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ちょっと大人な私達の日常  作者: にしやま そう
はじめまして! 優です!
5/46

トンテンカンとツバメは囀る ~ 恐竜 ~

ただいま!

優です。


ご飯美味しかったです!

今晩は赤魚あかうおです。


煮付けでした。


でも、赤魚って不思議ですよね。

めっちゃメジャーなのに焼き魚とか、煮魚ばっかりでお刺身って見ませんよね。

そう言えば、どんな顔かも想像つかないですよね?

だいたい、いつも見るのは頭のない状態なんですもの。


赤魚あかうおを釣りに行く。」


って話しも聞いた事ありません。

どんな魚なんでしょうかね?



あ。

ごめんなさい!



続き書きます!













『ちょっと大人な私達の日常』


第四話

「トンテンカンとツバメは囀る(3) ~ 恐竜 ~」












なんと言うか。


おじさん達って、あれですよね。

年を取っても男なんだな。

・・って。


あ、変な意味じゃないんですよ。

変な意味じゃ。


改めて背が高いんだな。

って。



当たり前の事なんですけどね。

男の人なんだから。



だけど、人だかりの隙間から覗きこもうと思うと、何かと一苦労です。


いったいぜんたいこの人だかり。

何にそんなにたむろしてるのでしょう?

そんなに面白い物でもあるのでしょうか?



右へ左へ。

ベストポジションを探して私は必死にヒョイヒョイってつま先立ちするんですけど、なかなか人だかりの中心にあるはずの物が見えません。


あ!

今ちょっとだけ何かが見えたような気がします。


あとちょっとです。


私は一旦カカトを地面に着けて着地すると大きく息を吸い込んで、もう一度思い切りつま先立ちをしました。


むぐぐぐぐ。


あ。

ちょっとだけ見えた。

やっぱりミラーだ。


うん。

あともうちょっと。


私の前に立ってる看板屋の社長さんの背中に手を付いて、さらにつま先に力を入れます。


そんな時、後ろで頑張る私に気を使ったのか?

はたまた背中に手を置かれて驚いたのか?

看板屋の社長が突然横に体を避けちゃいました。



あ・・

だめ。

今どかないで・・。



ふっと軽くなる私の手。

限界以上に背伸びしていた私は急に支えが無くなって、思わず前につんのめります。



よろける私。

ごめん。

誰か支えて。


だけど、まるで「モーゼの十戎」のように割れる人だかり。

クロックスが片方、綺麗な放物線を描いて宙に舞います。


トン。

トン。

トン。


倒れそうになるのを「ケンケンパ」の要領で前につんのめって堪えます。

そんな私を見て、感心する人だかり。


「おお~!」


感嘆の声や拍手が聞こえます。


でもね違うの。

して欲しいのは感心じゃないの。


お願い

誰か支えて。



そしてそのまま数回ケンケンしたあたりで、無様に前に伸ばした両手が誰かを触りました。

私はここぞとばかりに、両手にグッと力を込めて倒れそうになる体重を支えました。


誰だか分からないけど、ありがとう。


その瞬間、私の頭の中に何か言葉のような、イメージのような物が流れこんできました。



「モットハシリタカッタ・・」



うっかりすると聞き逃してしまいそうなその小さな声は、私の頭の中でそう言っていました。 前にも一度経験した声です。 

あれは、確か初めて愛車のVTZ250に触った時です。



私は両手の先に目をやりました。


倒れそうになる私を支えた物。

それは人だかりの中の誰か、ではなく一台の黒いオートバイでした。



すっかり埃を被って、一見すると白か灰色にも見えますが間違いありません。

黒いボディに銀色と赤のラインが入ったオートバイです。

タンクにも赤い文字でHONDAと書いてあります。


ボコボコとへこんだタンク。

割れたミラー。

外装には痛々しいくらい大きく獣の爪で引き裂かれたような無数の傷痕。


よく見ると、部品が欠損している場所も何ヶ所かありました。

ハンドルだって明後日の方向を向いています。

それに結構サビてます。


でも、直視するのも痛々しいその黒くてボロボロのオートバイからは、不思議な事に物悲しさや、悲壮感のような物は感じませんでした。


感じたのは純粋なまでの「誇り」でした。



春の柔らかい日差しを受けて輝く見たことも無いくらいに太いアルミ製の外骨格フレーム


そして、やっぱり見たことも無いような形状のマフラー。

一度、袋の様に大きく膨らんで、その後まるで鉄パイプのように極端に細くなっています。


小さくてペラペラで厚みの無い一人用のシート。


そして何より異常なくらいに前傾姿勢のポジション。



傷つき、息絶えてもなお誇りを忘れず鎮座する、気高く眠る若武者わかむしゃがそこにはいました。


全身に黒い鎧を纏ったその姿。

私知ってる・・

色も違うし、大きさも小さいけど、道洞君のCBR900RR、ファイヤーブレードに良く似てる。


これは。

レーシングバイクだ!

私は直感的にそう感じました。



「どうしたのこれ?」


私は思わず振り返ると、すぐ後ろで腕組みをしながら私とバイクを眺めていた倉田隆二に尋ねました。


「ああ、吉田んから貰ってきた。」



少し自慢げに、でもどこかいたずら坊主のような顔で倉田隆二あいつが笑っています。


ヨシダ?

よしだ・・


「吉田さん」よくある名前です。


そう思って頭に浮かぶいくつもの吉田さんの顔を眺めながら、私はある事に気が付きました。

そうです、倉田隆二が「ヨシダ」と呼び捨てにする吉田さんには一人くらいしか心当たりがありません。


中学校の頃に、サッカー部にいた同じクラスの吉田くんです。

いつもクラスのお調子者で、ケラケラと笑う元気な男の子でした。


「サッカー部の?」


「おう。」


倉田隆二は腕を組んだまま頷きます。




その後、倉田隆二はこのバイクについて説明してくれました。

どうやらこのオートバイは長く吉田くんの納屋で眠っていた物らしいのです。


高校を出て名古屋の専門学校に進んだサッカー部の吉田くんはこのレーシングバイクを買って乗っていたらしいです。

そして、春休みだか、夏休みにこれに乗って帰省した時に峠を攻めに行って見事に転倒してしまったのだそうです。



幸いにも、と言うと吉田くんに悪いですが、オートバイは軽傷だったらしいのですが、当の本人である吉田くんはその転倒事故で両手両足を骨折してしまい、ご両親からバイク禁止令が出てしまったのだそうです。


その後10年間、このオートバイは傷ついたまま車庫で眠っていたのだそうです。



そして今年のお正月。

久しぶりに帰省した吉田くんは隆二の店を尋ねてきて一緒に飲んだのだそうです。 で、

「雪が溶けたらバイクを貰う。」

という約束を交わしたのだそうです。


どうして男の人って酔った勢いでそんな高価な物のやり取りが気前よく出来てしまうのでしょう?

ほんと私には分かりません・・



ちなみに吉田くん。

おちゃらけてはいたもののサッカー部でそこそこカッコも良かったので、わりと私達女子の中では人気があったのだけれど、今では名古屋で就職と結婚をして30歳を前にして二児のパパ。


で、すっかりパパさん太りして、頭もかなり風通しの良い事になってしまったそうです。


ごめん。

最後のはあまり聞きたくなかったわ。




隆二一派の道洞くんが、しきりに黒いバイクのタンクの中を覗いています。


「あー。

 これ、ダメっす!

 タンク、ちょーダメっすね。

 中、サビサビっす!」


そんな声がします。


その声を皮切りに、それまで腕を組んで遠巻きにバイクを見ていたおじさん達が一斉にバイクに群がり始めました。


「あー。 

 クラッチもダメだ。 サビて固着してるよ。」


「タイヤもダメだな。 

 ヒビ割れだらけだ。」


そんな声がガヤガヤと聞こえてきます。



結局なんだかんだで、一番最後までバイクには群がらずに私の隣で腕を組んでいた倉田隆二も、皆から少し遅れる形でバイクのに近づいて行きました。


そして、バイクの右側のエンジンから生えている細い鉄製の棒のようなものを2~3度踏みつけてました。


ああ。

あれ知ってる。

キックバーだ。

エンジンかけるやつ。


倉田隆二は、軽く何回かそのキックバーを足で踏んだだけで止めてしまいました。



エンジンはかかりません。

うんともすんとも言いません。


あいつは諦めてしまったのでしょうか。

それにしても2~3回踏んだだけで諦めるというの潔すぎます。


私は女なのでオートバイの機械的な事はチンプンカンプンです。

でも、女のかんってのは持ってるつもりです。

というか、持っていたいと祈ります。


さっき、確かに聞こえました。

「モットハシリタカッタ・・」

って。 だからこの子、また絶対に走ります。


というか走ってもらいたいです。



「あんた、もうエンジンかけるの諦めたの!?」



そんな気持ちで、私はあいつに尋ねました。

あいつは苦笑いしています。


「違うよ。

 確かめたんだ。」


たしかめる?

なんの事でしょう。


「圧縮があるかどうか確かめたんだ。」


あっしゅく?

なにそれ?


「コイツ、圧縮あるぜ。」


倉田隆二がニカリと笑いました。

その瞬間、ドっと歓声が沸き起こります。

手を打ち鳴らす音や、ピーピー口笛も聞こえます。


キョトンとしてるのはどうやら私だけみたいです・・



そんな私の元に隆二一派の道洞君が近づいてきて


「隆二さん、『エンジンは生きてるよ。』って言ってるっすよ!」


と、教えてくれました。


道洞君。

翻訳ありがとう。



ただ、ここからが大変なんだと道洞君は教えてくれました。


もちろん語尾にいちいち「っす」って言いながらです。


どうやら、この

「10年間寝ていた。」

という事はとてもオートバイには悪い事で、悪い状態なのだそうです。


不思議です。

確かに色々壊れてるっぽいですが、見た感じスクラップという感じではありません。

わりとちゃんと原型を保ったままです。

何だかガソリン入れたらそのまま走っちゃいそうな感じもします。


だけど、どうやらそれは違うのだそうです。



機械は動いているからこそ機械。

動くから健康を維持出来るのだと堂洞君は教えてくれました。


そして色んな壊れ方がある中で、「劣化」という壊れ方が一番タチが悪いのだそうです。 全てのパーツが原型を保ったまま風化して、強度も、元の役割も果たせなくなって壊れている・・からなのだそうです。


だから、今から始まるのは修理の前のチェックなんですって。


頭の先から爪の先まで全てのパーツをチェックして、どれが使えて、どれが使えなくなっているのか隈なく見るのだそうです。


はあ・・

聞いただけで気が遠くなってしまいそうです。


なのにこのおっきな男の子達は目をキラキラさせながら黒いオートバイに群がっています。 ほんと何処が面白いのやら・・です。



そんな中で、「エンジンが生きている」というのは大きい事なんですって。

機械なんだから、「大事に片付けていれば現状維持」というワケじゃないんですね・・

奥が深いです。



あ。

あと、このバイクの名前も道洞君に教えてもらっちゃいました。


「ハチキュー」


って言うんですって。

へんな名前ですね。


ホンダのハチキュー君。

また走れるといいね。






小春日和の昼下がり。

私の家の納屋の前。


黒いバイクに群がる人は何やら物珍しそうに一人増え、二人増え。

気付けば結構な人数になっちゃってます。


酒屋のオヤジさんとかもう手が真っ黒です。

見たところ配達の途中で首を突っ込んだら抜けなくなった。

という感じでしょうか?

いいんですかねえ。

あそこは奥さん怖いのに。


あ、そうだ。

この、語尾に「~っす」「~っす」って喋るのは道洞君です。

整備士さんです。

普段は町の自動車工場で軽自動車とか耕耘機とか修理してます。

年は私や倉田隆二よりも4つ5つ程下だったと思います。

倉田隆二がやっているダイニングバーの常連さんで、隆二一派のメカニック担当です。

あいつの事はアニキみたいに思ってるみたいですよ。


うちの玄関先に自動車工場の名前の入った軽トラックがあったので、きっと道洞君が吉田くんからこのハチキューくんを運んで来たのでしょう。



おじさん達、本当に楽しそうです。

もちろんハチキューくんには、また走れるようになってもらいたいとは思いますが、あそこまで一生懸命になれるとか女の私には本当に理解不能です。




何気に空を見上げると、薄い水色の空には所々小さな雲が浮かんでいます。

太陽も気持ちよさそうに輝いていますがその陽射は真夏のように攻撃的な尖った物ではなくて、やっぱりどこか優しい春の日差しです。


もう少ししたら梅雨が来るのでしょうか。


庭先のまだつぼみすら見えない紫陽花は、青々と元気に大きな葉を春風に揺らしています。


その先には綺麗な一面の菜の花畑が見えています。

雪国の私達の町では今が満開です。


私はもう一度青空を見上げると大きく息を吸い込んで、この町の短い春の空気を目一杯体に取り込みました。




キラリ




はて。

何かが遠くで光りました。

お山の方です。

と言っても、すっごく遠くの山ではありません。


盆地になってる私達の町の反対側のお山です。

方向的に言うと・・

そうだ。

私が働く「版画の宿 西山荘せいざんそう」のある山の、もちょっと奥の方です。


そう気付いた瞬間に背中に寒い物が走ります。

ちょっと怖くなって、思わず私は目を逸らしちゃいました。




私達が住むこの町は盆地になっています。

標高600メートルの山の中にいきなり町があるのです。


町の中心には川が流れていて、町をちょうど二分にぶんしています。


私が住んでいる側は、住宅や、田んぼや畑の多い田園地帯です。


そして川を挟んだ反対側は、温泉街です。

繁華街や商店街もあります。

お宿があるのもそっち側です。


川を挟んで商業地と、住宅地に分かれてる感じですかね。


お宿はあちら側の山の手にあります。

裏は崖にになっていて、その先が深い山になっています。


私の家はこちら側の山の手なので、ちょうど反対側ですね。


私が住む辺りからは随分と距離があるので、子供の頃に「探検ごっこ」で裏山探検や、秘密基地を作って遊んでいた小学校の男子達もお宿の裏の方がどうなっているかは知らないようです。


ただ、噂では

「お化けの出る古い洋館がある」

だの

「異世界への門がる」

らしいのですが、正直誰も怖くて確かめた事はありません。


私がついつい目を逸しちゃったのは、そんな子供の頃の噂話を思い出しちゃったからです。


だって。

何気に一度、吉乃ちゃんに聞いてみたんですよ。

吉乃ちゃんはお宿の別棟に住んでますから。

「知ってるかな?」

って思って。


だけどやっぱり、吉乃ちゃんも知りませんでした。


ただ


「昔から裏山に近づいたらダメって言われてるのよー。」


なんて、ますます気味の悪くなる事言うもんですからね。

背筋がゾゾゾってしちゃうんです。


私が見たキラリは、お化けか、異世界人かもしれません。


うう。

やだやだ。





「優ちゃーん。

 使い古しのストッキングあったら貸してくれるかなー?」





ふいに看板屋のオヤジさんの声がします。



「何に使うんですー?」



あたし答えます。

そりゃ聞きます。

だってストッキングですもの。


りゅうちゃんがかぶりたいんだってさー!」



「誰が貸すかっ!」

「誰がかぶるかっ!」


あら。

気が合うわね。




どうやらストッキングはバイクのエアフィルターの代用になるんだそうです。

ここに来てまた新たな「ストッキング万能説」登場。


おそるべしストッキングの汎用性。

色んな事に使えるんですね。



ただし、被るのだけは許さない。

絶対にだ。







「ほほう。」




フイに背後で声がします。

私はつい驚いて振り返ります。


誰もいない。


ゾゾゾゾと、また背筋に悪寒が走ります。

恐る恐る正面を向き直ります。




「2ストか。

 こりゃまた面白いオモチャを見つけてきたな。」




また背後で声がします。

おっかなびっくりゆっくりと振り返ると、やっぱり誰もいません。


うそ。

いました。


思いの外低い所。

頭のてっぺんが私の視界に入りました。


小柄なお爺ちゃんのようです。


よく見ると

「昔はワシもブイブイ言わせたもんじゃ。」

が口癖の、ご近所に住む山本のおじいちゃんでした。


片手にはリードを握っているからどうやら愛犬のタロウの散歩途中のようです。

あ、菜園の野菜の影にタロウもいました。



「ツースト?」


私がそう尋ねると、山本のお爺ちゃんは笑っています。


「ああ、そうさ。

 昔の恐竜みたいなエンジンの事じゃよ。」


・・恐竜?


はて、なんの事なんでしょう?

思わず困った顔になっちゃいます。




「お嬢ちゃんは、恐竜と喧嘩して勝てるかい?」



山本のお爺ちゃんが笑いながら私に尋ねます。


私は想像します。

目の前に恐竜。

対峙する私。


あ。

いきなり食べられた・・


「あははは・・

 無理ですねえ。

 喧嘩にすらなりません。

 あたしいきなり食べられちゃいました。」



私が素直にそう言うと、山本のお爺ちゃんも笑っています。



「そうじゃな。 恐竜の方が人間よりも強い。

 じゃが、強い恐竜は絶滅して、弱い人間が生き残ったぞ。」



あら。

確かにそうだ。



「強いってのは、なにも腕っ節の強さの事を言うんじゃないんじゃ。

 時代に適合して生き残る知恵も『強い』なんじゃよ。」



ふむ。

凄く深い事をおっしゃる。



「あの2ストは、そんな時代に置いてかれちまった、腕っ節自慢の悲しい恐竜の化石じゃよ。 ま、あの感じじゃと、生き返りそうじゃがな。」


と、ペロリと舌を出して笑っています。

男の人って、お爺ちゃんになっても子供みたいなんだから。


でも、悲しい恐竜か。

あの子は時代に置いて行かれてしまったんだ。


『時代に適合して生き残る知恵も強さ。』


深い言葉だなあ。



オートバイにはあまり精通していない私は、その言葉を聞いて思わず私が働くお宿の事を考えてしまいました。


私達のお宿「版画の宿 西山荘せいざんそう」も、もうすぐ開業100年を迎えます。

色んな近代的な温泉が増えた中、昔ながらのやり方で長年皆様に愛されているお宿です。


これまでお宿を引っ張ってきた大女将、そして大番頭。

二人が居なくなってしまってからというもの、私は必死で二人が守ってきた「昔ながら」というバトンをを守り続けています。


その思いは、きっと私だけではありません。

現女将の吉乃ちゃん、そして沼さん、そしてお宿で働く皆も同じ気持ちだと思います。


でも。

でもいつか。

本当に山本のお爺ちゃんの言うように

「時代に取り残される」

という事が起こってしまうのでしょうか?


その時私はどうするのだろう。

吉乃ちゃんは。

そして皆は・・。


私はついついそんな来て欲しくは無いけれど、ひょっとしたら確実に来てしまうかも知れない未来の事を考えてしまいました。





「うぎゃっ!」



私は思わず飛び退いちゃいました。


だれ!

あたしのキュートな脇腹つっついたの!

もう! 

たまにはシリアスにさせてよ!



突っついたのは山本のお爺ちゃんです。


そうでした。

ごめんなさい。


お爺ちゃんと話してる途中でした。

ごめんなさい・・



「嬢ちゃん。

 あんたもう少しここにおるかね?」


「そうですね・・

 夕方くらいまではいますよ。」


私は一度空を見上げて、今日の予定を思い浮かべました。




そう言えば、今日の夜はお宿の懇親会でした。

お宿は基本年中無休なので、皆で同時に休めるなんて日なんてまずありません。


老朽化していたボイラーは実は冬の間から不調で、何度かお部屋のお湯が出なくなる事が続いていたのですが、生憎ゴールデンウィークまで予約が途切れる日がなくて修理しようにも1日仕事のメンテナンスは出来ない状態でした。

ですから、ゴールデンウィークが明けて、客足が落ち着くこの時期を前々から予定して休館日にしたのです。


確かに皆が同時に休める日なんてほぼ皆無ですが、大女将の最初の命日も来ていないのに皆で宴会というのは、正直ちょっと不謹慎なようで気が引けました。


でも、昨日の麻子まこちゃんの大チョンボを励ます意味を込めて


「そうだ!

 新人歓迎会をやりましょう!」


と、女将の吉乃ちゃんの鶴の一声で宴会を決定したのです。

皆は少し戸惑っていたのですが、その後に続く吉乃ちゃんの


「おばあちゃんも楽しいのは大好きだったから。」


と、微笑みながら言った言葉に皆も少し感動したようでした。


ほんと、健気に強いです。

だから大好きです。



確か宴会は6時から。

場所はお父さんが支配人をしているお宿「松庵しょうあん


急な提案だったのですが、お父さんがねじ込んでくれました。


そして二次会は倉田隆二のダイニングバー。



え?

二人共、こんな時間にバイクいじっててもいいの?


思わず目が点になっちゃいました・・



宴会は6時から。

小さな街ですし30分前に家を出れば間に合いそうです。

まあ、それまでにシャワーは浴びたいですけれど、私なんてそんなにお化粧に時間もかかりません。 

夕方くらいまでだったら、のんびりしてても大丈夫でしょう。


たまのお休みですもの。

ゆっくりしたいですし。



「どうしたんです?

 お爺ちゃん?」


頭の中で一日のスケジュールを確認した私がそう尋ねると、お爺ちゃんはニコニコして


「実はうちにも恐竜が一匹おるんじゃよ。

 タロウの散歩が終わったらお嬢ちゃんにも見せてやるから待っときな。」


と言うと、クルリときびすを返して愛犬タロウの散歩を再開して、家の前の農道を山の手の方に歩いていきました。



「うぎゃああ!

 きたねー!

 なんだこのキャブレター!!」



後ろではまだそんな悲鳴が聞こえてきます。


急きょ家のお庭に集合する事になった恐竜さん達。

時代を越えたその叫び声を私は聞く事が出来るのでしょうか。


私はまた空を見上げて、大きく春の空気を吸い込みました。



遠くから誰か近づいて来るのが見えます。

両手に何やら大きなビニール袋を持っているようです。


ガクリと私の肩が落ちてしまいます。



・・ああ。

・・結局そうなるんだ。

・・またあれが始まるんだ。



せっかく吸い込んだ春の空気は私のため息になって春風に吹かれていってしまいました。










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