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ダークブレイカー・ゼロ  作者: 増岡時麿
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七話 ヨシミチ

 偵氏が施設に来てから、ボクの生活は激変した。

 ゴミ共はボクを大っぴらに虐げることを止め、あくまでみんな仲良しこよしという体裁が出来上がっていた。

 腸が煮えくりかえりそうな想いだが、邪魔されずに部屋で勉強もできるし、状況が好転したことは否めない。

 奴らの底は知れているから、この関係がすぐに崩れるのは目に見えている。



「ほら、玉ねぎ。みんな食器洗いしてるんだから、お前も手伝えよ。俺みたいにさ、他人を思いやる心を持てって。まあ、餓鬼のお前にはまだ分かんねぇか、んふふふふふ!」



 カツ丼が嫌みったらしく笑う。何が、他人を思いやれだ。どこの口がほざく。

 その歳になって、ようやく人に配慮することを覚えたお前の方が精神的にガキだろうが。大体、偵氏に影響されただけだろ。パクり魔が今度は人の言葉をパクるのか。

 あの程度の出来事で、容易に自分の考え方をねじ曲げる奴は大っ嫌いだ。

 別に偵氏は関係ないが、ブタも最近になって神や先祖へ祈るのに飽きたのか、講堂へ行くのをやめ、遊戯ホールに自分で勝手に設置した仏壇も撤去しやがった。

 途中でやめるくらいなら始めからやるなよ、半端者のブタがッ。別に宗教に興味なんて微塵もありはしないが、他の信者たちに失礼だと思わないのか。

 本当にまともに物を考えず生きてきたんだな。そうやってコロッコロ、コロッコロと主義主張を移り変えていいのか?

 これまでの人生で培ってきたモノがないのか。貫き通したい意地がないのか。

 危ないキチガイはお前らの方だ。その場しのぎで善にも悪にも傾倒しやがる。犯罪者にはボクじゃなくてお前らみたいなタイプのゴミがなるんだ。

 それなりに考えて生きていれば、間違いを犯す前に、これをしたら人として大切な何かを失ってしまうんじゃないか? と、考えることは当たり前のようにできるだろ。

 お前らにはそれがない。自らの掟として守るべきモノが、矜持にするべきところの信念がない。

 だから、平気で汚いマネができるんだろ?



「なあ、どうしてもみんなと仲良くできないのか?」



 偵氏が輪に入らないボクに、いつもように話しかけてくる。しつこいな。

 眼が変だとも言われた。生まれつき霞がかったみたいで視力が弱いんだよ、ほっとけ。

 そう返したら眼鏡を拾ってきやがった。度が全然合ってない。どうせ不幸体質よろしく、すぐに壊すから意味無いぞ。

 一緒にバイトをしようとも誘われた。ふざけるな。金を貯め込むようなことをしてみろ。ゲスの寮母共が適当な言いがかりでふんだくるぞ。あいつらの懐を潤すくらいなら、自由な時間を作って勉強でもしてた方が有意義だ。

 誰が仲良くなんかするか。ボクはあいつらに死んでほしいとしか思ってないんだよ。

 土下座するから死んでくれないかな?

 念じたら頭がぶっ飛んで爆発するとか、そういう超能力がほしい。

 ……いや、違うな。死ぬだけで赦されていい連中じゃない。ちゃんと罪を精算して苦しませないと。

 例えば、記憶を読み取って、どれだけ人を傷付けてきたか調べるんだ。そして地獄へ送り、相応の苦痛を与え続けた後で死なせる。

 ま、そんなことできるわけがないんだけど。妄想だけなら自由だ。



「たしかに、あいつらはお前に酷いことをしてきたのかもしれない。でも、これからはさ、ちゃんと向き合ってみるのもいいんじゃないか? 言いたいことがあるなら言って、しがらみ無くさ。ずっとこのままじゃ、どうにもならないし、俺はそれがいいと思うんだ」



 黙れ。お前の考えを押し付けるな。どうにもならないのは、あいつらのせいだろ。それだけ取り返しのつかないことをしたんだ。

 ダメだな、こんな奴の言うことにいちいち気を立てていられないよ。気分を落ち着かせ、嘆息する。

 まあ、コイツにはあるらしいな。自分の中で正しいと信じる揺るぎない信念が。正義の心ってヤツが。

 その薄っぺらい信念もどこまで保つかな。見物だね。ちょっと試してみるか。



「なあ、偵氏くん。暴走する路面電車って知ってるかな?」



「知らない。いいぜ、その話聞かせてくれよ」



 珍しく話を振ったボクに食い付き、嬉しそうな偵氏。別に小説や映画の話じゃないんだけどな。

 これは国語の評論問題か何かで使われていた題材の引用なんだが、簡単で分かりやすくていい。

 これから『正義』の話をしよう。



「たとえばさ、故障してブレーキのきかない電車が走っている。先の別れた線路上では、五人の作業員と一人の作業員がいる。どの道を選んでも必ず犠牲者が出るな。お前なら、どっちを選択する?」



 偵氏は人助けを生きがいにしている節がある。お人好しのめでたい奴だ。

 そんな甘い考えをしている馬鹿は、この手の状況に立たされたことはないのだろう。

 お前もいつかはこの壁にぶつかる。どうしようもない現実ってヤツがあるんだよ。

 心の中でそう罵倒してやる。すると、偵氏は迷うことなくすんなりと答えやがった。



「そりゃあ、どっちも助けるに決まってるだろ」



 ……人の話聞いてんのか、コイツ。どっちか選ばないといけないっつってんだよ。

 ダメだな、0点。お話にならないよ。立ち上がり、偵氏の側から離れる。



「お前だったらどうするんだ?」



 愚問だな。ボクだって答えは決まっている。



「ボクか。ボクは、どっちも助けない」



 世の中、圧倒的にゴミの方が多いんだ。死ねる奴は死ねばいい。

 どうせなら、電車が横転して、六人とも潰し、乗客も全員死ねばいいんじゃないのかな?

 それがきっと最善だぜ、ヒーロー。

 ボクの信念はこうだ。世の中はゴミだらけで、そいつらを思いやる気持ちなんていらないから、一人残らず殺してしまえだ。

 それは悪いことでもなんでもない、当然の報いなんだ。これがボクの正義だ。



 それから地下街で夕方まで過ごし、大通りを回った。……今日は何にも起こらないな。

 小さな不幸もまだ来ないってことは、これから何かとんでもない事態に巻き込まれるってことだ。

 見つけて立ち止まる。なるほど、これか。

 住宅マンションが燃えている。全焼になるんじゃないか。こうなるまで誰も気付かなかったのか?

 駆け付けた自治団体の消防隊は、周辺に火が移らないように必死だ。みんなマンションが燃え尽くすまで待っている様子。



「いやああああああああ!! お願いです、助けてください、子供がまだ中にいるんです!!」



 歳の若そうな女が消防隊に縋り付いて泣いている。置き去りにしたお前が悪いんだろ。

 忘れて自分だけ逃げたのか? それとも買い物の帰りか? いずれにせよ自業自得だ。

 他にも独り身の年寄りが一人と、火事の原因である放火犯。強盗に入ったら人が居て、ビビりながら発狂して火を放ったらしい。

 計三人か。思ったより少ないな。どこも別々の階だし、助からないだろう。欠伸をして見守る。

 今日は他人の不幸を見ているだけでいいのか。気楽でいいな。儲け儲け。

 強盗は死んでもいいゴミだからいいけど、子供と老人は可哀想にな。どうでもいいけど。

 ま、それが人生ってヤツさ。ここも地獄だ。誰かの犠牲の上に成り立つ世界のシステム。ボクは身をもってそれを思い知ったから解るんだ。

 南無南無……。他人事だと思って、手を合わせる。──ボクの後ろから誰かが横切って行った。



「なっ──!?」



 瞠目して愕然。あんの、馬鹿野郎!

 偵氏は素早く階段を駆け上がって行った。ホントに、馬鹿か!?

 まさか救い出す気か。見て判らないのか、間に合うわけないだろうがよ。

 ちょっと迷って、歯を食いしばり、ボクも足を踏み込んだ。



「偵氏!」



 出口の前まで来て、熱気に圧倒され立ちすくむ。嘘だろ、この中に入ったのか?

 これは、三人どころか、偵氏まで……。

 激しく炎が燃えさかる。消防隊がボクの腕を掴んで、マンションから離れさせようとする。

 お前らがモタモタしているから、非常識の馬鹿が死者に加わったぞ。さっさと火を消せ、愚図がッ!

 階段を降りる足音が聞こえる。気付いてそこに視線を移した。

 気絶した大人二人を背負い、子供を抱いた偵氏がヨロヨロになってこちらに向かってくる。

 子供を母親に渡し、老人と強盗犯も降ろすと、力尽きたように倒れた。救急員たちが彼らを担架で運び、救急車に詰め込んだ。

 ……なんなんだ、一体なんなんだ、コイツ。



「三○五号室、偵氏様ですね。どうぞ」



 病院で受付を済ませ、偵氏の病室に向かう。扉を横に引いて開ける。

 火事の現場にいた子供の母親が、涙を流しながら何度もお礼を言っている。包帯だらけの偵氏は困ったように笑っていた。

 彼女が出て行ったのを見計らって、病室に入った。



「来てくれたのか、玉ねぎ。悪いな」



 見舞いじゃねぇよ。その証拠に手ぶらだろ。どうしても言ってやりたいことがある。

 コートのポケットに手を入れたまま、見下すような視線で吐き捨てた。



「馬鹿か、お前は……」



 まだ理解していないみたいだから教えてやる。

 いいか、偵氏。お前は不幸体質だ。ボクと同じな。

 事あるごとに災難が降りかかるのも、あの火事に巻き込まれたのも、それが原因だ。

 今回は運がよかったな。だけど、つぎ同じような事件に遭ったらどうする? また自分から首を突っ込んで行くのか?

 大層な正義を掲げて生きるのはお前の勝手かもしれないが、よく考えてから行動したらどうなんだ。

 全員助けやがって。ましてや死ぬべきだった犯罪者まで。

 一人か三人を選ぶこともできた。お前も含めて死んでもおかしくない状況だったんだぞ。欲張ってあんな無茶をして、せめて近くに居た奴だけ救えば良かったモノを。

 世界を救うヒーローにでもなるつもりか。



「……い、いやあ……みんな助かったんだから、それでいいじゃないですか」



 だから、これからのことを訊いてんだよ。

 どうすんだ。命がいくつあっても足りないぞ。本当なら、こんなケガを負う必要なんてなかったんだ。

 自分のことで手一杯のくせに、他人に構うなよ。自己満足もいい加減にしろ。

 ボクと一緒に黙って見ていればよかったじゃないか。目の前に壁があったら、横から通ればいいだろ。

 身に染みてるんじゃないのか。両親が亡くなったんだろ。なんで解んないんだよ。



「父さんと母さんはさ……飛行機の事故で死んだんだ」



 そうか、どうしようもない。それじゃ助けることなんて不可能だったな。



「小さい頃に、似たようなことを言われたよ。危ないことには関わるなって。……でも、二人とも解ってくれたんだ。俺の好きなようにすればいいって。俺はさ、自分のやってることが正義とか悪とか、そんなに難しく考えたことはないし、お前の言うとおり、ただの自己満足かもしれない。俺が助けたいから、助けただけだ。けど、自分のためにやったことが、少しでも誰かのためになるのなら、それでいいんだ」



 得をするわけでもない、大して褒められるわけでも、認めてもらえるわけでもないのにか……。



「やっぱりさ、誰が善いとか悪いとか、助ける数が多いとか少ないとか、そんなの選べねぇよ。世界を救うヒーローになれるとは思えないけど、俺は目の前で困っている人がいるなら、みんな助けたい。だってさ、善い奴も悪い奴も、みんなが幸せになれたら、それが一番だろ? たとえ不可能だと言われても、その幸せを守るために、俺は頑張ってみたいんだ。好きでやってることだからな。だったら、それはきっと不幸なんかじゃない」



 そこまで長々と喋り、屈託の無い笑顔で言い切った。



「それこそが、俺の幸せだよ」



 ため息と共に、全身の力が一気に抜けていく。

 己の言葉を覆す奴は嫌いなんだけど、前言を撤回するよ。お前は馬鹿じゃない。大馬鹿だ。



「お、初めて笑ってくれたな」



 お前が馬鹿すぎて失笑してるんだよ。

 はぁ……不幸だとか、なんとか、深く考えてたボクも馬鹿だな。コイツは、迷うことがない。

 誰かを助けることに理由なんて求めない。心の根元にある奥のずっと奥で、芯の通った強い信念があるんだ。

 自分だけの大切なモノを内に秘めている。だから、いざという時に悩むことなく突っ走れる。それは不幸によって壊れてしまうほど脆くはない。

 こりゃ何を言っても無駄だな。ああ、解ったよ、ボクの根負けだ。



「へぼぁッ!!」



「うわあっ!? 何してんだよ!?」



「……い、いや、別に」



 歪な正義を語っていた自分自身への戒めとしてな。

 学校への道すがら、ふと思い立ってぶん殴ってやった。

 あんなクソッタレの負け犬みたいな考え方なんて、二度としない。ボクはこれから偵氏みたいな本物の信念を持った男を目指すんだ。

 凝り固まった哲学もどきなんていらない。年相応のガキが、その場で思ったことを口から出任せで言っているような、小っ恥ずかしい台詞。何一つ淀みの無い言葉だからこそ、心に響いたよ。

 困っている人を助ける。善人だろうが悪人だろうが関係ない。助けたいから助ける。それでいいんだ。こんなに簡単なことだったんだな。

 バイトを始めて、二人分の給料で各部屋に二段ベッドを買った。何度割れても、ちゃんと眼鏡をかけるようにした。不良に絡まれている女の子が居たら、ボコボコにされてでも助けるようにした。

 まだ施設のみんなとは完璧に仲直りできていないし、腹が立つことも多いけど、ちゃんと向き合って解決していけたらいいと思っている。

 偵氏にも不幸体質の対処法を教え、できるだけ安全に人助けをするよう心がけた。まあ、危険がどうとか言ってられない場合は、話が別だけどな。



「今日はどの道を通って行くんだ、玉ねぎ」



「玉ねぎ、じゃないよ」



 少し時間は掛かったけど、偵氏に言われたとおり、下の名前を考えてみた。

 お前は正義とか悪とか考えないって言ってたけど、ボクにとっては、お前こそが『正義』なんだぜ。



義道(ヨシミチ)って呼べ」



 お前が教えてくれた正義の道を歩き続けるため、もう信念を曲げたりしないと、この名にかけて誓う。



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