07 姉、ちゃんとやろうよ!
日常回です。三姉妹長女阿多佳登場。
とりあえず媛佳を起こそうと朔夜が手を伸ばすと、足音を起こすのははしたないとか、そういう気づかいを全く覚えない勢いで部屋に入ってきた者がいた。
「いぇふー! おーねぇちゃんのーおーかえーりだーい! なんだこのデカいベッド!? あ、こないだ媛佳がパパにおねだりしていたやつか!」
ロリだった。にも関わらずなんとスーツを着込んだ社会人であった。つまり合法ロリのお帰り。イングリッシュでセイするとゴーホームロリ! であった。
木花家三姉妹、長女。木花阿多佳であった。大人の知恵や知識は詰まっているものの、性質及び外見は子供。それが木花阿多佳である。
阿多佳は床に倒れている媛佳を一切気にすることなく、それどころか一歩二歩と踏みつけて、顔の上で立ち止まった。まあ、前述の通りロリなので体重など高が知れているし、足の裏も柔らかいのであまりダメージは無い、と思いたい朔夜達であった。
安定のヒド(い目に遭うヒロ)イン媛佳である。本来の意味のヒド(い設定のヒロ)インとも言えなくもない。
念のため、ヒド(い事をするヒロ)インでもない。
「さっちゃんただいまー会いたかったぜー!」
「お帰り、アっちゃん」
強く媛佳の顔を踏み込んで朔夜に抱きつく阿多佳。それほど背の高くない朔夜でも身長差があるので飛びつかないと顔を寄せられないのだ。顔を寄せてキスでもするのかと思いきや、朔夜の顔を舐め回しはじめた。
「れーろれろれろれろ」
「アっちゃん。それは犬みたいで汚い」
「え? 駄目か? ババアから借りた漫画だと金持ち親子がこうやって愛情を確かめ合ってたんだけど」
ひげ親父と亀に乗った息子の男同士でやっていた。
「いくら昭和平成ブームだからって漫画と同じ行動するのはやめようよ……」
「存在が漫画みたいなさっちゃんに言われたくなーい」
阿多佳も十分漫画じみている。
平成の世に一部で江戸ブームが有ったように、今は昭和平成ブームである。当時の作品をデータではなく実物で読めるので、阿多佳は古い家に生まれて良かったと、婆様から借りては満喫している。
「アタ姉っいつまでもくっついてないでサクから離れろ!」
「おぉーなんだ知流佳やるかー!」
阿多佳がコアラのように朔夜にくっついているのを、知流佳が引き剥がし、二人で掴み合う。媛佳の上で。踵とかめり込んでいる。
ちなみに阿多佳のベタベタと子供が貼り付くようなコミュニケーションにより、朔夜は異性関係の情動が慣れてしまって麻痺状態である。副作用で朔夜の方から親しい人間への抱きつきなどにも抵抗が見られないのは、媛佳達にも嬉しい誤算ではあるが。もっとも朔夜の興味は戦闘関係にほぼ振り切っている。媛佳達の恋路は遠く険しい。
阿多佳と知流佳が微笑ましく争っていると、当然と言うべきかやっとと言うべきか、媛佳が雄叫びとともに起き出した。
「むがー! 私の上で何をするんだよー!」
媛佳は激怒した。必ずやかの邪智暴虐の姉妹を身体の上から除かねばならぬと決意した。……丈夫な媛佳といえど流石に痛くてヘブン状態から脱出したのであった。それでもなかなか目が覚めなかったのは、よほど遠い天国に旅立っていたらしい。
そして始まる三姉妹喧嘩。先ずは阿多佳が知流佳に仕掛ける。迎え撃つ知流佳。
「阿多姉がボクに喧嘩で勝てると思ってるのかな?」
「姉より優れた妹など存在しねーっ!」
負けフラグである。
姉妹で一番背も胸部装甲も大きく、日々ダンスで体を動かしている知流佳と、姉妹で一番背も胸部装甲も小さく、日々会社と家の往復だけして後はダラダラしている阿多佳。
リーチ、ウェイト、パワー全てにおいて劣っている阿多佳が勝つことが出来るのか?
出来る。出来るのだ。
阿多佳はゆっくりと懐から腕を差し出した。
見よ。異形と化すまでに膨れ上がった二つ折り財布!
「お前らが使っているそのベッド。あたしが家に入れている金からパパが買ってんだぞー!」
「そ、それを言われると……」
知流佳の完敗である。知流佳はまだ使っていないのだが、使うつもりなのであまり変わらない。真に偉大なのは姉の力であった。がっくりと地に膝を突き項垂れる知流佳。絵に描いたような失意体前屈であった。お美事にござりまする。
負けフラグをへし折り、勝ち誇る阿多佳。だが妹はもう一人いる! 媛佳がカッと目を見開いて吠えた!
「パパから買ってもらった私のものだから、お金の出どころなんて関係ないよ!」
「何をー!」
居直っただけであった。
「それにそんな事言うならお姉ちゃんには使わせないよー」
「ひ、媛佳、それはズルい! あんまりだー!」
朔夜は長くなりそうだったので、さっさと多月さんの所に飯を食いに行っていた。岩永家における木花三姉妹はこれで平常運転である。どっとはらい。
さて、本日の主菜は真鯛の刺身であった。身を崩さぬよう丁寧に、それでいて素早く切られた多月さんの包丁さばきが光る逸品である。桜色の白身が目にも美味しい。これに添えられるのは山葵ともみじおろし。刺身醤油とポン酢も用意され好きに組み合わせて食べられる。
先ず口をつける汁物は当然鯛のあら汁だ。葱と塩だけのシンプルなものだが、それで良いのである。骨についた身を歯でこそげ落とすのがたまらない。
刺身を食べるにあたり朔夜が選んだのは、もみじおろしとポン酢の組み合わせ。爽やかな辛さと香りが、鯛をより旨くする。鯛はなぜこんなに旨いのか。旨い海老とか蟹とかを食って育つからである。そう考えるとなんとも贅沢である。
さらに続いて刺身をすり胡麻とたまり醤油で和えたものが出てくる。朔夜が飯と共に噛みしめれば、煎った胡麻の香りが香ばしくてまた旨い。
そして最後は飯の上に胡麻和えの刺身を乗せ、あら汁をかける。あとは行儀悪くかき込むだけである。なお、すべての食べ方は多月さんの指定通りである。
猫という名の虎を飼っているお姉ちゃん好きの軍人さんの得意料理……いや、これしかできないのであった。だが最高である。ふたなり軍人さんも泣いて喜ぶ味であった。
多月さんもしっかり昭和平成ブームに乗っているようだった。万歳。
朔夜が食べ終わりかけた頃、三姉妹もようやく喧嘩を終えて飯を食べに来た。一時休戦、三人は仲良しである。その証拠に。
「サクは食べ物が絡むととたんに薄情になるよね」
「さくちゃん、ご飯は一緒に食べないと駄目だよー」
「さっちゃんと食べようと思って早く帰ってきたのにー」
息を合わせて口々に責められた。しかし朔夜にだって言い分はある。今日の飯が米だからまだ良かったものの、もし麺だったらどうするのだ。時間が立ってしまえば麺が死ぬではないか。飯は熱いうちに食え。賢明にも口には出さないが。行動で示すのみである。朔夜も存外に質が悪い。不言実行なら良いというものでもなかった。
朔夜は黙って食後の茶を啜ることで返答に替えた。まったくもー、と媛佳達もそれ以上は追求しない。無駄だからである。
食事の際の話題はやはりというかUltimateKeyOnlineの話だった。すると当然。
「あたしもやるぜー!」
となる。媛佳のベッド二つ計画が頓挫した。だが問題が一つあった。
「お姉ちゃん会社はどうするのー? 私達は今春休み期間だけど」
「仕方ない、裏ワザの出番だなー」
懐から携帯を取り出した。これも昭和平成ブームの一つである。本来は電話、メール、インターネット機能に電子マネーや個人情報、各種免許証、ゲームや映像機器、音楽プレイヤーなど有形無形の『財産』さえも含んだ総合個人端末、通称クレッドスティックが使用されるが、敢えて機能を落として『不自由を楽しんで』いるのである。なお、日本では未だに現金文化も根強い。いつもニコニコ現金払いである。
たれたパンダのストラップが揺れる携帯を操作して上司に電話する阿多佳。
「もしもしー課長ー? アタシアタシーみんな大好き阿多佳ちゃんでー」
切られた。
「あのヤロー!」
激高する阿多佳。
「昨日も課長さんとやらにイタズラ電話してなかったっけ? アタ姉を部下に持つって大変だよね」
「知流佳ー! どっちの味方だ!」
「アタ姉の味方ではないかな」
「なんだとー!?」
「かけ直さなくて良いの? アッちゃん」
おっとそうだった、とかけ直す阿多佳。今度は真面目な調子である。
「諏佐課長、木花です。はい、今回はイタズラではなくてですね、入社より一回も使わず溜め込んだ有休を使わせて貰えないかと。はい、期間は一ヶ月で。え? イタズラより質が悪い? そろそろアタシに頼らないでも皆で部署回せるでしょう? 平社員一人に頼って成績維持してるのもマズくないですか。はい、はい、確かにその分お金はもらってます。はい、帰ってきたらしっかり仕事で返します。はい。宜しくお願いします。はい。はい。失礼します」
向こうが切るのを待ってから通話を終える阿多佳。
「これでなんの問題もないぜー!」
「なんで会社では真面目にやれるのに帰ってきたらこうなんだろうねー」
「媛佳は馬鹿だなー。会社の門をくぐった瞬間からあたしは解き放たれるんだ。真面目にやるのは会社だけで沢山だー!」
阿多佳は恐ろしい事に仕事が出来る女であった。成績はトップであり、先の電話でも分かるように阿多佳一人の成績で部署を引っ張っている有様だ。仕事は優秀で、会社では真面目なのにプライベートは小学生男子、外見はロリなので通常の男性はおろか、ロリコンな方からも敬遠されている。女性からはわりとチヤホヤされているらしい。
朔夜もノリの良い阿多佳とゲームでも一緒に過ごせるのは楽しみだ。
「アッちゃんも一緒にできるんだね」
「おー! めいっぱい遊ぼうなさっちゃん!」
飯も終われば、風呂に入って寝るだけである。風呂から上がった朔夜が、ベッドを全て客間に移す。媛佳だけ隣に寝るのを知流佳と阿多佳が許さなかったのである。あと朔夜の生活スペースが無くなっていたのもある。これで明日からのゲームの用意もできた。
今日は三姉妹もお泊りしていくようで、風呂に入っている。木花家の両親は未だに熱愛中なので、これ幸いと四人目の作成にかかるかもしれない。男の子が欲しいらしく、三人作ったけど娘ばかりだから誰か一人貰って婿に来てくれと朔夜にもよく言ってくる。婿だと他に子供のいない岩永家が途絶えるのだが。
「うひゃほーい!」
「こらーお姉ちゃーん。待ちなさいー!」
阿多佳と媛佳の声が近づいてくる。阿多佳が風呂場でイタズラをして逃げ出したのを追いかけているのである。皆さんお待ちかねラッキースケべの時間ですが、この作品はKENZENなので詳しく描写しません。各自の脳内でご補完願います。
部屋に飛び込んだ阿多佳が朔夜の後ろに隠れる。裸である。とても成年とは思えない。あからさまに言えば生えていない。脇毛の話である。
「さっちゃーん助けてくれー」
「待ち……さ、さくちゃん」
続けて入ってきた媛佳も当然裸である。華奢な体に手の平サイズであった。手足の細さの話である。
「ヒメちゃん、とりあえずこれで隠して。君はまっぱだかじゃないか」
朔夜は客間に置いてあった緋のタオルを差し出した。
媛佳は、ひどく赤面した。
次は再びアルキーの世界へ。阿多佳は何の職業を選ぶのか。