21. アマルさん騒動、再び
煮詰まってます。とりあえずプチ復活。
後半は分けることにしました。
最終改訂4/11
村の中を歩いていた最中の出来事だ。
「そう言えば、アマルさんと言えばなんかあったよな」
突然の魔王の言葉に、勇者の足が一瞬止まった。
「な、何か……あったか?」
「いや、恐ろしく執念深いと言うのは前回の話でよ~~く理解できたのだが、まだ何かがあるとか言っていなかったか?」
魔王のその言葉に、初めて出会った時の会話を思い出して「ああ、そういえば」と呟いた。
前回もう一つの理由を明かさなかったのは、簡単だ。
あれには非常に時間がかかるのだ。その上、精神的に疲れる。
「もう一つの理由な。あれは口で説明するよりも、見たほうが一番理解しやすいんだよ」
その言葉に魔王は首を傾げた。
魔王の姿を横目で見ていると、都合よく目の前に噂していたアマルの姿が。
勇者は「あれ面倒くさいんだけどな~」などと小さくぼやきながらも、「後に回すとそれもまた面倒だからな~」と呟いた。
意味不明な言葉に、さらに魔王は首を傾げる。
そんな魔王にチラリと視線を向けて一言。
「覚悟を決めろよ」
「は?」
思わず呆けていると、勇者はそんな魔王に構わずアマルに声をかけた後、こう言ったのだ。
「そういえば、研究の方はどうなりました?」
その瞬間、目の前にいる女性の雰囲気が一変した。
「あら、ジェイスさん。私の研究の事覚えてくださってましたか!」
喜色満面の上にこぶしを握って語る気満々な姿は、それまで普通のお母さんの雰囲気が一瞬にして消えうせていた。
「あれ?」
思わず首を傾げる魔王をそっちのけで、アマルは残念そうに口にした言葉が、
「それがなかなか見つからないんですよ。紫の瞳を持つ生き物って」
魔王もこの言葉には、さすがに冷や汗一つ。
「色々と各地に調査の手を広げているんですけど、なかなかその網に引っかかってくれないんですよね。時折別のものが引っかかるから、それも困ってるんですけど」
そう言って勝手に語り始めた話は、魔王も本気で逃げ出したくなった。
彼女の研究に対する熱意は本物であり、むしろその頑張りようは思わず応援したいと思わせる程のものであった。
ただし、自分達にまったく関わりなければ、の場合だ。
言葉の端々で『祝福云々』と言っていたはずの単語が、最終的には『貴重な研究材料が云々』に変化していた。
魔王は思わず本気で回れ右、をしたくなっていた。
「……とまあ、彼女にこの関連の話題を振った場合このような目に遭う、という事だよ」
どこか遠い目をして、熱く語り続けるアマルの姿を見るともなく眺める勇者の姿に、この話題はまずいのだと心に深く刻み込んだ。
熱く語り続けるアマルを眺めながら、魔王はふと気になった事を聞いてみた。
「勇者。もしうっかり勇者が勇者とバレた場合、どうなるんだ?」
「……あれを見てそれを聞くか?」
――まったく、本当になかなか見つからないから、シェファンダにある騒動の種を叩き潰そうと考えてたんですけどね。ああ、大丈夫。先ほど言った余計な情報って、そういったものも引っかかってくるんですよ。元凶が分かっているから、後はどう叩き潰すか、という問題だけなので……
などと違う方面に話は発展していた。
一瞬どんな情報網を持っているんだ!?と考えたが、ひとまず横に放置だ。
「いや、あのな」
「ばれた場合、確実に、彼女の実験材料として、はた迷惑な状況突入だが」
どんな状況かは想像したくも無いが、うっかりバレたいともバレて欲しいとも思わないお言葉である。
「えーと、万が一ばれた場合、どのような事が起こりうるのかを知りたいだけ……」
そういった瞬間、勇者の目が魔王を捉えた。
ブリザードが吹き荒れるような目つきだった。
「という事は、お前、うっかりバラそうとか考えているのか?」
久しぶりのブラック降臨に、全力で首を横に振る。
「魔王。もしお前がうっかりでもバラした場合、俺は確実に、彼女にお前も祝福を受けていたという事実を話すからな」
目が本気だった。
「か、彼女も普通の人間なのだ。さすがにあの魔の領域の最奥までは無理だろ……う?」
まさか無理だろと思いつつ引きつった表情で言った魔王に、逆に勇者はそれはそれは素晴らしい笑みを浮かべた。獲物がかかった、と言わんばかりの。
思わず魔王が後ずさりするほどの、恐怖を感じさせる笑みだ。
「彼女にまつわる話にもう一つこんなのがあってな」
「へ?」
「俺がかつて消息を絶ったとされた、イグジオラと呼ばれる東の孤島があるんだが」
その名前は魔王も耳にした事があった。
簡単には辿り着けないとされているはずの場所、と聞いた事がある。運が悪ければ、確実に海の藻屑になると有名な場所のはずだ。
勇者が何故にそんな場所へ行ったのか疑問が残ったが、それ以上に勇者の語ろうとしている話の続きの方が気になった。
「俺も当時、周囲の状況に辟易してたんだ。お前を倒したって事で周囲が面倒な方向に盛り上がってたんだよ。正直迷惑でしかなかったんだが……いやまあとにかくだ。あんな僻地に行ったらその後の行方は不明になっても問題なくなるよな、と考えたのもあって行ったんだ。そう簡単には行け無い場所だ。行ったきり姿が見えなくなりゃ死んだとでも思ってくれるだろうと考えたんだ。結果、予想通り大多数は俺が死んだものだと判断してくれた。くれたんだが……よもやまさかそんな場所まで行く人間がいるとは思ってもいなかったよ」
「ほえ?」
思わず呆けた表情で、勇者を見つめる。
「実際行ったんだよ、彼女は。どんな強運だか知らないが、行って無事帰って来た、という強者さ」
目を爛々と輝かせながら熱く語り続けるアマルの姿をを横目に、淡々と勇者は一言。
「それで魔王。何か言い残す事はあるか?」
どこまでも平坦な勇者の口調に、それら全てが真実である事は理解出来た。
つまり、このまま行けば確実に勇者は話す。道連れにされる。彼女がどういう人間なのかは理解できた。どんな困難があろうとも、それを突破するほどの意欲がある。運もある。彼女の研究ど真ん中であるのだから確実に彼女は、魔の領域であろうとも非常に危険な場所であろうとも絶対に行くだろう。
という事はつまり、私の過去も色々と暴露される…………。
「すみません。ごめんなさい。それだけは勘弁してください」
素直に頭を下げた。
「分かって貰えてなによりだ。それで、俺が嫌がる理由も納得できたか?」
「絶対にばれないよう全力で努力します」
そんな会話の後、なおも自身の研究について脱線しながらも熱く語る女性を、二人してただ眺めていたのだが、魔王は我慢できずに聞いた。
「あの、それでな……勇者」
「なんだ?」
「あれ、何時まで聞いていればいいんだ?」
あれ、と指差した先には、未だに熱く語り続ける姿が。
なんだか別方向へ発展した話している内容は、いつの間にか美味いもの巡りをするついでにトラブルをどう叩き潰すかの方法論になっていた。
「言ったろ。覚悟を決めろ、と。…………彼女が正気に戻るまでだ」
勇者の何かを諦めたかの様子に、魔王も一つ教訓を得た。
勇者の表情から察するに、先は果てしないと悟り、魔王も諦めて同じように熱く語り続ける彼女の話にじっと耳を傾ける……のではなく、いつになったら解放されるのかをじっと耐え忍ぶのだった。