15. 拾ってきたのは猫、のち犬
悶々と悩んだ末に投稿です。
これでいいのだろうか……。
最終改訂9/18
アマルの前歴を教えた後の微妙な空気。
あの後の事だが、簡単に説明しておこう。
アマルが再び現れるまで空気はそのままで、そして寒い風が俺達の間を吹き抜けていた。
戻ってきたアマルを見て魔王が微妙に怯えたような目をに向けていたが、この話だけでそんな目を向けていたらもう一つの理由を見た時は大変だぞ、と勝手な感想を抱いていたのは内緒だ。
ああ、そうだ。一緒に来ていたアマルの娘を紹介された。
おそらく父親に似たのだろうが、かわいい娘だった。
名前を聞いた時には驚いたが。
かつての仲間の一人と同じ名前だった。
アマルは彼女に似て強い娘に育って欲しい、と願ってつけたそうだ。
その名前を聞いた瞬間、俺も当たり障りの無いコメントとして「その名前に似て美人に育つと良いですね」と言ったが、思わず「中身までは似ないと良いですね」と小さく呟いてしまった。
アマルには聞こえなかったようだが魔王には聞こえていたらしく、こっちに同情するような視線を向けてきた。
…………同情はいらないから、誰か俺に平穏をくれ!
―――――― ※ ――――――
何気ないある日の事。
「勇者。猫を飼ってもいいか?」
外から帰ってくるなり、魔王は突然そんな事を言ってきた。
「猫?何でまたそんな事を突然……」
振り返りながらそう言いかけて勇者は口をあんぐりと開けたまま、目の前にある光景に考えをめぐらせる。
あれって確かあれだよな。
魔王の背後に立っていたのは、彼女の身長より頭二つ分ほど大きい猫の姿をした魔獣。確かライエンフォールと呼ばれるものだったように記憶している。サイズから察するにまだ子供だろう。成長をすれば全長3メートルぐらいは軽い、と聞いた事があるからだ。
魔王の後ろに立ってゴロゴロ言っているが、通常、人に簡単に馴れるような生き物ではないという事は追記しておこう。
「ダメだ!!」
「何でだ!?」
一言で切って捨てると、ショックを受けたように問い返してきた。
「そんな危険物、こんな狭い村では飼えんわ!!」
というか、どうやって懐かせたんだ。そんな凶暴な生物。
「……どうしても?」
一人と一匹にウルウルと見つめられても意見は変わろうはずは無い。こんなのを飼ってるなんて村にばれたらどんな騒ぎが起こることか。というか騒がれるだけで済めばいいが、それ以上の騒動が待っているに決まって……い、る。
いや、ちょっと待て。ここまで連れて来たって事は…………。
あー、うん。
…………とりあえずこの問題は放っとこう。
それよりも目の前の状況の対処が先だ。
「ダメだ!」
「……分かった」
そう言って、見るからに肩を落として出て行く一人と一匹。
俺は正しいことを言ったはずなのに、何故ここまで悪い事を言った気になるのだろうか。
哀愁漂うその背中に、勇者はため息を一つ落とし呼びとめた。
「……あー、ちょっと待て」
「何だ?」
「家では飼っちゃいかんが、森の奥でなら暮らすことは可能だろう」
その一言に魔王は顔を輝かせた。
「いいのか!」
……期待の眼差しで見つめられた。こんな顔で見られたら、いまさらダメとも言えんだろ。それにあの森にはお守りがついているから、あいつに任せたらそう悪い事にはならないだろう。
「ああ。その代わりしつけはしっかりするんだぞ」
「勇者、ありがとう」
そう言って(巨大)子猫と真剣に向き合い、色々と言いつけている姿を見ながら、これから飛び込んでくるであろう村人達の対処に頭を悩ませ始めた。
何気に背後で魔王が「人を襲うのも食べるのもダメだぞ。それから怪我をさせるのもだ。それから……」と至極まっとうな事を言い聞かせている姿に、魔獣でも意外と言葉で言うこと聞かせられるものなんだな、と勇者はどこか微妙にずれた感想を抱いていた。
―――――― ※ ――――――
猫事件から数日後。
「勇者。犬なら飼っていいか?」
魔王のこの言葉に、勇者は即答を控えた。
一度起こった事は二度ある、と聞く。
おそらく今回も前回と似た現象と覚悟を決めて振り返り、再びあんぐりと口を開いて、次には絶叫した。
「何でお前はこうも巨大生物ばかりをつれてくるんだ!!というか、お前はここに俺がいる事分かってて付いてきたんじゃないのか、グランディエッサー!!!」
勇者の目の前にある光景。
それは巨大な漆黒の犬と、その背に乗っかった娘ののほほんとした空気だった。
「グランディエッサー?それはこの子の名前か?」
【いやー、すまん。まさかお前の家の子とは露ほどにも思わなくてな】
突然の声に魔王は驚きを隠せず聞き返した。
「これはお前の声なのか?!」
【如何にも。我が名はグランディエッサー。グランと呼んでくれ】
「お前は……。森の守護はどうしたんだよ」
あきれ返った様子の勇者の言葉に、グランは明るく返した。
【お前のおかげ、というか、この間からここにやってきた猫が代わりをしてくれるようになってな。我の負担は格段に減ったと言うわけなのだ。だからこうしてここにやってくることも出来るようになったのだよ。だがまさかお前の娘とは】
娘を一口でパクリ、といけそうな巨大な口を開けて豪快に笑う犬。
いかん。想像が洒落になっていない。実際にはそんな事をするはずなはい事は分かっているし、そうした場合どうなるか相手も分かっているのだろうが、どうしても考えがまともな方向にいってくれない。
「あー。とりあえず、どういう訳でこうなったのか教えてくれないか」
痛む頭を抱えて聞いた。
「いつものように森の奥でフィエラと一緒に遊んでいたんだ。するとグランがひょっこり現れてな。一緒に遊ぼうと思っていたらもう帰る時間じゃないか。だから家に連れ帰れば遊べるな、と思って一緒に帰ってきたんだ」
エッヘン、と胸張り威張り。
どう考えても威張れるような内容ではない。
フィエラとは以前拾ってきた巨大猫の名前だ。どうやらメスだったらしい。えらく可愛らしい名前が付けられていた。
ちなみに出会った経緯に関しては、もうばかばかしいとしか言いようの無い内容だった。
件の猫はどうやら迷子になっていたらしい。
そんな中、偶然道の側を通りかかった魔王を見つけて飛び掛ったとか。が、逆にあっさり押さえつけられ、最終的には服従の意を示しそのまま付いてきた、と。
最後にはもう、やけくそで笑ってしまった内容だった。
魔王が帰ってきてからしばらく後、案の定というか村人一同が魔女狩りの格好でやって来た。散々な思いを隠したまま応対したんだが、最終的に俺の娘だからとよく分からん納得のされ方をして帰られたのが一番納得いかな……いや。話が逸れた。
件の猫は、今ではおとなしく森の中でのびのびと暮らしている。魔王の言葉によく従い、人は決して襲わないと誓っているから問題は無いそうだ。
【それに関してはすまん。もう夕刻に近いというのに、森の奥で未だ遊んでいる子供がいると聞いたので、それで送り届けようと思って近づいただけなのだが、異様に懐かれてな。とりあえずつかまってくれたまま離れないので、そのまま匂いをたどってここにたどり着いたのだ。我は大抵、初見では泣かれるか逃げられるかしていたから珍しいと思っていたのだが、まさかお前の娘だったとは。…………あれ?お前の娘?娘って確かあの例の問題の……】
余計な事に気付きやがった。
「その娘だよ」
【…………何があったのだ?】
「余計な事は聞かないほうが身のためだと思うが、聞くか?」
勇者の満面の笑みに、グランは口をつぐんだ。
あの笑顔の時に何かを突っ込めば、絶対ろくでもない結果がやってくる。
それは50年近い付き合いを続けてきたからこそ、学んだ事であった。
【い、いや。無理に聞こうとは思っていないぞ】
―――――― ※ ――――――
【ところで、えーと、ジェイス。お前の娘、どこか知った感じがするのだが……】
何故毎度名前で詰まるのか突っ込みたかったが、その前に言われた一言にどう返事をしようか真剣に悩む。
「どんな風に?」
とりあえずはっきりと答える前に様子見だ。
【うむ。魔の領域で暮らしていた時に、よく知っている気配というか匂いのような気もしないでもないのだが……】
勘の鋭い犬だ。いや、嗅覚が鋭いのか。
【かつていたあの領域の中心から漂ってくる感覚に……】
「おい、犬っコロ。そこでストップだ」
唐突な勇者の言葉に、グランは牙を剥いて抗議の声を上げた。
【毎度毎度お前は我を犬と呼ぶ。我は犬ではない。ちゃんとゲネシスという一族名があるのだし、我にもグランディエッサーという立派な名があるのだぞ。というか、その名を付けてくれたお前が我を犬呼ばわりするとは失礼だろう】
ガウガウ、と文句を言われて勇者も眉根をしかめつつ一応謝った。
「ああ、すまんな。犬と呼んで。そこまで分かっているのだったら、俺がさえぎった事の意味も理解しているのだろ」
【…………にわかに信じがたいのだが、冗談では】
「無い。冗談で済んだほうがはるかにマシだったよ」
勇者のはき捨てるような言葉に、グランも冗談などではなく本当の事なのだと理解した。
よもやまさか今となっては先代の魔王陛下が、かつて自らを討った相手の娘に転生するなど、そう簡単には信じられない話だ。だが、現実は目の前に確かに存在していた。
グランにとっては、一度も会った事の無い先代魔王だった。
だがグランの一族は、かつて陛下の力によって助けられたという過去があったのは確かなのだ。そして助けられていたのはグランの一族だけではない。他にも様々な生き物が陛下の力によって助けられていた。
親がよく語ってくれた話しの一つ。グランにとっては寝物語に語られた昔話。
そんな優しき陛下の百数十年ほど前の突然の変貌に皆が首を傾げ、そして……。
五十数年前の一族を襲った悲劇と、それを助けてくれた勇者の姿。
その後色々とあって勇者と共に旅をし、旅が終わった後この森で守護の真似事をして静かに暮らしていたら何時しか近くに村が出来、五十年を経た現在、本当の森の守護者として崇められるようになっていた。
そして現在、かつて一族が敬愛していた魔王が目の前にいるのだ。グランにとっては一族を襲った元凶と思っていた相手。
改めて見ると、目の前の少女からは刺々しい空気は一切無く、優しい空気がその周りを取り囲んでいるかのようだった。
【それでこれからどうするのだ?】
そう聞かれた勇者はあっさり一言。
「どうもせんさ」
【は?】
「まあ、あいつがまたおかしな事をしようとかたくらんだ場合は止めようとは考えているが、今の所そんな様子も無いし、それにあいつは今を本当に楽しんでいるみたいだからな。放っといても問題は無いだろ」
勇者の言葉に、グランは信じられないものでも見るかのように勇者の方を凝視した。勇者の表情はあっけらかんとしていたが、しばらくするとだんだんと落ち込んできた。
「一番気にしなければいけないのはそんなことじゃない。そうだ。あの神の思惑に比べたら、はるかにこの状況は楽なんだからな。そうだ。そうに決まっている……」
うわごとのように呟く言葉から察するに、これこそ突っ込んではいけない原因と結果があるようだとグランは察した。
幸いな事に、先人はこの状況にぴったりな教訓とも言うべき尊い言葉を残してくれている。
曰く『さわらぬ神に祟り無し』。
余計な事さえしなければ、突っ込んだり聞いたりしなければ、たぶんおそらくこちらに被害が及ぶような事態にはならないのだ。
そんなことを考えながらグランは、もしもで起こるであろう危機的状況を思い浮かべ、万が一でもそんな事が起こった場合の恐怖に震えつつ、そんな事態が一生起こらないことを切に願った。
子猫=子供の猫。
サイズはともかく。
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