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ダークブレイカー・ゼロ  作者: 増岡時麿
2/12

一話 不幸体質

 がやがやと騒がしい声がする。視点がおぼろげに移り変わっていく。

 人ごみ、スクランブル交差点、映し出す街頭ビジョン、自動車の群れ、どれも現代にはないはずの風景。

 駅の中を通り、ホームまで辿り着くと、目の前を電車が突っ切った。



──そこで目を覚ます。

 またあの夢か。時々、こうやって自分の記憶にない映像、夢なんだから当たり前なんだけど、変にリアルで不思議な夢を見る。

 背中を起こして後頭部を搔き、二段ベッドの下から部屋を見渡す。昨日はどうやって帰ってきたのか、あまり覚えていない。……というか、大分時間が経った感じがするのは気のせいか?

 まあいいや。時計を確認し、腰を上げてベッドから出た。──転がってたらしい空き缶を踏んで足を滑らせる。

 そのままの勢いで側にあったボールを蹴ってしまい、部屋中を跳ね回る。食器置きへボールが着地し、コップが割れ、包丁がクルクルと宙を舞った。こちらに向かって飛んでくる。寝返りを打つようにして避け、壁に頭をぶつけて悶える。包丁は床に突き刺さった。



「……運がよかったな」



 うん。空き缶その辺に転がしてるボクが悪い。

 立ち上がり、散乱した物を片付け、机の引き出しの中にある、乱雑に並べられた眼鏡のレンズを眺めて吟味する。

 ゴミ山から適当に拾ってきたヤツだけど、滅多に見つからないから探すのメンドいんだよな。新品買う金なんてないし。フレームは自作でどうにでもなるけど。

 ヒビの入ったレンズを外し、取り替えてかけてみる。微妙に度が合ってない気もする。ま、これでいっか。

 支度をして厚手のフード付きオーバーコートを羽織り、幅の広い袖に手を通す。これも勝手に拾ってきた物だが、防寒になればなんでもいいだろう。ヒョロっちい身体も隠せて体格を誤魔化せるしな。長年の相棒だ。

 ドアをノックされる。なんだよ、朝っぱらから。扉を開けると険しい顔をした寮母がそこにいた。



「家賃。まだ先月の払ってないでしょ」



 そうだったけ? 滞納してるモノ以外、ボクの記憶では払った覚えがあるんだけど。

 あいつがいないのを見計らって、いちゃもん付けに来たな。そんなふうに口答えしても無駄なので、さっさと済ませよう。どうせこんな関係もあと少しで終わるんだ。諦めてコートの内ポケットを漁る。

 ──んん!?



「どうしたの」



 冷静になってコート中を探る。いや、全然落ち着いてないけども。

 部屋に戻ってベッドや机の中も手当たり次第に探す。おいおいおいおいおい、嘘だろ。ない。バイト代の封筒がどこにもない!



「……明日までには用意しなさいよ」



 呆れた面持ちで寮母がその場を去る。ヤバい、こりゃどっかに落としたな。いつだ。昨日、化け物に襲われた時か。

 だったら今から地下街へ探しに行かないと。……またあそこに戻るのか。背に腹は代えられない。金を失う方がよっぽど怖いからな。部屋を出て、コートのポケットに両手を埋め、空を拝む。

 出たよ、不幸体質。久しぶりにあんな恐ろしい目に会ったんだから何度も追い打ちかけなくてもいいだろうに。

 これはあれだな、悪の秘密結社『愚かなる運命達フーリッシュ・デスティニーズ』の仕業だ。ボクより上位の世界に住んでいるそいつらが、ボクの運命を操って見世物としてモニター越しにあざ笑っているんだ。

 だから自力で不幸を回避した後は、奴らへの当てつけで「運がよかったな」って言ってやるのさ。ボクが頑張ったわけじゃなくて運がいいだけで、別に不幸でもなんでもないし、だからアンタらのせいじゃありませんよーってね。

 そんな嫌味を込めるが、それでもやっぱりムカつくモンはムカつく。くそう、『愚かなる運命達フーリッシュ・デスティニーズ』め。死ねっ!

 ポトリと肩に何かが落とされる。背後から滑空してきたカラスに糞を投下された。……ただの被害妄想のつもりだったのに、洒落にならんな。



「おはよう、玉ねぎくん」



 施設の門の側に座った少女に挨拶される。おっとりと紅潮した顔で鼻をすすり、手にハァーっと白い息を吹きかけた。



「寒いね」



 寒いな。こんな日は思い切って空を燃やしたくなるな。

 そんなことはどうでもいいだよ。急がないと誰かにパクられるかも解らん。もう遅いかもしれないが。



「おまたせー!」



 もう一人、女の子が走ってくる。荒くなった呼吸を落ち着かせて謝った。



「ごめんね、ウト。遅れちゃって。……あれ? まだ帰ってきてないんだ。学校には出るんじゃなかったの?」



 行くとは言ってたけど、朝から来るとは明言してなかっただろ。どこか残念そうな顔をして、フーンと少女が言う。

 このやたらサバサバしてそうな女が『(アサヒ)テル』で、隣のぽわわんとしてカマトトぶってるのが『冴木(サエキ)ウト』な。ついでにボクの名前は、玉ねぎヨシミチ。

 はい、登場人物の説明おわり。



「……悪いけど、お前ら先に行っててくれるか。ボクちょっと寄るとこあるから」



「え、どこ行くの? 遅刻するわよ!」



 うるさいな。それどころじゃないんだって。貧乳は黙ってろ。

 返事をせずに駆け出す。昨日通った道を思い出しながら走るが、見つからない。

 とりあえずバイト先に向かうとしよう。あそこに置いて来ちゃったかもしれないしな。路地から追っかけこしている野良猫共が急に飛び出してきて、ゴミ箱を倒した。間一髪で避け、汚物を浴びずに済んだ。フン、運がよかったな。

 半分シャッターが上がった店の中に入り、小声で尋ねる。



「おはようございまーす……誰かいませんかー……」



「ああん?」



 げっ、最悪。クソジジイだ。このジジイはいつもボクに何かと突っかかってくる陰険な年寄りなのだ。

 バイトがない日にまで会いたくなかった。何故かいつも合わせてきたかのようにシフトが被るくせに。



「ああ、すいません。ちょっとここに忘れ物したかなと思って。昨日、給料貰ったんですけど、封筒探してみていいですか」



「は?」



「いやだから、給料忘れたかもしれないんで」



「落としたんか?」



「……」



「こっちにあるわけないんだよぉ。いちいち来るんじゃないって。せっかくウチで働かせてやってるのによぉ。あーあ、俺しーらねっ」



 ふふふふふ。いつもながら腹立つな。

 大体、働かせてもらってるのはお前も一緒だろ、老害がッ。せっかく団体が用意してくれた雇用枠の一つ潰しやがってよ。お互いお上に跪いて感謝しながら従事しようぜ、おい。

 骨折り損だったらしいので、踵を返して出るとする。



「おい、タマ」



 なんだよ、まだ嫌味が足りないのか。こっちはお前の顔なんか一瞬でも見たくないんだよ、ハゲ。



「昨日、この辺で変なモン見なかったか?」



 不意を突かれて心臓が深く音を鳴らす。やめろ。あれはなかったことにしたいんだ。



「いや、別に」



「あそ。……なに突っ立てんだ。とっととけぇれよ」



 呼び止めたのは誰だよ。クソ、ふざけやがってよ。

 嫌いな奴と会うだけで今日一日の気分は最悪だな。あいつを一発ぶん殴ってすぐに辞めるのも手かな。あそこにはあのジジイ以外にもいっぱい酷い人いるけど。

 まあ、あんな奴とでもちゃんと向き合ってどうにか仲良くやっていこうとするのが正しいんだけど。

 あと三ヶ月程度の付き合いだし、踏み止まってやる。せいぜい長生きしろよ、クソジジイ。決してボクに度胸がないからじゃないぞう。

 河川敷にある橋の上で一旦立ち止まった。やっぱり行かなくちゃいけないのかな。だったら真っ暗の中を探さなきゃならない。アホだな、ボクは。なんで明かりになる物を持ってこなかったんだ。

 欄干に手を置き、ここまで来て引き返そうか迷っていると、川から何か流れてくるのが見えた。

 仰向けになってプカーと浮かんでいる。……人間。



「……」



 間を置いて考える。そりゃ、ボクの主義は困っている人がいたら誰でも助けるだ。それこそ本物の正義だと信じている。

 でも、昨日の今日だぞ。二の舞はごめんだ。大きな不幸を予感させることがあった場合は、それを避けることに徹してきた。……チッ。仕方ないな。

 舌打ちし、コートを脱いで身を乗り出す。だけども危険を承知で突っ走る姿がカッコいいと思ってボクは変わったんだ。ここで迷ったら、その正義を振りかざす資格がなくなってしまう。

 意を決して、橋から飛び降りようとする。と、河川敷の向こうから誰かが走ってきた。

 バックを捨て、なんの躊躇もなく川へ飛び込んだ。ボクも橋から離れ、川に向かう。

 そいつは溺れていた男を救い出し、背中を擦って水を吐き出させた。



「ヨシミチ、タオル入ってるから取ってくれ」



 言われてスポーツ用のショルダーバッグから二枚のタオルを取り出し、投げ寄越した。咳き込んでむせている。



「お前も溺れかけてんじゃん。相変わらず無茶するな」



「いや、まあ、放っておけねぇだろ」



 死にかけたかもしれないのに笑っている。こうやって、後先考えずにいつも飛び出すんだ。

 ボクにその馬鹿みたいなお人好しっぷりを、その身その行動で教えてくれた張本人。

 ボクと同じ不幸体質なのにも関わらず、何事にも挫けずにどこまでも真っ直ぐで、困っている誰かがいれば必ず助け出そうとする。



 ──偵氏(ウカウジ)・J・アレックスは、そんな奴だ。



「ありがとう、助かったよ」



 拭いたボサボサの髪から、キラキラと水滴をまき散らし、助けられたその男は爽やかな笑顔で偵氏に礼を言って、手を差し出した。

 幾重にも重ねられた上着を着けた浮浪者みたいな格好。ホームレスにしては若いな。偵氏が握手に応えると、手を握りながら男は顔を近づけた。近い近い。



「ああ、本当に楽になった」



「ええっと……大丈夫っすか?」



「うん。僕は運がいいね。キミ達に会えてよかったよ」



 至近距離の笑顔に気圧される偵氏。まあ、これでウカウジって読むのかどうかは甚だ疑問だが。

 そんなかんじで自己紹介を求められてボクも名を名乗る。お礼をしたいそうだが、ボクらはこれから学校があるので、またの機会ということになった。別にもうこんな怪しい奴に会いたくないけど。手を振って別れる。



「すげぇな。あの人の眼、金色だったぞ」



 お前も外人の血が混ざってるから、めんたま青いけどな。

 それより、ホモに好かれる素質もありそうだから気を付けろよ。



「あ、そうだ」



 偵氏がバッグを漁り、封筒を取り出してボクに差し出す。マジックの太い字で、『玉ねぎ』と書いてあった。



「なんか帰る途中で拾ったんだけど、お前のだろ? 大金じゃねぇか。今度は大切に持っとけよ」



 ボクはそれを受け取ると震えながら膝を突き、天下の偵氏様に向かって、粛々と深く頭を垂れた。



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