06 それは○○○のようなものだった。
お買い物のお話。
念願の人との実戦も終えた朔夜達は、当初の予定通りに装備品を調えようと武器防具店へ向かった。
二度のPVPを経て、ダンス・マカブラーから実に四分の三もの所持金を奪い、朔夜達の財布は膨れ上がっている。120万マールという、始めたばかりの初心者が持つには過ぎた大金である。これは末期達がギルド結成資金100万マールと、与えられるギルドハウスの内装を調えようと貯めていた金であった。
知流佳を迎え入れると同時にギルド結成し良い所を見せようとしていたのだ。その夢も儚く散ってしまったが。人の夢と書いて『儚い』である。ある意味人の夢かも知れないが『履かない』ではない。
「お金もあるし、予定より良い店に向かうよ。ちょっとお高いけど、質が良いところなんだよー」
上機嫌で足取りも軽い媛佳に連れて行かれたのは、『キ印超品』。UltimateKeyOnlineに存在する中でも一、二を争う規模の生産ギルドである。
「いらっしゃいませ。『キ印超品』アルブァン支店へようこそ。受付担当のうにくろです。本日は何をお求めですか?」
清楚な制服で朔夜達に笑いかけるうにくろ。職業『商人』のスキル『お財布鑑定』で、朔夜達が金満なお客様だと見抜いたのだ。実に黒い笑顔だった。朔夜達は、一瞬あれ? と思うが、その時には普通に笑っていたので気づかない。
職業『商人』は、PVPに特に有効な戦闘スキルと実際に商売に役立つスキルを数多く持つ。『押し売り』、『買収』、『札束ビンタ』等々……犯罪の匂いしかしない。ユーザーランキング『戦いたくない職業』部門、栄えある一位の外道職業である。
「私たち二人の装備を見繕って欲しいんだよー。予算は100万マールで!」
あぶく銭なので使うのにも遠慮がない媛佳。それだけの装備を買えば、朔夜にも手応えのあるフィールドへ行けるという目論見であるため、朔夜と知流佳にも異存は無い。
「かしこまりました。そちらの男性の装備はよろしいのですか?」
「サクには今のところいらなくてね」
「では、こちらへどうぞ。女性用装備をご案内いたします」
「さくちゃんはテキトウに商品見て待っていてねー」
女性の買物にかける時間が長いのは時代がいくら変わっても変わらぬ真理である。言われた通りに並べられた商品を眺めていく。朔夜もやはり男の子なので、自分では使わないとわかっていてもつい武器のコーナーを見てしまう。
ある商品に目が止まる。
それは長かった。それは重かった。それは緑と赤に塗られていた。それは先が曲がり蛇の舌のように分かれていた。それは、それは。
それはバールのようなものだった。
「『約束された勝利の鈍器・EXカリバール・プロト』がお気に召しましたか?」
かけられた声に振り向けば、そこにいたのは先程媛佳達を案内したうにくろの姿が。
「うにくろさん?」
もう二人の買い物は終わったのかと、朔夜が首を傾げる。笑い返され、否定される。
「うにくろは不肖の姉でございます。私、武器売り場担当の縞村です。お客様」
うにくろではなかったらしい。髪型から顔形、体型に至るまでそっくりなアバターだが、不思議と縞村からは柔らかな印象を覚える朔夜。
「ご姉妹でしたか。失礼しました」
「いえ、リアルでもこちらでもよく間違われますから。どうかお気になさらずに。お客様」
「ありがとう、縞村さん」
「いえいえ。不躾ですがお名前をお伺いしても?」
「あ、朔夜です。岩永朔夜」
「朔夜様でいらっしゃいますね。よろしければ、商品の説明などさせていただきますが如何ですか?」
朔夜は買う予定がないのでちょっと気が引ける。
「あー……今日は付き添いなので」
「それでしたらなおさら、当店で少しでも楽しんでいただくためにも」
結構押しが強い。言うまでもないが、縞村も『商人』である。結局、朔夜は手持ち無沙汰なのもあって説明を受けることにした。
「『約束された勝利の鈍器・EXカリバール・プロト』は……」
「ちょっと待って。それが正式名称なの?」
「? はい」
なにかおかしなことでもありましたか? と首を傾げられてしまえば、朔夜は何も言うことができない。だが長すぎる、と心でつぶやいた。
「『約束された勝利の鈍器・EXカリバール・プロト』は、当店の生産部門の力を結集して作成された種別『片手槌』に属する武器です。単純な威力もさるものながら、『クリティカル確率増加』、『状態異常付与・死亡小』、『STR+10』の付与により数字以上の力を発揮します」
「それはまた強力な……」
「もちろん威力分のお値打ちがいたします。ですが、まだ我々の理想には届いておりません。それゆえの『プロト』です」
要は試作品でございます、と縞村。朔夜が値札を見れば100万マール。本日のご予算が一発で消える恐ろしい値段であった。どう考えても始まりの町、アルブァンで売る値段ではないだろう。
「これでプロトタイプとは……」
「『バールのようなもの』は最強でなければいけませんから」
常識である。
「朔夜様達のパーティーですと有効に使える方がおりませんので、ご購入の際には『エスカッション』や『野蛮戦士』などの職業の方を入れることをお薦めいたします」
『エスカッション』は名の通りにパーティーの盾となる防御職。通称ドM騎士。『野蛮戦士』は力こそパワーな攻撃職だ。尊野蛮! 共に『槌』の扱いに長ける職業である。
「あとは『学者』の方も装備できますね」
「なんで『学者』?」
物理学者が持ったら世界を救えるくらい最強だからである。
縞村の話を聴きながら商品を見て過ごす朔夜。どれも強力なれど一筋縄ではいかぬ珍製品ばかりであった。
「こちらは『聖剣クラウノハソナタッス』です」
「何だろう、この剣を見ていると涙が止まらない……」
「『状態異常付与・催涙』の付与に失敗いたしまして、常に周囲に効果が出てしまいますのでご使用の際はご注意を」
「感動したと思った俺が馬鹿だったよ!」
「こちらは『多段式竹槍パイルバンカー』です」
「盾に組み込まれているんだね」
「中の竹槍が折れる可能性がございますので、盾としての運用はお勧めできません」
「じゃあなんで盾に組み込んだんだ……」
「『パイルバンカー』は盾に入っているものですから。軽量化を目指して槍を竹製にいたしました」
「本末転倒すぎるよ……」
朔夜が縞村から珍武器の説明を受けていた頃、媛佳達もうにくろから防具の説明を受けていた。
「『ダンサー』の知流佳様にはこちらは如何でしょう? 『ダンサー』専用装備『ブリュンヒルデ』になります」
「うわ何これ大事なところ以外見えちゃってるじゃないか! あと歩きにくそうだよ」
「露出狂のちるちゃんにはぴったりだよ」
「ヒメちゃん? 今ボクのこの服の事なんつった?」
「媛佳様? こちらは露出しているのではありません。貞淑に隠しているのです」
「あれー? 店員さんまで敵に回った……?」
腹から下が大胆すぎる衣装だった。特に隠しているところはどうやって固定しているのか……。想像するとエロいことにしかならなそうである。
「とにかく硬い装備を求める媛佳様にはこちら『鎧竜甲殻鎧一式』は如何でしょう」
「あははははは! ヒメちゃん! 良く似合っているよヒメちゃん!」
「凄く重いんだよー」
岩の塊であった。タイヤメーカーのマスコットキャラクターに見えなくもない。
「『エスカッション』の方向けに『防御力付与小』、『盾術強化』、『VIT+10』が付与されて当店で一番の強固さを誇ります」
「『アイテム士』だから盾が使えないしパスかなー」
変な装備ばかりではないので、最後にはちゃんとしたものを買った。朔夜の方は買わないので、楽しませようと縞村がわざとオモロな装備を説明していただけである。
「いやー、良い買い物したよー!」
「うーん店員が変なもの進めなかったら最高だったね」
「あれ、二人共前と変わらないけど?」
朔夜の言うとおり、二人の装備は以前のままである。
「うーふーふー。見たい? 二人の艶姿が見たいのかなー? さくちゃんは?」
「サイズの調整とかあるから、お披露目は明日だよ。残念だったね? サク」
「そっか。じゃあ明日の楽しみが増えたね」
朔夜はポジティブであった。
「サク、落ちたら向こうで。わかってるよね?」
「うん、もちろん」
媛佳に聞こえないように囁きあう二人。カウントダウンはそろそろゼロだ。
「落ちたら向こうでご飯にするよー」
媛佳の声を最後に三人はログアウトした。UltimateKeyOnlineでは、ログアウトするのに宿屋とかに泊まる必要はない。最後に入った町に自動でセーブされる。始めた時と同じように意識が遠くなっていき……。
「ふう……」
ヘッドセットを外して起き上がる朔夜。腹が空いていることに気づき、VRの中で食べてもやっぱりお腹は減るんだなと不思議な気分になる。
朔夜はふと思った。あの喫茶店のウェイトレスは栄養点滴と仮死ベッドで入りっぱなしなのだろうか。不憫なようなその方が良いような。少なくても彼女は楽しんでいた。他人がとやかく言うものでもないのだろう。
「あー、よく寝た気分だよー」
隣にいた媛佳も目を覚ましたようだ。VRで角が生えていたのを思い出すと、朔夜は物足りないような気もする。それほどにあの世界は真に迫っていた。
思い返す。『戦い』を。自らを削る刃鉄の冷たい感触を。敵を倒すその手応えを。たまらなくなる。そして、夢を叶えてくれた媛佳をもう一度抱きしめたくなった。
「ヒメちゃん」
「なーにさくちゃん?」
抱きしめる華奢な身体はやはりVRのアバターとは違うような。朔夜にすっかり身体を預けて媛佳はされるがままである。温かな体温と鼓動が伝わる。
「本当にありがとう」
「どういたしましてー」
短いやりとりがこそばゆくて二人してクスクスと笑って身を離す。軽い足音が聞こえてきた。開けられる襖。現れたのはタンクトップとホットパンツの日焼け少女。知流佳である。
「ここにいたか! さあヒメちゃん、お仕置きタイムだよ!」
さて。知流佳も来たことだし、飴の次は鞭である。ガッと掴まれる媛佳の顔。
「ヒメちゃん」
「なななななーにさくちゃん?」
ゆっくりと力が込められていく朔夜の手。
「チルちゃんも言っていたけど家にもあるんだってね?」
「そそそそれはなんともーしましょーか!」
先に二ヶ月やっていたとか聞いておいて気付かなかった朔夜も朔夜だが、それは減刑の理由にはならないのである。
みしり。
「ひ、ひいいいいーっ! さくちゃん! ちるちゃん! おおお助けー!」
「サク」
「なに? チルちゃん?」
「どうせなら思いっきりやっちゃって!」
「うん!」
みしり。みしり。ずきしゅっ!
「ちっちっちっちにゃあ!」
繰り返されるネタ。人それを天丼と言う。成敗!
……したは、良いのだが。
「サク、流石にこれはちょっと……」
「あーうん。ゴメン。こんなつもりじゃなかったんだ」
媛佳のツボだか秘孔だかを朔夜の指が貫いたのは同じだったのだが、どうやら別の場所を突いたらしく、媛佳の快楽中枢神経系を直撃したようで、お子様には見せられない状態になってしまった。危うくノクターン行きになるところである。
この作品はKENZENなので、少年誌で連載していた作品がそういう場面だけ青年誌で短期集中連載するような真似はしないのである。
サクヤsaga(性)とか始まらない。
バールのようなものは買いませんでした。残念!
三姉妹長女、次回ようやくの登場。