【第8話】義母様のシンデレラ・プロデュース。地味な私を「王国の宝」に仕立て上げるそうです
王都からの不愉快な招待状が届いた翌日。カステル辺境伯邸の門を蹴破らんばかりの勢いで、一台の馬車が滑り込んできた。
中から現れたのは、扇子を鋭く振りかざした義母エレオノーラである。
「聞いたわよジーク! あの泥溜めのエルストリア伯爵家が、私の可愛いリーネを連れ戻そうだなんて、片腹痛いわ! あんな厚顔無恥な連中、私が社交界の底へ沈めて差し上げますわ!」
「母上、落ち着いてください。リーネが驚きます」
ジークヴァルトが宥めるが、エレオノーラの鼻息は荒い。彼女の視線は、いつもの地味な灰色のドレスに身を包んだリーネに突き刺さった。
「リーネ、準備はいいかしら? あなたを『無能な掃除女』と蔑んだあの家族たちの目玉を、驚きで飛び出させてやるわ。世界で一番美しく、神々しい『辺境伯夫人』を、今から私が創り上げます!」
「えっ、あの、お義母様? 私はこのままで……ひゃっ!?」
リーネの抵抗虚しく、彼女はエレオノーラと、王都から呼び寄せられた凄腕の侍女たちによって、瞬く間に浴室へと連行された。
◆
そこから数時間は、リーネにとって未知の体験の連続だった。
まず行われたのは、徹底的な「磨き上げ」である。
といっても、リーネの肌は日頃の自らの【洗浄】魔法によって、すでに不純物一つない状態だった。エレオノーラが驚愕したのは、その「素材」の良さである。
「なんてこと……。あなた、ただの石鹸でこれほどの輝きを放つの? この肌、まるで最高級のシルクか真珠だわ。……いいわ、それなら次はこれよ!」
リーネの癖のあった髪は、彼女自身の浄化魔力を含んだ特製の香油で梳かされ、光を浴びるたびにアメジストのような紫の輝きを放つ滑らかな絹糸へと変わった。
そして、顔を覆っていた大きな丸眼鏡が、エレオノーラの手によって取り払われる。
「……やっぱりね。この眼鏡は、あなたの美しさを封印するための呪いのようなものだったのね。見てごらんなさい、リーネ。これが本当のあなたよ」
鏡の中にいたのは、誰一人として見たことのない、神秘的な美少女だった。
眼鏡の奥に隠されていた瞳は、浄化の力を宿して澄み渡り、長い睫毛が影を落とすたびに、見る者の心を奪うような魔力を放っている。
「これが……私? なんだか、お掃除しすぎて自分まで消えてしまったみたいです……」
「馬鹿なことを言わないの。さあ、仕上げよ。伝説のお針子が一生に一度の勝負として縫い上げた、この『星影の魔導衣』を召しなさい!」
用意されたドレスは、幻の天蚕糸で織られ、リーネの強大な魔力に反応して淡く発光する特殊なものだった。
リーネが袖を通すと、ドレスは彼女の『神域の純浄』と共鳴し、裾からキラキラと光の粒子が零れ落ちる「生きているドレス」へと姿を変えた。
◆
一方、応接間で待たされていたジークヴァルトは、苛立ちを隠せずにいた。
愛する妻を母に奪われてから三時間。彼はすでに、王都のエルストリア伯爵家をどうやって物理的に壊滅させるかの計画を十通りは練り終えていた。
「閣下、あまり殺気を振りまかないでください。床にヒビが入っております」
ハンスが苦笑した、その時。
応接間の扉が、厳かに開かれた。
「お待たせしましたわね。……さあ、ジーク。あなたの宝物をお披露目してあげるわ」
エレオノーラに促され、一歩足を踏み出した少女。
それを見た瞬間、ジークヴァルトは手に持っていた銀のカップを、無意識に握り潰した。
「……っ……」
呼吸が止まった。
そこには、かつての「地味な掃除女」の面影はどこにもなかった。
アメジスト色の瞳を潤ませ、光を纏うドレスに身を包んだリーネは、まるで月明かりから生まれた女神のように神々しかった。
「あの……閣下。やっぱり、変でしょうか。お掃除の時に邪魔になりそうで……」
リーネが不安げに上目遣いでジークヴァルトを見つめる。
その瞬間、ジークヴァルトは音もなく立ち上がり、一瞬で彼女の元へ詰め寄ると、その場に深く跪いた。
「……閣下!?」
「……すまない、リーネ。私は、愚かだった」
ジークヴァルトの声は、熱に浮かされたように震えていた。
彼はリーネの白い手を震える指で取り、その指先に、祈るような、あるいは呪うような深い口づけを落とした。
「君が美しいことは知っていた。だが、これほどまでとは……。……気が変わった。王都へ行くのは中止だ。今すぐこの屋敷を封鎖し、君を最奥の部屋に隠す。……誰にも、一瞬たりとも君のこの姿を見せたくない」
「ええっ!? そんな、困りますわ!」
「いいえ、ジーク! あなたは馬鹿なの!? この美しさを見せつけて、エルストリアの連中を絶望の淵に叩き落とすのが目的でしょう!」
エレオノーラの叱咤が飛ぶが、ジークヴァルトの瞳は本気だった。
彼の内側で渦巻く独占欲が、もはや正気を保てる限界を超えていた。リーネが歩くたびに舞う光の粒子さえ、他の男の目に触れることが耐えられない。
「……ハンス。王都への道中、私と彼女の馬車の周囲一キロ以内には、いかなる生物も近づけるな。不敬罪で即座に処刑して構わない」
「閣下、それはさすがに無理がございます」
ハンスが呆れ顔で答える中、ジークヴァルトはリーネの腰を強く引き寄せ、彼女の首筋に顔を埋めた。
「……リーネ。君は毒だ。私を狂わせる、甘くて清らかな毒だ。……分かっているか? 王都へ着いたら、私は片時も君を離さない。誰かが君に指一本触れようとすれば、私はその者の腕を、一族もろとも焼き尽くすだろう」
「……は、はい。閣下が守ってくださるなら、私は安心です」
あまりに物騒な愛の告白に、リーネは天然な返答を返した。
彼女にとっては、ジークヴァルトが自分を「必要としてくれている」ことが、何よりの幸せだったのだ。
「ああ……。君は本当に……。……さあ、行こう。君を虐げた愚か者たちに、自分たちが何を捨てたのかを、地獄の底で後悔させてやる」
ジークヴァルトはリーネを横抱きにすると、そのまま最高級の魔導馬車へと運び込んだ。
その光景は、もはや「視察」や「挨拶」ではなく、大切な宝物を奪い合う戦いへ向かう、王の進軍のようであった。
馬車の片隅で、リーネは「あ、お義母様、お掃除用の特製ハーブティーも予備で三ダース持っていきますね!」と、台無しなほど可愛い発言をしていたが、ジークヴァルトはそれさえも愛おしげに、彼女の唇を指でなぞるのだった。
王都へ向かう馬車の轍。
それは、地味な少女が真のシンデレラとして、王国を揺るがす伝説へと変わる第一歩となったのである。




