9. 現在の時間を思い出してください
これにてようやく1日目が終了です。
最終改訂9/18
――――その後。
神の神託により勇者とその娘は皆に祝福され、結ばれました。
そして末永く、幸せな家庭を築きましたとさ。
めでたしめでたし。
―――――― ※ ――――――
「…………てな話はどうよ。そのままいきたいけど一応近親相姦は私も禁止してるし、後々問題が発生する可能性が無いとも言えないから、とりあえず貴方達は義理の親子設定で。これなら問題なくいけるでしょ」
そう言って力強く突き出された親指。その姿に後光がさしている。
「いけるかぁぁぁぁ~~~っっ!!!」
直後、勇者の叫びがそんな空気を切り裂いた。
「あ、正気に戻った」
あの直後、あまりの言葉に立ったまましばらくどこかへ旅立っていたようだったが、ようやく戻ってきたらしい。
勇者が立ったまま気絶している間に、語るのも1時間近くかかる程の壮大な御伽噺が一つ出来上がっていた。話しの内容を要約すると、幼女から自分好みに育て上げる男の話しだ。
……はて?どこかで似た話があったような……。
「どんな話を捏造してるんだ!!」
「あらいいじゃない。大国の歴史書なんて、基本自分の国にとって都合のいい話しか載せて無いでしょ。それに広く一般大衆に親しまれている子供向けの童話も色々と改ざんをされた話だし。まあ改編したのは子供にそのまま読ませるにはあまりにも血に塗れてるからやばかった、て理由なんでしょうけどね。作られた当時を考えると時代背景黒々してるから、事情も事情だけどそこは色々あるって事で。その点こっちはほら、それらの捏造書物に比べたらほぼ本当の事しか書いてないでしょ。内容的にもそのまま書いたほうが面白……じゃなかった。そのままでも問題ない内容……あら?そのまま実行しようとしてるから、童話じゃなくて史実って事になるのかしら?ま、どっちでもいいか。それにしてもすばらしいでしょ。こんな立派なお話が残されるのよ」
すばらしいどころか微妙すぎる上に、本人にとっては一歩間違えれば恥でしか無い。おまけにそれが後々まで書き残される上に、世界中の人間に読まれるのだ。
もはや拷問と言っても差し支えは無いだろう。
「それに勝者の言い分を敗者には否定する権利なんて、まったく無いんだから」
止めとばかりに鬼のような理屈を説かれた。
さすがにこの言葉には勇者も黙ってはいられなかった。
「俺は敗者じゃない!!」
「あら、ボロ負けしてたじゃない。そのせいで今の状況なんでしょ」
クスクス笑う女神に、勇者は顔を引きつらせる。
「まさ、か……見てた、のか」
思わず脳裏に蘇るあの屈辱の瞬間。
ただの通りすがりの普通の少年と思っていたら、一皮剥けば恐ろしい猛獣……という表現も生易しい程の存在だった、なんていう悪夢のような思い出。
「ええ。もう、じっくりと。思わず涙をぬぐっちゃうほど面白い見世物だったわね」
にっこりと笑いながら告げられた言葉に、勇者はこぶしを震わせながら耐えた。
こんな性格破綻したのが……とも思ったが口をつぐむ。賢明な判断である。
「本当に面白い見世物だったのよ。もう滑稽なぐらい彼の地雷を踏みまくった姿、そのせいでズタボロの姿にされた挙句、呪われて現在に至るまでの状況」
女神は魔王に向かってもうこれでもかと楽しそうに語り、その背後ではその女神を睨み付ける勇者の対比に、魔王もさすがにコメントは控える事にした。あの勇者の黒いオーラは怖すぎて、再び見たいとは思わなかったからだ。
それ以上に気になる事はあった。
この世界で最強となったはずの勇者を、そんなにも簡単に叩きのめすほどの者がまだ存在していた事がどうしても信じられなかった。
「勇者を倒すほどの者が、いるのか?」
この言葉に、女神は苦笑しながら答えた。
「いるのではなく、いた、よ。彼は今、この世界には存在しないから」
「?意味が分からないのだが」
「彼は……とある事情で『世界』を巡り続ける人間よ」
人間、という言葉に激しく反応したのは意外にも勇者だった。
「なにぃぃぃ!!あれで人間!?何の冗談だ。あれで人間の括りにされたら俺らなんて虫けらレベル、平均一般市民はそこら辺の石ころと一緒じゃねぇかよ!!」
勇者の叫びに、女神も少しあきれたような表情を浮かべる。
「……ひどい偏見ね。まあ、この世界で最強となったはずの貴方を、あれだけぼろぼろにした人物を人外と思うのは仕方の無い事かもしれないけれど。でもあれほどの力を持っていても、未だ人の括りにはいるのよ。彼は」
「マジかよ」
「ええ。でも彼はその力を疎んでいる。彼もまた平凡な人生を望んでいて、結局得る事の出来なかった人なのよ」
告げた女神の言葉の内容に、何かに気付いた勇者は嫌な予感を覚えつつ問いかけた。
「ちょっと待ってくれ。非常に聞き捨てなら無い言葉があった気がするんだが…………あいつも平凡な人生を望んでいた、って言ったか?」
「あら、ようやく気付いた。だから言ったじゃない。特大の地雷を踏んだって。貴方が嬉そうに語った事が彼に取って特大の地雷も地雷。そりゃ八つ当たりされても仕方ないと思うわよ」
満面の笑みで告げられた言葉に、勇者が再び錯乱したのは仕方の無いことだと思う。
自分の望みと相手の望みがうっかり同じだった挙句、現在の状況は相手に八つ当たりの嫌がらせをされた結果、なんてあまりにも悲惨過ぎる。
とりあえず私はこの勇者は怖いので、彼が落ち着くまで部屋の隅っこに避難させてもらった。
―――――― ※ ――――――
どれぐらい時間がたっただろうか。
ひとまず勇者も落ち着いたが、現在の状況は膠着状態。
はっきり言って、もうどう収拾すればいいのか分からなかった。
女神は「貴方達二人がくっつけば万事丸く収まるんだから」と言って譲らず。
さすがにそれはどうかと思う。一応親子ですから。ついでに言えば、私達の意思は丸っきり無視されています。
勇者は「娘は愛でて何ぼだ。ってか、神が自ら理を破ってどうする!」と言って一歩も譲らず。
勇者。最初の一言は、それはそれでかなり問題発言だと思うのは私だけだろうか。
魔王は口を挟む隙の無い二人のやり取りに、ぼんやりとそんな感想を抱きながらその内容に耳を傾けていた。
この膠着状態に、女神もどうしようもないと判断したのだろう。
「む~、じゃあ妥協案として……」
そう言いかけた瞬間。
キュキュゥ~~~~……。
切なそうな音が二人の間に響き渡った。
「…………」
「……………………」
二人して無言で音のした方を振り返る。
なんともいえない感じの二人の視線を受けた魔王は、お腹を押さえつつ身を縮め言った。
「……す、すまない」
そんな彼女の様子に、だが勇者は少し苦笑しただけだった。さらに言えば、どこかほっとしているような感じも受けた。
「いや。考えてみれば夕食の準備もしていなかったな。急いで食事の準備をしよう。じゃ、話はこれでおしまいだ」
そう言いながら魔王の頭をなで台所へと向かう勇者を、女神は呼び止めようと声を荒げた。
「ちょっと、まだ話しは終わってな……って、もういない!?」
あまりのすばやさに、女神も思わず言葉を失う。
「す、すみません」
しょんぼり、といった感じで謝る魔王に、女神は苦笑しながら言った。
「いいのよ。そろそろ引き際と思っていたから」
……あの激しい舌戦で引き際?
「あ、はあ。そうですか」
本当に諦めたのか怪しいが、あまり突っ込まない方がいい気がする。
「これですんなり決まると思ってなかったから、別に気にしていないわ」
そう言って肩をすくめる女神の姿に、魔王は思わず内心突っ込んだ。
もしかしてまだ続くのですか、この問答……?
「そう言えば聞いてなかったけれど、貴女は彼の事をどう思っているの?」
「どうとは?」
唐突な質問に思わず首を傾げる。
「見た感じでは恨んではないみたいだけれど」
「ああ。そのことですか。勇者には感謝こそすれ、恨むような想いは一切ありませんよ」
「じゃあ好き?嫌い?」
さすがに、この質問の隠れた意図に気付かないほど鈍くは無い。
「さりげなく実行しようと企んでませんか?」
「ちっ。やっぱりダメか」
「当たり前です」
「二人にこれ以上嫌われたく無いから、本当にここら辺が潮時かしら」
ため息をつくと共に小さく言った。
本当に諦めたのか甚だ疑問だったが、最後の一言と共に女神の雰囲気が最初のときより幾分和らいだ事に気付く。どうやら本当に諦めてくれたのだろう、と思い気を緩めたが、次に言われた言葉にしばし固まる。
「八割ぐらい本気でくっつけようと思ってたけど、これ以上ごねると逆に何しでかされるか分からないから今回は本当に諦めるわ」
「は、八割!?」
今回は、という部分も気にはなったが、それ以上に聞き捨てなら無い一言である。これを聞く限り、ほぼ本気で実行しようとしていたらしい。
「あんまり勇者がごねるようだったら、残りの二割もプラスして本気で神託でも適当に落っことして強制的にくっつけようとも考えてたんだけど、あれほどまでに鮮やかに逃げ出したって事は、バカでも勘は良かったみたいね。そんな気配、おくびにも出さなかったはずなんだけどなぁ~」
最後の一言は本当に小さい声だったが、だがしっかりと魔王の耳に届いていた。
「…………」
勇者、お前の危機察知能力は神にも認められたぞ。
本気でお前のその神がかり的な勘には感謝する!
―――――― ※ ――――――
就寝前。
そういえば、と唐突にある事を思い出していた。
かつて私が魔王として在った時の事だ。
勇者を手っ取り早く鍛えようとさまざまな罠を用意したのだが、彼はそれを意識的もしくは無意識でほぼ全て回避していた、という事があったことを思い出していた。
ただし、それは一人で旅をしていたとき、と限定される。
仲間たちが増えるにつれ罠にかかる確率が増えていき、最終的にはほぼ100%引っかかるようになっていた。
面白そう、楽しそう、次の宝物は何かな、と期待に胸を膨らませる仲間達。
反面、嫌がっているのを無理やり仲間たちに引きずられながら連れて行かれる勇者。
ああ哀れ、と涙をぬぐうフリをしながら肩を震わせたのは懐かしい思い出だ。
がんばって用意したイベント(ご褒美付き)が、無駄にならずに済んで嬉しかった思い出でもあった。
……長かった。
それにしても『勘に感謝』発言。洒落のつもりは一切無かったはずなんだけどなぁ。




