旅立ち
あれからどれくらい時が流れたのだろうか、
師匠とともに修行を続ける日々、
もう数百年は過ぎただろう。
最近夢を見る。
暗い暗い、何も感じることのない夢だ。
身動きは取れず、何か閉じ込められているような、
しかし、体のうちから湧き上がるような何かをずっと感じている。
日に日にそれは大きくなり、今にも溢れ出しそうである。
剣術、体術、学問、そして野宿まで、修行の内容は多岐にわたり、
時に意味があるのか疑わしくなることもあった。
それでも、師匠の導きのもと、クロセリオはひたすらに自分の力と向き合い続けた。
今行っている瞑想もそんな修行の一つだった。
「師匠、この修行になんの意味があるんですか」
「クロセリオ。君は毎回この修行で文句を言うね」
柔らかな声が、風のように返ってきた。
「いつも言っているだろう、これは君自身の内なる力と向き合う修行なんだ」
「いつもそんなこと言って、そんな抽象的な説明でわかるわけないでしょう」
師匠はいつもの修行ではとても論理的に教えてくれるが、
この瞑想の修行の時だけはいつもこうだった。
「この瞑想の果てにあるゴールはクロセリオ、君にしかわからないんだ。
方向性は示すことができる。だが、君の力は私の力とは異なるんだ」
「……」
「まぁ、どうすればよいのかわからないのでは、ヒントというかなんというか、
君は最近同じ夢を見ているだろう。その時の感情を思い出すんだ。
そうすればきっと君の内なる力を目覚めさせられるだろう」
「夢の感じ…」
言われるがままに目を閉じて思い出す…暗く何も見えない。何かに縛られているような…
自分はここから抜け出さなければいけないんだと、なぜかそうした義務感にとらわれる。
さらに内へ潜る…
なにか囁いているような声がする。
殻を破りたい。破ろうとする。
まだ破れてない。
繰り返す。破ろうとする。破れない。 破ろうとする。少しひびが入る。 破ろうとする。何かが震える。 破ろうとする。ひびが広がる。 破ろうとする。砕けそうだ。 破ろうとする。……破れた。
自分の内側で何かが目覚めた気がする。
何か解放感というか、全能感というか、とにかく力があふれてくる。
目を開けるとレイベルは笑っていた。
「やっと羽化したかクロセリオ。ずいぶんかかったじゃないか」
「…なんですかこれは、師匠はこの力について知っているんですよね」
「ああ、知っているさ、だがそれを君に教えることはできない。
その力が何なのかは自分で見つけるんだ」
そういって手をかざすとその手には一本の漆黒の鞘に納められた剣が現れた。
闇をそのまま封じ込めたような吸い込まれそうな黒だ。
「君はこれから私のもとを離れアストレイン中を旅するんだ。
この剣は選別だ。私の弟子としてのな」
「え……?」
レイベルはその剣をクロセリオによこした。
クロセリオがその剣を鞘から抜くと、純白の刀身の剣が光った。
鞘とは反対にすべてを映し出すような白をしている。
剣からはなにかとてつもない力を感じる。
「…急ですね、旅に出て何をすればいいんですか」
「君の好きにすればいいさ。君は何でもなすことができるだろう
私はその手段を与えただけさ」
そういってもう一度手をかざすともう一本の漆黒の鞘に納められた剣が現れた。
ただその剣はクロセリオの剣と比べても圧倒的な力の差を感じるほど強大な力を持った剣だった。
レイベルがその剣を一振りすると文字通り空間が割れた。
「この先に進むといい。最初の世界だ。最初の世界は第48の世界、通称『ベルナル』だ。
だがサービスは最初だけだ。もしこの先、別の世界に進みたいならば自分で何とかしなさい」
初めて見るレイエスの表情、突き放すようなしかし奥底に優しさも感じる。
クロセリオは決意する。
「わかりましたよ師匠。
自分の原点を探しに行く旅に出ます、そしてその旅の終点に何をなすのか見ていてください」
「あぁ…楽しみにしているよ」
そういってクロセリオは空間の亀裂に進む、それがクロセリオと世界をめぐる旅の始まりだった。
ークロセリオが去った後の「庭」ー
「行ったか…さみしくなるね」
レイエスは静かにつぶやく。
「そろそろ私も動かなければならないかな」
そういって手を握ると「庭」は収縮していく。
そうやって「庭」が手の中で消えると、周りに広がるのは次元の狭間。
常人なら存在すら許されない空間。
そこに悠然と立つ彼女はいったい何者なのだろうか。
「さぁまずはどこに行こうか」
レイエスはそうつぶやくと次元の狭間を歩き出した。
ー世界は変わり始めている…ー