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【第18話】王都の包囲網。……閣下、お友達(騎士団)の皆様までお掃除を手伝ってくださるのですか?

 王都郊外の別邸。そのリビングでは、今や奇妙な光景が日常と化していた。

 中央の大きなテーブルを囲んでいるのは、主であるジークヴァルト、そしてその膝の上に当然のように収まっているリーネ。その足元には、真っ白な毛玉のような魔獣「ホコリ」が丸まり、傍らでは男装を解いた少女神官ノアが、一心不乱に羊皮紙にペンを走らせている。


「……以上が、神殿の汚職司祭バルガスと、あなたの実家の兄ロイドが企てている『手品』の全容です、リーネ様」


 ノアは、琥珀色の瞳を鋭く光らせて報告を締めくくった。彼女の手元のメモには、神殿が用意している偽の証拠品のリストがびっしりと書き込まれている。


「彼らは次の夜会で、リーネ様が『浄化』を行う瞬間に合わせて、特殊な幻覚剤と発火粉を仕込んだ香炉を作動させるつもりです。光と煙を過剰に演出することで、リーネ様の力を『民衆の目を欺く派手な見世物』――すなわち、魔女の幻術であると印象づける……。それが彼らの狙いです」


 ノアの言葉を聞き、ジークヴァルトの周囲の空気がみしりと凍りついた。

 だが、当のリーネは、別の意味で顔を真っ青にしていた。


「……まあ! そんなにたくさんの粉を撒くなんて……。せっかく綺麗にした会場が、粉塵で真っ白になってしまいますわ! 後片付けがどれほど大変か、あの方たちは分かっていらっしゃらないのですか!?」


「リーネ様、怒るポイントはそこなのですか……」


 ノアは呆れ顔で溜息をついたが、その瞳には隠しきれない敬愛の念が滲んでいた。彼女にとって、リーネのこの「お掃除第一」というズレた純粋さこそが、汚泥に塗れた神殿にはない、真の聖浄の証に見えていた。


「ノア。……敵の出方は分かった。だが、神殿の権威を剥ぎ取るには、内部からの証言だけでは足りない。……奴らが『手品』を披露する前に、その舞台ごと叩き潰す必要がある」


 ジークヴァルトが、冷徹な軍神の顔でハンスを呼び寄せた。


「ハンス、例の者たちは集まったか」


「はっ。別邸の裏口に、信頼に足る者たちが揃っております。……皆様、夫人の御力をその身で体験し、神殿のやり方に疑問を抱いている者ばかりです」


 ◆


 別邸の裏庭。そこには、数日前にスラム街の浄化を目の当たりにした近衛騎士団の若手たちや、第十三話で神殿の聖石が輝きを取り戻した際、その光に魂を救われた神殿騎士たちが、十数名ほど集結していた。

 彼らはジークヴァルトの呼びかけに応じ、身分を隠して駆けつけた「手持ちのカード」であった。


「……カステル閣下。我ら騎士団の若手一同、神殿の上層部がリーネ様を貶めようとしている事実に憤りを感じております。……真実の光を見せてくださったのは、夫人だけだ」


 一人の騎士が、リーネの前に膝をついて頭を垂れた。

 リーネは戸惑いながらも、彼らの装備の僅かな曇りを見逃さなかった。


「あ、あの。皆様、わざわざありがとうございます。……でも、お鎧が少し、夜露で煤けておりますわね。……閣下、皆様が戦う前に、少しだけ『お掃除』をさせていただいてもよろしいでしょうか?」


「……ああ。君の好きにするがいい。彼らも、それを望んでいるだろう」


 リーネが【聖水の小瓶】を手に取り、騎士たちの鎧にシュッと一吹きする。

 瞬間、銀色の甲冑が目も眩むような輝きを放ち、蓄積されていた疲労や僅かな呪詛さえも洗い流していく。

 騎士たちは「おお……力が湧いてくる!」「傷跡まで消えたぞ!」と、感動の声を上げ、リーネへの忠誠をより一層強固なものにした。


 だが、そんな清らかな合流を、森の影から呪わしい視線で見つめている者たちがいた。

 実家の兄ロイドが差し向けた、隣国の工作員と契約した暗殺者たちだ。


「……ちっ、辺境伯め。着々と味方を増やしていやがる。……おい、計画を変更だ。あの女を連れ出すのは無理だとしても、あの屋敷を『汚物』で埋め尽くしてやれ」


 工作員は、不気味に蠢く巨大な袋を解いた。

 中から現れたのは、隣国の禁忌の術で作られた「腐敗の毒虫」の大群だった。

 それらは、触れるものすべてを腐らせ、不浄な粘液で大地を汚染する、お掃除好きのリーネにとって最悪の天敵とも言える魔物だった。


 ◆


「……嫌な匂いがいたしますわ」


 リーネが、不意に庭の北側を指差した。

 直後、森の中から「ジジジ……」という不快な羽音と共に、黒い霧のような毒虫の群れが、美しい庭園へとなだれ込んできた。


「バカな! 庭の結界を抜けてきたのか!? ……リーネ、下がれ!」


 ジークヴァルトが抜剣しようとした、その時。

 老庭師バルトが、鍬を担いで前に出た。


「閣下、ここは俺たちの出番ですぜ! ……姫様が蘇らせたこの庭を、こんな汚ねえ虫ケラに汚させてたまるかってんだ!」


「キュイイイ!」


 ホコリがリーネの足元から飛び出し、掃除機のように大きく口を開けた。

 ホコリは飛来する毒虫の一部を、その小さな体で吸い込み始め、バルトは「不純物は土に還れ!」と、リーネの浄化魔力が宿った鍬で地面を叩く。


「……私も、お掃除の弟子としてお供します!」


 ノアも細剣を抜き、リーネから教わった(と本人は思い込んでいる)「一点集中の浄化」を剣先に込め、毒虫を次々と光の粒子へと変えていく。


「皆様……! 私も、お手伝いいたしますわ!」


 リーネは【聖樹のバケツ】から、最大出力の浄化水を汲み上げた。

 彼女はそれを、侵入してくる毒虫の群れに向かって、一気に、そして豪快に撒き散らした。


「【超広域・洗浄グランド・クリーン】!!」


 ――ドォォォォォン!!


 それはもはや掃除というよりは、物理的な衝撃を伴う「聖なる津波」であった。

 純白の波が庭園を駆け抜け、触れる毒虫たちを根源から消滅させ、同時に隣国の工作員たちが潜んでいた茂みまでをも「丸洗い」してしまった。


「ぎゃあああああああ! 目が、目が洗われるぅぅぅ!!」


 茂みから、文字通り「ピカピカ」に浄化された工作員たちが、あまりの清々しさに戦意を喪失して転がり出してきた。

 彼らはリーネの光を浴びたことで、悪意や殺意までをも一時的に「掃除」され、放心状態で空を仰いでいる。


「……ふぅ。これでスッキリいたしましたわね」


 リーネが額の汗を拭うと、庭園は以前よりも増して神々しい輝きを放っていた。

 ジークヴァルトは、抜こうとした剣を鞘に戻し、半ば呆れたように、けれど誇らしげにリーネを抱き寄せた。


「……君の『お掃除』は、もはや最強の盾だな、リーネ。……バルト、ノア、ご苦労。捕らえた工作員はハンスに引き渡せ。……拷問(掃除)の続きは、彼に任せよう」


「閣下、拷問と掃除を一緒にしないでください。……皆様、本当にありがとうございました。おかげで、お庭がこれ以上汚れずに済みましたわ」


 リーネの感謝の言葉に、騎士たちもバルトも、そしてホコリも誇らしげに胸を張る。

 彼らは今や、ただの協力者ではない。リーネという「光」を守るための、最強の掃除団へと変わりつつあった。


「……準備は整ったな」


 ジークヴァルトは、王都の方向を見据えた。

 信頼できる騎士たち。内部事情を知るノア。そして、実家の陰謀を物理的に「洗浄」するリーネの力。


「リーネ。明日、王都へ戻る。……君を貶めた連中を、一人残らずこの国から『掃き出す』ために」


「はい、閣下。……私、王都の汚れを全部綺麗にするまで、絶対にあきらめませんわ!」


 リーネの決意は、どこまでも前向きで、そして誰よりも強力な光を宿していた。

 いよいよ、実家と神殿との最終決戦――「王都大掃除」が始まろうとしていた。


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