16. 酒場にて
今回は、村の男達の視点からお送りしまっす。
猫事件の話もチラッと出てきます。
勇者と魔王の(科白)出番は、本日極少で。
最終改訂9/18
ここはカリスタ村の中にある唯一の酒場。
そこに、今日も村の男達が一緒になって酒を酌み交わす。
「今日もお疲れ~」
「おお~~」
それを乾杯の音頭に、皆が楽しそうに酒を飲みはじめた。
「今日はなかなかいい成果が得られたな」
そういって会話を続ける男達。
今日は月に2回ある村のイベント、『狩り物競争』の打ち上げなのだ。
イベントの内容は至ってシンプル。チーム分けしたグループで狩った獲物の巨大さを競うのである。
しばらくすると、程よく酒が廻ってきたのだろう。酒場には賑やかな声が響きはじめていた。
「そういやお前だっけ、ラゴス?来た時に笑える騒がれ方したのって」
「ああ、そうそう。誰だったか『美女に魔獣が襲われてる~!!』って駆け込んできたんだよな。最初逆のような気がしつつも見に行ったら、本当に魔獣のようにでかい図体した男が美女にバシバシ叩かれてるんだものな。さすがにあれも言葉が無かったな」
「そう言えばそうだったな。おまけにその叩かれていた理由ってのも、美女と駆け落ちしたまでは良かったんだが道に迷ったから叩かれていたって笑える話だ。手を引いていたはずの相手に、いつの間にか引っ張られていたなんてこれほど笑える話は無いな」
「いや、あの……。もうその辺にしておいて欲しいんだけど……」
「いーや。この程度で収めてなるものか」
「そうだそうだ。今回はお前においしい所を持っていかれたんだ。この程度で……」
などと周りからも声が上がる。
その後も続く言葉に、ラゴスと呼ばれた男は恥ずかしそうに顔を赤らめていた。一見すると魔獣のような図体だが、その表情は驚くほど穏やかだ。
「それにしても、此処はいい所だろ」
その問いにはラゴスもにこやかに返事を返した。
「はい。確かにここはいい所ですね。行く当ても無い俺達を受け入れてくれたのは、正直ありがたいと思っていますよ」
「おまけに村人も皆、色々と事情を突き詰めるわけでもなくすんなりと受け入れてくれる」
「そうなんだよな。ここに来て俺もようやく安心できたんだからな」
「そういやお前がこの村に来たのは何時だっけ?」
ふとそう問われたのは、この村にとって新顔と言えるリットだった。
「半年ほど前だよ。それにしても、ここは本当にいい場所だな。こんな俺でも普通に受け入れてくれたのだから」
「そういやお前もなんかトラブルに巻き込まれてここに来たんだっけな。良かったな。この村に無事辿り着けて」
「そうなんだよな。この村にやってきた連中って、皆何かしらの問題を抱えていたからこそここに居ついたんだものな」
そう言って周りを見回すと、皆同じように頷きあっていた。
「確かに。けど、この村を作った人間も普通の経歴をたどってないから丁度いいだろうさ」
「そりゃ言えてるな。なんてったって、ここの長老ときたらかつて勇者一行付いて行っていた一人だって話だからな」
「そういやあのじいさん、ここ最近その話をしなくなったな」
「あ?そうだっけか?」
「そういや最近その話を聞かないな」
「その理由だいぶ前に聞いた事があるぞ。確か……何だったかな?人生の不条理と空しさを悟った?だっけか?」
「はぁ?どういう意味なんだ?」
「俺もよくわかんねえんだがしみじみ語られた。あと、人生何が起きるのか解らないものだなぁ、って遠くを見つめながらぼやいていたのが異様に印象的だったのを覚えてるよ」
何だそりゃ、とか意味わかんねえぞ、などといった声が聞こえてくるが、いつの間にか話題は別の話へと変わっていた。
「そういやお前んとこの奥さん、子供が出来たんだってな」
「そうなんだ。こんな俺にもようやく子供が出来て嬉しいんだ」
そんな何気ない会話を聞いていた男が、ある言葉に反応した。
「子供っていえば……」
その言葉に、酒場の男達の反応は二つに別れた。
「ああ。この間の一件だろ」
「何の話だ?」
事情を知っている人間は苦笑いを浮かべ、事情を知らない人間はその様子に首を傾げる。
「ああ、お前らあの時いなかったから知らないんだよな。この間あった話でな、見知らぬ少女が魔獣を連れてジェイスさん宅へと向かってるぞ!って誰かが駆け込んできたのが発端だよな」
「ああ。それジェイスさんの娘の件だろ。さすがに、あれには驚いたな」
「そんなことがあったんだ」
「俺はあの時初めてジェイスさんって見たんだが、俺とあまり年が変わらないぐらいの人なのにそんなにすごい人なのか?」
「そういやお前は直接会ったのはあのときが初めてか。なら仕方ないよな」
何かを知っている一同はうんうんと頷き、その発言をした男に生ぬるい視線を向けていた。何故にそんな視線を向けられるのかが理解できず、男は眉をしかめる。
「ジェイスさんだから問題ないと思っていたけど万が一、という可能性も捨てきれ無かったから決死の思いで勇士を募って行ったんだよな」
「そうそう。けど、余計な心配だったよな」
「さすがにあのときのジェイスさんも驚いていたな」
「ああ。でもそれは俺達の格好に驚いていたから、ってのがおかしな話なんだよな」
「ええと、確かあの時言われた言葉は……」
『どこの魔女狩り集団がやってきたのかと思ったよ』
「そうだったな。こんな事を言ってきたんだよな」
「ひどい言い草だよな。俺達が必死の思いでやって来たってのに」
そう言って酒場に笑い声が響き渡る。
「まあ、あのジェイスさんだからそんな大変な事態になっても心配は要らないとは思っていたんだが……」
「予想をはるかに大きく離れた結果が待ってたよな」
男達の話を要約するとこうだ。
見慣れぬ少女が小さい魔獣を連れてジェイス宅へ向かうのを見た、と報告を受けたのが事の発端だった。
おそらく子供の魔獣だろう。だが幼い魔獣だからといって、そう簡単に人に扱えるような生き物ではないのは周知の事実。
何故一緒に普通に歩いているのか、という疑問もあったのだが、それ以上に向かった先がさらに危険だった。
その少女は、例え子供でも容赦をするとは思えないジェイスの家へと向かったのである。彼の恐怖を知っていた男たちは、むしろ一緒に行った少女の安否が心配された。
男たちは勇気を振り絞り、勇士を募って手に各々の武器を持ち向かったのだ。
そしてその先で見たものは……。
平和そうに手を振って、皆を迎えるジェイスの姿だった。
一瞬にして気が抜けそうなほど和やかに出迎えられた男たちは、何故ここに来たのか事の次第を話すとあっさりと一言。
「すみませんね。家の娘がお騒がせしたみたいで」
その一言に、男たちは驚愕した。
ジェイスがこの村に来てから一年経とうとするが、彼の娘を見たものは誰一人としていなかった。病気療養のため、という噂は男達も聞いた事はあったが本当に存在するのか長く疑問に持たれていた。
だがその噂の娘が、普通に魔獣と共に歩いていたのである。
その事を聞くと、
「ああ。娘が大きい猫を拾ってきたのは知ってますよ」
あっさりとした一言に、勇士一同、続けるべき言葉を失う。
通常の腕に抱えられるサイズの猫であれば、これほどまでに物々しい格好ではやっては来ない。
「心配はいりません。あの通りしっかりと言い聞かせていますので、人を襲ったりとかはしないはずですから」
そう言って指し示された方角を向くと、そこには愛らしい少女が魔獣を前にし、何かをしっかりと言い含めている姿が。
常識を本気で疑いたくなるような光景が目の前にあった。
「いや、ちょっと……」
思わずといった感じで何かを言おうとした男を別の男がすかさず止め、少し離れた場所へとつれて行く。
「え?」
彼は真剣な表情でその男に言った。
「あのジェイスさんの娘だぞ。よもやまさかの噂の娘だぞ。常識を地で破壊して普通に通行するような人の娘だぞ」
周りにはいつの間にか他の男達が集ってきていた。そして言われた言葉にうんうんと頷いていた。
「……」
言われた言葉の内容と周りの様子に、男も続けるべき言葉を失った。
そして駄目押しとばかりの止めの一言。
「そんな人の一族が普通で済むと思うか?」
「…………」
数秒黙考した後、彼も一つ頷いた。周りの男達の真剣な表情が、余計な事を言わないのが身のためだぞ、と言っていた気がしたからだ。
そして、
「ジェイスさんの娘さんでしたか。いや、それだけで色々と納得出来ましたので、我々はこれで失礼します」
そう言って皆頭を一つ下げると、やれやれ、といった感じで引き上げたのだった。
一方。
何がなんだか分からないうちに納得され、一人残されたジェイスは……。
しばらく呆然と立ち尽くした後、ただ一言。
「俺は納得いかんぞ」
という言葉を呟いた。
「「「………………」」」
話を聞き終えて、男達の間に微妙な沈黙が流れる。
「いや、まあ。ジェイスさんって、一見すると常識を弁えてますみたいな常識人に見えるのに、一皮剥けば俺達を軽く飛び越えるほどの非常識人だって事はここにいる皆が理解していることだよな」
その科白にジェイスを知っている一同、すかさずうんうんと頷く。
その暴言のような言葉を否定するものは、この場には誰一人としていなかった。否定するべき言葉も無かった、とも言えるのだが。
なんだか暗くなりかけた雰囲気を明るくしようと、別の男が新しい話題をふった。
「そういやジェイスさんと言えば、なんか面白い事をやっているって聞いたんだが」
その声に、周りの男たちはすぐさま食いついた。
「ああ、それな。確か『勇者と魔王ごっこ』だっけ?ジェイスさんが勇者で娘さんが魔王、って普通逆じゃね?と思ったが二人して普通にそれで会話してるんだものな。驚きだぜ」
「なにそれ。あの人そんな面白い事やってんの!?やべぇ。ちょっとからかいに行ってみようかな」
そんな一言を放った男に、他に楽しく飲んでいたはずのべつの男が必死の形相で止めに入った。
「や、止めておけ。な。死にたくなかったら絶対に止めておいたほうがいい!!」
あまりにも真剣な表情に、男はしどろもどろになりながら、
「まさかジェイスさんでもそこまでは…………」
そう言いかけた言葉をさえぎるように、男は首を横に振りながら言った。
「俺もな。面白いことをしていると思ったんだよ。まさかあのジェイスさんが娘とごっこ遊びをするなんて何の冗談だと。目の前に広がっている光景に度肝を抜かれながら思ったよ」
「あー、ちょっと待て。何だ?また度肝を抜かれるような事があったのか?」
「娘の方なんだが…………、森の守り神の背中に乗って楽しそうにはしゃいでた」
その言葉には、他の男達もさすがに食いついてきた。
「何だと!?」
「それは本当か!?」
「なんて羨ましいんだ!!」
驚きの声に混じって、羨望の声がいくつか混じっていた。
「おいおい。羨ましいって……」
あきれたように言うと、こぶしを握りながら力説された。
「だってそうだろ。あのもふもふの背中に乗れるんだぞ。どれだけ憧れたことか」
その言葉に、幾人かが真面目な顔して頷いていた。
「いや、その気持ちは分かるが……」
「ついでに言えば、お前の所の娘も一緒になって乗ってたぞ」
その一言にショックを受ける男共。そして、くっ、と呻くと次には悔しそうに「羨ましい」と呟く男達。
「おいおい。本気で泣くなよ」
悔しそうに呻く男達を、残りの男たちは苦笑半分で眺める。
「話を戻すぞ。俺な、実は先日実際言ったんだよ。面白そうな遊びをしてるんですねって。それで俺も軽い気持ちで一緒に勇者って呼んでもいいですか、と聞いたんだ」
そういった後、その男は突然ガタガタ震えはじめた。
「お、おい。大丈夫か?」
「あ、ああ。そ、それでな。即、返ってきた返事が『嫌です結構ですお断りします』って一本調子で返されたんだが、それ以上の事を目が語っていた。よく言うだろ。『目は口ほどに物を言う』と。俺はあれほど雄弁に物語る目を見たのは初めてだった」
語るにつれて、その男は死んだような目をし始めた。
「それ以上は止めておいた方が……」
「いや。これだけは聞いておかないと後悔するぞ。…………よし。彼はな。言葉では語らず視線で全てを語っていた」
―――もしそんな呼び方をした場合、死よりも恐ろしい恐怖を味わうか?ゴラァ!!
「いや、いくらなんでもあのジェイスさんでもさすがにそんな事は……」
と言って言葉を切る。
他の者達もその台詞を笑ったりせず、ただその状況を思い浮かべて思った。
やらないとは言いきれないな、と。
微妙な空気の最中、一人がふと思い出したように言った。
「そういえば俺、この間、有名な冒険者をこの村で見たんだよ」
「へー。ここに来るなんて珍しい事もあるんだな」
「…………ジェイスさんを師匠と言っていた」
「……そうか」
後に続いた言葉に、男も一瞬言葉に詰まるも小さく返事を返した。
「俺もこの間見たんだ」
「いや、大体想像出来そうなんだが一応聞こう。何だ?」
「何時だったか森の奥でな、話し声がすると思って行ったんだ。そこにジェイスさんがいたんだが……」
話の流れから、何かを察した一部の男たちは思わず絶叫する。
「ホラーは嫌だぁぁ!!」
「薄ぼんやりとした白い影と話をしていた」
「聞こえないぃぃっっ!!」
別の意味で賑やかになった。
この会話で、ジェイスという人物を直接見た事の無い者達にもしっかりと理解出来た事が一つあった。
つまり、一時が万事通常基準にはまったく当てはまらない人物、という事が……。
―――――― ※ ――――――
一方。
会話に一切参加することなく、酒場の男達に恐怖の影を落とした噂の勇者宅では―――
「へーーっくしゅいっ!」
「勇者、風邪か?」
盛大なくしゃみをした勇者を心配そうに見る魔王。
「いや、たぶん違う」
「それにしてもどうしたんだ?さっきからくしゃみばかりして」
「そういうお前もさっき一回していただろ」
「そうだが、お前の方が回数が多いぞ。寒いのかな?」
「いや、気温は普通だと思うんだが……」
二人して首を傾げながら食事を続ける。
「それにしても、今日の夕飯は豪勢だな」
「ああ。村の男達が今回大物を捕らえたらしくて、そのおこぼれで貰ったんだよ」
「へー、そうなんだ」
「明日は天気がいいらしいからな。俺もちょっと遠出して仕事を片付けてくるから、おとなしくしてるんだぞ」
「遠出?次は何処へ?」
「隣国のローディオスって所だ。この間、知り合いから連絡が来てな。まったく、あいつの唐突さにも困ったもんだよ。突然現れた薄ぼんやりとした物体に、思わず悪霊かと思って切るところだったよ。よもやまさか一国の魔法使いの長がほいほい簡単にこんなところまで来るなんてありえないぞ。まあ遅くとも夕刻には片はつくとは思うから、夕飯は俺が準備するぞ」
話を聞いていた魔王は、何とも形容しがたい思いをそのまま口にした。
「…………あのな、勇者。海を渡った場所を隣国と言えるのはお前だけだぞ」
「いいじゃないか。隣には変わり無いんだから」
その言葉に魔王も少し考え、次にはあっさり頷く。
「確かに、それもそうだな。それより今度の土産は何になる?」
「あのな……」
あまりの切り替えの速さとすかさず自らの要求を口にする魔王に、一言何かを言ってやろうとそっちを見た勇者は、魔王の期待に輝く目を見て言おうとした言葉を飲み込み、最初に予定していない言葉を言った。
「…………何がいい?」
「何が特産なのだ?」
逆に質問で返された事に、勇者もやれやれと思いながら知っている限りの情報を告げた。
噂の当の勇者宅でなされていた会話は…………。
酒場とは真逆に、何処までも平和でのんびりとしたものだった。
一つにまとめたせいで、文字数がびっくり数字に(未確認だがたぶん5千字以上)。
本来、閑話として投稿しようと思っていましたが……。
もうどっちでもいいんだよ。




