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01 アバター

実質ここまでがオープニング的な話。

シン……と静まり返る部屋。キメポーズとドヤ顔の媛佳。能面のように表情が消えた朔夜。相変わらず鎮座し続けるダンボール箱。


「のう、ヒメさんや」


 何故か老人口調で話す朔夜。顔は無表情のままである。


「何でしょう、さくさんや」


 釣られてやはり老人口調で話す媛佳。ドヤ顔は止めたがポーズはそのままである。


「UltimateKeyOnlineといったかのう。つまりこのダンボール、ヒメさんがいつもやってるピコピコの仲間かえ? ヒメさんや」


 老人口調のせいかゲームのことをピコピコとか言い出した。昭和の表現が残っていて、かつ普段ゲームをしない朔夜がそんな言い方を何故知っているのかはわからない。


「はあ、いつもやってるピコピコの仲間ですが、それが何でしょうさくさんや」


 釣られたのかやはりピコピコで通す媛佳。すると朔夜は埴輪面から怒り面に変わるが如く、悪鬼の面貌になって叫んだ!


「こんなデカイゲームいらんわっ!」

「待って! 待ってさくちゃん!」


 ここ、ここ見て、と慌ててキメポーズをやめてダンボールの外装を指さした。媛佳にあるまじきスピードだった。


「ほら、この写真の通りゲーム機本体とヘッドセットはそんなに大きくないよ。ゲームのソフトもインスト済みだし」


 慌てているせいか普通に喋れていらっしゃる。間延びした語尾すら消えた。


「じゃあなんでこんなにデカイのさ……」

「それはコレがスーパープレミアムプラチナパックだからだよ! 一年間先払い割引チケットと最新のVR人体工学に基づいて、身体にかかる負荷を消去、それどころかマッサージ効果で日頃の疲れをとってくれる専用VRダイビングベッド! 他にも諸々のオプション付き! しかぁもぅ家族や内輪の仲間でできるように家族仕様の四セット! 締めてお値段百万円のちょーオトクなセットなんだよー!」


 再びのキメポーズとドヤ顔。今回は反っくり返り具合が増しているで、むしろキメえポーズと化していた。ドヤ顔が朔夜からは見えないくらいと言えば、片鱗なりとも伝わるだろうか。身体の柔らかい女、木花媛佳。

 それに朔夜は笑顔ニコオッで応える。なお笑顔は自然界の猫科肉食獣における攻撃意思の現れである。

 おもむろに伸ばされた手が、むんずと媛佳の顔面を掴む。両のコメカミと頭頂部に、しっかりと指が食い込んで外れない完璧なるアイアンクロー。


「百万円とかどっから出したんだヒメちゃん」


 みしりみしりと不気味な音を立てて頭蓋に突き刺さっていく指。声音は平静として穏やかなのがよりいっそうの恐怖を煽る。その間も笑顔ニコオッである。もっとも媛佳からはもはや全く見えないのだが。


「あばばばばばばばば! ちょっとお父さんに『パパ大好きッ! ところで媛佳ほしいのがあるんだー』っておねだりしましたあっ!」


 それを貢がれちゃあパパたまったもんじゃない。

 みしり。


「待って! 待ってさくちゃん! これ入ってる! はいっちゃってるよお!」


 みしり。


「大丈夫大丈夫。先っぽだけだから。全然大丈夫だから」


 みしり。


「あがあ! うっ嘘だよ! もっと入っちゃってるよこれえ! 駄目だよ! それ以上奥は駄目だよ!」


 みしり。


「大丈夫大丈夫。先っぽだけだから。全然大丈夫だから」


 みしり。


「ひぎいいいいい! らめえええええ!」


 みしっ……ずきしゅっ!


「あ」

「あ」


 ツボだか骨の継目だか秘孔だかに朔夜の指が根本まで入ってしまった。媛佳は甲高いエラー音と共に、頭蓋骨を越えて脳に入り込む指を写すレントゲン写真が見えた気がした。


「あっあっあっあっあべし!」


 ふきふきと出てもいない血やら汗やら汁やらをハンカチで拭きながら媛佳がぼやく。


「危うく最後まで入れられた上に中身をグチャグチャにかき回されて逝っちゃうところだったよー」


 責任とってねっと泣いたふりまでしおった。岩永流剛体術をかじっているだけあって媛佳も丈夫である。しもネタまでかます余裕があるので朔夜は全く心配していない。もちろん責任の所在もない。普通なら顔面が凹んで即死グシャアッなのだが。


「まったく。布団があるのにベッドを買うなど無駄使いにも程があるよ」

「えー。さくちゃんツッコむところそこー? おかしくなーいー?」


 じゃれていてもやらかしたことは戻らないのでダンボールを開けているところである。叔父さんには後で謝るとして、余分なベッドは客間に移した。確かに媛佳の言うとおりにヘッドセットと本体は小さかった。媛佳の家にある旧式の約半分。技術の進歩は偉大である。更に言うならちゃっかりと新式の一つを媛佳のものにしている。家にもあるのがバレたら再びのアイアンクローが待っていることを媛佳はまだ知らない。


「そもそもゲームで闘いたいわけじゃないんだけどなあ……」

「ふっふっふー。さくちゃんのことなら私にぬかりはないよー? アルキーなら大丈夫だから任せたまえー」


 UltimateKeyOnline。通称アルキー。その特徴は三百を超える種族と千を超える職業による圧倒的な自由性だ。何しろ種族の一つである獣人一つ取っても、耳尻尾型、ガチ獣人型、小人獣人型などが有り、かつそれが膨大な動物種に存在する。それに合わせたステータスの設定等も鑑みれば異常である。運営は手抜きを全くしない事で有名だ。


「さくちゃんは岩永流剛体術を人に使ってみたいんでしょー? そんなさくちゃんにピッタリの職業がこのゲームにはあるんだなー」


 そこまで言われるなら朔夜とて信じないでもない。一般常識で考えればなんの必要もない『武術で戦闘したい』という夢が僅かなりとも叶うなら朔夜は他に望むものなど無い。どこぞのパンイチ虎殺し並みに実際にやっちゃうわけにもいかないのだ。


「各種設定が終わったら『拳撃士』って職業を選んでねー。それがさくちゃんの夢を叶える私からのプレゼントだよ!」


 テキパキとベッドや本体の設定を終えて、後はヘッドセットをかぶってログインし、アバターの作成に移るのみである。


「私も試しに二ヶ月やったキャラとはおさらばして新キャラでプレイするよー。wikiも考察掲示板も充実してきたしねー。もう普通のプレイは飽きたのだー」

「あー……そういやヒメちゃん、珍プレイ大好きだっけ……」


 黒鉄の城とか絶対使わないで粗大ごみ製のロボットに空を飛ばして射程14とかにしたりとか。悪魔を仲間にするなら種族外道オンリーとか。モンスターをハンティングしたりするなら鎧を組み合わせて誰もやらないようなスキル構成にしたりとかの類である。無論クリアは最低条件である。


「今回は不人気職を使いこなしてみせるよー」

「何だか不安になってきたよ……」


 朔夜にヘッドセットを被せてベッド等の周辺機器も電源オン。ニッコリと微笑む媛佳。こちらは攻撃意思の発散ではない。


「じゃ、さくちゃん夢への第一歩。行ってらっしゃーい」

「うん、じゃあ向こうで」


 擬似的な休眠状態になった朔夜の頬を軽く撫でる。強い刺激を与えれば起きて強制ログアウトされるがこれくらいなら大丈夫だ。それ以上のことはしない。媛佳とてマナーくらいは知っている。

 隣のベッドに寝そべり、その感触に感激しながら媛佳もログインする。


「さくちゃん楽しんでくれるかなあ……」


 朔夜は白く穏やかな光に囲まれた部屋にいる。アバター作成用の仮想空間だ。もちろんここにいる朔夜自身も操作用の仮のものだ。灰色の影のような指を仮想コンソール上に伸ばす。どの項目から作成しても良いので早速媛佳の言っていた職業から決定することにした。


「えーと、拳撃士、拳撃士。お、あったこれか」


 その周辺には銃撃士や刀撃士などの名前が並んでいる。剣撃士という紛らわしい職業もあるので気をつける。他にもあった格闘家グラップラーやモンクなどの職業に、こっちじゃないの? と首を傾げつつ決定すると。


「CAUTION! この職業はよりリアルさを求める方用の職業です。貴方の肉体や脳の一部をスキャンして得られた情報を元にアバターを作成するため、以下の仕様に制限があります。


・種族は人間で固定されます。

・肉体をスキャンして使用するのでアバターの外見を大幅に変更できなくなります。具体的には髪色、長さ、髪型。眼色。肌色のみの変更になります。

・肉体に所以するステータスがレベルで上がりません。上げるには実際の肉体を鍛えるか、ゲーム内部の能力向上データ(アイテム使用・鍛冶などによる付与)の使用のみになります。

・通常職業におけるアクティブスキルが存在しません。貴方の持てる技術だけが使用できます。職業による各種パッシブスキルは存在します。


 なお、貴方の肉体のポテンシャル・貴方が持つスキルは全て使用可能です。


 本当にこの職業に決定いたしますか? はい いいえ 」


 朔夜は目を点にして思考を停止ポカーンする。注意書きのはい、いいえが点滅して急かすが全く反応できない。


 これこそが発売から二ヶ月の時を経たUltimateKeyOnlineが世間から『運営(U)狂(K)ってるオンライン』と言われる原因になった『撃士』系列の職業である。

 きっかけは運営の一人に空手の有段者がいた事に発する。自分達が作成した、リアリティさとユーザーライクのバランスを絶妙に取った仮想世界を見て。彼は、思っちゃったのである。思っただけなら良かったが、口に出しちゃったのである。


「ああ、アバターじゃなく実際に自分の力でこの世界を冒険できたらなあ」

「面白そうじゃん、それ採用」

「え」


 手抜きをしない運営陣は本気を出した。各種武道や人体のデータに加えて、その相手となるモンスターや素材の物理的性質に至るまで。物理エンジンを更新に更新を重ね。実際にもう一つの世界を作り出したと言っても遜色無いものを生み出したのである。天地創造ここに成る。国家間を股にかけ、地球の遊戯を司るASOBI社だからできたものの。

 一つの問題が浮き上がったのはそんな時だ。


 マイナーな流派や、流派に伝わる秘伝なんかはどうするよ?


 こればっかりはデータの収集ができなかったのだった。普通ならそこで妥協する。だが彼らはしなかった。何十億の人物の一人でも、このゲームをプレイする『誰か』にがっかりさせたくはない。発想の転換が行われた。


 ウチラで用意できないならプレイヤーに持ち込んでもらおう!


 かくして生まれたのが『撃士』系列である。ジャンル分けと、それから予想される必要なサポートとしてのパッシブスキルを用意し、「さあ、貴方の力でこの世界を生き抜いて下さい!」と。


 満を持して発売されて二ヶ月の間に寄せられたコメントの一部を挙げよう。


「リアルにすれば良いってもんじゃない」

「ミスリルなんてどうやって鍛えれば良いんだよ!」

「モンスター食材で食中毒が発生しました」

「ドラゴンに剣一本で勝てるか!」


 最後のコメントに対する運営の返事が全てを物語る。


「貴方が竜より強くなれば勝てます」


 別の意味で挫折がっかりしたのが多かった。

 なお、初期に集めた膨大なデータはしっかりと通常の職業に反映されています。


 そんなことがあった事などもちろん朔夜は知らない。知らないが、しかし、伝わった。彼らの本気が。この世界を謳歌せよという願いが。ここで全力を出して良いよ、と。


 朔夜は震える指を『はい』に伸ばした。 

媛佳ちゃんはダメ人間かつダメ人間スキー。


運営はリアル格闘家を想定。朔夜くんはマンガ格闘家。

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