7話 沈みゆく船
「さて、今日も頑張りますか」
第二冒険者ギルドを設立してから一週間が過ぎた頃、いつものように開店準備をするケン。しかし、とあることに気がついた。
「あんまり人いないな……」
ここ最近は、開店前から多くの冒険者が列をなして待っていたのだが今日は数人しか待っていない。
「まあ、そういうときもあるか」
ケンは特に気にせず、楽観視し開店する。早速その数人はギルドの中へ入ってくる──かと思いきや、ギルドの前に居座ったまま微動だにしない。
座っている人の様子をよく見ると、まるで塵埃を擬人化したようなそんな人たちである。貧相で所々破れ汚れている服をまとった彼らは、顔も髪も汚らしい。にもかかわらず、周囲には酒缶が転がっていた。金銭的に余裕がないというわけではないのだろう。
「あのーすみません。営業の邪魔なので退いてもらえます?」
ケンは、同じような人を見たことがある。
なにせここは自由の街リーダ。一度金を失ってしまったが最後、半永久的にホームレスとして生きなければならないのだ。
そして、ホームレスの人口はリーダの人口の割にはかなり多い。そのため、リーダで働いている人は基本的にどこかでホームレスを見るのだ。日当たりの悪い激安アパートに住んでいる身であるケンは、他の人と比べてもホームレスを見かける機会は高い。そのため、ほとんど気にしなくなっていた。
だが、仕事を邪魔するのであれば話は別だ。こういう人がいると、本格的に売上に響きかねない。見た感じ、筋力はありそうだがそもそも人の話を聞かなそうである。裏冒険者としても無理だろう。本当に実力があったとしても、非常識な人は受け付けたくないものだ。
ケンの威圧感を感じられるような声に対して入り口で屯していた内の一人が重い腰を上げ立ち上がると、音が鳴るように首を回しながら面倒くさそうに話す。
「あ? なんでどかにゃならんねん」
客の往来を妨害しているにもかかわらず、屯している浮浪者たちは強気に出てきた。金があることを見込んで、立ち退きと条件に金銭を要求してくるかもしれない。そう考えると、拳に力を入れる。
しかし、すぐに思いとどまった。
誰か見ているかもしれない。もしそうなれば、第二冒険者のギルド長が他者に暴力などしていたらイメージダウンは避けられない。
「ここは第二冒険者ギルドの土地です。用件がないのであればお引取りください」
ケンも、強気に出ることにした。
土地の所有主から退去を求められたのにも関わらず、退去しない場合は不退去罪という立派な犯罪になるということをケンはたまたま知っていた。
「ほーん。なら、土地にいなければいいんだよな?」
浮浪者はそう言うと、少しだけ動いた。
第二冒険者ギルドの土地からは出ていってくれたのだが、代わりに第二冒険者へと続く公道に居着いてしまった。公道ともなれば、ケンには退くように要求する術はない。兵士に連絡し、退去勧告をしてもらうという手もあるが、ケンがいなくなってしまえば第二冒険者ギルドは一時的に閉店しなければならない。
第二冒険者ギルドは金策のために、誰も雇っていないのだ。
その間、第二冒険者ギルドへ依頼を申し込みに来た初老の男性が来たのだが、早速浮浪者はその男性に絡んでいった。
「ん? ここに用か? なら金を払え。俺は第二冒険者ギルドから雇われてる用心棒なんだよ」
「ひ、ひぃ……」
恐怖を刻み込まれた男性は、一目散に第二冒険者ギルドから離れていった。
ケンも見ていたが、さすがにここまでくるとただでは済ませられない。営業妨害である。
「兵士を呼ぶしか……」
もう、それしか方法はなかった。
ケンの持っている権力だけでは、浮浪者をどうにかできない。兵士という権力を有している人の力を借りる他なかった。
けれども、その間に第二冒険者ギルドが荒らされるかもしれない。
ケンは第二冒険者ギルドを急いで閉めると、すぐに兵士を呼びに行った。
◇
「ここです」
ケンは一人の兵士を引き連れて、第二冒険者ギルドへと戻る。
「ここですか……」
幸いなことに無理して比較的アクセスの良い場所に第二冒険者ギルドを構えたため、兵士のいる兵士宿舎とは距離的にも近くそう時間がたたないうちに呼ぶことができた。
しかし、いかんせん派遣されたのは新人一人だけ。それ以上は追加料金を支払わないといけないのだが、請願兵士というものは利用料は高い。値引き交渉を行ったが、第二冒険者ギルドの営業資金的にも厳しかったため一人で妥協することとなった。
「いました! あの人たちです」
浮浪者たちは平然と第二冒険者ギルドの土地に侵入していた。そして、扉の前に居座ると煙草を取り出し口に加え、炎魔法で煙草に火をつけて悠長に吹かしていた。彼らは兵士の存在に気が付くも、何も動じていなかった。
「おうおう、これはこれは兵士さんじゃないですか。見た感じお若いですな」
兵士を前にしても、一切動じないどころか普通に話しかけてくる浮浪者たち。その高揚しているような顔の裏には、若者だから場慣れしていないだろうという考え。そして、やり合うとなったら確実にこちらが勝つ以上兵士も下手に手が出せないだろうという考えがあった。
だが、その考えは見事に当たっている。兵士は、歯を食いしばり浮浪者たち相手に対峙してはいるものの、足は震え少しずつだが後退っている。
「よ、要請があったから来た。え、営業妨害は止めなさい!」
兵士は覚悟を決めて浮浪者たちに忠告をする。
しかし、浮浪者たちは兵士の言葉を聞くと大きく嘲笑った。
「おいおい、俺たちは楽しく煙草を吹かしているだけだっつの。っていうか営業妨害? とは聞き捨てならんな。これって名誉毀損じゃないですかね? 新入りさん。営業妨害だっていうなら、どのへんが営業妨害か教えてくれますかね? 俺は頭が悪いから、優しく教えてくれよなぁ!」
最初は丁寧だった浮浪者たちの口調だったが、徐々に荒れていく。
やがて、浮浪者たちは兵士のすぐ目の前までやってきた。
一方の兵士は涙ぐんでおり、足だけではなく全身が震えている状態だ。
「おいおい、そんな怖がるなよな? 兵士さん。俺たちだって人を怖がらせたくないんだぜ」
またしても穏やかな口調へと戻った浮浪者たちの一人。先程から一人で兵士との一方的な交渉を挑んでいた人が、突然懐を漁り始めた。
「確かに、俺たちも誤解させるような行動があったかもしれないな。これでこの話、なかったことにしましょうや」
浮浪者が懐から取り出したのは、分厚い封筒だった。兵士はその封筒の中身を恐る恐る取り出すが、中に入っていたのは大量の硬貨であった。
要するに、金をやるから見過ごせということだ。信念に基づく兵士に、賄賂は通用しない。そうケンは考えていた。
「こ、この話はなかったということで……失礼します!」
兵士の給料は非常に安い。おまけに、目の前の相手に完全に怯えてしまった兵士は、封筒を握りしめることが最善の選択だと瞬時に理解する。そして、その場を離れ始めた。当然だが、ケンからしてみれば納得はいかない。
「ちょっと待ってください! どういうことですか! 問題は何も片付いていませんよ?」
兵士は、ケンの方を見るとすぐに目を逸してしまう。
「おいおい、兵士さんが困ってるじゃねーか。自分は被害者を演じておいて、兵士が自分を守ってくれなくなると知った瞬間に加害者になるのか? 最低だな」
その言葉に、ケンはかつてないほどの憎悪が湧き上がる。しかし、ここで浮浪者たちを殴ってしまったらそれこそ彼らの思うツボである。
必死にこの怒りが漏れてしまわないように、歯が軋むほどまで歯を食いしばる。
「でもまあ、こんなうるさい場所で煙草を吸っても美味くないから場所は移動してやるよ。良かったな」
浮浪者たちは笑いながらその場を立ち去っていった。
短い時間だったとはいえ、第二冒険者ギルドの前には大量の煙草とその灰が落ちていた。
◇
「どうにか依頼を出してもらえませんでしょうか……」
ケンは必死に仕事の営業に回っていた。第二冒険者ギルドは一時休業であり、閉じている。
前回の一件で、性善説が誤りであるということを理解したからである。
そのため、訪れたのはよく魔物討伐の依頼を出す牧場主。ケンの心からの誠意にも関わらず、牧場主は困った顔を浮かべる。
「そうは言われても、今冒険者ギルドの依頼手数料が無料になってるんだよね。そもそも、冒険者の母数が圧倒的に冒険者ギルドの方が多いんだから、第二冒険者ギルドに依頼を出すにはこっちがお金をもらえるくらいのことをしてもらわないとね……」
「……そうですか」
第二冒険者ギルドは、浮浪者騒動があり冒険者の数はさほど減らなかったが、依頼を出す人の数が多く減ってしまった。浮浪者たちの中を堂々と歩けるだけの度胸と力がないからこそ、依頼を出しているのだから。
そしてそんな中、第二冒険者ギルドを潰そうとしているのか冒険者ギルドは期間限定キャンペーンと称して依頼手数料の免除を銘打った。手数料の安さが魅力であった第二冒険者ギルドは、この出来事で大きな打撃を受けた。仕事がほとんどなくなったのだ。さらに、仕事がなくなれば当然だが冒険者は寄り付かなくなる。
その結果、第二冒険者はサービス開始直後の人気っぷりが嘘のように閑古鳥が鳴くこととなった。あまつさえ、裏冒険者も儲からないといって第二冒険者ギルドを去ってしまった。
とはいえ、ここは自由の街リーダ。こうなったとしても誰も守ってはくれない。
ケンの中に焦りの気持ちが芽生える。
「と、とりあえず家賃分だけでも稼がないと。あと借金の利子か……」
とはいえ、ケンは第二冒険者ギルドを作ったことを何も後悔はしていない。でなければ、フォンを治験に送り出すことが出来なかったから。けれども、自分自身の無学さも理解している。
「俺に経営は出来なかったんだろうな……」
経営をすぐに畳んでしまえばいいのだろう。しかし、無駄に良い立地の場所に第二冒険者ギルドを作ってしまったために、なかなかの家賃を取られてしまう。おまけに開業資金にした借金もたんまりと残っている。今更冒険者に戻った所でそう簡単には返せそうにない額である。そのためにも、どうにかしてお金を稼ぐ必要がある。
「なんとか稼ごう」
◇
「お願いします。なんとか依頼をしてもらえませんか?」
第二冒険者ギルドは、暫くの間閉店する旨を張り紙にして伝えると、ケンは営業に回ることにした。それも、継続的に依頼を多く出している人を中心に。
とはいえ、依頼は無理に出すものではない。できる限り自分たちで対処し、それでも無理と判断した時にだけ依頼は出されるのだから。
「そうは言ってもね……」
リーダ郊外で農業を行っている人物は、困惑していた。
その人物は、普段から人食いムカデの影響で作物が食われるためよく依頼を出している。しかし、昨今の大量発生により多くの人食いムカデで倒されているため現時点で被害は発生していなかった。
「今なら、200%キャッシュバックキャンペーンを実施中ですので!」
ケンは、農家に向かって必死に説得を試みる。
そんな中、農家はとある単語が気になった。
「200%キャッシュバックキャンペーン?」
農家が気になった単語を反復すると、ケンは説明に入る。
「はい、第二冒険者ギルドでは基本的に冒険者へ支払う依頼報酬に加えて手数料3%を頂いています。そこで、依頼が無事に達成された場合、手数料3%の2倍にあたる6%をキャッシュバックさせて頂きます。例として、5万ベラの依頼報酬があるとする場合、第二冒険者ギルドへと支払う手数料はその3%……だから、えーっと……。とにかく、3%です」
辿々しくも、ケンは本キャンペーンの概要を説明する。
「はあ」
農家は、ろくに計算もできないのに大丈夫かと思ったがそのまま話を聞く。
「その後、依頼が無事に達成された場合6%を返金させて頂きます」
ケンが実施した施策。それは、捨て身戦術であった。キャッシュバックキャンペーンを利用し仕事を集め冒険者ギルドからシェアを奪う。ギリギリの所まで耐えた後、キャッシュバックキャンペーンを廃止し獲得したシェアを使ってなんとか返していこうという算段だ。
「なるほど、確かに数パーセントといえども冒険者ギルドに依頼する報酬額は大きい数字が多いもんね……。それで、第二冒険者ギルドの経営が回復する見込みはあるんですかね?」
第二冒険者ギルドの悲惨っぷりは農家にも届いているほどだった。
そんな農家からすれば、わざわざ人のいない第二冒険者ギルドに出しても意味はないし、最悪依頼料を払ったまま倒産するかもしれない。
「そういう経営学とかよくわかりませんが、やる気はあるので。理論よりも実践です!」
実践も大切だが、やはり理論も大切である。
そう考えている農家は、正直言ってケンの言うことを信じられなかった。
「……はぁ。悪いですけど、特に今は仕事に出すことはないですね」
農家は、ケンに不安を感じて仕事を出さないことにした。
「そうですか、失礼します」