6話 ほんのわずかな絶頂期
「借入額は50万ベラ。利子は法定利息。法定利息は10万ベラ以上100万ベラ未満は年間18%なので、月々1.5%です。月々57,500ベラを10回払い。法定利息は遵守してる。いいな? じゃあ契約書の条文を読んだら署名だ」
結局、ケンが頼ったのは闇金。以前にも借りたことがあるリーダ中央金融だった。
ケンは、過去に暴利を課された経験がある以上あまり行きたくはなかったが、他に頼れる所もない。それでも、どうかしてお金を借りたい一心で事業のことを話した。結果、なんと法定利息以内に抑えてくれることとなったのだ。
また、つい口が滑って医者から言われたことを話したところ登記も代行してくれることとなった。
とはいえ、ただ一つ条件をケンは課される。
「妹の署名をもらってきたか?」
その条件。それは、妹を連帯保証人にするように求めてきたのだ。
連帯保証人の意味がよくわからず、金を借りることに躍起になっているケンとしては言われるがままにフォンに連帯保証人になるように要請した。
フォンは連帯保証人になることを受け入れてくれたため、契約書の連帯保証人の欄にはきちんとフォンの名前が記されている。
「ええ、それで貸してもらえるんですよね? それと、フォンに影響はないんですよね?」
ケンだって、フォンを危険な目に合わせたくはない。
きちんと連帯保証人の意味を目の前の男に強く聞き出す。
「ああ、あんたがきっちり支払ってくれるのであれば、あんたの妹になんの影響もない。そう契約書に書いてあるぞ」
契約書にはケンの嫌いな細かな文字が沢山書かれており、内容が気にならないわけではない。
とはいえ、ケンは楽観的に考えた。きっちり支払えば妹に問題はないのだと。
「わかりました」
ケンは、契約書に署名をする。
契約をしてしまえばもう戻れないことはケンだって理解はしているが、しれも覚悟の上である。
「まあ、あんたからは散々儲けさせてもらったからな。その御礼だよ。もしまた何かあったら頼ってくれ。力になるから」
男は、借金回収に来た時とは打って変わって優しかった。
ケンは、改めて深くお礼を伝えると男から渡された50万ベラの入った封筒を持ってリーダ中央金融を出ていった。
そんな中、男の部下が男の元を訪れる。
「いいんですか、彼? 法定利息を遵守していると思っているようですけど、法定利息を思いっきり違反してますよね? そんなことも理解できない彼が経営者としてやっていけるとは思えないんですが」
男は法定利息と称してケンに金を貸したが、実際は計算するとおおよそ32.73%。当然法律違反であり、衛兵に見つかれば懲罰ものである。
しかし、だからこそ男はケンに金を貸した。そもそも法律違反だと思っていないのだから。
「ああ、そうだ。奴は絶対うまくいかない。最初はうまくいくかもしれないが、すぐに潰れる」
男は断言した。
仮にも男が相手にするのはいつも経営者やこれから経営者になるものばかり。そして、そんな彼らが落ちぶれることを何回も見てきている。
「では、なぜ貸したんです? 回収の見込みあります?」
部下の言うことも当然だ。リーダ中央金融は慈善事業ではない。れっきとした利潤を求める株式会社だ。下手に会社に損害を出したら即刻クビどころか背任罪で告訴されかねない。
「大丈夫だ、連帯保証人のこと聞いてただろ? あいつは妹が病気で毎日薬を飲まないといけない。そして、その妹を連帯保証人にしたんだ。だからもし債権回収にでもなったら間違いなく妹は病気で苦しむことになる。あいつは妹思いだから絶対にそうなるのは避けるはず。臓器を売ってでも返そうとするはずだ」
男には、きちんと金を返せる道筋が見えているのだ。
「さ、さすがです」
羨望の目で見てくる男の部下に、男は首を横に振った。
「こうでもしないと、うちの女王様は満足しないからな」
◇
「俺たちが? あんたのところの冒険者?」
「ええ、ぜひ来てください。裏冒険者ギルドとの契約が重複してても構いません。気が向いたら、来てください。客も、手取りも多いですよ」
そう言ってケンは刷ったビラを配った。
契約書に書かれているような細かな文言が苦手なケンである。当然だがビラもかなりシンプルで文字が少ないものとなっていた。
「ふーん。手数料はだいぶ安いな。でも、本当に来るのか?」
「ええ、依頼主からすれば冒険者ギルドよりも我が第二冒険者ギルドのほうが手数料が安いんです。だから必然的に依頼がこちらに多く来ます。最初はあまり来ないかもしれませんが、すぐに依頼でいっぱいになりますよ」
概ね、裏冒険者からの評価は上々であった。特に、無戸籍などが原因で裏冒険者になった者からすればより高収入を得られるかもしれないのだ。しかし、問題もある。
「悪いが俺はパスだ。太陽の下を歩けんからな」
難色を示したのは、殺人などを犯しながらも捕まらなかった裏冒険者たちだ。一等地ではないとはいえ、仮にも人通りのある小道と隣接しているのだ。危うく捕らえられる可能性もあるのだ。
「なら、無理強いはしないよ」
結局、裏冒険者ギルドにも在籍することを許可してくれたのは数人であった。
もともと、裏冒険者たちは高収入や安定した生活を諦めている節があった。また、裏冒険者たちは公による保護が完全にないため怪しい話には人一倍警戒心を抱く。今更魅力的な条件を突き出されたとしても様子見という者が多かった。
◇
冒険者ギルドが大通りに、裏冒険者ギルドが裏路地に面しているというのであれば、ケンの設立した第二冒険者ギルドはその中間。すなわち人通りが決して少なくはない小道に面していた。
外見は、遠くからでも見やすいように冒険者ギルドであることを大きく表記。
そんな冒険者ギルドでありながら、見慣れた冒険者ギルドとは異なる存在に地元住民は大層驚き、興味があった。
だが、決して誰もあの建物に向かおうとせず近くの物陰に隠れて窺っているのみ。いっそ誰か一人聞いてきてくれれば気が楽になると思っていると、一人の男が花束を持って近づいてきた。
「設立おめでとうございます。ケンさん」
花まで持ってきて祝福してくれたのは、あろうことかリーダ中央金融の職員であった。
「いえいえ、お花ありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします」
リーダ中央金融からすれば、どっちにしろ儲けさせてもらえるのだ。とことんまで機嫌を取る。
「はい、こちらこそ。互いに良い関係が築けると良いですね。ところでこの建物は賃貸ですか?」
「はい、賃貸です。賃貸料はかなり高かったですが、予想ではすぐに黒字になる……んですよね?」
第二冒険者ギルドは、ケンが設立を決意したということもあるがリーダ中央金融によるサポートもまた大きかった。
あらゆる情報から、特に大きな出来事さえなければすぐに黒字化できるとリーダ中央金融は導き出し、全力でバックアップ体制を整えた。
もし仮に、何か大きな出来事があったとしても妹思いのケンは逃げない。どっちに転んでも、リーダ中央金融には金が入ってくることになっていた。
「ええ、もちろん。私の見立て通りなら大繁盛間違いなし。またいっぱい借りてくださいね」
「はい。ありがとうございます」
ケンは職員を見送った。
そして、改めて自分のものになった店の外装を見た。決して金がかかっているものとはいえない。それどころか、賃貸であるため勝手に改造してはいけないため、最低限の装飾に努めている。
しかし、そんな制約があるにも関わらずケンな謎の高揚感に満ち溢れていた。
「そろそろ準備しなきゃ……」
急いで店内に入り、様子を見渡す。
依頼を貼る掲示板。受付をするカウンター。そして、裏冒険者たちの待機場。安くはない投資であったが、どのみちすぐに回収できると考えていたため、予算は惜しまなかった。
「お金、後ちょっとか」
もし、失敗してしまったらケンはお先真っ暗になる。けれども、不安は不思議と感じなかった。
◇
「……嘘だろ!?」
ケンは、思わず叫んでしまうほどに第二ギルドの中は混雑していた。否、叫ぶ余裕なんてない。ケンは朝からずっと働き詰めており、かろうじて休憩時間が取れたため改めて嘆いているところだった。
多くの冒険者達が掲示板を眺め、待機させていた裏冒険者はほとんどがいない。もう既に依頼達成にでかけたのだ。
そして、裏冒険者のほかに正規の冒険者も続々と依頼達成のために出かけている。
その結果、依頼料により既に莫大な額を保有しており報酬を差し引いても10万ベラは下らないだろうと考えていた。具体的に調べた方が良いというのは理解しているも、この忙しさに加えケン自身計算能力に乏しいということもあり後回しになっている。
「これは、人を雇わないとな」
そんなことを考えつつも、それ以上にどんどん人が来る。当然だが、冒険者たちは既に全員出払っており依頼主の中からは不満が生じる。
「申し訳ございません、ですが受付だけでも……」
ケンは、それを言うのが限界だった。
だが、それらによって得た利益を帳消しにするような事実がある。
初日だけで数十万ベラの利益が手に入ったということだ。
「す、すごい……」
第二ギルドの営業が終了した後、ケンはカウンターの鍵付き引き出しにしまわれた大金を見て息を呑んだ。まるで、宝石でも扱うような手付きで、今までに見たことがない涼の大金に触れる。
「間違いない、本当なんだ。これがあれば……フォンを助けられる……。明日も頑張ろう」
そう心に決めたケンは動き始めた。裏冒険者ギルドへと行き、様子見をしていた裏冒険者たちを堂々と勧誘した。てっきり女主人から何か言われるかと思いきや、彼女は何も言わなかった。
ただ、ケンを可哀想に憐憫のこもった視線を向けるのみ。
ケンには意味が分からなかった。そのうち理解できるのかとも思ったが、営業を続け一週間が経つ頃には100万ベラを達成する。
その頃には女主人が言ったことなどとうに忘れ、ただフォンのために医者のところへと向かった。
「確かに、100万ベラだ。すぐにでも治験を行えるように、あんたの妹を預かろう」
大金を目の前に恍惚としている医者を見てケンは、フォンに変な真似をしないかどうか不安に思う。
「まさか、フォンに変な真似しないよな」
ケンが警戒するも、医者はただ不敵な笑みを浮かべる。
「……ワシみたいな金を持ってる職業はな、何もしなくともいろんな人が近づいてくるんだ。例えば、美人、美少女と言った具合にな? こんな回りくどい方法使わんよ」
金を使えば自発的に思うようになるのだから、わざわざ人を騙すような行為は行わない。これが医者の考えである。
「そ、そうか。なら安心だ」
ケンは一安心した。だが、その時になって診療所の様子がおかしいことに気が付く。
「じゃあな、ケン。この診療所は今日をもって閉鎖とする。おまえと会うことももうないのかもな」
医者は手荷物をまとめると、ケンよりも先に診療所だった建物を出て行った。