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11. 魔王の料理教室(仮)

あまりにも長すぎたため、前後編に分けました。


最終改訂9/18



 とりあえず自分が悩んでも仕方ない事に気付いた勇者は、率直に聞いた。

「お前は何がしたい?」

「何が、と言われても……」

 そう言って難しい顔をして唸り始める。

 勇者はそんな魔王の姿を見ながら、当然の反応かと納得していた。

「そりゃそうか。外で遊ぶ、といってもどういう事をしたいのか分からないし、それに家の中で何かをする、といったら掃除か料理ぐらいだ。元でも立派に魔王だったんだ。仰ぐ相手に掃除なんかはさせられないだろうし、料理なんてもってのほかだろうから包丁の扱い方どころか持ち方すら知らないわな」


 勇者がそんな事を呟いていると、ある部分に魔王が反応した。

「ちょっと待て、勇者。私だって包丁の持ち方くらい知っているぞ」

 自信たっぷりなその様子に少し意外な気がしながらも、ならばと思い提案してみる。

「ほお。じゃあその腕前を見せてもらおうか。ちょっと待ってろ。片付けを終わらせて来るからな」

 そう言って食器を片付け始める勇者。手馴れた様子で手早く片付けるその姿を、魔王は感心したように見つめた。



 後に勇者はそんな事を言った自分を後悔した。

 いや、問題が先に発覚して良かったと言うべきか。

 どちらにしろ彼は一番最初に聞いておくべきだったのだ。


 料理をした事があるのかどうかを。


 そうすれば、あんなことにはならなかったのだ。

 …………たぶん。



   ―――――― ※ ――――――



 台所に椅子を一つ用意する。

 魔王の現在の身長を考えると、足場が無いと台には届かないからだ。

 最後に魔王と相対した時は、彼の方が頭一つ分くらい高かったのが羨ま……ガフンゲフン。なんでもない。とにかく、背は高かった。それだけだ。


「おーい、魔王。準備が出来たぞ」

「わかった」

 そう返事が返ってきてから、程なくして現れた魔王の姿に頬が緩む。

 彼女はフリルの付いたエプロンを着ていた。

 というのもかねてから勇者は、娘と何時かは一緒に何かをしようと準備だけはしていたのだ。念願の夢が一つ、今日叶ったのだから何もいう事は無い。

 中身云々は見ないふりだ。今だけはそれは一切無視できる。フリルエプロンに笑顔を浮かべる愛らしい娘の姿だけでもう十分だ。

「勇者。お前から不穏な空気が感じられるんだが……」

 半眼で見つめられていたことに気付いた勇者は、慌てて表情を取り繕い言った。

「お前の今の身長では届かんからな。そう思って椅子を用意しておいたよ」

 無理矢理な話しのそらし方だったが、指し示された椅子を見て魔王は驚いたように言う。

「勇者は気が利くな。それに料理の時も思ったのだが、ずいぶんと器用だな」

 無理矢理な話のそらし方でも、誤魔化されてくれた事にほっとしながら答える。

「そりゃ長期一人旅もしていたし、今までも色々と一人でやってきたから手際だけは良いさ」

 へー、と感心したように言いながら、台所にあるものを興味深そうに見つめる魔王の姿に勇者は一瞬おや、と思ったが何が引っかかるのか分からずあえて何も言わなかった。


 しばらく台所の内部を探索して満足したのか、ようやく魔王は椅子に登る。

「靴のままでいいのか?」

「ああ。それは元々踏み台としてあった物だったから問題は無い」

 一段視界が上がると、また見えるものの形が違っていて魔王は面白そうにあたりを見回していた。

 そんな魔王のほほえましい姿に、勇者は「そろそろいいか」と声を掛けた。このままの様子だと何時まで経っても、目的の行動に取りかかれそうに無かったからだ。

「ああ、すまん。台所というのは色々とあるものなのだな」

 感心しきった魔王の感想に、勇者は逆におや、と首を傾げた。

 包丁の持ち方を知っているのであれば、台所にも入った事ぐらいあるだろう。

 そんな疑問を持っていると、聞き捨てなら無い一言が耳に入ってきた。

「料理は一度もした事は無いが」

 その小さな呟きにも似た一言を聞いて思わず魔王の顔を凝視したが、彼女は気付いた様子も無く包丁を手に取る。

「確かこう、逆手に持って……」

 その時点で色々と間違えている。

 ちょっと待て。

 そう言う間もなく、魔王の行動は滑らかに動いていた。

「食材にそのまま振り下ろす」

 そう言って力いっぱい振り下ろしたので、包丁は食材を突き抜けてまな板に景気よく突き刺さっていた。

「包丁の正しい使い方はこれでいいのだろ?」

 そういって振り返った魔王の表情は、やりきった感が満ち満ちている笑顔だった。

 背後でギラリと日の光を反射する刃物の鋭さと、あまりにも対照的な光景だ。

「…………」

 反対に勇者は伸ばしかけた手を目に当て、思わずうめいた。


 期待したのは食材をただ切るだけの行動だ。それなのに何故あれなんだ。

 誰がいつ、嫉妬に狂った女の怒りを表現しろと言った、と言ってやりたい。

 だが何故に、一瞬返り血を浴びたような幻が見えた気がしたんだろう。今は朝だというのに、そんな幻影を見るほど疲れた覚えは無い。さらにいえば、そんな凄惨な幻の中でも魔王の表情が満面の笑みなのは何故だ!!


「勇者?」

「あー、うん。それを教えてくれた人物の事をぜひ教えてもらいたいんだが、その前に、本気でそれが正しい持ち方と習ったのか?」

「うん?これは正しい持ち方じゃないのか?」

 欠片ほども疑っていない。

 そんな風に振り下ろして、どう食材を切り刻んでいく気だ。

 はっきりそう突っ込んでやりたい。そんな行動をしながらも、本人は至って真面目でありやる気はあるようだ。

 だがこのままの勢いでいけば、きっと包丁を刺したまま鍋に投入するに違いない。


 そう考えて口を開こうとした瞬間、魔王はまたもや尋常では無い行動を起こしていた。

「そう言えばもう一つあったな。こう柄の部分を手をすぼめて覆うように持ち、親指をそっと添えて……」

 嫌な予感が……。

「ちょ、ま……」

「構えて、確か掛け声は…………投擲!!」

 待てと言う間もなく、包丁は魔王の手から飛び出す。



 ………………。

 直後、二人の間にただ沈黙が横たわる。



 勇者の手には、先ほどの掛け声と共に投げつけられた包丁が。その額にはくっきりと青筋が浮いていた。

 一方魔王の方は、予想外の結末に引きつっていた。

「あれ?」

 勇者は手に持っていた包丁を静かに置くと、口を開いた。

「魔王。一ついいか」

 勇者の平坦な声に魔王は身を縮め、はい、と返事をするつもりだったが、思いもかけず舌がもつれ「ひゃいっ」と返事をしていた。それはそれでかわいらしいのだが、現在怒り心頭な勇者にそれは通用しなかった。

 魔王の方も、勇者の怒りが相当ある事だけはしっかり理解出来た。勇者の背後に、微妙な黒い気配が漂っていたから。

「とりあえず、正しい包丁の使い方を学ぶまで、お前は刃物の使用は絶対に禁止だ。分かったな」

「はぃ」

 しょんぼりと、魔王は返事を返す。





 とりあえず、これで殺人事件は未然に防げた……。


 正直、勇者の考えはこれ一つに尽きた。




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