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『死と罪』

作者: しゅん

起きた出来事をその日のうちに書いたのでなにもないです。

20××年1月の21日、僕の祖父が他界した。その日は僕の受験も近い頃で塾から帰った時だった。母親から祖父の危篤を伝えられた。

「じいちゃんが危篤状態...だって」

母が僕にそれを伝えた時にはもう母は涙が溢れんばかりに目を真っ赤に充血させていた。

それを伝えられ時、僕と言えば何と言えばいいのか分からず、ただ目を大きく開いて反応の意だけをとにかく示した。否、示すしか無かった。

「大丈夫...?」

母は自分がいちばん辛いだろうに僕の心配をした。自分の父親が危篤なのだ。それは辛いなんて言葉一つじゃ言い表せない。

「うん」

たった一言。でも僕は心のうちでは酷く動揺していた。それが悲しみであればまだ良かったのに。

「今から会いに行ってくるから。」

「お前たちはどうすんだ、ママ、子供たちは連れていかなくていいか?」

「意思次第でしょ、瞬あなたは行きたいの?悠あなたは?」

直後沈黙が流れた。僕はどうしていいかわからなかった。だから、ただ兄の判断を待った。兄が行くなら行こう、と。

「...」

ところが兄は何も言わなかった。僕は思った、きっと兄も同じなんだ、行くべきかどうか分からないんだ。

「...行った方がいいんだと思う。最期に会っておきたい。」

僕は兄の代わりに言ってやった。しかし、この判断が正しかったのかは成長した今でも分からない。その後のことを考えればやはり行くべきではなかったのかもしれない。

その後、家族全員で行くことが結局決まった。

車は兄が運転した。兄は免許を取ったばかりであったが、さすがに母に運転させるのは気後れしたのだろうか、自ら啖呵をきった。

車内ではしばらく沈黙が流れたが少しして母が話し始めた。

「昨日まで、呼吸器のマスクを付けよう...とか、チューブを入れようとか、話してたから...こんなに突然...」

その先は母の嗚咽が引き継いだ。僕は何も出来なかった。なぜなら、僕は何も悲しくなかったからだ。あんなに愛情を込めて接してくれた祖父が危篤だと伝えられたのに。僕は全く悲しくなかったのだ。だから、僕に母を慰める資格なんてないと思った。僕は母の嘆きを聴きながら下唇を噛んでいた。

「口座寄った方がいいかな...?」

母が涙ぐみながら言った。母は、祖父が死んだ場合口座が凍結されることを危惧し、金を引き落としておくべきなのではないかと考えたのだ。

「間に合わなかったら嫌だし後でいいんじゃない?そんな直後に凍結されるなんてことないでしょ?」

父が言った。確かにその通りだった。今最優先すべきことは祖父に会うことである。

(中略)

僕ら家族はその後兄の焦ったような運転と共に祖父が入院する施設へと着いた。

インターホンを押すと、看護師が待ってましたと言わんばかりに扉を開け、で出迎えた。

「こちらです。」

看護師の呼び掛けに僕達家族は焦ったようには見えなかった。そこには何か覚悟を孕んだ感情が揺らいでいたのかもしれない。

僕達はその調子で病室へと入った。

「私共が確認したところですと、もう既に息が止まっていて...」

その後何か看護師が説明していたような気もするがよく覚えていない。しかし、その時家族は崩れたように一斉に涙した。間に合わなかったのだ。祖父の死に際に立ち会えなかった。だからこその悲しみか、それとも愛し愛された祖父が死んだことへの悲しみかはたまたそれ以外か。中学生の僕には分からなかったけれど、僕だけは泣いていなかった。泣けなかった。悲しみの感情すらも無かった。

母は泣いていた。生まれてから1度も涙を見せたことの無い、父も泣いていた。成人して大人になった兄も泣いていた。普段何事にもガサツなもう1人の兄も泣いていた。でも僕は泣いていなかった。それどころか、自分だけ泣いていないのが嫌で泣こうと、無理にでも泣こうとしていた。悲しみの感情がないことが、泣けないことが、まるで自分が祖父に持っていた愛情が全て嘘だったように思われて嫌だった。だから泣きたかった。でも現実は非情にも泣けなかった。しかも、そうした、エゴな感情で泣きたがっている自分に凄まじい程の自己嫌悪を感じた。

「私共は一旦失礼させていただきますね。」

看護師たちは私たちに祖父との別れの時間を設けた。

看護師が部屋から出ていくと母はすかさず、祖父に駆け寄り言葉をかけた。

「まだあたたかいね。間に合わなくてごめんね。...家に帰りたいって言ってたのに帰せてあげられなくてごめんね。瞬や悠、涼も来てくれたよ。」

母は終始涙をしていた。そして、家族はその母の祖父への呼び掛けにまた涙をしていた。

それでも僕は泣けなかった。僕は一層苦しかった。泣ければどんなに楽だったか。祖父の死を悲しみたい。けど、そう思ってしまうことも嫌だった。

「声掛けてあげなよ、きっとまだ聞こえてる。」

母は僕達に言った。僕達兄弟は祖父に寄った。手に触れたらまだ暖かかった。僕がもう少し早く準備をしていたら間に合っていたのだろうか。そんなことを思ったりもした。

兄達はただ祖父の腕に触れ涙していた。僕も触れた。目頭が熱くなることはあっても決して泣くことは無かった。でも、このままではダメだと心のどこかでは思っていたのだ。

僕は先陣を切って祖父に声をかけた。

「じいちゃん、今までありがとう。小さい頃に、おみ...せ、店とか、ピザ食べたり...とかありがとう。今でも思い出に残ってて、だから、ありがとう。それと、ごめん。あんまり会いに来れなかったし、それに...。本当にごめん。」

喋っている途中、声も全く震えなくて、それが嫌で、少したどたどしく喋った。それがまるで、すべて演技で言ってるかのようで、また僕は自分を責めた。僕はごめんと2回言った。1つ目のごめんは、受験勉強でなかなか会いに来れなかったことへの謝罪だ。そして2個目は祖父の死を悲しめないことに対する謝罪だった。でも、それをはっきり明言するのは悲しむ家族がいる前では何となくはばかられて、言葉を濁した。

その後は兄2人が祖父にだけ聴こえるような声で話しかけていた。もっとも、祖父はもう亡くなっていたが。

その時ガチャ、という音とともに先程の看護師と若い医師が病室に入ってきた。

「こんにちは、医師の山田と申します。死亡確認にまいりました。」

医師は死亡確認の詳細を説明した。心臓音が聞こえるかどうか、それと光を目に当て瞳孔が縮むかどうかによる脳の様子から判断するとの事だった。

結果は言わずもがなだった。

「私の時計で失礼させていただきます。1月の21日、11時20分、死亡を確認しました。」

現実でこの言葉を聞くのは初めてだった。祖父が死んだことがより鮮明に頭で理解出来て、その時初めて少し心が痛んだ。家族はまた泣いていた。僕は相変わらずだった。

家族はその後しばらく泣いた後、冷静さを取り戻し、葬儀の話をしていた。しかし、その間も僕はずっと、もう魂の宿ってない祖父の体を見つめていた。

看護師によると、諸々の手続きは翌日するのが一般だとのことで僕たち家族は一旦帰ることとなった。

帰り際僕達は祖父に本当の意味での最期の別れを告げた。

「じゃあね。」

母が言った。

僕は今僕が持てる全てを持って

「ありがとう」

と言った。その時触れた祖父の額は先程までとは打って変わってとても冷たくなっていた。こんなに冷たい人の肌は初めてで驚きと共に祖父の死をまた実感した。

僕は最後まで泣くことは出来なかった。


僕は今、家に帰ってこの小説を書いている。この気持ちを忘れる前に記しておこうと思ったのだ。僕は怖い。今後、僕は宿命的に家族を失っていく。しかも僕が三男であることから、最後に残るのは僕になるだろう。僕はその時きっと家族を看取ることになる。

では、僕はその時泣けるのだろうか、泣いてあげられるのだろうか、家族が求める言葉を与えてあげられるだろうか。

僕は家族に本当に愛情を持っているのだろうか。

僕は今自信を持って「愛してる」なんて言えない。今後10年20年先か、もしかしたら明日かもしれない、身近にある死にあなたはその死に絶望してあげることができるだろうか。


実話より引用『死と罪』

僕が知った理想と現実の差を、誰かに訴えたくて書きました。この作品を機に少しでも誰かの家族を想う気持ちがより良くなったなら幸いです。

作品を書くのは初めで多少拙いところもあるかとは思いますが、ぜひ作品を楽しんで、というとあれですが、読んでいただければ幸いです。

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