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17. 魔王の告白

何時に無く真面目な話になってます。





 娘が魔王と発覚してからはや1ヶ月。


 ……じゃ無かった。

 娘の中身が魔王となってからはや1ヶ月、だ。


 今回の発端は、ふと思い出した事が原因だった。


 俺の中でくすぶり続けたあの最後の戦いの時の記憶。



 魔王の紫眼(、、)がこちらを見つめたあの瞬間。



 問わずにはいられなかった。


 あの最後の瞬間……。





 俺が彼の胸を刺し貫いたあの時――――――あいつは何故、笑っていたのかを。



   ―――――― ※ ――――――



 魔王がいつも行っている場所がある事は知っていた。


 それはこの村全体が見渡せる裏の丘。


 最初に外に出た時に連れて行ったら、どうやらお気に召したらしい。頻繁にそこに向かっている事には俺も気付いていた。

 そしてその考えどおり、魔王はその場所にいた。


「何時もここにいるな、お前は」

 そう後ろから声をかけると、魔王は顔だけこちらに向け、

「ん?そうだな。気に入っているからな。ここは静かで村が一望出来るから好きなんだ」

 そう言って、穏やかな風が流れる光景に視線を戻した。


 しばらくこの穏やかな光景を眺めていたが、勇者としては今回は聞きたい事があってここまで来たのだ。何もせずにこのままという訳にはいかないと思い、躊躇いながらも口を開いた。

「あー、非常に聞きにくい事なんだが……」

「何だ?」

「あの最後の時の事なんだが」

「最後?いつの?」

 本気で分からないらしく首をかしげる。その姿がまたかわいらしいのだが、中身が魔王なのが真剣に悔やまれる。

「俺がお前に止めを刺した時の話しだ」

「おお。そう言えばそんなこともあったな」

 そもそも止めを刺された相手と刺した相手が、こんな風に憎み合う事も無く普通に会話をしている事自体がおかしい気もする。今更だが……。

 それ以上に、本気で忘れてたのかその事!?

「それで、何を聞きたいんだ?」

「……えらくあっさり聞き返された。じゃなくて、えーと。あの最後の時、何でお前は笑っていたんだ?」

「笑う?私は笑っていたのか?」

「記憶にないのか?」

「あー、いや。待て。…………えーと、最後のときと言えばあのときだよな。色々と考えながらやっていたから、記憶が一部あやふやで……うーん……」

 この台詞には、さすがに死力を尽くして戦っていた俺が哀れに思えて来た。


 俺、結構必死に頑張っていたんだけどな……真面目に戦ってたのにな…………。


 勇者に微妙な一撃をお見舞いした魔王はしばらく頭を捻っていたが、何かを思いだしたのか次にはなんだか微妙な表情を浮かべた。

 そしてこちらを窺うようにして、躊躇いながら口を開いた。

「一つ、誤解を解いておきたいのだが……」

「誤解?」

「あー、いや。でも、たぶんこれを言った場合、お前が怒りそうな気もするし……」

 何時に無く歯切れの悪い魔王の科白に、勇者は訝しげに視線を向けた。

「はっきりしないヤツだな。何が言いたいんだ?」

 勇者の少し苛立ったような様子に、魔王もしばらく悩んでいたが、しばらくして覚悟を決めたのか重い口を開いた。

「出来れば怒らないで欲しいんだが…………、実はあの当時、私は何も指示を出していないのだ」

「は?一体何の話だ!?」

 あまりにも脈絡も無い話の内容に、勇者は首を傾げた。はっきり言って意味が通じない。

「いや、これはあまり正しい表現でもないか。もう時効だと思うから言うが、お前と対決する少し前ぐらいからかな。魔王としてあの城にいた私は、ただそこに在っただけだった。つまり、私はただのお飾りの魔王だったのだ」

 その内容が理解できるに連れ、勇者にとっては理解しがたい言葉だった。

「どういう、事だ」

 呆然とした様子の勇者の言葉に、魔王も苦笑を浮かべる。

「そもそも私は、望んで魔王という立場になった訳ではないのだ。気付けばあの玉座に祭り上げられていた」


 何だ、それは……。


 ただ呆然と魔王の言葉に耳を傾ける。

「最初の私は、何も考えずにただそこに存在していた。神の話を信じるならば、おそらく私は落ちた瞬間にこの世界に存在したから何も無いのは当然の事だろう。そしてただ漫然と世界を見つめていたとき……ある日、小さな生き物と出会ったんだ」


 語られる言葉をただ静かに聞いた。



   ―――――― ※ ――――――



 勇者。私はね、最初は良かれと思ってした事だったんだ。


 そんな言葉で始まった、魔王の物語。



 始まりは、小さな弱い生き物だった。

 魔の領域に生きる生物は多種多様に渡る。そんな中で最初に出会った小さな生き物は、生き物のピラミッドの中では最下層に生きるものだった。ただ襲われ、喰われていくだけの力ない生き物。だから私はそんな力ない生物達に抗う力を与えた。そうして様々な生き物達に力を分け与え続けていった。

 その中に今では人の世では聖獣と呼ばれるようになった生き物も、愛玩用として愛されている生き物も多々含まれていた。


 お前も聞いた事はあるだろ、ジェズラの森の話は。

 多くの凶暴な魔物たちが蔓延る場所だ。そして非常に厄介な場所でもある。

 特殊な結界の張られた場所で、進入するのは容易いが出る事は非常に難しいとされる場所だ。力ない生物達は進入したはいいが、出られなくなりそのまま力を持った魔物たちの餌となっていた。

 そんな弱い生き物達は、私が力を与えた事によってあのジェズラの森から数多く抜け出せた。


 私はそうやって長い時を過ごしていたんだ。

 どれほどの生物たちに力を与え続けたか、もう覚えていない。



 数代前の魔王の時代は、この地に生きるもの全てが協力し合い生きていたと聞いた事があった。

 だが、その平穏を破ったのは『人』だったそうだ。


 人の一生は短い。


 長く生きたとしても、せいぜい100年足らず。

 そして、その人を導いていく者達の思想も常に変化し続ける。

 私がいたときには、自分達と違う全ての生き物が恐ろしい魔獣・魔物として忌避されていた。

 それを何とかしようと思ってしてきた。

 今では神獣と言われ崇められている生き物も達の一部も、かつては忌避されていたのだよ。


 そんな事をしながら魔の領域で日々を過ごしていたら、気付けば私は魔王という地位に持ち上げられていた。

 それが数百年前のことだ。

 丁度、代替わりの時期に入っていたのだが、どうやら先代魔王が私の噂を聞きつけて推薦したらしい。あの方も結構面白い御仁だったけど、問答無用で私に押し付けるのは止めて欲しい、と後でしみじみ思ったものだ。


 だが魔王の地位に就いたとして何をすれば良いのか、何も知らない私には何も出来なかった。

 ただ望まれたのは、力を与える事だけ。


 だから望まれるままに力を与え続けた。

 そうした日々を過ごしていたある日、私は知った。


 私から得た力を以てして、何が行われているかを。

 私が与えた力が、どんな結果を招いていたのかを。 


 気付いたときにはもう、すでにどうしようも無くなっていたんだ。

 どうすればいいのか。そんな悩みを持つ機会はとっくの昔に過ぎ去っていた。


 気付いたときには…………全てが、手遅れだった。

 だからどうすればこの状況を終えられるのか考えたが、それは簡単な事だった。


 私がいなくなればいい。


 それだけで全てが解決するのだ。

 私さえいなくなれば、魔物がこれ以上力をつけることも無くなる。無限の魔力の供給源も無くなる。これ以上、絶対的な力をふるって世界を無作為に蹂躙することも不可能となる。

 私さえいなくなれば、それだけで問題がほとんど解決するのだ。


 そう考えて行動を起こそうと思ったが、それには問題が少々あってな。

 以前の私であれば王城からたびたび抜け出したりと自由があったのだが、数百年ほど前に配下の一人に呪いをかけられてしまってな。あの王城から一歩も出る事が出来なくなっていた。


 だからお前には来てもらう必要があったのだ。あの場所、魔の領域の最奥に位置する魔王城まで。


 正直言えば、呪いを解く事は容易い事だった。お前も知っての通り、祝福を受けた私が本気を出せば呪いなんてもの、容易く解くことが出来た。だが呪いをとけば呪いを掛けた相手に全てが跳ね返る。私はそれすらも望んでいなかった。それ以上に、私にはそれをするだけの意思も、意味も無かった。

 あの時望んでいたのは唯一つ。


 私という存在の消滅。


 それだけだった。




   ―――――― ※ ――――――




「それだけ、だったんだ……」


 そう言って言葉を切った魔王。

 最後の一言は何かを堪えるかのように、うつむいたまま小さな声でそう言った。


 俺は正直戸惑っていた。

 何かを言うべきなのか?

 だが、何を言えばいいのだ。

 罵りか、それとも非難の言葉か。憐れみか、慰めか。

 どんな言葉を掛けようと考えても、どれも当てはまらない気がする。

 空回りし続ける思考のまま、じっと魔王を見つめていた。


 どちらも黙ったまま、どれほどの時間が過ぎたのだろう。

 しばらくして、うつむきながら彼女は言った。


「私はね、勇者。正直……お前が、羨ましかったんだ」


 そう言ってゆっくりと顔を上げた魔王はどこか憂いを秘めた表情だったが、それでもしっかりとこちらを見つめていた。




誤字脱字ありましたら報告お願いします。

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