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9話 末路

「フォンちゃん! 危ない!」 

 

 近くにいた魔法使いの呼びかけを理解し、フォンがすぐに後ろに振り向いた時には既に人食いムカデがフォンを今にも食べようと体の前半分を起こしていた。

 そして、人食いムカデはフォンに突撃してくる。

 一瞬のことだったがどうにかして回避する。しかし運がよいのも束の間、それを予測していたかのように人食いムカデは改めてフォンに突撃した。回避行動をしたばかりのフォンには、もう避ける手段がなかった。

 しかし、フォンは大怪我を覚悟しすぐに剣を構えると突撃してきた人食いムカデの胴体を真っ二つに切り落とした。頭と胴体は完全に離れ両方から青色の体液が吹き出している。


「大丈夫か? フォンちゃん」


 大槌使いが人食いムカデに襲われかけたフォンの身を案ずる。


「大丈夫です。ちょっと体液かかっちゃいましたけど」


 フォンが体液を気にしている理由。それは、冒険者ギルドから貸し出された武具を使っているからだ。冒険者ギルドは武具の貸出も行っているが、汚したり壊したりすると修繕費を取られる場合があった。


「確かに、この体液って本当に落ちないからね」


 完全に落とすためには、クリーニング業者へと持ち込む必要がある。

 そのことに、魔法使いは深く共感した。


「それにしてもフォンちゃん、さっきの構え良かったよ」


 Bランク冒険者の大槌使いから見ても、フォンの構えは決して素人のものではなかった。


「本当ですか? 本業の人にそう褒めてもらえるなんて」


 Bランク冒険者に褒めてもらえた。そのことが、フォンを嬉しくさせる。


「本業って言っても、俺はまだBランク冒険者だぞ?」


 Bランク冒険者は決して悪くはない。むしろ、ギルド内では一目置かれる立場だ。とはいえ、街に出ても、他のギルドに行っても無名の存在であるのだ。

 街や他のギルドでも有名になるには、Aランク以上にならなければならない。

 

「十分すごいですよ。私も早く有名な冒険者になりたいです……」


 フォンの目には確固たる目標が映っていた。

 そもそも、冒険者になった目的はただ一つ。失踪した兄の行方を追うことだ。

 フォンの治験は大成功に終わり、日常生活に全く問題が出ないくらいには回復。フォンは健康になった自分の姿を見せたくて自宅へと急いだ。しかし、自宅にはケンどころか荷物も何もなかった。あまつさえ、解約されていたのだ。

 フォンはすぐにケンを探した。しかし、どこを探してもケンの姿はない。冒険者ギルドで聞き込みをしても、皆首を横に振るのみ。

 路頭に迷っていた所、偶然にも大槌使いと魔法使いに遭遇し保護されて今に至るのだ。


「私、もう少しモンスター狩って練習したいんですけどいいですか?」


 フォンが強くなりたい理由。それは、有名な冒険者となりケンに見つけてもらえるようにするためである。幸いにも、フォンは運動能力自体はすこぶる良かった。冒険者としての適性も高くすぐに注目される新人となっていた。


「いいよ。じゃあ俺たちは依頼達成の署名もらってくるから狩り終わったら直帰していいよ」


「ありがとうございます。それでは、行ってきます」


 大槌使いと魔法使いは鍛錬に行ったフォンを見送り、やがてフォンが見えなくなるとフォンのために繕っていた柔和な笑みを崩した。


「……。ねえ、フォンちゃんに本当のこと、言わないの?」


 魔法使いはフォン大槌使いに、非情な言葉を投げかけた。


「言えるわけないだろ。フォンちゃんにとってケンは、家族でもあり命の恩人だ。そんな人が、借金取りから逃げるために失踪したなんて」


 ケンは借金から逃れるために失踪した。

 そう言われているが、本人から直接言われたわけでもない。あくまでも噂だった。


「実際は借金取りに捕まったって噂もあるけど?」


 自殺しただの、奴隷になっただのいろんなケンの噂が流れている。

 しかし、二人には事実の確かめようがなかった。


「まあ、どっちにしろケンが今はどこにいるのか、生きているのかさえ俺たちは知らない。わざわざフォンちゃんに残酷な現実を告げることもないだろ」


 フォンにとってのケンは、憧れの人なのだ。

 わざわざケンの現実を教える必要なんてない。フォンに、夢を見させてあげよう。

 というのが、二人の意志だった。


「……そうかもね。じゃ、私たちは依頼達成の手続きしましょうか」



「まずい……」


 ケンがギルドから出禁を言い渡された後日。

 ケンは、深夜裏路地を全速力で走っていた。

 理由はもちろん、リーダ中央金融から逃れるためである。

 暗闇の中を必死に走り行き止まりに到着したケンは、一先ず近くに誰もいないことを確認し一息ついた。


「ここなら誰もいないか……」


 誰もいないとわかった瞬間、ケンは座り込んだ。先程から走りっぱなしで疲労しているのだから。


「もしかして、リーダ中央金融から逃げられるとでも思ってるんですか? ケンさん?」


 ケンに向かって、太陽のような眩しい光が差し込まれた。

 リーダ中央金融の男が、ケンに向かって光魔法を放ったのである。

 見つかってしまったケンは逃げようとするが、ここは行き止まり。逃げようがないのだ。


「お、お願いします。もう少しだけ待ってください。リーダを出て、もう少し実入りのいい仕事に」


 逆光で、男の姿は見えない。しかし、少しでも誠意を示そうとケンはすっかりなれてしまった土下座を決め込んだ。

 そして、少しでも時間を稼ごうとその場で考えたでたらめな嘘を吹く。


「そういえば、あんたの妹さん。難病なんだって? かわいそうに」


 男は、突然妹の話をし始めた。

 これには、ケンとしても反応せざるをえない。


「い、妹は関係ないだろ!」


 債務者は自分であり、妹は関係がない。

 そう信じているケンは、妹に注意を向かせないように声を荒げる。

 しかし、その発言に男は鼻で笑った。


「関係ない? 君、本当に契約書とか読まないんだね」


「どういうことだ」


 ケンは、男の言っていることが理解できなかった。


「連帯保証人、あんたの妹はそこに署名した。もし、あんたが逃げようものなら我々はあなたの妹から回収しなければならない。聞く所によると、あんたの妹さんは、病気で学はないし、手に職もない。身ぐるみ全部剥がされたら、果たして無事に生きていけるかな? そういえば妹さん、幼い頃からずっと自宅療養だったんだって? だったら、社会の常識とかもわからないんじゃない? もし俺だったら、常識がないことをいいことに言葉巧みに騙してあんなことやこんなことを──」


 後半は完全にケンを挑発させるためだけの発言なのだが、真に受けてしまったケンは涙ぐんで先程以上に声を荒らげた。


「や、やめてくれ! 妹からは取り立てないでくれ! 俺は逃げない! 絶対に逃げない! 約束しよう!」


「約束ね……。まあ、その顔だと本当に払ってくれそうではあるんだけども、あんたはリーダの外で仕事を探すんでしょ? でも、リーダ中央金融の営業範囲はリーダの域内だけなんだ。つまり、いちいちリーダの外に借金回収しなくても、リーダの中に連帯保証人がいれば普通そっちから取るよねって話」


 妹の治験は、リーダの製薬会社が行っているため当然場所もリーダである。

 つまり、ケンがリーダから外に出てしまえばリーダ中央金融の魔の手はフォンに移るということである。


「だったら運賃も払う。だからまず俺の所から──」


 ケンは、フォンを助けるために何年も行動してきた。

 だからこそ、やっと回復の可能性が出てきたのに自分自身の行動が原因でその可能性を潰したくはない。


「君さ、本当に何も契約書とか読まないんだね? 連帯保証人には、催告の抗弁権はないんですよ」


 男は、もはやケンの学の無さに呆れていた。


「さいこく? こーべんけん?」


「これだから学のない奴は嫌いだよ。簡単に言うと、催告の抗弁権ってのは、『保証人が債務者から支払いを求められた場合は債権者から取ってくれ』と言えることだよ。つまり、それがないっていうことは、リーダ中央金融は債務者と連帯保証人。気分でどっちからでも借金回収行けるよって話。ちなみに、これは民法に記述があるよ?」


 男はケンに、優しく悪魔のような言葉を解説した。

 おまけに、法律上認められている権利だときた。

 ケンと、フォンを守ってくれる存在は何もないのだ。


「や、止めてくれ……本当に、妹だけは……。何でもするから……」


 ケンは、泣きじゃくりながら必死に懇願する。

 すると、男はとある言葉を待っていたかのように笑みを浮かべた。


「ん? 今何でもするって言ったよね?」


 聞き間違いがあってはいけないと、男はケンに問いかける。


「え? ……あ……はい」


 ケンは何でもすると言ってしまったのを男が確認すると、ケンのそばで囁いた。


「実はね、数日間ちょっと苦しいけど借金全額チャラな上にお釣りまで来る仕事があるんだけど……。やってくれるよね?」


 ケンは、フォンを助けたい一心でその怪しい言葉に頷いてしまった。


「あ、はい……」


 



「で、売上はどんな感じですか?」


 リーダ中央金融、法定利息を平然と破る闇金としてリーダの裏社会では知られた存在である。そんなリーダ中央金融に、決して似合わないような一人の可憐な声が響いた。


「先日、借金を返せなかった客にいくつかの内臓と眼球を引っ張り出して売りさばきました」


 リーダ中央金融の社員、裏社会の住人をそのまま体現したような男は可憐な声の主に対して懇切丁寧に売上を報告する。


「殺していないでしょうね? 死体って見つかると大事になるから。最低限、死なない程度に留めましたよね?」


 いくら裏社会の存在といえど、倫理観がないわけではない。

 というよりかは、単純に法律に違反して衛兵から目をつけられたくないだけであるが。


「はい、問題ありません。腎臓は一つしか摘出していませんし、他には眼球だけです。縫合も、きちんとしました。新人にやらせたので、ちょっと化膿したり、壊死したりしていますがまあ大丈夫でしょう。さすがに麻酔をするお金はなかったので、氷を乗せて感覚を鈍化させておきました。後これもちょっと凍傷になってますが、まあ大丈夫でしょう」


 男と隣にいた下っ端社員は、丁寧に臓器売買を行ったことを説明するがそこに良心の呵責など存在しない。

 それどころか、きちんと麻酔の代わりに氷で代用したなど創意工夫したとしてむしろ誇らしげである。


「そうですか、まあそのことに関してはいいでしょう。でも、最近売上が低迷してますね。もっと金を貸せなかったんですか?」


 可憐な声の主は、臓器売買なんかよりも金の貸し渋りが目立っていることが気になった。

 男と下っ端は痛い所を付かれて、何を言おうかと口を少し動かした後下っ端は謝罪することにした。


「申し訳ございません。何ぶん、法定利息を超過していますので表立っての宣伝はできないのです」


 要は、金を貸せるような相手がいないのだ。

 男は、こればかりは申し訳無さそうな顔をする。


「言い訳は不要です。あなたたちも、カモを集める努力なさい。最低限ノルマをこなせればいいのですから?」


「申し訳ございません、女王様──」


 下っ端は、すぐに自分が言ってはいけない言葉を言ってしまったのだと悟った。


「女王様?」


 その声の主は、その言葉が嫌いだった。


「し、失礼しました。リンさん」


 男は急いで謝罪をすると、禁忌の言葉を口にした下っ端社員の頭を無理に押さえつけた。


「まあ、いいでしょう。私もいいカモがいればきちんとリーダ中央金融のことを紹介しますよ」


 リーダ中央金融で女王様と呼ばれていたのは、あろうことか冒険者ギルドの受付嬢のリンであった。リンが冒険者の悩みなどを聞いていたのは、それが金銭的に解決できそうものなら斡旋するためである。

 そして、そんな悩みを相談してくる人物はリンに好意がある者が多いため、リンに迷惑をかけないように衛兵には一切告げ口しないのだ。


「ありがとうございます、リンさん」


 男は深々と頭を下げた。

 なお、下っ端は先程からずっと怒られるのが怖くて頭を下げ続けたまま上げていない。


「そういえばあなた、副社長就任ですってね。おめでとうございます」


 リンはそう男に述べた。

 途端に、男は嬉しさと同時に恥ずかしさが湧き上がる。

 そんな男をよそ目に、リンはリーダ中央金融を出た。そして、みんなから愛されるような冒険者ギルドの受付嬢としての仮面をかぶり冒険者ギルドへと戻っていった。

 

 

「うあ……あ……」


 リーダの裏路地を、一人の男が杖をつきながらふらつきながら歩いていた。

 ろくな服も来ておらず、全裸である。しかし、そんなことよりも特徴的なことがある。彼の体のいたるところには切開の痕がある。きちんと縫合されているならまだしも、外科学に疎い者が行ったのかその傷跡の多くが化膿しており、ひどいものだと黒く壊死している。

 そして、彼の発する声は明瞭な母音と子音ではない。曖昧な母音と子音が混ざった、決して表記方法では表せないようなうめき声であった。

 とはいえそんなひどい有様であるにもかかわらず、ふらつきながらとはいえ歩けている。直ちに治療が必要であるほどひどくはないのだ。

 そして、そんな彼はとある店の前で足を止めた。彼は、自身の手を使い看板を確かめて目的の店かどうかを判断する。

 彼は、両目が見えないのだ。否、そもそも両目の組織である眼球が存在しない。存在しない目の代わりにとばかりに、本来眼球がある場所には大量の膿で溢れていた。時折膿が垂れ、地面を汚すがそんなもの気にしていられない。

 そして彼は目の前にある店へと入っていった。


「裏冒険者ギルドへようこそ──。裏冒険者志望ですか?」

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