震えるスマホ
スマホがブルブルと震えたのだろう。私はテーブルの上に置かれたスマホを確認する。
通知が来ているというわけではない。つまり、スマホの震えは気のせいだった。
私は最近よくこの現象に遭う。スマホは震えていないのに、震えていると錯覚してしまう。
この部屋には私ただ一人。もうすぐすれば彼氏が帰ってくる。
またスマホが震えた気がして、私はテーブルの方を確認した。今度はちゃんと通知が来ていた。
『ごめん。友達と飲みに行くから、帰りがちょっと遅れる』
彼氏からのメッセージが表記されている。私はアプリを開いて返信する。
『分かった。待ってるね』
その一言を、ゆっくりと指を動かして入力。すぐにスマホを閉じてテーブルへ放るように置くと、私はベッドへと寝転んだ。
このままシーツの海に深く沈んでいきそうだった。私は押し寄せて来る眠気を感じながら、枕に顔を埋める。
するとまた、スマホが震えた。私は溜め息を吐いてスマホを持つ。ベッドまで戻って寝転びながらスマホを確認する。
今度は通知など来ていなかった。
私はもう一度溜め息を吐く。
「いい加減にしてよ、もう・・・」
私はスマホを枕元へ置き、何事もなかったと思い込んで目をつむった。
寝て起きたら、この現象はもう起きなくなっているのではないか。そんな微かな希望を抱く。
しかし、寝て起きても治っていないのではないかという考えも頭の中にあった。
私は目を開き、起き上がる。
友達と飲むと言っていたから彼氏の帰りは遅くなりそうだ。彼は合鍵を持っているため、帰りの心配はない。
このまま眠ってしまっても問題ないのだが・・・。
私は枕元に居座るスマホを見る。
少しひびの入った画面を眺めていると、その中に意識を取り込まれてしまいそうな気がした。
照明の光を反射するその真っ暗な画面に私の顔が映されている。
大した特徴もないごくごく普通の顔。整っている訳でもなければ、特段醜いというわけでもない。
またスマホが震えた。通知を示しているようで、私はほっとする。
動画配信サービスの通知だった。どうやら、私が途中まで視聴していたアニメ作品の新着エピソードが追加されたようだ。
そのサービスのアプリを開く。
今からアニメを見てもいいかもしれない。私はそう思いながら、指を動かした。
それから私はアニメを楽しんだ。見終わった頃にはすでに時刻が深夜を迎えていて、私はどこか心細い気持ちになる。一人だからだろう。彼氏の帰りはまだか。またスマホが震えていると錯覚してしまわないうちに帰ってきてほしい。
私はふと、どうしてそんな錯覚を感じるのか疑問に思う。
元カレのことを思い出した。今付き合っている彼氏と出会う前、一年くらい前のことなのだが、彼は私が外へ出かける度にしつこく電話をかけてきた。理由としては、私が他の男と会っていないのか不安になったからとのこと。
本当にしつこく着信のバイブレーションが鳴っていたので、それが耳に残ってしまったのではないだろうか。
私はそう結論付ける。
するとがちゃりと鍵の開く音が聞こえた。ようやく彼氏が帰って来たのだ。
私は玄関の方へ向かう。
ドアが開くと、見慣れた姿の男性が見えた。
パーマのかかった黒髪に眼鏡。身長は平均よりも低い。黒いロングコートに身を包んでいるその姿は、夜空を滑空する烏のようであった。
私は安心感を覚えて、不意に口元が緩んでいた。
「おかえり」
「ああ、ただいま」
彼の体から酒と煙草のにおいがした。それでも構わず私は彼に抱き着く。
「大丈夫、くさくない?」
「くさい」
「おいおい、それならくっつかない方がいいって。とっくにお風呂なんて入っただろ?」
彼に抱き着いている間はあのスマホの震える音など聞こえず、何の錯覚にも苦しめられない気がしたのだ。
彼さえいれば、私はそれでいい。
何も返事をしない私を困ったように見つめながら、彼は背中の方へ手を回してくれる。
優しく抱きしめられていると、いつまでもこの温かさに包まれていたくなる。
流石に長い間ハグをしている訳にもいかないので、お互いに離れて顔を見合わせる。
彼の顎ひげがわずかに伸びていた。
二人一緒に部屋へ向かう。
部屋に入る。私はテーブルの側に座って、彼の行動を観察する。
コートを脱いで、消臭スプレーをかけてハンガーラックにかける。それからクリーム色をしたパンツのベルトをずるずると外す。着ていたシャツも脱いで下着姿となった彼は着替えの下着を衣装ケースから取り出して、風呂場の方へと向かった。
また、部屋で一人になってしまった。
私は枕元に置いたままのスマホを見やる。まだ震えていない。
目線をハンガーラックの方へ移す。すると、バイブレーションの音が聞こえた。
やはりそうだ。
この錯覚は私がスマホから目を離すと起こる。
私はベッドの方に行ってスマホを確認する。すると長い間連絡を取っていなかった元カレから、なぜかメッセージが送られてきていた。
元カレとは円満に別れた。だからこそ、連絡先は残していた。しかしながらどうして、今連絡が来たのだろうか。
私はメッセージを確認する。
その瞬間、私の全身が粟立った。
『突然の連絡すみません。――の母です。息子の遺書に貴方の名前が載っていたのですが、何か知っていませんか?』




