三話 創幻とサコン
「悪かったね、巻き込んで」
タバコに火を付けながら白衣の男が謝罪した。絶対、悪いと思ってないだろ。
地下街の最深部にある駐車場。昨日ボクが来た場所だな。暗い中で、何本ものロウソクが立っていて、点々と辺りを照らしている。
「僕は創幻。後ろの二人が、ヲタズキとボツコイ。そっちがサコンだ」
濃くてニンジンみたいな顔をした歯抜け男と、しゃくれて額が腫れている子供が、二人でピコピコと画面の光に顔を浮かばせ遊んでいる。ゲーム機って初めて見た。いいな。お、しかもあれ携帯機じゃん。すげぇ。
長髪の女、サコンは飛び出た犬の目玉を手掴みで戻している。ゾンビ軍団もこの駐車場に押し込まれていた。こんな場所でこんなのとよく一緒にいられるな、コイツら。
ボクと偵氏は、この白衣の男、創幻に連れ込まれて今ここにいる。事の説明をしたいが、あまり聞かれたくない話らしい。
「なんとなく察しているとは思うけど、僕達は教団関係の人間だ。単刀直入に言うと、さっきのことは黙っていてほしいんだ。何かと事情があってね、解るだろ?」
うん。解ったから、早くお家に帰して下さい。
食い下がるようにして偵氏が前に出た。
「ちょっと待てよ。このまま黙って帰れって言うのか。最近、噂のお化けってあれのことだろ? お前らこの街で何してやがるんだ?」
余計なこと言わなくていいんだよ、馬鹿。そういうとこだぞ、お前。
創幻は口から煙をフーッと吐いて天井を仰いだ。
「そうだよ。黙って帰れってことさ。キミ達だってこれ以上は深入りしたくないだろ。サコンを助けてくれたことには礼を言うけど、それとこれとは話が別だ。」
「テメェ……!」
「ちょちょちょ、落ち着け偵氏。帰れって言うんだからそれでいいだろ、別に。ほら、もう行こうぜ。こんな陰気なとこ」
「本気で言ってんのかよ!? さっきのアレ、こいつは知ってるんだぞ。みんな困ってんだろ! あの子みたいに危ない目に会ったらどうすんだ!?」
ゲヘゲヘと馬鹿にしたように、ヲタズキとボツコイが笑った。
「あんちゃんあんちゃん、見て見てマネするからね。みんな困ってんだろぉーー! いひえへいいいへへへへへっ!」
「おけけけけけ! おい、次のクエスト出せよ。はやくしないとまたお前のスタミナ使うぞ、ほら。おけけけけけ!」
「ああぁぁあああああああああん!? なんでなんで次はあんちゃんの使うっで言っだのにぃぃいいい!! うわああああああああ!! 創幻んんん!! あんちゃんが、あんちゃんがぁぁぁぁぁああ!」
襲い掛かろうとしたボツコイに反撃し、ヲタズキが顔を引っ叩き、さらに泣き喚く。うるっせぇ……。
まあ、今のはちょっとイラッときたけど、やっぱり関わらない方がいいって。
「ここの人達を驚かせちゃったのは悪かったね。でも、安心していい。僕らはもうここを発つし、他人に迷惑がかかるようなマネはしないよ。約束する」
真摯な眼差しで、偵氏の目を見る創幻。その言葉を信じたのか、偵氏は黙って頷き、行くぞヨシミチ、とボクを呼んで駐車場から出た。
痛っ! 頭に固い何かが当たる。小さなメダルのようなモノが足下に転がっていた。ボツコイが涎を垂らして笑っている。
「それ、ぼくの。いらないからあげる。おまえ、ゴミ箱。いひえへいいいへへへへへっ!」
いひえへいいいへへへへへっ! ……マジでぶん殴ってやろうか、コイツ。偵氏まで馬鹿にしやがって。
いいや。あんな汚いのに触りたくないし。というか、ボク僕ぼくって、僕っ子多すぎだろ。キャラ被りが一気に二人も増えると困るよ。
手に取ったメダルを側の棚の上に置き、偵氏に追随してボクも駐車場から出た。
「今日、また俺、行かないといけないとこがあるんだ」
先ほど、電話で学園の関係者と連絡をした際、ボクや旭と冴木も見学に行けないかという話を持ち出したらしい。
そのためには予め記入しなきゃいけない用紙などがあるらしく、一度偵氏が取りに行かなきゃならないそうだ。
「でも、あんなことがあったのに、ここを離れるのはな……。やっぱ、あの連中のことも気になるし」
「だから気にするなって。偵氏、あのさ、お前は自分一人で厄介ごとを抱え込みすぎだよ。旭にも言われたろ。もし何かあったら、ボクがなんとかするから、お前は行ってこい」
「……いいのか?」
「うん。任せとけ」
胸を拳で叩いて偉そうに言ってみた。
ずっと気を張ってた偵氏が大きく息を吐き、フッと笑ってボクを見た。
「頼んだぜ、ヨシミチ」
離れていく偵氏を見送りながら、作り笑いで手を振る。……あー、疲れた。
奇想天外摩訶不思議にもほどがあるだろ。帰って休もう。色々と突っ込みたいことは山ほどあるけど、今は何も考えたくない。
「おい」
後ろから声を掛けられる。全速力で駆け出した。
「待て」
待つかよ、バーカ。これ以上付き合ってられるか。もうたくさんだ。
強烈な破裂音が大通りに鳴り響いた。立ち止まって硬直する。振り向くと、拳銃を空に向けた創幻がいた。
「待てつってるだろ。殺すぞ」
オートマチックのスライドを引きながら、そう脅してくる。
ほら、やっぱりな。嫌な予感的中じゃないかよ、クソがッ。