気丈な悪役令嬢の涙を俺だけが知っている。
「ローザ・バルフォア! お前との婚約を破棄する!」
王城で行われた夜会。その会場の真ん中でジェローム・ポロック侯爵子息はそう言った。
婚約破棄を突き付けられたのは艶やかな黒髪に紫の瞳を持つ女性、ローザ・バルフォア伯爵令嬢。
彼女は普段と変わらぬ凛とした佇まいでジェロームと彼の腕に絡んだ女性、ダルシー・サッチ子爵令嬢を見つめている。
「お前はダルシーの美しい容姿とその人望に嫉妬し、彼女を虐め、あまつさえ殺そうとした! これは立派な犯罪だ!」
「あら、ジェローム様。突然このような場で何故そのような悲しい事を仰るのですか? お言葉ですが、証拠はございまして?」
ローザは扇で口元を隠し、目を細めてジェロームを見つめる。
ピンと張った背は傍から見れば自信の表れに感じるだろう。
ジェロームは鼻で笑う。
「白を切る気か! 一ヶ月前、服毒したダルシーが倒れたのを忘れたとは言わせないぞ!」
「女生徒でお茶のマナーの授業を受けていた際の事ですね。それぞれが用意したカップにお茶を淹れて飲みました」
「事前に用意したカップは教員の手で専用の物置部屋に置かれていた。生徒がそこへ踏み入れる事はないはずだ。……だが、その部屋の中からこれが見つかったんだ!」
それはローザが良く身に付けていたイヤリングだ。
確かに少し前から、彼女はそれを付けなくなっていた。
周囲からは冷たい視線が注がれる。
ローザは小さく息を吐いた。
「困りましたわ。私の味方はいらっしゃらないようで」
「ハッ、当然だ。証拠もある、日頃の悪評もある。お前のような悪女の味方をする奴などどこにいるというのだ!」
ローザは深く息を吐く。
それから彼女は美しいお辞儀を披露した。
「婚約破棄の件に関しましては、畏まりました。受け入れましょう。……けれど、ジェローム様の仰る罪については、決して認める事は出来ません」
「だろうな。お前はそういうしかない」
隣に別の女を従えながらの婚約破棄。
そんな仕打ちを静かに受け入れるローザへ、ジェロームは更に追い打ちをかけようとする。
「そうしなければ殺人未遂の罪で家諸共姿を消す事になるだろう。だが、証拠がある以上」
「――待て」
そこで俺は口を開き、人混みの前へ出た。
婚約破棄の現場を見ていた好奇の視線が一斉に俺へ集まる。
ローザ、ジェローム、ダルシーもそれぞれ俺を見た。
「アルバート・クロックフォード公爵様……」
俺の名を呼んだのはダルシーだった。
それを聞き流し、俺はジェロームを見据える。
「失礼。無関係の人間が口を挟むものではないと思ったのだが、流石に看過できなくてね」
「い、一体何が看過できないと?」
国でも有数の大貴族、クロックフォード公爵家。その当主である俺がまさか割って入って来るとは思わなかったのだろう。
ジェロームは狼狽えていた。
彼は顔を強張らせていたが、その理由は俺の地位の高さのほか――俺が付けている仮面のせいもあったのだろう。
この国に多くの悪魔が存在していた太古の時代。
世界から悪しき存在を打ち払う戦いで最も貢献したのが初代クロックフォード公爵。彼はその功績から公爵位を授与されたが、ある悪魔の戦いによって、後世に受け継がれる呪いを受けていた。
俺が仮面で顔を隠しているのも、その呪いが原因であった。
そしてこの呪いの詳細を知る者は外部にはいない。
社交界で出回った噂は、顔を隠し続けるクロックフォード一族が呪いに侵されているという話だけだ。
仮面の下には爛れた皮膚が隠れているだとか、仮面を外せば呪いをうつされるだとか、多くの憶測が飛び交っていた。
「ダルシー嬢が倒れたという現場も物置部屋も直接見た訳ではないが、それでも言える事がある。彼女を犯人と断定するにはまだ早いという事だ」
「かっ、閣下はご存じないかもしれませんが、このアクセサリーをローザは毎日身に付けており、あの事件以降付けていなかったのは事実です! これがローザのものではないというのなら彼女が件のアクセサリーを見せると宣言でもすればいいのです!」
「それが彼女のものであるとしても、誰かが冤罪を着せる為に敢えて投げ入れたのかもしれないだろう」
「そ、それは……っ」
ジェロームは口籠る。
俺はわざと大きな溜息を吐いた。
「すぐにその可能性を否定できないという事は、貴方の主張に穴があるという事だ。もう少し冷静に動くべきだな。目撃者の証言を集めるなり……」
「も、目撃者ならいます! 彼女が物置部屋の方へ向かう姿を見たという者達が!」
「ほう? 具体的な名前は挙げられるのだろうな」
「も、勿論です……!」
ジェロームは何名かの名を挙げた。
俺はそれを全て記憶してから頷く。
「なるほど。ではローザ・バルフォア伯爵令嬢? 貴女の無実を証明できる者はいるか?」
「さぁ、どうでしょう。目撃者の方々がおっしゃるお時間によってはいるかもしれませんわね」
ローザは薄い笑みを浮かべたまま淡々と答える。
「ではその擦り合わせから行うべきだろう。これ以上、このような公の場で騒ぐような事ではあるまい。私はこのような時間の為に夜会へ足を運んだのではないのだがな」
「……し、失礼しました」
仮面の奥からジェロームとダルシーを見据えれば、彼らは震え上がる。
そしてジェロームは弱々しい声とともに頭を下げた。
俺はそれを聞いてからローザへ向き直る。
「相手がいないのであれば、外まで連れて行くが」
「……確かに、今の私が居ては折角の夜会も興醒めでしょう。お言葉に甘えさせていただきますわ」
手を差し出せば、ローザは涼しい顔でそれを受ける。
俺は彼女をエスコートし、夜会の会場を後にした。
雨季でありながら珍しく星々が姿を見せていた静かな夜。
冷たい空気に包まれながら、俺はロータリーまで歩く。
ローザは何も言わなかった。
「堪える必要もないだろう」
「何のお話でしょうか」
仕方がないので声を掛ける。
しかし恍けられた。
「俺には」
俺は振り返り、ローザの頬へ手を伸ばす。
彼女の顔が僅かに引き攣った。恐怖というよりは、図星を突かれる予感がしたのだろうと思う。
「貴女が泣きたくて仕方がないように見えるがな」
「とんだ勘違いですわ、閣下。何故私が下位貴族に翻弄される愚かな婚約者を相手にそのような気持ちに、ならなければ」
ローザがくすくすと笑う。
しかしその瞳はじわりじわりと潤んでいき、やがてそれは大きな雫となって零れ落ちた。
ローザは慌てて俺から目を背ける。
そんな彼女の腕を俺は引き、人目に付かない建物の影へ潜り込む。
そして腕の中に彼女を抱き寄せた。
「婚約とは大きな意味がある。例え婚約者に未練がなくとも、生家の意志を背負う義務や使命、責任感――そういうものから罪悪を覚えるのは当然の事だ。そして……」
声を押し殺し、掠れた嗚咽しか漏らせない少女の髪を俺は撫でる。
「心ない言葉と、助けが来ない孤独に胸を痛める事も」
他者の鋭い視線や言葉を全て受け取ってしまう程に純真で繊細な少女。
虚勢を張って身を守るふりをしながら、誰よりも傷ついてしまう不器用な人。
それがローザ・バルフォアという女性であることを、俺は良く知っていた。
***
落ち着いたローザを馬車へ送り、別れた翌日の事。
俺は王立学園の生徒として授業を受けていた。
父が流行り病で急逝し公爵の地位を受け継いだ俺だが、教養を積む機会を失う訳にはいかない。
よって俺は侯爵としての執務と学園での生活を両立させていた。
昼休憩の事。
俺は裏庭にこっそりと置かれたベンチでサンドイッチを口にしていた。
空には分厚い雲が広がっていたが、今日も雨は降っていなかった。
それに仮に雨が降ってきても、近くには使われなくなった旧校舎や屋根付きのテラスがある。
静かに食事をとるには打って付けの場所だった。
するとそこへ
「あらあら。相変わらず公爵家の血を継ぐお方とは思えないお姿です事」
皮肉のような言葉と共にローザが現れる。
「そんな貧相なものばかり食べていてはクロックフォード公爵家の名も泣きますわ。そうは思わなくって? ――ブレット様」
食事をとっていた俺は勿論、仮面を付けていない。
というか学園では付けていない。
そして学園に通う俺の事を皆はブレットと呼ぶ。
ブレットというのは病弱で社交家にあまり出られない弟の名だ。
社交界ではブレットの呪いはアルバートよりも随分微弱だという設定になっている。
そう。俺は弟の名を借り、仮面を外して学園に通っているのだ。
俺はちらりとローザを見て、小さく会釈だけをする。
どこかの悪役のように喉で笑う彼女は両手に持っていた大きなバスケットを俺の横に置き、その隣に腰を下ろした。
「公爵家の方がこのような質素な食生活であると知ってしまえば、伯爵令嬢如きの私がそれを上回る食事をとるのも憚られるというもの。私の為にも、他のお方の為にも公爵家の面目を保たれてはいかがです?」
要は『心配だからもっと食べてくれ』という事である。
バスケットの中には一人では到底食べきれないであろう量の食事が詰められていた。
勉学に執務。呪いの問題に加え、考える事が山ほどある俺は昼休憩中は人目を避け、最低限の食事を済ませ、後は常に頭を働かせる生活をしていた。
ある日、そんな俺を見つけたのがローザ。
彼女は嫌味のような言葉を吐きながらも、毎日俺の様子を見に来たり、豪勢な昼食を持ってくるようになった。
「公爵家のお料理に比べれば取りに足らないものばかりでしょうが」
俺は首を横に振ってから両手を組み、感謝を示す。
そうして彼女が用意してくれた昼食を口にした。
「聞いてくださいます? 昨晩ってば、本当に大変な事が起きてしまったんです。私、何と婚約破棄を言い渡されてしまって」
やがてローザは昨晩の出来事を語り始める。
勿論、俺は全て知っている。
「まさか、無くしてしまったアクセサリーが一度も訪れた事のない場所で見つかるなんて。……ああ、それで。アルバート様がおっしゃったように、私が物置部屋へ向かうところを見たという方々にお話を伺おうと思っております」
そう話す彼女はやはり気丈な様子で、昨晩涙に顔を濡らしていたとは到底思えない振る舞いをしていた。
俺は小さく頷くと、立ち上がる。
「もしかして、お手伝いしてくださるのですか?」
俺は無言でもう一度頷いた。
俺達は早速、昨晩ジェロームが名を挙げた者達への聴取を行った。
ローザは皮肉屋な上、日々ダルシーや彼女と関わりのある者から悪評を流されている社交界の嫌われ者。
そして俺は血筋は立派だが兄とは違い、無口で根暗な無能男。
相手は常に嘲笑じみた薄ら笑いを浮かべ、俺達に対して見下した態度をとっていた。
だがそれはかえって好都合でもある。彼らは深く考えもせずぺらぺらと話をした。
「おかしな話ですわね。私が三回も物置部屋を往復した事になっていますわ」
ローザはくすくすと愉快そうに笑う。
そう、ジェロームが挙げた目撃者とやらは皆、物置部屋へ向かうローザの姿を見たという時間が異なっていたのだ。
「せめて口裏を合わせればいいのに。私一人ではどうにもならないと思ったのでしょうね」
とにかく、これで矛盾は突けるようになった。
しらを切られる可能性はあるが、少なくとも俺はローザと同じ主張が出来る。それで問題はなかった。
さて、次はダルシーのカップに毒が塗られた場所と言われている物置部屋へ向かう。
教師に許可を貰い、念の為監視についてもらいながら俺達は物置部屋を見て回る。
「特に気になるようなものはありませんわね」
ローザの言葉に俺は頷く。
「申し訳ありません。無駄足になってしまいましたわ」
彼女の謝罪に俺は首を横に振った。
気にするなという意味ではない。
『俺達がここで探し物をした』
この事実が大切なのだ。
その後、昼休憩が終わり、それぞれ違う授業を取っていた俺達は解散した。
そして放課後。
昨日、涙を流したローザの姿が過った俺は馬車まで彼女を見送ろうかと彼女がいる教室へ向かう。
すると教室からこんな声が飛んできた。
「いい加減、罪を認めたらどうだ?」
ジェロームの声だ。
俺は深い溜息と共に足を速めた。
扉の影からこっそり様子を窺う。
ジェロームは相変わらずダルシーと体を密着させてローザと対峙しており、周囲の生徒は口を閉ざしながらも興味津々に三人の様子を見ている。
「今日は随分と忙しそうに歩き回っていたようだが。いい加減逃げ道を探すのは諦めて、ダルシーに謝れ! 彼女は今日もずっと胸を痛め、お前に怯えていたんだ」
「そうは言われましても。やってもいないことを認める事は出来ませんわ」
「まだ白を切るというのか……!」
「白を切るも何も、事実です。現にジェローム様がおっしゃった目撃者様方は、私が物置部屋へ向かった時間として皆異なる時刻を発言しておりました」
「ハッ、口だけではどうとでも偽れるに決まっている! 今から彼らに順に聞いたっていいんだぞ!」
「困りましたね。それでは口裏を合わせることが出来てしまいます」
ジェロームは周囲にいる生徒数名を見やった。
この会話はローザに分が悪い。
彼女一人が何を言おうと嘘を吐いている可能性を否定する根拠が出せない。
ローザは詰め寄るジェロームに何も感じていないように振る舞っていた。
だが、服の袖に隠れて拳が握られているのに俺は気付いていた。
俺は長い溜息を吐く。
沸々と沸き立つ怒りを何とか抑え込み、それから教室へと入った。
「残念ながら、聴取を行ったのは彼女だけではない」
俺の声が教室中に響き渡る。
教室内の視線が俺に集まり、同時に俺が言葉を発した事に皆驚きの表情を見せた。
「ぶ、ブレット様……」
ローザを背で庇い、唖然としているジェロームの前に俺は立つ。
目撃者達を見れば彼らは顔を強張らせた。
まさかこれまで学園で一切能動的な動きを見せなかった俺がローザの肩を持つとは思わなかったのだろう。
俺は彼等を見ながら問う。
「貴方方はそれぞれ、事件の前日夕方、午前、昼休憩と、証言したはずだ。違うか?」
三人は顔を青くしながら黙る。
「発言はよく考えた方が良い。例えここで口裏を合わせ、この場を乗り切ったところで――俺からの信用が回復する事はないからな」
クロックフォード公爵家の信頼を失う事、そして恨みを買う事。
生まれた時から貴族社会に揉まれて来た者ならば、貴族制度の恐ろしさを理解している。
故に彼らは――小さく頷くほかなかった。
「な……っ」
「だそうだ。さあどうする、ジェローム・ポロック? 次は彼女が三度も物置部屋を往復したとでも言うか?」
さすがにそんな主張が通らないことは理解したのだろう。
ジェロームは顔を険しく歪めると何も言えず俯いた。
「で、でも――」
「ああ、そうそう。ダルシー・サッチ嬢。この後共に件の部屋まで付き合ってはくれないだろうか」
「え?」
突然の提案にダルシーが目を丸くする。
俺は続けた。
「事件があったという日の朝、学園では雨が降っていた。そして――物置部屋には足跡が残っていた」
ダルシーの顔が瞬く間に青くなる。
「あまり使わない部屋だからな。床は掃除されていないままだったのだろう。ローザや貴女――この事件の関係者らを全員連れて行けば、誰かしら靴の大きさが一致するかもしれないだろう? もしかしたら――靴底の痕までぴったりとな」
「あ、あ……その……」
「……ダルシー・サッチ嬢? 俺は嘘が嫌いな質なんだ。そして――時間を無駄に浪費する事もな」
口籠るダルシー。そんな彼女の言葉を促すべく……そして二度とローザの幸福が脅かされない為に。
俺は――
隠し持っていた仮面を取り出し、顔の半分を隠す。
「………………ぇ? ……ひ、――ひぃぃっ」
ダルシーは呆然とした後……事の重大さに気が付いたのか悲鳴を上げた。
両膝から崩れ落ちたダルシー。
そして卒倒しそうな程に顔を青くさせたジェロームと偽目撃者。そして野次馬達。
重く苦しい静寂の中、ダルシーは泣きじゃくったのだった。
***
結果から言えば、服毒騒動はダルシーの自作自演であった。
お高くとまっているローザが気に入らなかった事、そして侯爵子息であるジェロームを使って玉の輿を狙いたかったことから、彼女はローザの悪評を流し、また彼女の地位を引きずり下ろそうとし、そして――ローザとジェロームの婚約を解消させた。
因みに、足跡云々は勿論証拠にはならなかっただろう。
何故なら泥のついた足跡などいくつもあったし、それらが混ざり合っていたので、仮にダルシーの足跡が残っていたとしてもそれをはっきりと断定できるかは定かではなかった。
カマをかけた訳だが、公爵という地位、俺の正体、そして自分の罪がバレるかもしれないという危機感。それらが入り混じった彼女が冷静にその場を乗り切れるとも思っていなかった。
要は計画通りである。
それから俺達は泣きじゃくるダルシーや許しを請うジェロームを置いて教室を離れ、いつもの裏庭へやって来た。
「驚かないのか」
「ええ。そうですわね」
「……気付いていた、と」
「だって、声が同じですもの」
「仮面なしでは殆ど話していないと思うのだが」
「ここで初めてお見かけした時に少しだけ聞きましたわ」
「あれくらいの会話で覚えていたと?」
あの場で一人だけ顔を強張らせなかったローザ。
不思議そうにしている俺を見て彼女はくすくすと笑った。
「でもどうして手を貸してくださったのですか」
「毎日の昼食の礼だとでも思えばいい」
「あれは必要だと感じていない方に押し付けていただけの自己満足だと理解しておりますわ」
何故、と聞かれればすぐに答えられる理由はあった。
「貴女に恋をしているのだろうな」
***
俺がまだアルバートとして仮面をつけて学園へ通っていた頃。
父が亡くなり、環境が大きく変わり、傷心する間もなく執務と勉学に必死に食らいついていた時。
秘密の場所である裏庭で、仮面を外し、俺は項垂れていた。
疲労と精神の負担で参っていた俺の前へやって来たのがローザだった。
「まぁ。酷いお顔」
開口一番そう言った彼女は当然のように俺の横に座る。
そして、自分の家で起きた楽しい事を話したり、歌を歌ったりと一人で楽しそうにし始めた。
「……何をしているんだ」
何のつもりかと彼女の横顔を見る。
「悩み続けていると同じ事ばかり繰り返し考えてしまうのです。今日、苦手な科目の授業を受けた時の私のように」
すると不敵に笑う顔があった。
「一人で考えすぎると、滅入ってしまうものでしょう?」
それが彼女なりの気遣いであると、俺は漸く気付いた。
「ところで、見掛けないお顔ですが……お名前は?」
そして、決して直接的な言葉を使わないが、それでも他者へ寄り添おうとする彼女の優しさと、その華のような笑顔に。
――俺は惹かれたのだった。
「ア――」
そして俺は名乗りそうになる口を無理矢理閉ざし、持っていた紙とペンを使い、『ブレット・クロックフォード』と書いたのだった。
***
ローザが目を瞬く。
そして見る見るうちに顔が赤くなっていった。
「な、何を一体……。揶揄うのはおやめください」
「……クロックフォード公爵家が受け継ぐ呪いについてだが」
動揺を隠そうと顔を背けたローザが愛おしい。
俺は微笑みを浮かべながら、話を切り出した。
「嘘が吐けないんだ」
「……え?」
「嘘が吐けない。本当の事を話すか、黙る事しかできないんだ」
ローザが呆ける。
「馬鹿げているだろう? 出回っている噂に比べれば拍子抜けものだ」
想像通りの反応に苦笑が込み上げた。
「だが社交界は偽りだらけ、腹の探り合いだらけの場だろう? そんな場では結構致命的だったりする訳だ。……自分が想定していなかったような言葉が出てしまったりすれば、余計に取り乱したりもする訳で」
飄々とした口調で俺は答える。
だが……残念ながら顔と耳が急速に熱を上げていた。
「だからその、社交界では顔を隠していたわけなんだが……」
「え……えっ」
そこで漸く、ローザは悟ったのだろう。
「…………真実、です、のね」
「ああ」
何とも言えない、居たたまれない空気に包まれる。
まさかうっかり口を滑らせてしまうとは。
しかし言ってしまったからには仕方ない。
彼女への想いが偽りでないことを証明する為、呪いの事まで打ち明けたのだ。
ならば、覚悟を決めるしかあるまい。
「ローザ」
「あ、は、はひ」
ジェロームとの関係性を見れば、きっとこういう場に慣れていないのだろう。
彼女は顔を真っ赤にしたまま肩を跳ね上げ、それから俺を見た。
「傍に居て欲しい。貴女を必ず幸せにして見せる。だから」
それから、彼女の手を取って跪き――その手にキスを落とした。
「俺と、婚約してくれ」
ローザの瞳が揺れる。
愛を伝えられる事に慣れていない、健気で愛しい少女。
彼女は笑みを浮かべて、いつものように喉で笑って見せながら――真珠のような涙をいくつも零した。
「…………ええ、よろこんで」
それから俺達は互いに抱きしめ合って、愛を囁いて……恥ずかしくなって笑い合って。
そして深く甘いキスを交わすのだった。
***
これは余談だが。
この後、ジェロームとダルシー、そして偽りの目撃者達ら当人とその家は政界で権威を失っていった。
金輪際、社交界で彼らが出しゃばる日はやって来ないだろう。
最後までお読みいただきありがとうございました!
もし楽しんでいただけた場合には是非とも
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それでは、またご縁がありましたらどこかで!




