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ダークブレイカー・ゼロ  作者: 増岡時麿
3/12

二話 マーチ オブ ザ デッド

「……で、こんな時間まで遅れてやってきたってわけ?」



 旭が目を細くして偵氏を睨んでいる。登校日の短い日程の放課後、川に飛び込んだ偵氏は一旦施設に戻り、着替えてからきたのでボクよりも遅れた。おかげで授業も大体終わってて、ほとんど来た意味無し。



「まったく、なんでいつもそうなのよ……」



「しょうがないよ、テルちゃん。不幸コンビなんだし」



「不幸不幸って、言い訳にしてるのが気に入らない! 偵氏はすぐに突っ走りすぎ! 玉ねぎはドジなだけ」



 なんでコイツはそんなに怒ってるんだ。お母さん?

 事あるごとにガミガミ言いやがる。世話焼きな性格というかなんというか。ま、大体察してるけど。

 偵氏本人は鈍感だから気付いていないだろうが、とばっちりで叱られるボクの身にもなれよ。



「それで、偵氏、アンタ宿題は!?」



「はいはい、持ってきましたよ」



「それじゃ、さっそく始めましょ」



「えぇ!? 今からやるんですか!?」



「大丈夫だよ、テルちゃんとわたしがちゃんと教えてあげるからね」



「さあ、数学チャートに英熟語の問題集、課題論文。全部出しなさい!」



「よ、ヨシミチ……お前も一緒にやるよな?」



「ボクはもう済ませた」



「う、裏切り者!」



 ここは私服制の中学校。現在は冬休み中。ボクたちは三年で、今年の卒業生。

 ボクと偵氏は同じ児童施設で、部屋も一緒。旭と冴木は二年からクラスが同じで、色々あって仲良し四人組になりましたとさ。そういう体。

 宿題に頭を抱える偵氏を尻目に、ボーッとしていた冴木が唐突に口を開いて言った。



「そういえば、みんな知ってる? 昨日、この街にお化けが出たって話」



 旭がよそ見をした隙に、こっちへ顔を向けた偵氏。こっそりと連立方程式の回答を教えてやる。



「知ってる。あれでしょ、ゾンビ犬!」



「え、わたしはクモみたいにすごく脚の多い人って聞いたけど……」



「そう……。ねぇ、みんな、昨日の噂聞いてる?」



 席を後ろに傾けて、まだ残っているクラスメイトに質問を投げかける旭。それぞれ、ばかデカい野鳥だの、虫の大群だのと、別々の答えを口にした。

 この街はいつからモンスターがエンカウントするようになったんだ。



「みんな全然違うね」



「うそ……そんなに沢山いるってこと? 不幸コンビはどうなわけ」



「さあな。俺は今日までいなかったし。ヨシミチ、昨日ってなんかあったか?」



 殺されるかと思ったぞ。

 なんて、正直に言いたくはなかった。別に。と応え、その場をしのぐ。あの長髪女の顔が頭に浮かんだ。扉越しに感じたあの不穏な空気も。

 何か嫌な予感がする。ああいうマジでヤバそうなのとは関わらない方がいい。ただの噂だよ、噂。どっかの馬鹿が流したウソ話。気にすんな。

 偵氏の宿題をあらかた片付け、四人で屋上に上がる。あちこちから黒い煙が空に立ち上っていて、さながら戦後のパノラマ。



「それでそれで、どうだったの!?」



 旭と冴木が詰め寄り、偵氏が話し始めた。

 偵氏は進路がすでに決まっていて、ある謎の高校から推薦が来ていたのだ。そこは全寮制の学園で、学費などが全て免除されるとのこと。

 あからさまに胡散臭かったから、ボクも断った方がいいと念を押したが、一度見学に行ってもいいと強く薦められていた。

 だからここ数日、偵氏はその学園の見学のためにこの街を離れていたのだ。ただし、このことは信頼できる友達以外に内密という。

 色々と怪しすぎるだろ。なにより、訪ねてきたそいつはブラック教団のバッジをしていなかった。

 『ブラック教団』っていうのは、今やこの世界を統括している宗教団体のことだ。ブラック教団(笑)ってかんじで、名前からしてこれもまた胡散臭いのだが、圧倒的な軍事力を誇り、十年くらい前に突如として現れ、全ての国を滅ぼした恐ろしい組織。

 しかしこのカルト、世界の情勢をほとんど放任していて、国という国がなくなった後は、それぞれの地域で自治団体が管理しているようなものだ。

 投げっぱなしジャーマンスープレックスもいいとこだが、みんな教団の人間には逆らえないのが現状。

 とりわけ何か強制されるわけでもないが、さすがに学校などの公共機関は教団が取り仕切っている。

 だから教団に公認されていない学園なんて逆に怖い。バレたら生徒もどう処分されるか解ったもんじゃないだろ。



「でも、結構いいとこだったぜ?」



 偵氏が言うには、その学園では普通の学校と同じように生徒たちが普通に過ごしており、建物の質感もいいらしい。

 外からはまったく見えない場所にあるっていうのはあれだけど、寮も飲食も無料っていうのは素晴らしいな。好条件過ぎて、ことさら怪しい。



「一緒に行くだろ、ヨシミチ」



 信頼できる友人には話してもいいっていうのは、自分以外の者もそこへ誘うことを推奨しているのが理由だ。

 手当たり次第に入学希望者を募集しているような気もするが。



「……もうちょっと考えさせてくれ」



「私たちもまだ決められない。ごめんね、偵氏」



「そっか」



 偵氏がボクの耳元でボソッと囁く。胸大きい先輩もいたぞ。

 マジで。わかった、行く行く。白けた目でまな板共が睨んでいる。地獄耳か。

 ていうか、実はもう決めてあるんだけどな。コイツが来いって言うなら、どんな場所だろうと付いて行くさ。たとえ、何があっても。

 恥ずかしくて面と向かっては言えないけれど、ボクは偵氏を尊敬している。心の底から。

 コイツのおかげでボクは変われたようなモンだし、一緒にいるだけでも気分が落ち着くんだ。



「で、今日は何回あったんだ?」



「六回、五回……いや、四回だな」



 起きてすぐに一発、包丁でケガしそうになった。鳩にフン付けられた。生ゴミまみれになりそうだった。嫌いなジジイと会った。

 金落としたり、土左衛門に出くわしたのは、たまたま偵氏のおかげで助かったからノーカンだろう。

 ボクは小さい頃から、この不幸体質にある法則性を見出していて、それを利用して大きな災難を逃れる術を身に付けていた。

 一日に起こる不幸の割合は、回数によって振り分けられることがある。一回だけズドンと最悪な出来事に見舞われるか、何度もチマチマと小さな不幸が降りかかるかのどちらかなのだ。

 だから、あれ今日なんも起こんないな?と、油断していると次の瞬間には痛い目に会う。部屋に籠もっているよりも、敢えて外出して辺りをウロウロしながら、道端で石に躓いてすっ転んだり、不良に絡まれたりしてた方が、どちらかと言えば安全。無意識にウンコ踏んだらラッキーだと思ってる。

 同じく不幸体質の偵氏にもこの法則を教えてあるのだ。



「俺、ここ離れている間はな-んも起こらなくってよ。うわー! これからヤバい事になる前触れじゃないですか!?」



「今朝、ずぶ濡れになってたし、今日一日は大して心配することないんじゃないの」



 まあ、自分から首を突っ込んだ場合は不幸の数に入らないことが多いのだが。

 けど、たとえ不幸にカウントされなかろうが、自分が得することがなかろうが、見境なく助けに行くんだよな、コイツは。

 うん、きっとそれが正しい。ボクが保証する。それこそ正義だよ。偵氏に出会ってからはボクもその姿勢を見習うことにした。……見よう見マネだからしっかりできているかどうかは定かじゃないが。

 


「じゃあ、俺、今から学園の人に連絡してくるからさ。先に帰っててくれ、ヨシミチ」



「なんか悪いな。できるだけ早めに返事はするよ」



「おう」



 支給された携帯を手に、大通りへ向かう偵氏と別れ、一人で帰路につく。一応、あそこで使わないと怪しまれるからな。

 即決してあるから、とっとと胸の内を明かしてやってもいいんだけど、その前に旭と冴木の考えも聞いてみないとな。何をぐずっているのか知らないが、あいつらよりも先に答えを出すのは、なんか負けた気がして嫌だ。

 ふと、気配がして、ビルの合間にある路地裏を覗く。──目の前に能面のカカシが立っていた。



「おっ、おっ、おっ、アブナイヨ」



 ……見なかったことにして素通り。昼間に見ると、大して怖くないな。

 うーん。なんでかなぁ。一応、昨日通った場所には近づかないように気を付けていたんだが。

 くだらない噂も出回っているし、プチ不幸もある程度あったから、今日はすぐに帰ってずっと部屋にいようと思ったんだけど。

 大体、危ないのはお前だろ。ていうか、あいつ喋れたのかよ。

 歩く速度を変えずに、それでも心の中ではクラウチングスタートの構えをして、その場を過ぎ去る。

 警戒していたけど、追ってくる様子はないようだ。とりあえずホッとする。

 ブゥンブゥンと耳障りな羽音とすれ違った。大量の虫が、器用にボクを避けて飛び抜けて行く。

 犬がこちらに向かってくる。片方の目玉を飛び出し、視神経にぶら下げたまま走ってくる。

 犬は一匹だけじゃないし、腕が足みたいになっている人間、毛のない猿の群れ、古代に存在してそうな翼竜。背中に女を乗せている。地下街にいたあの長髪の女だ。

 さすがに踵を返して逃げる。顔をぐちゃぐちゃにして喚き散らかした。いやああああああああ誰か助けてぇええぇえええええ!!

 ジーザス、いい加減にしろ。昨日といい今日といい、不幸にしてもいつもと全然割に合ってないじゃないかよ!

 反対側からも何か迫ってくるのに気付く。地響きがうるさい。まさしく地面が形を変えて襲ってくる。ガコンガコンとその場で、パイプやら鉄骨が出現し、デタラメに謎の物体が組み上がっていく。なんだ、これ。まったく意味が解らん。

 路地裏からカカシが倒れ、ボクは下敷きになった。退かして立ち上がり空いた路地を抜ける。

 やはりこんな時に限って大通りには人が居ない。教団特設の電話ボックスから誰かが出てくる。ボクは舌打ちをして、声を張り上げた。



「走れ、偵氏!!」



「あれ、どうした?」



 ボクの後方を見て、偵氏もすぐに気付き、二人で並走した。



「な、ななんだよ、あれぇ!?」



「知るか!」



 ちょっとだけ偵氏がボクより前に出る。くそ、やっぱり速いな。

 走りながら振り返ってみた。ゾンビの軍団、瓦礫の波。ふざけるなよ、だから何でこっちに来るんだ。

 少し先の道に車が飛び出す。ブレーキでアスファルトにタイヤを削って停まった。白衣の男が、運転席から銃を持って降りる。



「サコン、こっちだ」



 翼竜が高度を下げ、車に近づこうとした。瓦礫から細い針金が伸び、先を鎌のような刃に変え、翼竜の翼をそぎ落とした。

 落下して、女が地面に叩き付けられる。瓦礫の山はそこで動きを止め、ワイヤーで彼女の身体を締め上げ、中へ取り込もうとしている。

 間髪入れずに、偵氏がボクを横切って行った。ああ、もう!



「大丈夫か!? いま助けてやる!」



 遅れてボクも戻る。待てよ、おい。いくらなんでもこれは……。

 配管が鎌首をもたげ、先がカメラのレンズみたいになってこちらを見つめている。登って女を助けようと踏み出した偵氏に向かって、鉄の塊でできた手が襲いかかった。



「偵氏!!」



 偵氏が殺される。頭から足のつま先まで全身がゾッとして、ボクは偵氏を守ろうと飛び出した。頼む、間に合ってくれ。

 偵氏の伸ばした手が、鉄の手に少しだけ触れる。──途端、崩れた。偵氏を抱きかかえたままボクは倒れる。起き上がると、瓦礫が跡形も無く消滅していた。偵氏が女を抱き起こす。



「ケガ、ないか?」



 女は自分の手を不思議そうに見つめ、開いたり閉じたりしている。

 白衣の男が動かなくなったゾンビの群れを見て、ボクらの方に視線を移した。




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