赤くて丸いプラスチックのような物が見えます。
たぶん、これの事ですね?
満開の菜の花畑の中、私はお爺ちゃんに言われた通り、ヨロヨロ自転車を漕ぎながら股の下にあるレバーに手を伸ばして、思い切り引き上げました。
ガコン
その瞬間、後輪の方で何かが繋がるような衝撃がありました。
そして
ペペペペペペペペー
と、草刈機のような音が、菜の花畑一面に響き渡ったのです。
え?
なにこれ?
突如響き渡るエンジン音。
私は何が起こったのか、すぐには分からずに、とにかくペダルを踏む事に専念しました。
だけど、あれだけ軋んで重かったペダルが、今は物凄く軽いのです。
あまりにペダルが軽いので、私は思わずペダルから足を離してしまいました。
すると、漕いでもいないのに、自転車はどんどん前に進みます。
ひょっとして?
さっきお爺ちゃんがアクセルだと言っていた、ハンドルにくっついてる指をかける棒。
私は試しにそれを人差し指で引っ掛けて、ゆっくり手前に引いてみました。
すると
ぺぺぺぺぺ
という草刈機のようなエンジン音はますます甲高く響き渡ります。
それと同時にじんわり加速する自転車。
あら。
やだ。
この子、自分で走ってる。
どうやら、さっき見た、後輪にくっついている湯たんぽみたいな物がエンジンだったようです。
普段は後輪に接続されていないそれは、レバーを引き上げる事で、後輪に接続される仕組みのようです。
そして、回る後輪の力でエンジンがかかったのです。
これは噂に聞くモペット?
それとも昔のアシスト自転車?
気が付くと私は、なんだか面白くなって、大きな声を上げて笑っていました。
なんだかテンション上がってしまいます。
私は両方の足をペダルから離して大きく広げました。
春風が、広げた足をすり抜けて行きます。
たくさん空いたクロックスの穴にも風が吹き抜けます。
満開の菜の花の中を、自分で勝手に走る自転車。大股広げて笑う私。
プワーーーン!
プワーーーーン!
と、いう甲高い叫び声が、もう随分と小さくなってしまった私の家の方から聞こえます。
どうやら隆二もハチキューのエンジンをかけるのに成功したようです。
あら。
やだ。
あたし普通にあいつの事名前で呼んでたわ。
東の空が少しづつ青から紫に色を変え始めた頃。
ぺぺぺ
と
プワーン
二匹の恐竜の雄叫びが、菜の花畑にこだまします。
嬉しそうに響くその声は
時代に取り残されて、一度は睡りについた恐竜君たちが、
再び命を吹きこまれて叫ぶ、喜びの歌のように聞こえました。
夕焼けの空に気持ちよさそうにツバメも飛んでいました。
トンテンカンとツバメが囀る
(完)