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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

サンドバッグ

作者: アザとー

 ぴちょん

 どこかで雫の垂れる音がする……ああ、俺のしょんべんか。垂れ流したぬるい湿り気を爪先だけに感じる。

 どうして爪先だけかって? 吊るされてんだよ、俺は!!


 また一組、新たな夫婦がその部屋に招きいれられた。

 夫は白髪混じりを綺麗にセットして、シンプルだが仕立てのいいポロシャツが上品な休日着といった風情だ。妻の方も、年齢こそ重ねているがふっくらと上品な顔つきはかつては美人であったことが伺える。

 印象的なのは二人とも、部屋の中央を見た瞬間にぽっかりと口を開いてしまったことだろうか。

「こいつは……」

 夫君のかさついた唇からもれたのは、苦悶と苦悩と、そして恨みの篭った声だった。

 ひょこ、ひょこと片脚を引きずって入ってきたもう一人の老紳士は、この上のなく安らかな慈愛の笑みを夫婦に向ける。

「見覚えがあるでしょう?」

 部屋の中央には天井から吊るされた一本の鎖。

「この……まさか……ああ……本当に!」

 感極まって涙を流す夫人の目に映るのは、鎖に取り付けられた細い鉄棒。

 その鉄棒は一人の男の脳天を横に貫き、その高さはちょうど男が爪先立ちするように調整されている。

「協賛者の中には、とある有名な脳外科医の先生が居ましてね。そら、矢鴨、あれなんかと同じ理屈なんですよ」

 吊るされている男は40代だろうか。度重なる虐待の傷に汚れた顔は両頬がこけ、ひどく神経質に見えた。

 足元に垂れ流すしかない糞尿に足指をつく屈辱にまみれ、そこから飛ぶハエにたかられながらも、男はどこか尊大な態度を崩そうとはしない。鼻先にとまった蝿を顔筋の動きで追い払おうと顔をしかめているばかりだ。

 耐えかねたのか、夫人の喉から細く嗚咽が漏れた。

「これで……あの子も浮かばれる……」

 それでも夫のほうは紳士然とした態度を取り繕う。

「こんな! 非人道的なことが許されるわけが無い!」

「じゃあ、こいつのしたことが……それを許した世間が人道的だったって言うんですか」

 びっこの老紳士は一本の鞭を差し出した。

「使うも使わないもあなた次第です。ここのルールはただ一つ、『彼を殺さないこと』それだけですからね」

 ぴょこん、ひょこんと大仰に足を引きずって老紳士が去れば、部屋のドアはパタンと締め切られた。一瞬の静寂に老夫婦が立ち尽くす。

 口火を切ったのは、吊るされた男だった。

「なあ、俺はそんなに悪いことを、したか?」

 夫人があげたのは絶叫。

「あなた、自分のしたことが解かってないの!」

「女の子ときもちいいことしただけじゃねえか。誰でもやってることだろ」

「無理やりが、誰でもやっていること!」

「お母様よォ、あんた、誤解してんぜ。確かに声をかけたのは俺のほうだが、どのオンナも『ついて来た』。合意ってやつだ」

「殺されることまで合意だったって言うの!」

 男の鼻先にせせら笑いがのった。

「このっ!」

 夫人の手によって鞭が振り上げられる。

「美恵子っ! 止めなさい」

 強く制止する夫の言葉に彼女の膝は震え、崩れ落ちた。後は涙ばかりがその言葉を塞ぐ。

「だって……仇……もう……十五年……も……」

 吊るされた男はつま先だけで少し揺れてみせる。

「おとーさーん、おかーさーん、お宅の娘さんは大した淫乱でしたよー。大喜びで俺のナニに喰らいついてたぜー」

 侮辱の言葉に耳を貸さず、夫は妻を支え立たせて男を見上げた。

「例え偽りでもいい。一言でいいから詫びの言葉を聞かせてくれ。それで私たちは終わりにする」

「終わりに? あんたたちは終わりで良いかも知れんが、俺は終わりじゃねえんだよ。きっちり殺してくれるっていうんなら、詫びぐらいいくらでも言ってやるよ」

「そうか、君は殺されたいのか」

「あんたは思ってるはずだぜ、おとーさん。俺を殺したいってなあ」

「ああ、何度も思ったよ。お前が指名手配されたあの日から……」

 いくつもの証拠を残しておきながら、この男の逃げ方は巧妙であった。捜査の網をかいくぐり、幾度かはその姿を捉えながらも法の手に落ちることなく、それは逃走そのものを楽しんでいるようにも、残された親たちをあざ笑っているようにも感じられた。

 だから、被害者遺族たちは懸賞金をかけたのだ。

その決起の日、あの老紳士も居た。お互いに肩を寄せ合い、涙を流して必ずや娘の仇をとろうと誓い合ったと言うのに、それが……なぜこんな事に?

 吊るされた男がまた一つ、揺れた。

「なあ、さっさと殺せよ。これ、地味に痛いんだわ」

 おそらく懸賞金は払われた。警察すら知らないところで、こっそりと。

「殺しておいたほうがいいぜぇ……俺はいずれここを逃げ出してやる。そしたらあんたら全員、皆殺しだぁ。おっと、その前にばばあどもはぶち犯してやるよ。娘どもがそうだったように、さぞかしスキモノの淫乱ばばあなんだろうよ」

 ずりゅ、と汚物に滑ったつま先が、思わぬ方向に体をひねったのだろう。男が大声で喚いた。

「痛ってえなっ! さっさと殺せって言ってんだろ!」

 望みどおり殺してやろう。嗜虐心の強いこの男の性具として弄ばれ、無残な肉塊と成り果てたわが子と対面した日から、何度も見た夢だ。

 恨みに震える両手でくびり殺した男を見下ろすところで、いつも夢は覚める。だが今日は、決して覚めない実感をこの手に感じることができるのだ。目覚めたあとで虚無にあえぐことも二度とない……

「なあ、あんたの娘がどんな風にヨガったか、聞かせてやろうかぁ?」

 侮辱の言葉を鳴らし続ける喉に手を伸ばそうとして、ふと、老紳士の姿が思い出された。彼はどんな気持ちでこの男をここに閉じ込めたのだろう。

「親ってのは案外、薄情なもんだなあ! 娘の仇一つとれねえのかよ!」

 いや、親だから……痛いほど解かる。親ならば誰もが、この男を自らの手で地獄の底に沈めてやりたいと思っていることだろう。


 だから、彼は吊るされた。


 だが、鞭はいらない。右手を拳の形に握りなおす。

 痩せこけた拳を顔面に叩き込まれた男は、鎖を軋ませながら大きく揺れる。床の汚物が幾滴か飛んだ。

「ころせっていってんだろォがっ! どいつもこいつも腰抜けやがって!」

 違う。どいつもこいつも、ただ、親なだけだ。

 がちゃ、がしゃ、と音を立てて鎖が軋む。鉄の一本棒はみしみしと頭骨を弄い、その苦痛に男はますます声を張り上げる。

「ころせ! 殺してくれーっ!」

 しかし、その父親は、次撃のために拳を握りなおしただけであった。


この物語はフィクションです。

のーみそかんつー手術なんて、ブラッ○ジャックぐらいしか出来ませんて。

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