12. 外出前の注意事項
12/10改訂に伴い派生した物語を一つ外伝の方へUPしました。
最終改訂9/18
料理と称した殺人事件(未遂)から数日後。
この数日間、勇者は魔王にもっぱら家の中で出来る事の一般常識をただひたすら教え込んだ。
掃除に洗濯、炊事に至るまで。
一応基本はあらかた教えることが出来たと思う。結果はおいおい追いつくものだと判断して。
そして―――
それぞれのイベントは網羅した、とここに宣言しておこう。
掃除は水浸しから始まり、物は落として落ちて壊れて果ては再起不能。家が壊れなかっただけでもう十分だ。
洗濯は泡だらけから始まり、泡をかぶり水をかぶり衣類を襤褸切れにし、干す段階には風の精霊がお茶目を起こして布と一緒に飛んで行きかけ……。ここまでしんどい洗濯は初めて経験したよ。
単純に洗って干すだけのはずなのに、半日丸々要したのにはもう驚いたりするよりも何より疲れ果てて、その後何もする気が起こらなかった。
炊事に関しては……。
これに関しては最重要課題だった。これこそ重点的に教え込んでおかないと、きっと必ず将来的に確実に殺人事件が起きる。
というか、俺が真っ先に殺される。
何も知らないのでお茶の入れ方から始まり、料理の基本である道具の名称から切り方まであらかた教えた。
……一部正式名称を知らず使っていた道具もあったのだが、それをしつこく追求されて最終的に知らないと知られた時には微妙にへこんだが、魔王も知らないのだったら仕方ないな、と素直に納得していた。最初から正直に話せば良かったのでは、と再び落ち込んだ話はもう思いだしたくも無い。
切るに関しては食材コロコロゴロゴロ逃亡イベントに始まり玉ねぎ涙腺崩壊など、味付けに至っては熱い冷たいから始まり辛い苦い甘いも一通りやった。というか、味わった。
味付けであれほど精神的な追い詰められ方をしたのは初めてだ。まあ食えないわけでは無いから問題は無かったが。
だがそんな俺の様子が面白かったのか、最後は遊び心を起こし始めていたからきっちり釘を刺しておいた。今後は食材を遊び道具にはしないだろう。
というのも旅していた当時、食材の貴重さと食事は大変重大で重要な事だと悟っていたからである。もっとひどい思い出があったからこそ、今回のこの程度の事は軽く思えた。
ちなみに、その尊さを理解した騒動の元はある人物の料理だった。
そいつの初期の料理では、毒草から雑草までごった煮されていた。あれに比べると味が変な程度、まだかわいいものだ。あれは死にそうな目ではなく、実際死にかけたから。
彼女が食材を使い果たして料理を作ってくれたときほど、絶望感に苛まれた時は無かったな。次の食材を手に入れるまで、体調不良に苦しみながら飢えと恐怖に震えた2日間………………いや、これ以上は止めておこう。
蛇足なんだが。
そいつの料理は最後の方になると、健康な人間が食すと死に掛け、死に掛けた人間が食すと悪夢にうなされながら目を覚ます、という斜め方向に進化した恐怖料理になっていた。……これ以上語っていると、最後に止めとばかりにあった悪夢のロシアンルーレット食事会を思いだすからこの辺で止めておく。
ひとまず、魔王はお茶ぐらいなら普通に入れられるようになった。
思いこみや勘違いとか、さらには実験と称して変なものを入れない限り、普通に飲める物が出てくるぐらいには進歩した。
とりあえず、現状はこれで満足しておこう。
―――――― ※ ――――――
今までは家の仕事を一通り教え込んでいたが、もうそろそろ外に目を向けてもいい頃だろう。何時までもこの家に閉じこもっていても何も始まらないから。
そう思い、思いきって提案した。
「魔王。そろそろ外に出てみないか」
「外には出ているが?」
そう言うと思ったよ。
洗濯物を干すために外には出ているが、今回聞いたのはそういう事では無い。
「違う。村に出て人と会ってみないか、という事だ」
「…………」
率直に言うと、その言葉に不安そうに顔を翳らせた。
「……あー、何を考えているか大体想像が付くが、そんな不安は抱える必要は無いぞ。以前はどうであれ、今はれっきとした俺の3歳の娘なんだから普通にしていればいいんだよ」
そう言って乱暴にその頭をなでると「痛い」と言って手を振り払われたが、その表情にはそれまであった翳りは少しだけ薄れていた。
「一緒に付いて行ってやるから」
その一言が決め手だったようだ。
「行く!」
小さくとも、しっかりとした返事が返ってきた。
「ちょっと待て」
家を出る前に、どうしてもやっておかなければいけない事がある事に気付く。
「ん?何だ?」
「その瞳の色を誤魔化しておかなければいけないんだ」
「何か問題でも?色を誤魔化さなければいけないほどのものという事は、もしかして私は紫色の瞳をしているのか?」
さて、ここで一つ説明しておこう。
神の姿形は多種多様であるが、共通しているのは『紫の瞳』を持つという事。これは絶対普遍の事象である。
この世界において同じように『紫の瞳』をもつという事は、一番分かりやすい形での神の祝福を受けた証である。それも最高の祝福を受けたという証なのだ。
『神の祝福』。
これは幾多の神々が、気まぐれに地上に生きる生物達に与える祝福のことだ。恩恵の形は様々で、身体のどこかに不思議な文様が浮かんだり、道具を渡されたり。だが至高の形は上記に記した通りで、神と同じ色を与えられる。
祝福と呼ばれてはいるが、一部の者達はそれを呪いと呼んでいた。
何故そう呼ばれるのか。
その理由は、与えられた力がどれほどその身に恩恵を与え、そして反面どれほど有り余る力なのかに起因する。
例として、与えられた祝福の力によってその者の住む大地は肥沃に富み大きく栄えた国がある一方、その力のせいでとある一帯が平地になったという逸話が残されていた。力によって滅ぼされた国もあった。
神に与えられたと言われる道具もいくつか地上に残ったままなのだが、本来の使い手が亡くなった後、力に目が眩んだ者がそれを使い誤って自らの国を滅ぼした、または草木も育たない大地が広がったという話はいくつか残されていた。
実際、世界には何箇所か『災禍』と呼ばれる草木も育たない場所が存在する。そこは目に見える形で残された、愚かな者達の末路と墓標と言えるだろう。
生物達に与えられたであろう神の力の片鱗と、誤った使い方をした者達の末路はご理解いただけただろうか。
そして先日発覚したのは、二人がこの世界を創り出した神に関わりがあった。それも生まれる前から。それならば祝福ぐらい受けていても、なんらおかしくは無いだろう。
「そうだ。これまでは普通の色をしていたのにお前が入ってから瞳の色が変化したんだ。このままだとこの村は大騒ぎになる」
瞳の祝福を受けるのは、それほどまでに稀なのだ。
「そう言えばお前も同じ祝福を受けているはずなのに、何故瞳の色は翠なんだ?」
「ああ。これは光で誤魔化してるんだよ」
本当は違うが、以前はそうしてよく誤魔化していた。
「そうか」
魔王はその言葉に一つ頷くと、何かをし始めた。
「ちょっと待ていっ!!」
思わず叫んだのは仕方ないだろう。
無造作に光の魔法を使う元魔王が目の前にいるのだ。
「ん?何だ?」
そう言って振り返った魔王の瞳の色は、自分と同じ翠に変化しているではないか。
「何で元でも魔王が光魔法使ってんだよ!!」
「ああ、そのことか。もともと私は全属性の魔法は使えたぞ。イメージ戦略、とかで使えなかったように見せていただけで」
にっこりと満面の笑みで答えられた。
「それにお前もそうなんだろ」
確信を持って告げられた。
まさか。
「知って、いるのか?」
「ん?お前も全属性の魔法が普通に使えることだろ。知ってるよ」
さも当然のように答えられた。
確かに、勇者が闇魔法を使えるなんてイメージが悪いから隠しなさい、と仲間に怒られた思い出があった。同じように印象が悪いから、という理由で。
あったのだが、自分同様出鱈目な存在が目の前にあると、これよりはましでは、と思ってしまうのが人間の深層心理である。第三者から見れば同じであろうが。
『あんたね。仮にも勇者でしょ。それなのに得意魔法の属性が光と闇って、冗談言っているんじゃないわよ。百歩譲って光は何とか納得しても良いけどそれでも常識ってものを弁えて……って、え?本当なの!?ならなおの事悪いわ!!せめて得意魔法は四属性全て、ぐらいに言っておきなさいよ。どこまで出鱈目なのよ。四属性全てってだけでも珍しいのに、それを統べる天の二柱属性を得意とするなんて、はっきり言ってバカじゃないの』
散々言いたい放題言われ、ついでとばかりに散々しばかれた。そしてそれは後々まで引きずり、事あるごとに散々言いつつしばきながらも……一番利用していたのは彼女だった。
とにかくこき使われた、苦い思い出だった。




