学校一のヤンチャな彼が、彼女がいるのに私に対して馴れ馴れしい訳
◇〜第一章:図書室〜◇
「おい、またそんな難しそうな本読んでんのかよ」
背後から降ってきた低い声に、私は思わず肩を跳ねさせた。
振り返るまでもない。
この図書室の静寂を、土足で踏み荒らすような遠慮のない声の主は、校内で彼一人しかいない。
瀬戸蓮。
金髪に近い茶髪、ボタンを三つほど外した制服、そして何より、周囲を威圧するような鋭い眼光。
彼はこの学校で“最も関わってはいけない人間“の筆頭だった。
他校との喧嘩、授業のボイコット、バイクの乗り回し。
彼にまつわる噂は、どれも物騒なものばかりだ。
「……瀬戸くん。ここは図書室だよ。静かにして」
「固いこと言うなよ。誰もいねーじゃん、ここ」
彼は私の隣の椅子を乱暴に引き、勝手に座り込んだ。
彼の体からは、微かに煙草と、それから甘いミントの香りがする。
正直、理解不能だった。
彼は学校一のヤンチャで、しかも──誰もが羨むような彼女がいるはずなのだ。
彼の彼女、ミカは学校中の男子の視線を釘付けにする美少女だった。
長いまつ毛、派手なネイル、短すぎるスカートを履きこなすギャル系の彼女は、瀬戸くんと一緒に廊下を歩いている時、いつも彼にベタベタと甘えていた。
その姿は、いかにも“似合いのカップル“といった風情で、私のような図書委員とは住む世界が違った。
それなのに──。
「これ、やるよ」
瀬戸くんが私の机の上に、コンビニの限定スイーツを置いた。
「……いらない。賄賂?」
「ははっ、お前をどう買収しろってんだよ。余ったから食えよ、美味いぞ」
彼はそう言って、私の髪をくしゃりと撫でた。
その手つきは驚くほど馴れ馴れしく、そしてどこか優しい。
私は戸惑いを隠せず、本を盾にして顔を隠した。
──どうして彼女がいるのに、私に構うの?
──遊びなの? それとも、ただの嫌がらせ?
◇〜第二章:疑惑の目線〜◇
ある日の放課後──。
事件は起きた。
いつものように図書室で、瀬戸くんが私の横で寝息を立てていた時のことだ。
ガラッと扉が開いた。
そこに立っていたのは、ミカだった。
彼女は鋭い視線で室内の様子を伺い、私と、その横で無防備に眠る瀬戸くんを見つけた。
私は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
──修羅場だ。
絶対に“泥棒猫“扱いされる。
私は震える手で本を抱きしめた。
「あの、これは、その……彼が勝手に寝てて……!」
言い訳をしようとした私の言葉を遮るように、ミカがスタスタとこちらに歩み寄ってきた。
彼女は眠っている瀬戸くんの頭をペシッと叩いた。
「ちょっと、蓮! またこんなところでサボってんの?」
「……んぁ? ミカか……」
瀬戸くんが眠そうな目を擦りながら起き上がる。
私は恐る恐るミカの顔を見た。
彼女は私を睨みつける……かと思いきや、信じられないことに、私に向かってにっこりと微笑んだのだ。
「あ、ごめんね。ウチのバカが迷惑かけて。この人、静かなとこ好きだからさ。いつもここに居座ってるでしょ?」
「え、あ……いえ……」
「仲良くしてあげて。蓮、友達少ないからさ」
彼女はそれだけ言うと、「じゃ、先帰るね」と軽やかに手を振って去っていった。
怒るどころか、まるで保護者のような余裕。
私は呆然と立ち尽くした。
「瀬戸くん、彼女さん、怒ってなかったね……」
「ん? なんでミカが怒るんだよ」
「だって、別の女子と二人きりだよ?」
「……ああ。あいつは別に気にしねーよ」
瀬戸くんはケロッとした顔でそう言った。その不透明な関係が、私の胸に小さな、けれど消えないトゲのような痛みを残した。
◇〜第三章:境界線〜◇
それから私は、瀬戸くんを避けるようになった。
図書室では、これまでと同じように接する。
彼が隣に座り、眠ったり、私の読んでいる本を覗き込んだりするのを、私は止めなかった。
けれど一歩、図書室の外に出ると話は別だった。
廊下で瀬戸くんの姿を見つければ、自然と視線を逸らす。
昇降口で鉢合わせそうになれば、靴を履き替えるふりをして時間をずらす。
購買の列で後ろに並ばれても、何も言わずに場所を譲った。
ある日、昼休みの廊下。
友人たちに囲まれて笑っている瀬戸くんの姿が、目に入った。
その隣には、当然のようにミカさんがいて、彼の腕に絡みついている。
瀬戸くんはそれを振りほどくでもなく、面倒そうにしながらも、受け入れていた。
胸の奥が、きゅっと縮んだ。
──やっぱり、私と彼では住む世界が違う。
私が彼の前から姿を消しても、きっと何も変わらない。
そう思うことで、少しだけ気持ちが楽になった。
実際、瀬戸くんは追ってこなかった。
廊下ですれ違っても、目が合えば軽く顎をしゃくる程度。
声をかけられることもない。
私が避けていることに、気づいていないのか、気にしていないのか──そのどちらかだ。
図書室に来れば、いつも通りなのに。
「よ。今日もいるじゃん」
それだけで、私の心は簡単に揺れてしまう。
……馬鹿みたいだ。
放課後、図書室で一人、本の整理をしながら考える。
ここだけが、彼と私の距離が近い場所。
外の世界では、私たちはただの同級生。
それ以上でも、それ以下でもない。
◇〜第四章:卒業式の真実〜◇
季節は巡り、卒業式の日がやってきた。
体育館での式典を終え、教室は別れを惜しむ声で溢れている。
私は騒がしい教室を抜け出し、最後にもう一度だけ、あの図書室へ向かった。
三年間、私の居場所だったところ──。
そして、彼がいつも馴れ馴れしく隣に座っていた、あの場所。
そこには、やはり彼がいた。
窓枠に腰掛け、校庭を眺めている。
「瀬戸くん」
「……よぉ。最後くらい来ると思ってたわ」
彼はいつものように不敵な笑みを浮かべ、私の元へ歩み寄ってきた。
そして、ごく自然な動作で私の肩に腕を回した。
「お前、卒業したらどこ行くの? 連絡先、まだ教えてもらってねーんだけど」
「……教えないよ。だって、彼女がいるでしょ」
私はずっと溜めていた言葉を口にした。
胸の奥がチリチリと焼けるような感覚──。
「ミカさんがいるのに、私にそんな風にするのは良くないと思う。……私、瀬戸くんのこと、いい人だなって思ってたから……余計に、そういう不実なところは見たくなかったの」
精一杯の勇気を振り絞って言った。
彼に嫌われてもいい。
自分の気持ちを整理するために。
すると、瀬戸くんは一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして固まった。
「……彼女?」
「そう。いつも一緒にいるミカさん」
沈黙が流れた。
次の瞬間──。
「……ぶっ、ははははは! ははははははは!」
瀬戸くんが突然、腹を抱えて爆笑し始めた。
窓ガラスが震えるほどの大きな声だ。
「な、何がおかしいの?」
「いや、悪い……あー、おかしい……。お前、ずっとそう思ってたのか?」
「そうだよ。みんなそう言ってるし」
瀬戸くんは涙を拭いながら、ようやく呼吸を整えた。
そして、いたずらっぽく目を細めて私の顔を覗き込む。
「あれ、俺の妹だから」
「……え?」
今度は私が固まる番だった。
「いや、親が数年前に離婚しててさ。苗字が変わってるから誰も気づかねーけど。あいつ、寂しがり屋でさ、学校でもやたらまとわりついてくんだわ」
「でも……あんなにベタベタして……」
「兄妹なんてあんなもんだろ? まあ、あいつがギャル化してからは俺も勘弁してほしいと思ってんだけど。……つーか、お前、それが理由で俺を避けてたのか?」
頭の中が真っ白になった。
これまでの彼の馴れ馴れしい態度は、“浮気“でも“遊び“でもなかった。
最初から、彼はただ真っ直ぐに、私に会いに来ていただけだったのだ。
「……じゃあ、今まで私にスイーツをくれたのも……」
「妹に買ったついでじゃねーよ。お前が好きそうなやつ、わざわざ選んでたんだ」
彼の顔が、夕陽のせいだけではなく、少しだけ赤くなっているのがわかった。
「……なぁ。ミカが彼女じゃねーって分かったんなら、文句ねーだろ?」
瀬戸くんは私の手をぎゅっと握りしめた。
傷だらけで、少しごつごつした、大きな手。
「これからも、馴れ馴れしくしていいか?」
心臓が、耳元まで届くような大きな音を立てる。
私は俯きながら、けれど逃げないように彼の握り返した。
「……図書室じゃなくても、いいなら」
「当たり前だろ。もう、卒業しちまったからな。これからはどこへでも行くわ」
校舎裏に響く卒業生の歓声。
春の風が、開け放たれた図書室の窓から吹き込み、私たちの新しい始まりを告げるように、本のページをパラパラと捲っていった。
ヤンチャな彼の、私だけの特等席。
物語の続きは、きっとここから始まるのだ。
〜〜〜おしまい〜〜〜
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