衝撃的な再会
という訳で、『魔族配下との再会三部作(笑)』第二部お送りしまっす。
それは、あまりにも突然の訪問だった。
目の前に突然現れた人物には、どちらかと言えば複雑な思いしか無かった。
一番憎くて一番恨めしい存在。
一番尊んでいた方の、一番の望みを叶えた存在。
勇者。
あの戦い以後、一度も会うことは無かったのに、なぜ今になってここを訪れたのか。
当時、共に戦っていた仲間たちから彼のその後の噂は聞いていた。
どういった訳か謎の人物に勇者が呪われ、当時の姿を保ったままだと。
目の前に立つ勇者の姿は確かにあの時と変わらない姿のままで、それを見たメティアの思いは幾分複雑だった。
まるで昔に返ったかのような。陛下がまだいたときのように……。
数十年ぶりの再会に、お互い口も開かずただ見つめあうだけだったが、最初に口を開いたのは勇者の方だった。
「あの最後の時、お前達が何故俺に敵意を向けてきたのか。そのことがようやく理解できたよ」
あまりにも唐突な言葉の意味が解らず、メティアは勇者に訝しげな視線を向けた。
「俺達に協力をしてくれていたのは、魔王がお前達に指示していたからなんだな」
その言葉に、メティアは思わず目を見張った。
「何故、お前がそのことを……」
それは、勇者が知るはずの無い事だった。
勇者を鍛え、そして自らを討つに足る力を得させること。
それが陛下の望みで、願いだった。
私達にとっては、あまりにも残酷な望み。
例えそれが陛下の望みである事を理解しようとも、それでも納得する事とは別物だ。
真実を告げれば、もしかすると勇者は違う道を歩むかもしれない。違う道が選べたかもしれない。
だがそれは陛下の望まない道。
だからこそ私たちは何も語らずただ勇者を導き、最後の時ですら決して語る事はしなかったし、しようとすら思わなかった。
そして全てが終わった後も、なにも語らず別れたはずだった。
だが今になってなぜ、勇者がそんな事を知ったのか。
今更という思いと、誰がという思いで、メティアは内心混乱していた。
誰一人として勇者に教えることの無かった事実を、これだけの年月が過ぎ去って語ったことに、内心怒りがこみ上げてくる。
「あいつの望みを叶えるため……か」
「その通りよ。でも今更そんな事を知ったとしても、過去は何一つ変わらないわ。そして、私があなたを憎むことも」
「ああ、そうだろうな。俺もあの時はそれしか方法は無いのだ、そう信じていたからな。他の事を知らされたとしても、そう簡単には信じられなかっただろうさ」
苦笑を浮かべる勇者の姿に、訝しげな視線を向ける。
何故こんな話をしているのだろうか、と。
「尊ぶべき存在を討たれたのであれば、その討った相手を憎むのは当然だ。長い事悩んでいた理由が分かって少しはすっきりしたよ」
そう。
私達が敵対していたのは魔王陛下だった。全てを操る憎むべき存在として。
だが、その魔王陛下を討ったというのに、なぜ憎しみの視線を向けられるのか。
その事に疑問を持つのは当然といえるだろう。
「何故今頃になってここにやってきたのだ」
何故か勇者はその問いにあえて返答することなく、ただ一言。
「一度、俺の住んでいる所に来てくれ」
あまりにも唐突な言葉に訝しげな視線を向けたが、勇者はそれ以上何かを語ろうという気は無いようだった。
だからぶっきらぼうに一言、「気が向いたらな」と返した。
だがその返事に満足したのか、そのままきびすを返し去ろうとする勇者の背に、思わず問いかけた。
「東の外れの孤島にまで足を伸ばしたのは、自分が死んだと思わせるためか?」
あまりにも唐突な問いに勇者は踏み出していた足を止め、逡巡するも小さく「ああ」と返事をしそのまま立ち去った。
去っていく勇者の背を見つめながら思い出していた。
メティアは戦いの後、勇者を憎まずにはいられなかった。
陛下の望みを叶えてくれた存在。だが、大切な存在を奪った憎むべき者。
そして幾度か命を狙おうと後をつけた事がある。
だからメティアは知っていたのだ。
勇者が東の外れの孤島に行った理由がそれだけでは無い事を。
幾度か訪れた時に、見つけたもの。
そこにあったのは、名も無き墓。
何のために作られたものか、それは作った勇者しか知らない理由。
だが一度だけ偶然、勇者がポツリともらした言葉を聞いた事があった。
『同じなのに、何故……』
その乞うような響きにメティアは自分のしようとしていた事を忘れ、ただその姿を見つめていた。
同時に、その言葉に気付いた。
勇者が同じと口にした存在。そしてどこか痛みを堪えるかのような表情。
そのときこの場所が何なのか、漸く理解出来た。
ここは彼の方の―――陛下の墓なのだ、と。
敵対していたはずの存在に、何故一番憎むべき存在である勇者がこんなものを作るのかが理解出来なかったが、それは勇者にしか分からない理由があったのだろう。
それ以後、勇者をつけ狙うことを止めた。
―――――― ※ ――――――
何故、今頃になって呼び出されたのか。
メティアには、勇者が彼女を招待する理由が一切分からなかった。
だが一度は訪れてもいいか、という思いのままに初めて足を踏み入れた。
あの戦いの後にできた村。
現在勇者の住んでいる場所は、絵に描いたような平穏を感じさせる暖かな村だった。
ゆっくりと村の様子に視線を向けながら歩をすすめる。
穏やかな村だ。
メティアは背後から近づいてくる気配に、信じられない思いでいっぱいだった。
まさか、と思いながらも忘れたくとも忘れられない気配にメティアも胸の内が高まるのを抑えられなかった。
今となっては思い出の中にしか存在しない面影を追いかけ、振り返る。
「へい……か?」
振り返った先になにも無い予想外の光景に、思わず言葉の語尾が下がって上がった。
そして視界の下の方から気配がすることに信じられない思いのまま恐る恐る視線を下におろすと、そこにいたのはかつて記憶していた麗しい姿の魔王の姿ではなく、栗色の長い髪をした非常に可愛らしい姿の少女が居た。
一方、魔王の方も振り返った女性を見つめて信じられないような表情を浮かべた。
「ま、まさか……メティア、なのか?」
驚きの表情を浮かべ再び再会したかつての王と配下。
だが二人は再会の喜びよりも、目の前にある出来事をどのように処理しようかという考えに埋め尽くされていた。
しばらくして、いくら経っても帰ってこない魔王に業を煮やした勇者が外へ出てしばらく歩くと、そこには道の真ん中で固まる大小二つの人影を見つけた。
二人の様子に大体予想していた勇者は、やれやれと頭をかきながら近づいた。
そして固まったままの二人に勇者も何とか正気に戻ってもらおうと声をかけると、ようやく起動したがメティアは理解が追いつかないのかいまだ信じられないように魔王を凝視していた。
このままここで固まったままでも困ると思い、こうなった経緯を簡単に説明した瞬間、メティアはキレた。
「貴様、陛下にあんなことやこんなこと、××××や×××などといったいかがわしい事をするために……」
「ちょっと待て!何で無い罪をアレやコレやとでっち上げているんだ!人を勝手に犯罪者予備軍みたいに決めつけているんじゃねえよ!他人が聞いていたら即逮捕に繋がるような言いがかりをつけるなぁぁ!!!」
「こんなに可愛らしい陛下の姿に一変のやましい気持ちも起こらないと?そもそも陛下をこんな愛らしい娘へと変えておきながらよくもそんな事をぬけぬけと」
「メティア、ちょっと待て!俺がこんなことを仕出かしたとでも言うのか?それこそ冗談じゃ無いぞ。俺は純粋に娘が出来て嬉しいと思っていた矢先に、こんな事になったんだ。むしろ俺は被害者だってんだ!!」
「な!貴様、よもやまさか近親相姦を狙って!?なんて非道の犯罪者!!」
「誰が好き好んでこんな天然危険物を娘にしようなんて思うか!」
「この万年二十代の無節操男!」
二人してギャイギャイ賑やかに罵りあう姿を眺めていた魔王は、なんだか楽しそうだったので仲間に入れてほしいな、などとずれた感想を抱きながらふとあることを思い出した。
もしやこれは、最近教えてもらった『喧嘩するほどなんとか』とか『犬も食わぬなんとやら』というやつか、と。
魔王、かなり違います。
突込みどころ満載な状況ながらも、誰一人として突っ込む者が居なかった。
というより、村の中心ともいえる道の真ん中で遣り合っているというのに、誰一人として通行するものが現れなかったのである。
それは武器などを抜いていないはずなのに、殺気を放ちつつ喧々囂々とやり合う二人の間に乗り込む勇気あるものがいるはずも無く。
更に言えば、誰もが不穏な危険の気配を察知し、触らぬ神に何とやら、を決め込んでこの道から逸れて通行しているためだった。
そのため、この無法地帯な状況を止めるものは誰一人として居らず、道の真ん中でしばらく続くのだった。
―――――― ※ ――――――
帰宅したロディスがまず目にしたのは、テーブルに突っ伏した状態のメティアの姿だった。
最初は寝ているのか、とも思ったがすぐさまそうではないことに気づいた。
「おのれ、勇者め……」
テーブルにこぶしを叩きつけ呻くようなこの呟きに、ロディスはおや、と思った。
勇者の名が会話で出てくるのは本当に久方ぶりだ。
あの戦い以後ほんの数回名が出ただけで、それ以後出てくることはなかったのに、今になって何故その名が出てくるのか。
不思議に思い、おもわず聞いていた。
「何か、あったのか?」
その問いに、恨めしそうな視線を向けてこういったのだ。
「ロディス。今日という日ほど勇者を呪わしく、恨めしく、ちょっと感謝しつつも憎まずにはいられない日は無い!!」
あまりの言い様に、首を傾げる。
矛盾だらけの言葉に、理解が追いつかなかったからだ。
「以前、お前が人の国でケーキを買って来てくれた事があったよな」
「ああ。お前が気に入って、度々買ってきているな」
「…………そのケーキを作ったのが、勇者だと知っているか?」
「はぁ?」
「正確には原型のアイディアを提供したらしいのだが……」
そう言って再び呻く。
聞き間違いか、と思ってメティアを見つめるが、こぶしをテーブルに叩きつけたままその状態で怒りに震える様子に、どうやら真実と悟った。
「いや、それはまた……」
ご愁傷様で、と告げるべきか。
だがそんなことを言った場合、さらに機嫌が下降するとおもい口を噤む。
そして視線を横に向けると、そこには空になったケーキの箱が積み上げられていた。
最初にその存在に気づいてはいた。
何故とは思っていたが、話を聞いてその理由が察せられた。まあ一言で言えば、やけ食い、というやつだろう。
「その上、陛下が……」
さらに予想だにしていなかった人物が口に登ったことに、驚きに目を見張る。
あの戦い以後、一度としてその名が会話に登る事はなかったはずなのに、何故に今更。
何かを思い出しているのか、叩きつけたこぶしがさらに震えた。
「……ロディス」
「なんだ?」
「…………」
「?」
「………………」
「??」
名を呼んだ後、何かを言おうとして口を開くも何もいわないメティアの様子に、さらに首を傾げた。
そして呻きつつ顔を再び伏せてしまったのである。
いつもとまったく違う出来事である。
「何か、あったのか?」
その問いに、ゆるゆると顔を上げたメティアは涙目で一つ頷く。
「何があったんだ?」
そう問うた瞬間、メティアの面に様々な感情がよぎった。
一番強く残った感情は、喜ぶべきか悲しむべきか、というものだったように思う。
不思議に思いながらも、辛抱強く口を開くのを待った。
「ロディス」
「何だ?」
「こんなことがありえると思うか?」
「?」
「私は、過分にしてこんな事は聞いた事も無いし、ありえないと思っていた。いや、もう会えないのだと諦めていた」
一体何の話だ、と思いつつも口を挟まずに耳を傾ける。
「私としても、これは実は夢なんじゃ無いかと思っている程、現実味が無い話なんだ。でも、現実に実際会ったわけで夢じゃ無いからこそ喜ばしいけど、恨めしいのもあって憎憎しくも感じるのだが……」
「メティア。何がいいたいんだ?」
「ロディス」
「だから一体何があったんだ」
「…………陛下が」
「あ?」
「陛下が、戻られた」
「はあ?」
思わず素っ頓狂な声が上がる。
当然だ。
あの時確かに彼の存在が消滅したのは、皆が感じ取っていた。
あれほどまでに大きい存在の消失は、誰にも間違えようがなかった。
二度と会えないのだと、慕っていた者達の誰もが涙していたのはロディスの記憶の中には未だに残っていた。
「メティア。それは冗談にしては」
「うん。冗談であればどれ程よかったか。いや、だが戻られた事が嬉しく無い訳でも無いのだが、戻られた先が一番問題な訳で……」
「メティア!」
メティアが混乱しているのは分かるが、それ以上にこちらも混乱していた。
亡くなられた方が、どのようにして戻るというのか。それも50年以上も経た現在に。
「ロディス。今日な、勇者の家へと行って来たんだ」
珍しいと思いつつも、先の話にどうつながるのか更に疑問が増える。
陛下を心酔していたメティアだ。同時に陛下を討った勇者を心のそこから恨んでいたのをロディスは嫌というほど知っていたからだ。
「そこで勇者の娘に会ったのだが……」
「ああ」
「その娘が陛下だった」
「はあぁ!?」
冗談だろ、という思いでメティアを見るが、メティアは困った表情で言葉を続けた。
「私も正直これは冗談なのだと思っていたのだ。夢なのだと。数日前に、突然勇者がここにやってきた。娘を見に来い、と言って。今更何故そんな事を言いに来たのか不思議だったが、珍しく勇者も真剣な表情で言ってきたから、何かがあると思って行ったのだ」
と言って語られた内容に、ロディスも唖然としてしまった。
陛下が戻られた。
それも勇者の娘として。
詳しく聞くと原因が神だという話なのが更に謎なのだが、そこら辺りは勇者も陛下も共に言葉を濁していたらしい。
何かそれ以外の要因も色々あるらしいのだが、二人してそれはなかった事にしたい出来事だったらしく、それ以上は追求不可と言われたそうだ。
それにしても、ロディスは考えた。
勇者宅でメティアが一番ショックを受けたのが、勇者の料理の腕前だったらしい。
陛下から直接語られたのだが、勇者は本当に色々とあちこちでやらかしているのだ、と教えられたそうだ。
その一つに、彼女が気に入っているお菓子の存在があったらしい。
発案したのが勇者だと知った上に、それをデザートとして提供されたメティアは、その美味さに驚いたまでは別段問題なかったのだが、それら全てが勇者作と知った上に、陛下が殊の外勇者の食事を気に入られている事実が許せなかったのだそうだ。
まあ簡単に言えば、自分以上の腕前を持つ勇者に嫉妬したと言ったほうが早いだろう。
帰り際、メティアは陛下に一緒に来ないかと誘ったらしいのだが、それは断られたそうだ。
その断り文句も、
「うーん。行ってもいいが、だが勇者の毎日のおやつは捨てがたいのだ。いつか機会を作って、一度は皆の所へ会いに行くよ」
その言葉を言った後、メティアが悔しそうに「お菓子に負けた……」と再び呻いたのが印象的だった。
全てを聞き終えてから、ロディスは天を仰ぎ思わず呻いた。
一体何がどうなってそうなったんだ、と。
とりあえず、投稿します。
正直、これでいいのか悩。
直しは後日まとめていたしますのでご容赦を。
次回予告もどき(前半部分一部紹介(笑))。
「ブゴブゥッッ」
いつの間に背後に回ったのか、ロディスは一切の躊躇いも手加減を見せることなくガシュガルを落としていた。
手に持っていた釘バットの血を払うと、メティアに向かい何の感情も浮かばない一辺倒の声音で一言。
「アレは無しで」
「そうね。アレは無しにしましょう」
メティアはそう言って、倒れ伏したガシュガルを簀巻きにし離れの物置へと転移させた。