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5話 急成長

 ケンは、定期的に冒険者ギルドにも顔を出した。

 そして、やることはただ一つ。

 依頼を確認するのである。

 殆どの冒険者が依頼内容と報酬額しか見ていない中、ケンは別の部分に注目していた。


「この人、この前も依頼出してたな。この法人からは週に数回依頼が出てるな……」


 依頼書には、依頼主の名前と連絡先も添えられている。署名をもらいに行く必要がある以上、連絡先については冒険者は注目することもある。しかし、実際のところ依頼主の名前については冒険者は全く気にしていないのだ。

 だが一人、ケンだけは依頼を確保するために比較的依頼を多く出している依頼主を確認する。

 そんなケンは、特に武具を持ってきていないため遠目に見ると浮いて見えるのである。そんなケンを訝しんだのか、とある人物が近づいてきた。


「あれ? ケンさんじゃないですか。依頼の受注……にしては特に武具を持っていないようですが」


 近づいてきたのは受付嬢のリンだ。

 掲示板の前で冒険者らしからぬ行動をするケンに、警戒も兼ねて声をかけたのだ。


「ああ、すみません。今、依頼を確認していて。掲示板に乗っている依頼以外もありますか?」


「はい、ありますよ。こちらへどうぞ」


 リンは笑顔でケンに受け答えをすると、カウンターまで連れて来る。


「そうですね、基本的に指名依頼やあまりに難易度が低い場合は基本的に冒険者に直接紹介する形ですが、それらを除くとなると……」


 リンは冒険者ギルドのカウンターへと入ると、奥から大量の依頼書を持ってきた。

 ギルドの掲示板には基本的に依頼はすべて貼られることになっている。しかし、例外もある。例えば特定の冒険者を指名する指名依頼。

 難易度が低いため、冒険者の育成に重点が置かれ低レベル冒険者に優先的に依頼が回る特定依頼。

 最後に、あまりに長期間貼られ続けてもなお誰も達成できなかった高難易度の依頼や、報酬が低く誰にも見向きにされなかった長期未達成依頼だ。


「長期未達成依頼であればご紹介できますよ? 行方不明者の捜索とかですが……」


 リンは、ケンに長期未達成依頼を提示する。森に木こりをしに行って以降、音沙汰がないという行方不明者の捜索。夜な夜な謎のうめき声が聞こえるというリーダ郊外の集団墓地の調査。といったどう考えても達成のしようがない依頼ばかり。


「こんな所ですね。どれか受けていきますか?」


「あ、いえ。そういうわけでは」


 今から同業他社となるのに、堂々と調査に来ましたなど口が裂けても言えないケンは咄嗟に言葉を濁す。そのことに、リンは何か感づきながらも喉まででかかった言葉を抑えて別の言葉を告げた。


「そういえば最近来ていませんでしたよね。そのため、ケンさんは登録してから今に至るまで継続ボーナスがありましたが、先月で継続ボーナスが途切れてしまいました」


 リンは、ケンに対して報酬額が減ることを伝えるが、ケンからしてみればそんなこよりも聞き慣れない言葉の方が問題だった。


「継続ボーナス?」


 リンはケンが継続ボーナスを知らないのだと実感すると、渋々丁寧に説明し始めた。


「一か月に一定の日数に一定の量の依頼を達成すると報酬額が5%上乗せになり、1万ベラもらえるサービスですよ。国と冒険者ギルドが専業冒険者を増やすために始めた施策です。ですが、最近国が補助金の打ち切りを検討しているんですよ。ご存じなかったんですか? 冒険者ギルド規約38条に書かれているのですが」


 リンは、カウンターに積まれている規則表を取り出して38条の所を指さした。文字が事細かに書かれており、勉強が苦手なケンは頭が痛くなりそうだった。


「ああ、すみません。規約とかそういうの文字が多すぎてこんがらがるんで、読んでないんですよ。お金の管理とかも、大雑把ですし」


 ケンは自嘲した。

 事実、このリーダでは十分な教育を受けられなかった者も決して少なくはない。

 とはいえ、文字が読めず規則を読めないのと、文字が読めるにもかかわらず規則を読んでいないのでは天と地ほどの差がある。


「……そうですか。ではまた暇な時でも読み込んでください。で、依頼は受諾なされますか?」


 リンは呆れたように規約表をケンへと押し付ける。


「あ、いえ。そういうわけじゃなくて。また今度にします」


 ケンはとりあえず規則表を受け取ると、リンに一礼をするとそのまま去っていった。



「で、ケン。大事な話ってなんだ?」


 冒険者ギルドの出入り口付近に、大槌使いと魔法使いは立っていた。

 事前にここへ来るように言われていたからだ。

 そして、カウンターから去るケンを見て話しかけたのだ。


「二人とも……」


 ケンは二人をまじまじと眺めた。数秒の葛藤の後直ぐ様ケンは行動に出た。


「お願いだ! 金を貸してくれ!」


 大槌使いと魔法使いは、驚いた。ケンが冒険者ギルドに呼び出しをしたためてっきり医療費に目処がついたのだと安堵していた。しかし、それも束の間。ケンから大事な話があると言われ聞いてみればこれである。


「な、なあケン? 医療費の目処がついたんだよな? さらに金を借りる必要はあるのか?」


 大槌使いの質問も尤もだ。魔法使いも同じことを思っていたらしく、何度も首を縦に振っている。


「実は俺、事業を起こそうと思っているんだ」


 その発言に、狐につままれたような顔になる2人。互いに顔を見合わせると、再びケンを向いた。


「俺は本気なんだ! 一生のお願いだ。金を貸してほしい」


 必死で頼み込むケンに、大切な友人だと思っている大槌使いと魔法使いは決してぞんざいには扱えなかった。とはいえ、事業を始めようとしているケンに対する動揺は大きく二人で頬を掻いたり、髪を毟ったり。


「きちんと、返してくれるんだろうな?」


 念のため、大槌使いはケンに聞いた。

 すると、ケンは自信げな顔で首肯する。


「ああ、もちろん。3ヶ月もあれば返せるはずだ」


「わかった」


 最初に了承したのは大槌使いだ。

 ケンと大槌使いは同じ学校の同期。助けてやりたいという気持ちの方が上回ったのだ。


「なら、私も貸してあげるわ」


 魔法使いも同意した。大槌使いが同意したのも大きいだろうが、彼女もまた同じ学校の同期である。


「みんな……ありがとう」


 ケンは二人が親身になって助けてくれるということを知り、自然と目頭が熱くなる。


「無くなよ。ってか、たまには人食いムカデでも狩りに行かないか?」


 大槌使いは、すでに人食いムカデの討伐の旨が記載されている依頼書を手にしていた。大きさも小さいため、気軽に狩りに行けるのだ。


「ああ、悪い。実は事業創設で忙しいんだ。また今度な」


 せっかくの誘いを断ることは、ケンにとってもつらいことだ。

 しかし、今はフォンのために行動しなければならない。


「そうか、ならその日を楽しみにしてるな」


「私も」


 断ってしまったというのに、二人は何も嫌な顔ひとつせずに了承してくれる。


「ああ」


 大槌使いとケンは、互いに拳を合わせ目を見やる。学校で培った、友情を再確認したのだ。



「さて……」


 大槌使いと魔法使いからお金を借りただけで起業できるほどの創業資金はたまらない。しかし、ケンには大槌使いと魔法使い以外に深い交友関係を持っている人物はいなかった。


「どうしたものかな」


 ギルドを出てからのケンは、特にあてもなく歩いていた。目的地などは決めていなかったのだが、どうやら体は勝手にとある方向へと進んでいたようだ。

 ケンがフォンのために毎回大金の入った封筒を握りしめてしきりに訪れていたバラック小屋。診療所であった。


「そうだ」


 ケンは、とあることを考えた。

 医者は富の象徴である。自由都市リーダともなればその傾向はなお顕著だ。

 だからこそ、大金を溜め込んでいるであろう。

 ケンはバラック小屋の中へと入り、ちょうど入り口でタバコを吹かしていた医者を見つけた。


「ん? もう金が溜まったのか?」


 ケンを見かけた医者は、そう判断した。

 ケンがここに来る時は、たいてい陰鬱さのある表情をしている。

 にもかかわらずケンが嬉々とした表情で来る時など、縁が切れる時。すなわち、100万ベラが貯まった時だけだと思ったのだ。


「いいや、その逆だ」


「逆?」


 医者は理解ができなかった。

 そんなに嬉々として金を借りに来る輩が一体どこの世界にいるのかと。

 医者がそう考えているとケンは切り出した。


「ああ、今から俺は本気で事業を起こそうと思うんだ。だから頼む。金を貸してくれ」


 ケンはプライドというものを便利な道具としか扱っていないようだった。

 以前にも見たような光景、すなわちケンは床に額を擦り付けて懇願を始めた。

 誠意を見せれば助けてくれるだろうというケンの考え方には、医者は呆れることしかできない。


「断る。おまえとの付き合いは長い。だからこそわかる。おまえは経営には向いていない」


 医者は断言した。

 しかし、ケンはこんなところでくたばってなどいられない。

 歯を食いしばり言い返すことにした。


「大丈夫です。ほぼ確実に儲かります。すぐに返せます」


 そこに根拠など、何もなかった。

 ただ、ケンのやる気を前面に出しただけである。当然だが、医者はそんな無根拠の出資に付き合うほど愚かではない。


「そうか、なら事業計画書の一枚でも見してみろ」


 どんな稚拙なことが書いてあるのか、医者は煙草を吹かしてケンの方へと手を伸ばす。事業計画書を見せろという意味だ。

 しかし、ケンの考えはもはや論外といえるものだった。


「……じ、事業計画書?」


 ケンは、事業計画書の意味すら理解していなかったのだ。

 困惑するケンに、医者は頭を抱える。話にすらならないと。


「おまえさん、会社を作る時はどうすればいいのか知っているか?」


 まさかと思った医者は、事業を始めるに当たってやらなければならないことを聞いてみることにする。


「会社? そりゃ知ってるさ。あれだろ? まず、建物借りる。そこから店内の内装と外装を整えて営業開始。一人で回せなくなったら人を雇ったりして──」


 ケンの脳内では、イメージができているようだった。しかし、足りない。

 大切なことが欠けているのだ。

 医者はただ、そのことをケンがど忘れているのだと自分を信じ込ませる。


「登記って知ってるか? 法務局って知ってるか?」


「ほ、法務局? はよく知らんけど、登記って言ったら土とか粘土で作った──」


 医者は、考えるだけ無駄だと理解した。

 ケンは、経営知識以前に会社の設立方法すらろくに知らない。一般人であればそれでいいが、ケンは今から会社を起こそうとしているのだ。そして、出資金集めに奔走すらしている。

 陶器についての説明をしているケンに、もはや怒りすら覚えるとやり場のない怒りを押しつぶすように手を強く握った。


「ワシは100%の賭けしか乗らないと心に決めておるんだ。街中の一等地じゃなくてこんなバラック小屋で医者をやり始めたのも、確実に患者が来るとは確定できず賃貸料が経営を圧迫する可能性があったからだ」


 医者は、徹底的にリスクを恐れた。

 常にリスクが最小になるように行動し、このバラック小屋で開業医を始めたのも万が一のことを考えたからだ。だからこそ、ろくにリスクを考えていない無能を見ると怒りが湧いたのだ。


「金を持っていないのであればさっさと帰れ。武器の手入れでもしておれ」


 挑発的で、高圧的な医者の態度。その態度にケンは立腹するが、一応ケンを気にかけていることは伝わる。溜飲を下げると、ケンは大人しく帰ることにした。

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