04 初めてのPVP
お待たせしました。
「ちょっと待ったー!」
朔夜達が初素材も手に入れて、さて狩りの続きをと気を取り直したところに後ろから声がかけられた。
振り向いたら何か凄いのがいた。五人も。
荒野に並ぶ男が五人。四人は知流佳と似たような装備からおそらくはダンサー。一人は顔面白塗りの上に白いトーガのような衣装だが、まあそれは良い。だが男達はそれぞれ何か急に動きを止められたかのような、そして人体の関節に挑戦するような奇妙なポーズをとっていた。ありていに言ってしまえばジョジョ立ちである。
「ワン、ツー、ワン、ツー、スリー、フォー!」
更にそこから、男達は別々のダンスを踊りながら近づいてくるのだ! 一人はエフェクトで人影を生み出し、クルクルとワルツ。一人はニュースクールなヒップホップダンス。一人はアロハオエーとフラダンス。一人は棒も無いのにリンボーダンス。最後の顔面白塗りは何やら叫びながら次々に地を這うようなポーズをとっていた……暗黒舞踏のつもりなのだろうか……。
エフェクトで流れるバラバラのダンスミュージックが合わさって一つの耳障りな旋律を生み出す。混沌はここにあった。
対する朔夜達は完全停止していた。知流佳に至っては目が死んでいる。一部の需要に供給されそうな見事なレイプ目である。復活するのに一分程もかかってしまったが、その間も男達は踊り続けていた。
「またこの人達か……」
「あ、ちるちゃんが前に言っていたすとーかーの人達ー?」
「ストーカー? GMコールする?」
「ちょっと待っていただきたい!」
思わず素に戻り、踊りも止めて叫んでしまう白塗り。必死である。真面目な顔で一礼する。
「私『劇団死期』主宰の、病院坂末期と申します。我々はストーカーのようないかがわしい目的ではなく、一人のダンサーとしての知流佳さんにパーティーに入っていただきたいだけなんです!」
「あ、これはご丁寧に。岩永朔夜です」
「木花媛佳ですー」
知流佳は挨拶抜きである。スゴイシツレイ!
白塗りは佇まいを正し、三人に語りかける。最初からそうしていれば、知流佳の態度も変わるのだろうが……。
「私、医療に携わる家庭に生まれ、家族と同じように医者を務めておりました。しかし、現場で人の生と死を見つめるうちに全身でそれを表したいという気持ちが溢れ出し、ダンサーに転職いたしました」
「それはまた極端な転身だねー」
「家族からは猛反対されましたが、情熱を抑えることはできませんでした」
瞳を輝かせる末期。少々暑苦しいそれをしっかりと知流佳に向ける。
「知流佳さん。貴女のダンスは正に輝く生命の煌めき。私の目を、心を、ふと見かけた一瞬で奪われました。どうか私達のパーティーに入って、共に踊ってはいただけないでしょうか?」
「そこまで言われて、悪い気はしないけどさ……」
知流佳とて、リアルでもダンスを学んでいる手合いである。自分のダンスを認められれば素直に嬉しい。だが、先程の五人のダンスに自分が加わった場面を想像すると……色々と無理だった。
「そして、貴女に入っていただければ、違うダンスの踊り手六人が揃うことにより我々のパーティー『ダンス・マカブラー』が完成するのです!」
「ダンス・マカブルはフランス語だから、英語のerをつけるのはおかしいんじゃないかなあ」
朔夜の台詞に末期が止まった。停止したままに顔から汗が。
「それに、『死の舞踏をする人』なら、付けるとしてもダンスの方に付けないと」
ダンサーでしょ? と首を傾げる朔夜。末期のHPは戦ってもいないのにもうゼロである。ダンサー四人も言われてみればと頷いたり手を叩いたりしている。この四人、さっきから一言も喋らない。口を開くのは末期に任せっぱなしである。
末期が『カッ』と目を見開いた! カットインである。
「ダンス・マカブラーが完成するのです!」
言い直さなかった。無理を通して道理を引っ込めた。病院坂末期は漢であった! ダンサー達がやんややんやと喝采する。ユウジョウ!
「でもボクは……」
知流佳はちらりと朔夜を見る。一連のやり取りはガン無視である。せっかくアルキーの中でも一緒に過ごせるようになったのだ。この時間を決して失いたくはない。やはり改めてお断りし、キッパリともう誘わないで欲しいと言うより先に。
またも媛佳がやらかした。
「そんなにちるちゃんが欲しいならー、PVPでさくちゃんに勝ってもらわないと!」
慌てて媛佳をふん捕まえる知流佳。
「ちょっと! いきなり何を言い出すのさ!」
そんな知流佳の耳元に囁く媛佳。
「さくちゃんなら万が一にも負けないだろうし、完全に心を折ろうと思ったんだよー」
負ければもう付きまとわないのを条件にするつもりの媛佳である。媛佳に合わせて囁き返す知流佳。
「ボクはそんなサクに守ってもらうようなのは嫌だよ……」
恋心と年下のため、必要以上に対等であることに拘るのである。
「ちるちゃん、さくちゃんを見てご覧ー」
「えっ?」
そこにはなんとノリノリで勝負を受けて立とうとする朔夜の姿がありました。
「あ、そっかサクだったね」
「さくちゃんだもんねー」
人との実戦を逃す訳がなかった。
「まあ、サクが喜んでるから良いか……でもやっぱり複雑な気分だよ」
「うふふーさくちゃんが喜んでー、ちるちゃんは付きまとわれない。一石二鳥だよー」
いまだ囁きで会話する二人を尻目に、朔夜と末期は勝負の設定を行おうとしていた。
「女性の身柄を賭けるようなのは好きではないのですが……ですが。千載一遇の機会。あえて清濁合わせ飲みましょう。では朔夜君、私と戦っていただけますか」
「え。五人一緒じゃないの?」
みしりと空気が軋む音がした。
「……舐めているのですか?」
「? ……いいえ?」
冷ややかな怒りを纏う末期。熱い情熱を持つがゆえに、こういった場面でも熱くなりやすいらしい。
朔夜としては、五人一緒の方がより長く楽しめるというだけの話である。ひどい話だった。
「いいでしょう。ならば五人、全力でかかります。後で不利な条件だったから無しにすることはできませんよ」
「うん、問題ないよ!」
さあ早く早く早く! と朔夜がPVPの開始をしようとしたとき。
「待ちたまえ」
更に割込む者が現れた。
「無粋だとは思うが、見れば多勢に無勢。通りがかったのもまたひとつの縁である。小生達が加勢しよう」
「自分たちが加われば百人力であります!」
軍服を着たリヤカーを引く少女と、リヤカーに仁王立ちする豪華な軍服を纏った男であった。二人共に目が赤く光っているのは何らかの種族の特徴か。肌には何やらプロテクター状のものも付いている。
「また変なのが現れたよ……」
知流佳のHPもゼロになりそうであった。再びのレイプ目である。
「何者ですか?」
「あー団長だー。こんにちは、媛佳だよー」
今度は媛佳の知り合いだったらしい。笑顔で手を振ると男の方がわずかに驚く。
「団長の知己でありますか?」
「媛佳嬢か。ふむ、どこか見覚えがあるアバターだと思っていたが」
「後でメールするつもりだったのだー。アバターを作り直したんだよ、良いでしょー」
「それにしても……どう見てもナチな人なんだけど、ヒメちゃん。こちらはどちらさまなの?」
「前んときのフレンドだよー。ギルド『機人兵団』の団長さん」
「紹介にあずかった卍という。よろしくな、少年」
「こちらこそ。岩永朔夜です。卍ってことは……」
「うむ、これはハーケンクロイツではない。小生、寺の生まれであるゆえに」
確かに軍服に付いているのは卍であった。ナチの人ではなかったのである。だが、そうするとこの男、自分の名前を服にベタベタと着けていることになってしまうのだが……。
「自分は機人1103号。ヒトミ号と呼称していただきたいであります!」
リヤカーを引いた少女もちゃっかりと自己紹介するが、名前よりもリヤカーが気になる朔夜であった。
「何でリヤカー引いてるの?」
「これは戦車であります! 自分は『戦車兵』でありますから!」
リヤ……戦車であるらしい。『戦車兵』は様々な『車』を扱って戦う職業だが……。
「自分は始めたばかりで貧乏であります。少ない財布の中から買えたのが一番安かった相棒、シャーリーンであります」
デブが微笑みそうな名前であった。
「なっ『機人兵団』!? 攻略組ではないですか! なぜこんな所に」
「うむ、有望なロボッ娘の新人が現れたと聞いてな。アルブァンまで勧誘しに来たのである」
「ロボット仲間がいっぱいで嬉しいのであります!」
種族『ロボット』は、世界設定で言えば古代文明の発掘品という扱いである。ブリキロボから、二人のようなレプリカントタイプまで外見も幅広い。特徴は普通の武器防具が装備できない代わりに、スキルポイントを使って『内蔵装置』を組み込める事である。単純な火器類から、スキルのような効果を持つ装置まで内容は多岐に渡る。『内蔵装置』は強力だが、スキルポイントだけでは入手できないし、店売りもしていない。職業『ロボテック』の作成品か、遺跡の発掘品のみである。なお、『ロボテック』は『ロボット』でなくても良い。
「さて、PVPであるが……」
「攻略組のトップの一人である貴方が入っては、私達に勝ち目は全く無くなります」
「うむ。そうであるな。ゆえに小生は『指揮官』の指揮のみを行う。それならば丁度よいくらいであろう」
職業『指揮官』のスキル『指揮』は、指示に従う者の能力値を底上げする。優秀なバフスキルである。
「まあ、それならば……」
「朔夜少年達もそれで良いであるか?」
「うん、構わないよ」
「いいよー」
「ボクはもう何でも良いよ……」
「では、PVP開始である!」
ようやくシステムウィンドウでPVPの申し込みと了承が行われ、朔夜達と機人兵団の組とダンス・マカブラーに別れ、ある程度距離が離される。後衛が即座に攻め込まれないためのシステム側の措置である。
「さくちゃん。悪いんだけど始まっても動かないでくれるかなー?」
「ん? 何かあるの? わかったよ」
「ちるちゃんも離れないでねー」
「嫌な予感しかしないんだけど……」
「実は団長はねー。良い人なんだけど」
全員の視界にカウントダウンが映る。ゼロになると同時に卍が叫んだ。
「『全速前進』せよ! 1103号!」
「了解! 『加速装置』オンであります!」
卍の『指揮』が飛ぶ。『全速前進』は『指揮』の一つで、指示を受けた仲間の移動速度を二倍に上げる強力な効果を持つ。
1103号の背負うバックパックの蓋が開く。中に入っている光る円盤が、甲高い音を立てて回りだす。
こちらは『加速装置』。同じく移動速度を上げる『内蔵装置』だが、効果はなんと三倍である。仮面好きな赤い人並みである。
「うおおお『突撃』でありまああああす!」
声に残響を響かせて、1103号が尋常ならざる速度で駆ける。
戦車兵のスキル『突撃』もまた、車両の移動速度を二倍に上げた上で攻撃判定を与えるスキルである。本来は車両にかかるのだが、この場合動力が1103号本人なので自らにかかっている。
通常時1103号が、リヤ……戦車を引いて走る速度は時速にして15㎞。一人の人間を乗っけながら100mを24秒で走っていると考えればこれでもかなりの速さだが、今は『全速前進』、『加速装置』、『突撃』のスキルコンボにより、15×2×3×2で時速180㎞! 100mなど2秒である。ましてやダンス・マカブラーとの距離など50m程度しか離れていない。
「ひいっ!?」
瞬く間に迫る1103号に末期達が轢死すると思いきや。
「急ぅぅ速離脱でありまあああす!」
目の前でくるりと華麗に180度ターン。慣性で地面を削りながらも、来た時よりも速く去っていく。
なぜ来た時よりも速いか? 卍が乗っていないからである。
高く飛び上がっていた卍がダンス・マカブラー達の中心辺りに着地する。ブレないズレない倒れない10点満点である。
驚く間もなく卍の胸が開き、黄色と黒の縞模様がついた台座がせり出す。台座の上には真赤なボタン。
「ポチッとな」
卍が巨大な光と化した!
音が轟き風が爆ぜる。一番前にいた朔夜が少し焦げた。朔夜を盾にした媛佳と知流佳、更にちゃっかりと隠れた1103号は無事である。1103号に至っては、自分の後ろに相棒を隠す辺り色々とアレだった。
これぞ媛佳の必殺技さくちゃんばりあーである。効果はダメージ無効と朔夜に状態異常怒りの付与。死のカウントダウンは着々と迫っている。
光が消えてドクロマークにも見えるキノコ雲が立ち上がっていた。おしおきだべぇ。
「はーはっはっは! Ka―boom! 戦場においては詐道、詭道も正道と心得たまえっ! って聞こえていないであるな! げひゃひゃやひゃあひゃー!」
『指揮官』の職業特性『指揮官の矜持』の効果で、一回だけ死ぬダメージを受けてもHP1で生き残り、『自爆装置』とのコンボを決めた卍が涙を流して爆笑している。
ちなみにKaboomとは英語でドッカーンの意味。空爆などで砲手がゲラゲラ笑いながら言うあれである。蟻の巣に花火を打ち込むような感覚でやるとより戦争基地外っぽさが出るので、砲手を務める際はお試しあれ。
「ああいう人なんだよー」
「………………」
「………………」
「更に言うなら笑い声が凄く雑魚っぽいんだよー」
朔夜と知流佳はあんまりな展開に口も開けない。
「ところでひとみんはー、なんでまっちゃん達をあのまま轢かなかったの?」
「ひとみんとは自分のことでありますか? 何だかポコポコ生えては死にまくりそうな名前でありますね。質問に答えますと自分はレベル1でありますから、あのまま轢くと自分も反動ダメージで死に戻ってしまうであります!」
「なるほどー」
媛佳曰く『まっちゃん』末期達ダンス・マカブラーはPVPに敗北したとされ、アルブァンに死に戻っている。UltimateKeyOnlineのPVPにおけるデスペナルティは、拠点としてセーブした町に死に戻るのと、所持金の半額が勝者に渡されるのみである。
「おお、あいつら結構金持っていたであるな!」
「やったね! 稼ぐ手間が省けたよー」
「山分けであります! 相棒のパワーアップができると良いであります!」
「…………」
「…………」
朔夜の初PVP。本人不戦勝。
コメディータグを追加しました。
登場キャラは濃くなる一方。